嫌なおばさんを見て思うこと
年上女性からのあの視線
“若い女性”というだけで、“若くはない女性”から嫌な視線を向けられたことがあるという方は多いのではないでしょうか。
若いのは今だけよ。
若いからって何よ。
わたしも若い頃はそうだったわ。
彼女たちは、嫉妬とも、蔑みとも、同情とも取れる目つきで舐めるようにこちらを観察してくるのです。
年上女性からの嫌な視線というのは、思い出すだけでも虫唾が走ってしまうものです。
今のわたしにできること
しかし今現在、自分が「若い」かつ「女性」であることは曲げようのない真実なので、年上女性から向けられる嫌な視線を避けることはできません。
この由々しき事態に対して、今のわたしにできることは何もないのか…と途方に暮れていた時、わたしはあることを思い立ちました。
それは、「未来の被害者を減らそう」ということです。
いつかはわたしも必ず若さを失い、老いていくでしょう。
その時のわたしは、若い女性に対して、嫌な視線を向けて、嫌なことを言ってしまうようなおばさんになってしまうのか…?
いいや、絶対になりたくない!
わたしはそんなおばさんには断固としてなりたくありません。
お花畑に向けるような朗らかな眼差しで全世代と接することができる、嫉妬や蔑みの感情を超越した達観マダムにわたしはなりたいのです。
わたしがそうなることによって、未来の嫌なおばさんを一人減らすことができ、嫌なおばさんによる被害者も減らすことができるというわけです。
達観マダムになるには
どのように生きていたら達観マダムになれるのでしょうか。
わたしは、「若さ」と「女性」を武器にいい思いをした人は、嫌なおばさんにはならないものと推測しています。
「若い女性でよかった〜!」という経験をたくさん積み重ねることによって、もうお腹いっぱい状態になり、惜しみなく次のライフステージに向かうことができるのではないかという仮説です。
つまり、前述のような嫌なおばさんは、“若い女性で得をした”という経験をしてこなかったということです。
若い女性を見ると“もう戻れない過去の自分”を投影してしまい、“どうしても慰めることのできない若い頃の哀れな自分の姿”がちらついて葛藤を起こし、嫉妬や蔑みといった負の感情が湧いてくるのです。
現在、わたしは紛れもなく若い女性です。
この記事を書きながら、わたしはお腹いっぱい状態になるまで若い女性であることを謳歌して生きていくことを決めました。
それは未来の嫌なおばさんによる被害者を減らすためでもあり、達観マダムになるという自己実現のためでもあります。
長い時を経た検証の結果、上記の仮説が支持されていたら、わたしは朗らかな笑みを浮かべながら優雅なティータイムを楽しむマダムになっていることでしょう。
P.S.
この記事に対してご意見をいただいたので、続編を書いてみました!
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