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海洋にまつわる話(最終回)

第3回では、近年、各国が推進している海洋安全保障政策や実働部隊の概要及び平素の警戒監視活動等について概説し、その背景要因として、近年、海洋特有の脆弱性を巧みに利用して現状変更を試みる国家・組織が台頭しつつあるとお話ししました。
 
最終回となる今回は、実際に日本周辺の海洋・島嶼部で安全保障上の脅威となっている事例について概説し、特に対策が急務となっている尖閣諸島を巡る動向や今後の見通しについて後段で詳述していきます(注:本シリーズでは、海洋・島嶼部の安全・権益に対する侵害を中心にお話していますので、法秩序崩壊後のウォーゲームの世界については深追いしていません)。
 
1 概 観
先ず、日本周辺で安全保障上の懸念が高まっている海域等を概観すると、下図のようになります。

日本周辺の安全保障環境(Created by ISSA)

(1) オホーツク海方面
北方領土(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)は、第2次世界大戦に敗戦直後にソ連が不当に占拠して以降、現在に至っています。
 
ロシア軍は、2016年に地対艦ミサイルを択捉島と国後島に配備、2020年には地対空ミサイルも択捉島に配備しており、オホーツク海の聖域化も視野に北方領土の軍事拠点化を進めています。また、周辺海域ではロシア国境警備隊による日本漁船への臨検・拿捕・銃撃事案などが起きています。
 
(2) 日本海方面  
日本海では、北朝鮮によるミサイル発射関連活動が、また最近では日米ミサイル防衛網の無力化を企図した変則軌道を描く弾道ミサイルの開発が確認されています。
 
1952年に韓国が策定した李承晩ラインによって一方的に韓国領に取り込まれた「竹島」は、1953年から韓国武装警察が常駐しており、今もなお韓国による実行支配が続いています。
 
好漁場として知られる日本海中部の「大和堆」(日本のEEZ)では、中国や北朝鮮の漁船によるの違法操業が確認されています。
 
ウラジオストクを母港とするロシア太平洋艦隊も益々活動を活発化させており、中国人民解放軍(以下「中国軍」)も徐々に日本海にまで活動範囲を広げつつあります(近年、中露共同の艦隊演習や中露爆撃機による合同パトロールも実施)。
 
(3) 東シナ海方面  
東シナ海では、EEZ及び大陸棚の境界が未確定であるにも関わらず、中国による一方的な資源開発が活発化しています(中国はそもそも「日中中間線」を認めておらず、大陸棚の先端部である「沖縄トラフ」までが自国のEEZであると主張)。
 
中国は1999年に平湖ガス田で天然ガスの生産に着手し、これまでに日中中間線の中国側で計16基の構造物が確認されています(ただ、海底資源の埋蔵地域が中間線を越えて日本側にまで広がっている可能性はある)。
 
また、米軍を中心とした国際部隊による監視活動(注1) にも関わらず、東シナ海において国連決議に違反した北朝鮮関連船舶による洋上での違法な物資の移し替え、いわゆる「瀬取り」が行われています。中国籍の船舶が関与している可能性も指摘されており、中国人民解放軍海軍(以下「中国海軍」)の艦艇が自衛隊や米軍による活動を監視しています。
 
(注1) 日米のほか、英、仏、加、豪、NZ、韓の8か国が監視活動に加わっており、米海軍の揚陸指揮艦「ブルーリッジ」艦上の執行調整所ECC:Enforcement Coordination Center)で情報収集や調整を実施
 
尖閣諸島を巡る近年の状況については、後段で詳述します。
 
(4) 太平洋方面 
太平洋においても中国軍などの活動が活発化しています。特に、中国は空母(本年3隻目が進水の可能性)、水上艦艇、潜水艦及び航空機の活動範囲を広げつつあります。
 
また、自らの南シナ海での岩礁埋め立てを棚に上げ、太平洋上の沖ノ鳥島を「島ではなく岩(なのでEEZも根拠を持たない)」と主張しており、日本に海底資源開発の権利を持たせないように調査船を派遣して反論に向けたデータ収集を行っています(中国の調査船は、太平洋上のみならず東シナ海や日本海でも日本のEEZにおける無許可調査活動を繰り返している)。
 
(5) 南シナ海方面 
中国は「台湾併合」に向け、着々と侵攻部隊や米軍を排除する能力を高めつつあり(注2) 、台湾周辺部は益々不安定さを増しています。
 
また、日本のシーレーンが通る南シナ海では、西沙諸島や南沙諸島での「岩礁埋め立て」やその軍事拠点化が着々と進んでおり、中国公船がベトナム漁船に体当たりして沈めてしまうなど、米国を含む国際社会はこの暴挙を停めることができずにいます(海洋権益の獲得に加え、水深の深い南シナ海で戦略原潜の待機場所を確保するねらいもある)。
 
(注2) 2020年8月、中国は洋上の米艦艇等への攻撃を企図した対艦弾道ミサイル(ASBM)の発射実験を実施(☞関連記事
 
このように、日本を取り巻く海洋や島嶼部における安全保障環境は、国民の予想を遥かに凌ぐ勢いで予断を許さない状況となっているのです。
  
2 尖閣諸島 
中でも、対策が急務となっているのが、尖閣諸島及び周辺海域です。
  
(1) 経緯等
1885年以降、日本は尖閣諸島の調査を行い、清国を含むいずれの国にも属していないことを確認した上で1895年に日本の領土に編入しました。戦前には200人ばかりの日本人が居住していた時期もありましたが、1940年頃から無人島となっています。
 
1945年、第二次世界大戦で敗戦すると、尖閣諸島を含む南西諸島は一時的に米軍の管理下に置かれますが、その後、沖縄返還協定に基づき、1972年に日本の施政下(沖縄県石垣市)に返還されました。

尖閣諸島の概要《海上保安レポート2019

1969年5月、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の沿岸鉱物資源調査報告で、東シナ海に石油埋蔵の可能性(注3) が指摘されると、1971年から中国や台湾が尖閣諸島の領有権を主張し始めます。
 
(注3) 尖閣諸島周辺には、イラクの原油推定埋蔵量の1,125 億バレルに匹敵する原油埋蔵量があるとされている(加えて、カツオやマグロなどの好漁場でもある)
 
日本政府は「尖閣諸島は我が国固有の領土であり、領有権問題は存在しない」というスタンスを一貫してきましたが、中国は公船の派遣を常態化させる等、一方的に周辺海域での緊張を高めているのです。
 
(2) 近年の事象等
尖閣諸島を巡る近年の主要事象をまとめると、下表のとおりです。

尖閣諸島を巡る主要事象等一覧(Created by ISSA)

公船の派遣開始
中国公船の尖閣諸島周辺海域への派遣は、2008年12月に始まりました。中国公船2隻が尖閣の領海内に侵入し9時間にわたり徘徊したのです。実力によって現状変更を試みるという明確な意図の表れであり、それまで見られなかった中国の新たな姿勢が明らかになりました。以来、徐々に事態をエスカレートさせてきたのです。

尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向
海上保安庁ホームページ

巡視船への衝突事件
2009年7月、日本の政権与党が民主党に交代し、対中融和・対米離反に舵を切ると、2010年9月に中国漁船による海上保安庁(以下「海保」)巡視船への衝突事件を起こし、その後、高い頻度で中国公船が尖閣周辺に出没するようになります。
 
翌2011年3月に東日本大震災が発生し日本が国を挙げて対応する中、この混乱に乗じるが如く、徐々に接続水域に入域する頻度が増えていきました。
 
尖閣諸島国有化と活動の常態化
2012年9月、日本政府が魚釣島、北小島、南小島の3島を国有化すると、中国各地で反日デモが発生し暴動に発展、また尖閣諸島周辺海域への公船を一気に増派し、一時的に多数の中国公船と海保巡視船が対峙しました。
 
以降、中国公船が荒天日を除きほぼ毎日接続水域に入域するようになり、2~3隻体制が常態化します(2016年頃から3~4隻に増強)。また、同じ頃から不測事態に備えて中国海軍艦艇が尖閣諸島の北方海域に待機するようになりました。
 
習近平体制の発足と軍の活発化
2012年末、中国共産党が習近平体制に移行すると、国家海洋局所属航空機による尖閣諸島領空侵犯 (注4) をはじめ、中国海軍艦艇による海上自衛隊(以下「海自」)艦艇に対するFCレーダー照射事案、中国軍機による海自艦艇への異常接近事案、中国軍機の太平洋進出飛行等、軍・政府機関による示威行動が多様化していきます。
 
(注4) 航空自衛隊(以下「空自」)による対領空侵犯措置(以下「対領侵」)は間に合わず
 
尖閣諸島は「核心的利益」と明言
そして、2013年4月には、中国外務省報道官が公式の場で尖閣諸島を核心的利益 (注5) と明言するに至りました。

(注5) 核心的利益とは、中国の譲ることのできない国益を表す政治用語で、2004年頃から「台湾」、「チベット」、「ウイグル」を挙げていたが、2009年頃には「香港」や「南シナ海」に触れ、そして2013年4月に中国外務省報道官が「尖閣諸島」に言及(その後、公式サイトで表現を曖昧化)
 
海洋機関の再編
2013年7月には、中国の海洋機関の再編が行われます。いわゆる「五龍」(Five Dragons)のうち、海巡を除く海監・海警・漁政・海関が「中国海警局」(以下「海警」)に統合されました。再編直後、新制・海警の公船が尖閣諸島周辺海域で初確認されました。
 
防空識別圏の設定 
2013年10月、中国は突如、尖閣諸島上空を含む東シナ海一帯に防空識別圏(ADIZ)を設定し、日本を含む周辺国に一方的な統制に従うよう主張しました。これに対し米国は、翌11月に尖閣諸島上空を含む中国ADIZで、事前通告なしにB-52爆撃機を飛行させ「地域の緊張を高め、衝突のリスクを高める」として強く抗議しました(その後、中国はしばしば戦闘機による日米哨戒機等への異常接近飛行を繰り返すようになっていく)。

公船の増強化・大型化・武装化
2015年12月、外観上、明らかに機関砲を搭載した中国公船による接続水域への入域が初めて確認されました。年々、中国公船が急速な勢いで増強される中、船体のサイズも大型化し、搭載兵器も重武装化の傾向にあります。

海警の整備状況《海上保安レポート2019

漁船と連動した活動
2016年8月、休漁明けとともに200隻以上の中国漁船が尖閣諸島周辺海域に大挙して訪れ、これに連動して多数の海警船もこの海域に現れました。
 
ドローンによる領空侵犯
2017年5月、海警船から発進したドローンが尖閣諸島の魚釣島の領空を飛行し、空自の戦闘機が緊急発進する事態となりました(後日、中国外務省報道官は、「ドローンはメディアが飛行させたもので、海警が飛ばしたものではない」と説明)。
 
海警の準軍事組織化
2018年7月、海警を国務院から分離し、中央軍事委員会の下にある武警の指揮下に編入しました。そして2020年6月には有事に際して中央軍事委員会による海警の直接指揮を可能にする人民武装警察法の改正案を可決したほか、更に2020年11月、中国全人代は、停船に従わない船舶に対し海警に武器使用を認める法案の審議に着手しました。

海警の武警への編入《令和2年版 防衛白書

更に、海警が準軍事組織化した2018年頃から、海警船が尖閣諸島の領海に侵入する際に、中国海軍のフリゲートやミサイル艇及び大陸沿岸部の地対艦ミサイル部隊と連動している可能性も指摘されています。(☞関連記事

そして2020年は、中国公船が尖閣諸島の接続水域を航行した日数は333日(延べ1,161隻)となり、2019年の282日(延べ1,097隻)を大幅に更新したです(過去最多)更に、海警船が日本の漁船に接近し、追い回す危険な事例も増えています。
 
このように、中国は尖閣諸島周辺の安保環境を一方的に不安定化させ、不測の事態を招きかねない危険な状況となっているのです。
 
(3) 日米の対応状況
海保の対応状況
海保は、2012年9月の尖閣国有化後、第11管区海上保安本部は全国から巡視船などの応援を受けてきましたが、2016年4月、中国公船に対応する巡視船12隻を14隻分のクルーで運用する「尖閣領海警備専従体制」(注6) を構築しました。
 
また、海保は那覇航空基地に新型ジェット機3機を順次配備し、2020年2月に「尖閣24時間監視体制」も完成させました。
 
(注6) 高速巡航が可能で20ミリ機関砲や遠隔放水銃、停船命令表示装置などを装備した1,500トン級の最新型巡視船10隻とヘリ搭載型巡視船2隻で編成。また、第11管区の定員を1,722人に増員し、うち606人を新たに尖閣専従へ
 
しかし、当初は12隻の専従船のうち4隻が海に出88隻が待機していましたが、現在は8隻が海に出て4隻が待機する状況になっており、海保は既に更なる増強に迫られています。
 
今後1,000トン以上の巡視船を2023年度に現在の15隻から22隻にまで増やすとともに、「複数クルー制」も導入し、3隻の船に対し4隻分の人員を確保しようとしています。
 
また、海保は抜本的な体制強化のため無人機の導入を検討しており、2020年10月から約1か月間、海自の八戸航空基地において米国製無人機「シーガーディアン」を用いた実証実験も行っています(早ければ2022年度にも導入予定)。(☞関連記事
 
自衛隊の対応状況
陸上自衛隊(以下「陸自」)は、2016年3月に「与那国沿岸監視隊」を創設、2018年3月には日本版海兵隊とも言われる「水陸機動団」を長崎県の相浦駐屯地に発足させました(空輸を担うオスプレイの飛行隊は、2025年までに木更津駐屯地から佐賀空港に移駐予定)。
 
更に、2019年3月に奄美大島、2020年3月に宮古島に相次いで「地対艦ミサイル部隊」を配備し、間もなく石垣島にも配備する計画です。

また、海・空自も、従来から実施している平素の警戒監視活動を質・量の両面からかなり強化しています。しかし、歴史的に陸軍主体だった中国軍が海軍主体の軍隊へとドラスティックに転換した変貌ぶりに比べると、日本の海自・海保への兵力シフトは完全に出遅れていると言わざるを得ません。
 
一方、日中両国は、自衛隊と中国軍の不測事態を回避するため、2018年5月に「海空連絡メカニズム」に合意しています。自衛隊と中国軍の艦船や航空機が国際基準(CUES)に基づいて連絡を取り合うことや、防衛当局間にホットラインを設けること、毎年幹部会合を開いて防衛協力を強化することなどが盛り込まれているのですが、ホットラインの設置については未だ難航しており、実現には至っておりません。
 
米国の対応状況
ちなみに、米政府は尖閣諸島の領有権について「一義的には当事国間での平和的解決に期待する」として中立的立場を示していますが、他方で、オバマ政権以降、歴代政権は「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲内」との見解を示しています。(注7)
 
(注7) 2014年4月、オバマ大統領は日米首脳会談後の会見で「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲内にあり米国が対日防衛義務を負う」と、米国大統領として初めて表明
2017年2月、トランプ大統領もワシントンでの日米首脳会談後、尖閣への安保条約適用を確認
2020年11月、バイデン大統領候補は、勝利宣言後の菅総理との電話会談で、尖閣への安保条約適用を明言
 
日本政府が「尖閣への安保条約適用」について米大統領からの言質を取り付けておくことは、中国による尖閣侵攻を抑止することにもつながります(ただ、無人島に過ぎない尖閣諸島への米軍の介入に懐疑的な見方も。
 
共和党員は尖閣問題への介入に高い支持率を示す一方、米国民や民主党員の支持率はさほど高くはない)。
 
なお、在日米軍は1950年代から、尖閣諸島のうち久場島と大正島に射爆場を設置し、沖縄返還後も引き続き米軍提供施設となっており(ただし、1979年以降、使用実績はない)、このことも尖閣諸島が日本の施政下にある論拠を後押ししています。
 
(4) 尖閣諸島を巡る今後の見通し
中国には、10年以上の歳月をかけて公船による徘徊を常態化させることで既成事実を積み上げ、日本側に尖閣諸島に領土問題があることを十分に認めさせるとともに、米国と国際社会にもそのことをもう十分アピールできたとの計算があります。
 
恐らく、核心的利益のうち「チベット」、「ウイグル」、「香港」を概ね平定し、「南シナ海」の基盤固めもほぼ終わったので、次は「尖閣諸島」の実行支配と「台湾」の併合を本格化しようとの算段のようです。
 
そして、新制・海警の運用体制も整い、いよいよ実力行使に踏み切れる権限を与えようとしているように見受けられます。
 
尖閣諸島の領海で日本の漁船を追い回したり、武力行使の権限を与える法案を提出したことは、「新たな局面」に入ったことの証とみて間違いないでしょう。
 
一連の行為は、明らかに国際法上「無害通航に当たらない行為」なのですが、外国公船に対し沿岸国に出来ることは「退去要求」までです。
 
海保に権限を与えて強制排除しようにも、相手は外観上は「白塗りの船体」と「海警局という名の法執行機関」を装った準軍事組織(パラミリタリー)であり、規模・装備面で大きく水をあけられている現状ではどの程度、実行可能でしょうか。
 
仮に、海自に権限を与えて海警を強制排除すれば、既に規模の面で海自を上回ったと言われる中国海軍の介入を招き兼ねないので、かなり慎重にならざるを得ません(中国はこの点も見透かしているものと思料)。
 
こう考えると、中国にとり残された問題は「米国がどう動くか」ということになります。米国は今、コロナ禍や政権交代で内向きになっています。
 
何かのきっかけで米軍が尖閣諸島問題への関心を失ったとき、中国は確実に核心的利益である尖閣諸島の実行支配に向けて動き出すでしょう。
 
まとめ
1月15日、共同通信が「中国のいう『世界一流の軍隊』というのは、米軍をも凌ぐ『世界最強』になることだ」と報じました(☞関連記事)。
 
真偽は定かではありませんが、それまで中国軍の目標は「米軍に比肩する」程度とみられていたものが、実は「米軍をも凌駕する」もので、野心的な世界覇権への意思が露わになったとする見方もあります(中国の戦略動向については「第3オフセット戦略の最新動向」の前段部分を参照)。
 
現在の世界は、米軍が頂点に君臨しているというパワーバランスの下で大国間戦争が抑止され、国際秩序が保たれてきたという冷徹な現実を、私たちは今一度、思い起こす必要があります。
 
引き続き、自由主義の旗の下に結束して米国を頂点とする現在の国際秩序(パクス・アメリカーナ)を守り抜くのか、或いは、不透明な共産主義を基調とする中国を頂点とする国際秩序(パクス・チャイナ)へのパワーシフトを看過するのか、私たちは今、その分岐点に差し掛かっているのです(「米中は「トゥキディデスの罠」に向かっているのか」を参照)。
 
そして、その最前線にあるのが尖閣諸島です(尖閣諸島は日中間の問題であるが、パワーシフトの観点では米中間の問題ともいえる)。万一、この先の歴史が後者に向かえば、恐らく後世の歴史家たちは「尖閣諸島がその転換点であった」と口を揃えてそう言うでしょう。
 
中国は、尖閣諸島の価値を海底・水産資源の確保という観点だけでみてはいません。台湾併合への包囲網であり、外洋(すなわち世界覇権)に向けた突破口としての戦略上の意義も大きいのです。

欧米の安保関係者は、中国問題を語るときによく "The problem is not if, but when?"(問題は「もしも?」ではなく「いつか?」だ)という言い方をします。
 
その言葉には「その日はやがて来ると肝に銘じ、今、本気で守り抜くという強い意思を示さなければ、彼らの野心的な試みをくじくことはできないぞ」と警鐘を鳴らす意味合いもあるのです。
 
ですから、尖閣諸島については、くれぐれも「日米は本気で防衛する意思も能力もない」という誤ったメッセージを中国に送ってはなりません。
 
海洋安全保障に携わる実働部隊の平素の地道な努力の積み重ねがあるからこそ、彼らの野心的な試みを抑止し、今日の繁栄と安全が保たれているのですが、まだまだ国を挙げての意思表示や対策が不足していると思います。
 
古来、日本に繁栄をもたらし、他国による侵略からの防波堤として機能してきた海洋ーーー。今、その防波堤が脅かされているのです。
 
「海を制するものは世界を制する」
- アルフレッド・セイヤー・マハン -