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真夏のホラー 秋の陣(無意味な文章)

(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)

 それは残暑も過ぎ去り、北の方では紅葉も始まった時期でした。

 私はこれといってオカルトに思い入れのない、ただの男子中学生でした。通う中学校では文化祭が間近となり、展示の準備や面倒なクラス合唱の練習などで、それなりに忙しい日々を送っていました。そんな私を怪しい儀式に誘ったのは、同じ中学に通う一つ年下の妹でした。

「兄さん、旧校舎の『かくれんぼ鬼』って知ってる?」

 旧校舎──私たちの学校でそう呼ばれているのは、生徒数が多かった時代に使われていた渡り廊下の先にある別棟のことで、校舎として建てられた時期は本棟と変わりません。しかし、基本的に一部の部室があてがわれているだけで施錠されているところが多く、人の少ない薄暗い場所でした。

 妹の話を端的にまとめると、『かくれんぼ鬼』という幽霊を呼ぶ儀式を手伝って欲しいというものでした。妹は子供ながらに落ち着いた雰囲気の持ち主で、器量が良くなんでも卒なくこなす優等生でもありました。しかし、どうにも……不思議ちゃんとでも呼ぶのでしょうか、浮世離れした言動をすることがあり、深く付き合いのある友人はいないようでした。それを両親も心配してはいたのですが、当の本人がまるでマイペースでむしろ充実した生活を送っている風だったので、兄である私が問題ないか気にかけてやって欲しいと、そういう家庭方針でありました。

 ただ私も中学生ですから、幽霊を呼ぶなどと興味のない面倒なことをやりたくない、と一度難色を示したところ、妹は両手を胸の前で握り、上目遣いで懇願してきます。

「お願い、兄さん……」

 そうされると、私はもう駄目でした。妹は両親を含め大人に何かを要求することが極端に少ない子供でしたが、どうしてか私にだけはこうして媚を売って来るのです。周囲から容姿に優れていることに無頓着だと思われている妹ですが、この姿を一度でも見れば、彼女が自身の武器を正しく自覚していることがわかったでしょう。しかも、彼女はこの姿を私にしか見せないのです。それがまた、私の思春期の小さな自尊心をくすぐっていたのか、とにかく、こうして懇願されてしまうと私の思考は心臓の鼓動一つでひっくり返ってしまうのでした。

「……仕方ないな」

「ありがとう。兄さん大好き」

 この小悪魔め、という悪態も、妹の笑顔の前では声になりませんでした。


 儀式の概要は次のようなものでした。

 タイミングは真夏の夜の22時。場所は旧校舎の第2音楽室です。指定された素材を魔法陣に並べ、それを挟んで一人が後向きに座って目を隠します。そして、反対側のもう一人が「もういいかい?」と声をかけ、目隠しした方が「まーだだよ」と応える、このやりとりを4回繰り返します。その後、声をかける方は変わらず「もういいかい?」と何度も言い続けますが、目隠しした方は答えません。そして……それを100回続けると、101回目に『まーだだよ』と魔法陣から声が返ってくるというのです。そこで儀式を止めれば大丈夫らしいのですが、さらに呼びかけ続け『もういいよ』と返答が来てしまったが最後、やってきた霊によって二人は──

 そういうわけで、この儀式は二人が必要となり、妹が私に助力を乞うてきた理由でした。すでに真夏とはとても言えない秋なのですが……妹にとっては誤差の範囲とのことでした。幽霊は誤差を許容するのだろうか……などと思いつつも、私はそもそも幽霊が本当にいるとは思っていませんでしたので、妹のやりたいようにやらせることにしました。

 儀式に必要なものは妹が集めるというので、私はこれといった準備はなく、指定された日の夜に妹と共にこっそりと家を抜け出しました。妹の用意は周到で、校舎への侵入経路として目立たない箇所の窓が解錠してあり、第2音楽室の鍵は消化器の裏に隠してありました。

 そうして順調に現場へと到着すると、妹は魔法陣が書かれた大きな模造紙を拡げ、順番に素材を取り出していきます。

 月も風もない静かで暗い夜でした。もちろん校舎の中には誰もおらず、明かりも持ち込んだ懐中電灯だけが頼りです。この不気味な静寂が忍び込んだ私たちを見つけて飲み込んでしまうのではないか──そんな得体の知れない不安がじわじわと蝕んできますが、私は兄として、弱気なところを見せることができませんでした。

「まず、スズメの死体」

 儀式に必要な素材はやはりどれもおどろおどろしい物ばかりです。その中で妹が最初に取り出して魔法陣の一角に置いたのは──

「おい、それは」

「スズメの死体」

「100グラム78円って」

「スズメの死体」

 私にはどう見ても『鶏むね肉こま切れ』にしか見えませんが、深読みすればそう遠い物ではない……確かに、と無理やり納得しました。スズメと鶏はまた誤差の範囲でしょう。おそらく。

「次に人間の髪の毛」

 そうして置かれたのは小さな髪の毛の束──そこそこの本数だと思われるのですが、髪の長さからして妹のものではなくあれは私の髪の毛……昔から私がいない間に部屋に入っているのは知っていましたが、しかしまさか……いえ、突き詰めても仕方のないことです。私は見なかったことにしました。

「蛇の生き血」

 昨夜台所で食紅を混ぜていましたが、気のせいでしょう。

「コウモリの爪」

 今朝登校前に爪を切らされましたが無関係だと思います。

「毒草」

 ドクダミは毒草ではありません。

「そして、依代となる藁人形」

 そうして最後に魔法陣の中央に置かれたのは、パンダのあみぐるみでした。妹が夏休みに作った……

「わら……人形…………?」

「人形(ひとがた)だから同じようなものだと思う」

 ひとがた……だろうか。パンダだけど……いえ、まぁ、妹が言うのですから、私も誤差の範囲ということにしました。

 こうして無事に準備が整ったので、早速私たちは儀式を始めることにしました。私が目隠しをし、妹が背後から呼びかける役です。

「兄さん。私がいいって言うまで絶対に、ぜーったいにそのままでいて」

 ここまできて私に否やはありません。私は魔法陣の向こう側で体育座りをして両腕に顔を伏せました。

「いくよ」

 そしてついに、幽霊を呼び出す恐ろしい儀式『かくれんぼ鬼』が始まったのです。

 妹と私で「もういいかい?」「まーだだよ」のやりとりを4回終え、あとはひたすら妹が「もういいかい?」と尋ね続けます。私は最初は回数を数えていたのですが、どうせ何も起こらないから妹が満足するまで続くだろう──その考えに行き当たり、むしろ眠って妹に怒られるのを避けようと、こっそり腕をつねったりして過ごしていました。

 そうです。この時の私はまだ……あのような信じられない体験をすることになるとは思ってもいなかったのです。

『──まーだだよ』

 突如、背後から妹とは明らかに異なる女性の声が聞こえました。心臓が嫌な鼓動を打ちます。妹の様子を確認したいと思いましたが、私の両腕は固く結ばれたままでした。これは恐怖のせいではなく、妹に絶対に動くなと言われたからだ。そんな言い訳が頭の中で繰り返されていました。

 一度止まった妹の呼びかけでしたが、心なし硬くなった声で再開されます。

「もういいかい?」『まーだだよ』「もういいかい?」『まーだだよ……』

 そのように繰り返されましたが、どうにも、繰り返すごとに返答の方が弱々しくなっていきます。そして10回ほどでしょうか。とうとう、妹の呼びかけに応える声は聞こえなくなりました。

「もういいかい?」

『…………』

 妹はさらにずっと呼びかけ続けます。しかし何も起こりません。私はほっとしつつも、やはり儀式条件に問題があったため中途半端になったのではないか……と考えていました。さらに落ち着いてくると、むしろ、よくこれで反応してくれたものだなと感心すらしてしまいました。

 妹はそこから5分以上も呼びかけ続けていたでしょうか。いい加減止めた方が良いだろうかと痺れを切らし始めたその時でした。

『うるさい、しつこい、うるっっっっっっっっさーーーーい‼︎‼︎‼︎‼︎ まだまだ、まだって言ったでしょーーーーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 あまりの大音量に、私は妹の言いつけを破って振り向いてしまいました。そして──そこにあったのはなんと……2本の足で立ち上がり、両腕を高く振り上げたパンダのあみぐるみだったのです。

 パンダは叫び終わってから、自分の身体を見下ろし、周囲を見回し、また大声を上げました。

『ぬいぐるみじゃん! パンダじゃん! 藁人形じゃないじゃん!』

「ぬいぐるみじゃなくてあみぐるみ」

『知らないけど⁉︎ それに呪術道具で合ってるの髪の毛だけじゃん!』

「スズメの死体」

『スーパーで売ってる鶏肉じゃん‼︎‼︎ スズメですらないじゃん‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

 ぜいぜいと息を荒らげるパンダが、私が言いたかったことを次々と指摘していました。

 妹は気まずそうに指先を絡めつつも、

「でも来てくれた」

 と頬を上気させていました。珍しく興奮している様子でした。しかし、パンダの怒りは収まりません。

『うるさいから来たの! フェードアウトしてダメっぽい雰囲気出したじゃん! 察してよ! そもそも夏じゃないでしょ今、季節何? 何月? 言ってみなさい! 私は真夏の幽霊なの! わかる⁉︎』

「10月だからギリギリセーフ」

『じゃないっての‼︎‼︎ そりゃ私も夏以外は暇してはいるけど急に雑な呼び出しされた人の気持ちわかる? ムカつくムカつく! イライラする! 合唱で真面目に歌わない男子くらいムカつくわ!』

「兄さんみたいな?」

「──ひっ」

 私は引きつった声を出してしまいました。とりあえず害がなさそうだったため静観していたのですが、妹の一言でぐるり! とパンダが私を振り返ったのです。

『あんた、真面目に歌ってないの?』

 まだ思春期まっただ中の私にとって、合唱で歌うことはどうにも気恥ずかしい行為でありました。どう言い繕っても真面目とは言い難く、それは答えずともありありと態度に出てしまっていたのです。心なし、パンダの雰囲気が険悪なものになったように感じました。

『そういえば文化祭の時期よね。曲は?』

「あの、大地讃頌です……」

『はぁ⁉︎ 男声が超大事な曲じゃん! 舐めてるの? 合唱舐めてる?』

「いえ、そんなことは……」

『歌詞は? 音程は? 覚えた? 覚えてないでしょ!』

「はい、その、はい……」

 あまりの剣幕に、私は力なく応対するしかありませんでした。

『文化祭はいつよ?』

「今週の土曜日──」

『もう時間がないじゃない!』

 それから私の身に降りかかったことは、筆舌に尽くしがたく……信じがたいことでしょう。

 私はその場でパンダから歌の指導を受けることになったのです。

 パンダは元合唱部の幽霊ということで、歌詞、パート別の音程共に完璧でありました。ひとりでに曲を奏でるピアノに合わせ、私と、ついでに妹は、空が白み出しパンダが動けなくなるまで厳しい指導を受けたのです。暗くなったらまた来るようにと約束までさせられて……。

 これ以上の特筆するような恐怖体験はありませんが、あえてその後のことをお話するのであれば──。

 私の文化祭での合唱は他クラスから注目を受けるほどの出来映えであり、その後の学校生活に幾らかの変化をもたらしました。また、妹の家庭での会話の中に『歌ちゃん』という親しい友人が現れるようになり、両親を少し安心させたのですが……時折、妹一人のはずの部屋から楽しそうな話し声が聞こえるのはきっと気のせいでしょう。

 以降、その中学校では『かくれんぼ鬼』ではない別の怪談が語られているようです。『真夜中に歌う音楽室』とは、さて一体なんのことでしょうね。

(EON)

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