見出し画像

【小説】Stay Youth Forever

「全部無駄だったな」

最後の歌詞は確かそうだった。高校時代の友人たちに連れられて来たライブハウスでその歌詞を歌っていたのは、また別の高校時代の友人であるアイツだった。

ライブの事はよく覚えていない。興味がないと言うより、見ていられなかった。音響だけはキッチリと整えられたその空間で鳴り響いていた音楽は、アイツを含めた今も変わらないメンバーが、高校時代に文化祭で演奏していた音楽と何ら変わりはなかったからだ。

楽器よりも声の通らないボーカルのアイツをはじめ、演奏に一生懸命で下を向いたままのギター、ロックンローラーとはとても思えない淡い色のカーディガンを着たベース、歓声に煽られて無駄な主張が激しくなるドラム。全てがダサかった。



「アイツら、頑張ってたな。」

1月。寒空の下の帰り道、一緒に来ていた仲間たちが話し始める。

「まあ、良くも悪くも高校時代と変わってなかったんじゃない?」

「それがいいんじゃん!」

彼らには、嫉妬や競争のような窮屈なものがなかった。もっと言えば、平凡だった。面白くなかった。

ただ、僕は誰よりも惨めだった。夢に向かうと宣言できる度胸や、自分の実力を信じて止まない自信、変化を待たずに自分から変化を起こそうとする行動力、全てにおいて僕はアイツに負けていた。

僕も、アイツと同じように夢を追っていた。誰にも言わずに役者を目指す為に上京したが、オーディションの日々に忙殺されバイトに入れず、貯金が底をつき、その臆病な性格が仇となり、誰にも助けを求められずに4年で足を洗った過去がある。

「全部無駄だったな」

最後に歌ったその歌詞が耳に届いたのは、偶然ではなかったのかもしれない。そう確信できるのは、そのフレーズが僕の思考を既に支配していたからだった。

ただ、仲間たちと電車で帰る今は、間違いなく嫉妬心で一杯だった。

「アイツら本当に売れちゃったらどうする?アイツらと友達って自慢できるぜ。」

「うん。もうウィキペディアのページができてるらしいし、ロックバンド好きの間では結構注目されてるらしいよ。」

「この前、Twitterでもライブ動画が話題になってたよね。有名になっちゃうかもな。」

罪のない仲間たちの会話は、僕の嫉妬心を膨らませ、それは体のどこかで爆発しそうなほど大きくなった。



電車を降りて外気に触れると、僕の体も、膨れ上がる嫉妬心も冷め始めた。

家に着き、着替える前に缶ビールを開ける。着替えやエアコンを付ける作業の前、時短をする為に何よりも先に缶ビールを開け、飲みながら作業をするのが僕のルーティンだった。

しかし、缶ビールを開けた後も、いつものように複数の作業をこなす気にはならなかった。

明かりだけがついた部屋で、体だけでなく、嫉妬心も冷え切ると、純粋にライブの事を思い出すことができたが、何度思い出しても、現れる思い出は「全部無駄だったな」の歌詞だけだった。

その歌詞だけは、僕に向けて歌われている気がした。そんな歌詞をアイツが歌っている。アイツは何を思っていたのだろう。

アイツを蔑むように見てしまうことに、目的なんてなかった。ただ、原因はあった。自分がアイツに負けたという事実が、綺麗な壁となって僕の人生に立ち塞がる恐怖が僕を操っていた。

コンビニでビールを買った時に見た銀行の残高は4桁になっていた。5桁あれば充分だった残高も、4桁になると不安が増す。そんな心のメーターのような数字が不安定なのだから、人を見る目なんて簡単に変わってしまう。

冷静になった僕がアイツに持っていた感情は、純粋な敬意だった。心の底まで掘って僕が見つけた感情は、銀行の残高が充分なほどにあり、目の前の目標に向かって着実に進んでいる自信があり、アイツと夢を語りお互いの幸運を願う程の愛情が溢れていた頃の僕が持っていた感情と同じだった。

あの頃の感情を思い出す為に今できる事は、「全部無駄だったな」の歌詞が歌われた曲を見つける事なのかもしれない。

僕はGoogleで歌詞を検索したが、まだインディーズだった彼らの歌詞を掲載しているようなサイトは見つからなかった。

いくつかサイトを巡ると、遂には彼のブログにまで辿り着いた。ブログ内のすべての記事に写真は一切無く、文章がただ綴られた味気のないブログだった。

少しスクロールすると、『Stay Youth Forever 歌詞解説』と書かれた記事を見つけた。

内容は、「歌詞解説」と書きながらも、「あまり説明は得意じゃないから」というダサい言い訳から始まり、その下にあの歌詞が綴られていた。


『誰かが言った 俺らの音楽に価値はないと
誰かが言った 金にならないものは意味がないと
じゃあなんで俺たちはこんなに幸せなんだろう
歩んだ日々 本当に無駄だったのかな
なんて そんな不安 全部無駄だったな』


携帯から目を逸らすと、開けたままにした缶ビールが目に留まったので、ゆっくりと一口飲んだ。冷たいビールが食道を通ると、ようやく部屋が冷え切っている事に気がついて、暖房を付けた。

しばらくして体が温まり、嫉妬心ではない何かが熱を帯びた時、ボーカルの彼に連絡をした。

「今日のライブ良かったよ。俺も頑張るわ。」

返信は早かったし、相変わらずダサかった。

「おー!頑張ろうぜ!サンキューな!」

後で見つけた彼らのYouTubeのライブ動画もまたダサかった。

僕は最後まで見ずに、ただその動画にコメントを付けてから、携帯を閉じた。

「Stay Youth Forever. (永遠に青春であれ)」





この物語はフィクションです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?