死ぬほど安全で死ねない空間

お恥ずかしながら2月に急性アルコール中毒でぶっ倒れまして、精神病を患ってたこともありかかりつけの精神科で任意入院し四日だけ過ごしてきました。点滴を受けて即日帰宅も出来たのですが体調面で不安があったのと、精神病棟なんてなかなか体験できないぞというよこしまな好奇心で少しだけお邪魔しました。入院生活で色々感じたことをぽつぽつとメモしておきます。

まずベッドに運ばれて早々、身ぐるみ剥がされる。自他を傷付けられるような物品を所持していないかどうかのチェックのためだろう、スマホ含めてあらゆる荷物を取り上げられる。本当に全部。ここは通常の病院と違うところだと思う。そして荷物は退院まで返してもらえない。それからすぐ病院着に着替えさせられる。万が一逃げ出しても外来で来てる患者とすぐに見分けがつくからだろう。多分。エレベーターへと続く扉は常に職員の持つ鍵でだけ開けられる鍵のかかった扉で閉ざされている。
バッテリー類(スマホ、PC、ゲーム機など)は主治医の許可が降りれば時間制限付きで利用可能になる。私はたまたま主治医が入院翌日に診察してくれたので入院翌日の夜にはスマホ解禁になったが、基本的に病室には時計がない。スマホが使えるようになるまで時間も分からず過ごす間はひどく長く感じられた。デジタル依存した現代病かもしれない。デジタルデトックスと言えば聞こえはいいが、点滴していて動けない自分からすれば地獄のような時間だった。充電コードは首吊りの可能性がある紐類として危険物扱いで没収となり、充電したい場合はスタッフステーションに預けてお願いする形となる。イヤホン程度の細い紐でも没収だった。Bluetoothイヤホンならいいかも?精神病棟にある娯楽はホールにある一台のテレビだけ。めちゃくちゃ退屈だった。緊急でかけこんだので私は普段は眼鏡やコンタクトをしているが入院時は裸眼で、テレビを眺めたところでファミコン以下のドットだった。

朝は6時に起こされ、夜は9時に消灯する。が、夜は基本的に寝れないと思ったほうが良い。こればっかりは同室者がどんな人かという運によるが、私は初日はスタッフステーションに一番近い比較的頻繁な介護がいるの人の病室にいたためか、真夜中でも行われる隣のベッドの老人の痰吸引の音や対面のベッドで夜通し独り言を呟き続ける老人、たまにカーテンを開けてくる看護師さんのシャッという音で一睡も出来なかった。そのことを診療にきてくれた主治医に話すと部屋を変えてくれたが、今度は夜中になると幻聴と大声で口論する老人と同室になりやっぱり眠れなかった。元々不眠症を患っていたし昼間は好きなだけ寝ていられるのでまあ別にいいのだけど、幻聴バトル老人が室内を歩き回って時折壁を殴っていたのでこちらに危害が及ばないかドキドキしていた。幻聴バトル老人の言動は要領を得なかったが、「お前が幻聴なのはわかってるんだぞ!」だけ聞き取れて、人には人の苦労があるのだと分かった。夜間には夜勤さんが定期的に見に来る。夜勤さんに頓服の追加をお願いしながら寝れなくて……、と幻聴バトル老人の方を指差すと苦い顔をされた。入院期間中、ぐっすり眠れた日は一日もなかった。

食事の時間は精神病棟において唯一の娯楽と言っていいだろう。同室のひとたちもここのご飯だけは美味しいと口を揃えて言っていた。初日は点滴のみで絶食だったがさいわい次の日からは常食で、白米160gに野菜中心の食事にお湯で薄めたような薄くてぬるい麦茶が出てくる。食事はどれも美味しく、薄めの味付けではあるが白米が進む程度には塩っ辛さもあり、この頃食が細って栄養失調になっていた自分でも半分以上は食べられた。食事の時間、介護士さんたちが噎せたり食後の薬を吐き捨てるものがいないかずっと監視していて正直気は休まらなかった。私は食べるのが遅いので付き合わせるのが申し訳無かった。あと隣りに座ったひとがなぜか近距離で私の箸先を凝視して顔の向きごと追尾してくるのでなんすか……と思った。まあ精神病棟なのでそういう人もいる。○○さん早く食べて、と介護士さんに急かされハイ!と返事だけはいいもののいっこうに食べようとしないひともいた。まあそういう人もいる。私は納豆以外のネバネバ系が苦手なのだけど、角切り山芋となめこと小葱の和え物、オクラ納豆(オクラがすごい細切れ)などが美味しくて、管理栄養士さんと調理師さんの工夫が感じられてよかった。野菜が好きなので病院食はまったく苦ではなかった。

昼間は午前と午後に2時間ずつくらい作業療法の時間がある。私は大学生の頃は言語療法が専攻であり(中退したが……)、作業療法や理学療法はお隣さんな学科のため耳馴染みがある。作業療法は日常に必要な動作の機能向上や、社会性を育むことも目的とするリハビリテーションだ。私は短期入院なので参加を求められなかったので参加できなかったが、具体的には他の入院患者と卓球やカラオケなどしていた。ぜひ作業療法を体験してみたかったが精神病棟はほぼ老人ホームなため私が参加したらふつうにフィジカルで勝ってしまう……と思いやめた。お絵描きとかなら参加したかったがペンは危険物として握らせてもらえない。ので多分そういうのはないと思う。徹底的に安全な空間である。苦しいほどに。

同室のひとたちは幻聴バトル老人(昼間はふつうに面倒見の良いおばあちゃん)の他に夜になるとなぜか見ず知らずの市長さんに電話をかけてしまうという症状のひと(なんで?)、アル中で入院した私、自殺未遂で緊急入院してきたおばあさんで構成されていた。
自殺未遂おばあさんは私の入院中にきた新しい人だが、聞こえてくる会話から自分はただ死のうとしただけで普通だから出してほしい、こんなところ耐えられない、ここは牢屋だと嘆いていた。急に家事ができなくなって自殺未遂しても病識がない……というあたりから察するに余りあるが、同室の方々も介護士さん看護師さんも当たり障りのない言葉で手慣れた様子であしらっていた。この空間で自殺未遂経験者というのは珍しくない。そのことにぬるま湯のような心地良さを感じなかったと言えば嘘になる。どうかあのおばあちゃんがせめて認知の歪みに気付いて回復への一歩を進めるように祈ることしか私には出来ない。
なぜか市長に電話をかけるひとが隣のベッドのひとで、一日中カーテンを締め切ってる顔も分からん私にカーテン越しに親身に話しかけてくれた。「女は早く男を見つけて子供作って親に孫の顔を見せるべき」という見事なまでに模範的なつまらないお説教を賜ったが、すみません私は性嫌悪持ちレズ寄りのバイですという言葉は飲み込んだ。ただ精神病棟はほとんど老人ホーム状態であり、私の年齢で入院することはヤバいらしいこと、精神病棟は家族の同意があればぶち込めるから家族に見捨てられたら出られない牢屋になることなど、為になることも教えてくれた。退院したら最初に何がしたいですか?と聞いたらゆっくりお風呂に入りたいと言っていた。他の病棟は分からないが風呂は平日のみひとり15分だけシャワー可能であった。私の入院している間に隣のベッドのひとのもとにその人の主治医が来ていて、退院の可能性を仄めかしているのが聞こえた。カーテン越しだが、一緒になって喜んだ。今その人が無事退院できていることを願う。

身内(医療従事者が多い)に聞いた話だが、病院でも入院病棟でも基本的にご意見箱的なものを設置することが義務付けられているらしい。しかし私が覚えている限りではそういった箱は精神病棟では見当たらなかった。食事が美味しいことに感謝を込めたお便りを出そうと思ったのだが。おそらくだけど、角に頭を打ち付けて死のうとする人がいるからではないかと思う。大部屋の入口には洗面所があるのだが、「かつて手拭き用ペーパーを食べた人がいた」という理由で手を拭くものが存在しなかった。精神病棟はとにかくどこまでも、死ぬほど安全な、死ねない空間なのである。

大体そんな感じでした。貴重な経験ができたと思っていますが、どうか読んでくれた方が同じ経験をしないことを祈ってます。
最後に言っておくと、酒に呑まれるのは本当にやめたほうがいい!!!!何故なら酒のせいで調子を悪くした場合、何科にかかろうが「うちでは何もできません、診察対象外です」と言われるからです。誰も何もしてくれなくなります。かかりつけの精神科に助けを求めたときも門前払いを喰らいかけ、私の馬鹿みたいな飲酒の原因が精神的な悩みとここで処方された新薬の副作用による不眠が原因だから、と嘔吐しながら話してなんとか処置してもらえましたが……。
みんな、酒はやめよう。以上です。

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