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皿を洗って投げる! はい! 洗って投げる!(無意味な文章)

(注:世の中には意味のある文章が多すぎるため、無意味な文章を書いています。決して意味を見出さないでください)

 11月になって少し。具体的にはこれを書いている1週間前の話である。

「隣、いいすか?」

 鍛え抜かれた肉体。高価なブランドの革ジャン。金色に染めたオールバック。薄暗いバーの中でも外さないサングラス。

 外見からして関わるとヤバそうな雰囲気しかしないのだが──いいかと確認されたらとっさに「はい」と答えてしまうのは日本人の習性だろうか。習性に違いない。答えてしまった。彼は右隣に腰を下ろした。

 彼は慣れた手付きで煙草を取り出しジッポライターで火をつける。僕はその間に周囲を見回すが、客は他に2人だけで席は空いていた。すぐにでも会計して帰った方がいいのでは……と考えはしたものの、彼が話し始める方が先だった。

「良い仕事があるんすよ」

 間違いなくヤバイ。逃げたい。

 たまらずマスターに視線を向けるが、ちらりとこちらを一瞥しただけですぐに氷を削る作業に戻ってしまった。僕もすぐに帰るもしくは氷を削りたい。

「えっと、特に仕事に困っているとかはないんですけど」

「いやいやいや、本当に良い仕事なんすよ」

 彼はそれから、いかに自分の持ってきた仕事が素晴らしいかを語った。いわく、労働時間は短く、特殊な技能は不要で未経験でも歓迎、それでいて収入は平均的なサラリーマンの倍は堅いという。

「でも危ないのでしょう?」

 などと聞けるはずもなく、僕は素直で無害なナイスガイを装って「Wow!」「Great!」「Wonderful!」「Cool!」で会話を終わらせようとしたが終わらなかった。

「お兄さん、話わかるね」

 彼の好感度は1上がった。ついでに「おごるっすよ」と酒を注文してもらった。意図せずズブズブである。

 ヤバイ。もうどうにもまともに話をしていては取り込まれるという危機感が募った僕だったが、そこでひらりと天啓が舞い降りた。そうだ、僕の今の仕事がより素晴らしいものだとでっち上げて諦めてもらおう、と。

「実はですね、僕の今の仕事もすごくいい仕事なんですよ」

「え、どんなすか」

「皿をね──」

 皿を、皿を……? 酔いが回ってきたのか、思考が危うい。まぁ、相手も酔い始めたようだし、雑でも良いか。

「皿をどうするんすか?」

「洗ってね」

「洗って」

「投げる」

「投げる!? 投げたらダメっすよ!」

「と思いますよね?」

「割れるっすよ」

「それがね、最近AIって聞いたことないですか? 人工知能」

「えー、なんか映画とかで見るっすけど」

「そう、皿をね、洗って、人工知能に投げる」

「まじっすか」

「するとね、人工知能はすごいから、投げた皿をね、いい感じにして……」

「して」

「契約を取ってくる」

「まじっすか!?」

 それから僕は1時間かけて、いかにこの仕事が素晴らしいかを語ってやった。専門知識が求められるが労働時間は短く、重労働はAIがこなし、うまく皿を投げるとクリティカルが発生してダメージが2倍になる。皿の色で属性が決まって弱点属性ならさらに2倍のダメージだ。

「つまり、こうやるんですよ! 皿をこう、洗って!」

 皿を洗うジェスチャー。

「投げる!」

 皿を投げるジェスチャー。

「ぱねぇ!」

 惜しみない称賛が注がれる。

「ほらあなたも!」

「うっす! こう、皿を洗って──」

「はい!」

「投げるっす!」

「Unbelievable!」

「まじすか!」

「はい、洗って!」

「はい!」

「投げる!」

「はい!」

「洗って!」

「はい!」

「投げる!」

「はい!」

「Ciritical!」

「やったっす!」

 そうして意気投合した僕らは夜の街に繰り出し、やがて強い握手をして別れた。夜の出会いは一期一会。こうした出会いの一つひとつが僕を新たなステージへ連れて行ってくれる。

「さて、今日も仕事をがんばるかな」

 そうして彼を思い出しながら、僕はまた次の皿を手に取るのであった。

(EON)


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