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海洋にまつわる話(第1回)

皆さんは、日本の繁栄とは切っても切れない海洋についてどの程度ご存知でしょうか。今回は、この海洋にまつわる話を国際法や昨今の領有権争い等の見地から4回に分けてご紹介して参ります。
  
1 概 要
日本の国土面積は約38万平方キロメートルで、世界ランキングでは第61位になるのですが、排他的経済水域(後述)を含めると、その広さは約447万平方キロメートル(国土面積の約12倍)となり、一気に世界ランキングで第6位にまで跳ね上がります(米、露、豪、尼、加、日の順)。
 
ちなみに、体積で比較すると第4位になるそうです(米、豪、キリバス、日の順)。

日本周辺の海域《海上保安庁ホームページ》 

島の数は、北海道・本州・四回・九州旧含め6,852島(内、6,430が無人島)にもなり、島数の多さでも世界ランキングで第9位になります(典、芥、諾、加、米、尼、豪、比、日の順)。
 
後述しますが、こうした日本の島々は、これを取り巻く領海、更にその外側に広がる排他的経済水域の根拠になり、水産資源から海底及び海底下の資源(注1)に至るまであらゆる海洋権益を支える基盤となることから、たとえそれが取るに足らない小さな無人島に見えても、これを保全することは、必然的に日本の国益や経済及び安全の確保にもつながってくるのです。
 
(注1) 東シナ海には1,000億バレル(イラクの油田に匹敵)もの原油が存在する可能性があるほか、日本近海には次世代エネルギーとして注目されるメタン・ハイドレートの存在も指摘されている
 
また、四方を海に囲まれた資源小国の日本は、石油・石炭・天然ガス等のエネルギー資源の実に95%以上を外国からの海上輸送に依存し、特に原油の約88%は中東地域に依存している(これほど中東依存度が高い国はほかにない)ことから、日本周辺の海洋のみならず、諸外国、特に中東方面へと通ずる海上交通路、いわゆるシーレーンSLOC:Sea Lines Of Communication)や、重要航路が集中するチョーク・ポイント (注2) の安全確保も、日本にとり死活的に重要といえるでしょう。
 
(注2) 代表的なものは、スエズ運河、パナマ運河、ホルムズ海峡、バブ・エル・マンデフ海峡、マラッカ海峡、ジブラルタル海峡、べーリング海峡など

主要なシーレーンとチョーク・ポイント

2 領 域
国際海洋法の話に入る前に、少しだけ「領域」について整理しておきたいと思います。「領域」とは、国家の主権(注3) が及ぶ地理的・空間的な範囲のことです。
 
簡単に言えば、地理的には国民生活の基盤となる国土(島を含む)が「領土」であり、その外側約12海里(1海里=1,852メートル)までが「領海」、24海里までが「接続水域」であって、更にその外側200海里が「排他的経済水域」となります(根拠:1982年の国連海洋法条約(後述))。 

(注3) 国連海洋法条約(後述)第2条では「国家の主権は、その領土若しくは内水・・・(中略)・・・領海、領海の上空並びに領海の海底及びその下に及ぶ」と定義
 
一方、空間的には領土・領海の上に広がる空が「領空」となります(根拠:1944年のシカゴ条約)。領空は際限なくどこまでも上へと続いている訳ではなく、グローバル・コモンズ(Global Commons)(注4)である「宇宙空間」では国家の主権は及びません(注5)
 
(注4) 公海、深海底、北極海、南極海、南極大陸、宇宙空間、また便宜的にサイバー空間など、どの国家の主権も及ばない領域のことを、国際社会ではグローバル・コモンズと呼ぶ
 
(注5) 米連邦航空局(FAA)や米空軍(USAF)では高度80km、また、国際航空連盟(FAI)では高度100kmのカーマン・ライン(Karman line)以上を宇宙空間と定義するなど、空と宇宙の境界は統一されてはいない(高度80~100kmの空間は、航空機では高すぎて、逆に人工衛星では低すぎて、現代の航空宇宙技術では領域横断的な飛行が難しい高度なので、空と宇宙の境界を暖味なままにしておいても、領空侵犯等、主権に係る問題は発生しない)
 
ちなみに「防空識別圏」ADIZ:Air Defense Identification Zone)は領空ではなく、各国が防空上の必要性から独自に設定し、事前の飛行計画の提出等を要請しているだけですので、国際法で認められた飛行の自由の原則を妨げるものではありません。

領域等を表す概念図(Created by ISSA)

3 海洋法制定に至る歴史
古来、海洋を巡っては支配と自由という二つの相反する概念が対立してきました。例えば、古代ローマにおいては、海洋は全ての者に開放された共有物と考えられてきましたが、中世ヨーロッパでは、地中海に面した都市国家が沿岸海域を排他的に支配しました。
 
また、大航海時代になるとスペインやポルトガルが大西洋を二分劃して支配し、これに対しイギリスとオランダがスペインの無敵艦隊を撃破するなどして、次第に海洋というものは自国の沿岸部については支配を、大洋については自由を適用することが国際的な習わしと化していったのです。

トルデリシャス条約(1494)とサラゴサ条約(1529)

しかし、第2次世界大戦後、海洋における生物・鉱物資源に各国の関心が集まり出すと、沿岸国は漁業・鉱物資源といった経済目的で自国沿岸部を越えた支配を主張するようになっていきます。
 
そこで、こうした海洋を巡る国家間の争い事を整現し、海洋法の在り方を明確にするため、1958年、国際連合の主導で第1次国連海洋法会議が開催され、領海条約、公海条約、公海生物資源保存条約及び大陸棚条約の4つの条約(通称、ジュネーヴ海洋法4条約)が作成されました。
 
4 国連海洋法条約
そして、1960年の第2次国連海洋法会議を経て、海洋法に関する包括的な秩序の確立を目指し、現在の国際海洋秩序である「国連海洋法条約」UNCLOS:United Nations Convention on the Law of the Sea)が、1982年4月に第3次国連海洋法会議にて採択され、1994年11月に発効しました(ジュネーヴ海洋法4条約を統舎する形で発効)。
 
2020年7月現在、167か国と欧州連合(EU)が締結していますが、海洋大国である米国は未だ非締約国となっています(ただし、深海底に関する規定以外の大部分の規定が慣習国際法化しているため、実際には米国もUNCLOSに従っている)。
 
UNCLOSは、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、深海底、公海、国際海峡、島・岩など、海洋に関する包括的な制度を規定する内容となっており、これから、その主要な部分についておさらいしていきたいと思います。
 
(1) 内水 (Internal Waters)
内水とは、湖、河川、運河など、基線(低潮線)より陸地側の全ての水域のことで、国家は内水において領土と同等の排他的な権利を行使することができます(第8条第1項・第2項)。
 
(2) 領海 (Territorial Waters)
沿岸国は、基線から外側に12海里までの水域を領海として設定できます。ただ、領海においては、沿岸国は他国に対して無害通航権 (注6)を認めなければならないところが、内水と違うところです(第3条、第17条、第19条第1項)。ちなみに、港は海岸の一部とされ(第11条)、投錨のために使われる停泊地は、領海の外にあっても領海とみなされます(第12条)。
 
(注6) 無害通航権 (The Right of Innocent Passage)
〇 全ての国は、沿岸国の平和・秩序・安全を害さないことを条件に、沿岸国に事前に通告をすることなく沿岸国の領海を通航することができる権利を有する(第19条)
〇 「通航」とは、領海の継続的かつ迅速な通過、または内水への出入のための航行とされ(第18条)、不可抗力や遭難の場合や、危険や遭難にあった人や船及び航空機の援助の場合などを除き、外国船舶が領海内で停船・投錨をしたり、徘徊やその他不審な行動など明らかに通過以外の目的による活動は認められない

〇 潜水艦その他の水中航行機器は、沿岸国の領海を航行する場合、海面に浮上し所属を示す旗(軍艦旗、国旗)を掲揚しなければならない(第20条)

(3) 接続水域 (Contiguous Zone)
通関上、財政上、出人国管理上又は衛生上の規則違反を防止するために沿岸国が規制権を行使できる水域で、24海里にまで拡張することができます(第33条)。外国の船舶・航空機は、公海と同様の航行や上空飛行の自由を享受できます。
 
(4) 排他的経済水域 (EEZ:Economic Exclusive Zone)
EEZはUNCLOSから新たに創設されたもので、沿岸国は基線から200海里までをEEZとして宣言することができます(第55条、第57条)。
 
ただ、EEZにおいて認められる権利はあくまでも経済的な側面に限られていますので、それ以外は基本的に公海としての地位を有するとされています。そのため、航行及び上空飛行の自由、海底電線及びパイプライン敷設の自由、海洋法条約のその他の規定と両立するその他の国際的に適法な海洋の利用の自由を他国に認めています(58条)。
 
EEZで沿岸国に認められる権利は、主権的権利(Sovereign Rights)(注7) と管轄権(Jurisdiction)に大別されます。
 
(注7) 主権的権利(Sovereign Rights)
経済的な目的にのみ限定された排他的な権利なので、条文上、「主権」という用語とは一線を画している
 
主権的権利は、簡単に言えば海上・海中・海底、及び海底下に存在する水産・鉱物資源並びに海水・海流・海風から得られる自然エネルギーに対して、探査・開発・保全及び管理を行う権利(第56条第1項)のことです。
 
また、管轄権としては、人工島、施設及び構造物の設置及び利用、海洋の科学的調査、海洋環境の保護及び保全を認めています(第56条第1項)。具体的には、人工島等に対する排他的管轄権(第60条第1項・第2項)や、投棄または船舶による汚染に対する国内法の制定と執行(第210条、第211条第5項、第215条、第216条)、外国の科学的調査の際の沿岸国の同意(第246条第2項)等の規定があり、沿岸国に管轄権(つまり、排他的な許認可権)を与えることで、その行使を可能にしています。
   
一方、沿岸国には義務も課せられます。沿岸国には、EEZにおける生物資源の保存・最適利用促進の義務があり、その水域における漁獲可能量と自国の漁獲能力を決定したうえ余剰分については他国に漁獲を認めなければなりません(第61条第1項、第62条第1項・第2項)
 
(5) 大陸棚 (Continental Shelf)
大陸棚とは、領海を超え領土の自然の延長をたどって大陸縁辺部の外縁に至るまでか、または大陸縁辺部の外縁が基線から200海里の距離まで延びていない場合には、基線から200海里の距離までの海底及びその地下(第76条第1項)とされており、前者、つまり大陸縁辺部の外縁が基線から200海里以上に延びている場合は最大で基線から350海里までか、または2,500メートルの等深線から100海里を超えない範囲(第76条第5項)となります(この範囲を超える海底区域に関しては大陸棚とは別の「深海底」の法制度を適用)。
 
沿岸国は、大陸棚の探査、天然資源の開発に関する主権的権利として、大陸棚の掘削を許可及び規制する権利を有する(第77条)ほか、人工島等の施設の設置、海洋の科学的調査、海洋環境保護・保全に関する管轄権は、排他的経済水域の場合に同じです。
 
(6) 深海底(Deep Sea Floor)
UNCLOSでは、上記の大陸棚をこえる海底を深海底としています。その深海域には、マンガン、ニッケル、コバルトなどの資源が豊富に存在しており、UNCLOSからは国際管理に服する新しい国際制度が導入されています。深海底とそこにあるレアメタルなどの資源は人類共有の財産(第133条・第136条)とされ、いずれの国家の主権下にもおかれず、国家・私人を問わず深海底の取得を禁じられ、それらに代わって国際海底機構が人類全体のために深海底に関するすべての権利を取得し行使する(第137条・第156条)とされています。
 
(7) 公海 (High Seas)
公海とは、内水、領海、EEZ等を除いた海洋のすべての部分であり(第86条)、国家による領有を禁止される海域である(第89条)と同時に、他国の利益に妥当な考慮を払う限りすべての国が自由に使用することができる(第87条)海域であります。
 
具体的には、この自由には航行の自由、上空飛行の自由、漁獲の自由、海底電線・海底パイプラィン敷設の自由、人工島など海洋構築物建設の自由、海洋科学調査の自由が含まれます(第87条第11項)。
 
ただし漁獲の自由については、それに対して漁業資源保存のために必要な措置を自国民に対してとる義務(第117条)や、国家間の協力義務(第118条)などといった、生物資源保存に関する協力義務がおかれています。
  
(8) 国際海峡 (International Strait)
従来、国際的に重要な海峡においては、通常の領海とは異なる取り扱いが国際慣習法によって認められてきたほか、条約によっても強化された無害通航権が認められてきました。
 
しかし、UNCLOSによって、それまで多くの国で3海里だった沿岸国の領海が12海里に拡大され、多くの海峡が沿岸国の領海に飲み込まれ、通航する船舶・航空機の自由な航行・上空飛行に障害となることが懸念されました。
 
そのため、UNCLOSでは従来の「強化された無害通航権」に代わって、新たに「通過通航権」(後述)として、重要海峡における外国船舶および航空機の領海および領空内通航の権利が、より自由度の高い形で盛り込まれることになったのです。

UNCLOSでは、国際海峡(注8)を「二つの陸地にはさまれ、公海又はEEZと、他の公海又はEEZ又は他国の領海とを結ぶ海路で、特に国際航行に使用されているもの」(第37条)と定義づけ、船舶は、その水域が他の国の領海内であったとしても通過通航権(注9)を享愛することができる(第38条)としています。

(注8) 国際海峡
条約そのものには具体的な海峡名の指定は無いが、慣習的に国際航路として利用されている実態から、ドーバー海峡、ジブラルタル海峡、ボスポラス海峡、ダーダネルス海峡、バブ・エル・マンデブ海峡、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、ロンボク海峡などが国際海峡となっている

(注9) 通過通航権
継続的かつ迅速な通過を行うことを条件として、国際海峡を自由に航行および上空飛行できる権利で、軍用・民間用を問わず、全ての外国船舶・航空機に与えられている。危険物質や核兵器等を搭載した船舶・航空機についても、その通航を妨げるものではなく、潜水艦についても浮上航行及び国旗掲揚は義務付けられていないことから、領海における無害通航に比べて外国船舶・航空機側に自由を保障する制度である
なお、通過通航権は国際海峡に適用されるものであるが、日本の国際海峡や、ボスポラス海峡やダーダネルス海峡など、一部の国際海峡においては通過通航権は適用されない(日本の国際海峡とは宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡の5つの特定海峡のことで、1977年に制定された「領海法」により3海里に制限することで海峡の一部を公海にしているため)

国際海峡と通過通航権の概念図(Created by ISSA)

(9) 島、岩、低潮高地、人工島の扱い
水に囲まれていて高潮時にも水面上にある自然に形成された陸地を「島」と定義し(第121条第1項)、島にも独自に領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚が認められる(第121条第2項)とされています。
   
人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない「岩」については、排他的経済水域及や大陸棚を認めていません(第121条第3項)(領海及び接続水域は設定できるとの解釈)。
   
なお、高潮時には水面下に没する「低潮高地」については、島(や岩)としての地位を有するものではなく、また、自然に形成されていない人工島についても島としての地位を有さない(第60条第8項)とされています。

島、岩、低潮高地、人工島の違い(Created by ISSA)

第1回はここまでとなります。第2回では、旗国主義や軍艦の地位・扱い等についてお話します。