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【小説】Starting Over

23歳の春。変化のない春は初めてだった。今年の春を迎えるまで、春には必ずソーシャルイベントがあった。どこかへ集まれば沢山の人と交流できたし、新たな環境が追わずとも待っていた。地元にいるのは退屈だったので、仕事を変えたり、新たな趣味を始めようとしたが、中学時代の部活の後輩や当時付き合っていた彼女の顔を思い出してやめた。

毎春、地元の小学校の桜を見るために何度も外を歩いていたが、今年は桜を見に来たというより、桜の姿を思い出しに来たような、そんな気分で桜を眺めた。僕は、僕自身が自分の人生の主人公という自覚が足りていなかった。明確な尊敬を受けたいというよりは、誰からも笑われたくないという思いが強かった。そういう思いを持ち始めてから、僕も笑うことが少なくなった。

テレビのニュースでは、関東の桜が満開になったと報道していた。その日の天気は、僕の顔色を映し出したような曇り空だったが、確かな一歩を踏み出すことで、少しでも自分の気分を変えようと、一番気に入っているスニーカーを履いて散歩した。

桜に十分咲きはないらしい。全ての桜が咲き終わる前に、初めに咲いた花は散り始めてしまうからだ。世の中に完璧なものは存在しないというが、桜まで不完全だとは考えた事もなかった。曇り空の下で見る咲きかけの桜は、陰影がくっきりしていて、目玉のように見えて気持ち悪かった。

明日は気温が上がって、晴天の予報だ。来週は気温がぐんと上がって、さらに経つと、すぐに初夏が来る。天気が変われば、桜の見え方も変わって、季節が変われば、大きな歩幅で散歩できそうだ。

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