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この折りたためない傘がパンドラか(無意味な文章)

(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)

 あなたは記憶の奥底に、得体の知れない不快感がありますか?

 Yes No

 こんな2択を与えられて思わず Yes と選んでしまう人は、実は少なくないだろう。

 年が明けてから世の中は荒れに荒れている。市民が明るい話題に沸き立つこともなければ、SEGAの新ハードが出る様子もない。

 僕は僕で、普段から浮世離れしかけたマイペースな日々を送っているものの、世の中の流れというものから完全に逃れられるはずもなく、夕暮れに照らされて輝く海の上でサーフボードを乗りこなしながらこの文章を書いている。大波が来るたびにミスタイプしてしまうから、執筆スタイルとしてあまりお勧めしない。

 さて、今の世の中のせいか、思い出される記憶があった。

 * * *

「良い報せと悪い報せ、どちらから聞きたい?」

 かつて、まだ先進国の仲間入りもしていない頃、そんな最先端の言い回しで彼女が話しかけてきたのは、蒸気機関車が走り去った後の駅の前だった。多くの見送りの人たちが賑やかに解散していく中で、ぼんやりと空を見上げていた僕を見かねたのか、面識も何もない少女が声をかけてきたのである。

「それはもちろん」

 僕はポケットからパーティクラッカーを取り出して、パンと一つ鳴らして見せた。

「良い報せからさ」

 彼女はWowと肩をすくめてから、口の端を にっ と釣り上げた。

「約50年後の話だけどね、人類はとても大事な希望を得ることになるよ。世界に公開されるのは、もう20年はかかると思うけれど」

「……それはまた」

 僕はポケットからパーティクラッカーを取り出して、また一つパンと鳴らして見せた。

「良い報せだね。ちょっと先だけれど」

 まぁね、と彼女は小さく笑ってから、スッと歩いて僕とすれ違う。僕は振り返らなかった。それを、許されていない気がしたし、きっと、願ってもできなかっただろう。

「子どもはそろそろ帰る時間だよ」

 その彼女の声はふわりふわりと発光して空気に溶けて、僕の背中から沁み込んで抜けていった。それで終わりでも別に良かっただろう。それでも、礼儀というか、様式美というのか……僕は吐き出すように返した。

「悪い報せは?」

「その希望の日には────」

 背後の薄れかけた『存在』が、殊更に明るく、その悪い報せを短く告げた。

 僕はその場で崩れ落ちて、あたりが真っ暗になるまで嗚咽を上げて泣きじゃくった。帰りが遅くなった理由も、赤くなった目元の理由も家人には告げられなかった。

 * * *

『大事な希望を得ることになるよ』

 砂浜に降り立った僕の脳裏に、はっきりとその声が蘇る。

 僕は深呼吸して、足元からゆっくりと視線を上げていった。水平線の向こう側へと、あの日と変わらない色の太陽が沈んでいく。子どもはそろそろ帰る時間だ。

 世界は良くなっている。そのことを本当はみんなが知っている。でも、負の感情は絶えず、未来への期待は薄く、アーマードコアの新作も出ない。

 でも、きっと、それは……


 ──その希望の日には、雨が降るよ。


 僕は呼びかけられたように感じて、暗くなり始めた空を見上げる。

 額をぴちゃりと雫が叩いた。

(EON)

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