妖怪に出会った話

別に妖怪でもなんでもないのですが。

私には毎朝挨拶するお婆さんがいます。おばあさんは昔たばこ屋で、今はそのたばこ屋の跡地に椅子を置いてぼんやりしたり、ご近所さんとおしゃべりをしたりしていました。
私は面識すらありませんでしたが、いかんせん毎朝見かけるので思いつきで挨拶をしてみることにしました。
毎朝挨拶を続けるうちに私のことを認識したようでたまに厚底の靴やモコモコの上着をほめてくれるようになりました。
ちょっと距離感近いけど、いいお婆さんだなぁと思っていました。
その距離感も私が髪を染めるまでの話で、私の髪が長い黒髪から短い金髪になってからはまた親密度がリセットされたようでした。それでも朝見かけた時は挨拶をするようにしていました。

いつの飲み会の帰りでしょうか?
私は終電で帰りました。深夜1時ごろですから女の子が一人歩くには危険です。何もありませんように、と足速に歩いていると、いたんです。あのお婆さんが。
深夜に歩いている老人なんて徘徊老人か妖怪の2択ですから、ギョッとしました。家の前にいる限りは徘徊老人にはなり得ないだろうと思いましたが、一応「こんばんは」と声をかけてみることにしました。
まずはなぜこんな深夜に出歩いているのか聞かれ、お友達と遊んでいた、と答えました。どこに住んでいるのか、仕事は何をしているのか、家が何平米か、さまざまな質問をされました。
一軒家に実家暮らしの学生で家の平米はわからない、と伝えたつもりだったのですがどうやら食い違いが発生します。
彼女は私が一人暮らしで一軒家に賃貸で住んでいるなぜか金周りのいい女だと思っているようでした。極めつけは
「あんまり女を安売りしてはいけないよ」
多分おそらく、職業を勘違いされている感覚がありました。短いスカートを指摘されただけかもしれませんが。それから悪い男に引っかってはいけない、と。私はよく悪い男に引っかかりそう、と言われますがそんなことはありません。引っかかりそう、なのではなく、引っかかり続けている、のです。
そんなこんなでこういった同じ質問を繰り返されたりして、あぁ、認知症も少しあるのだろうなぁと思いましたが、さっき話したという指摘はせず、話し続けました。
しかし時刻は深夜1時半ごろになり、そろそろ帰らないと親に通報でもされかねないなと思ってなんとか話を切り上げようとしている時、お婆さんは“女の幸せ”の話をし出しました。
「結婚して家庭に入るのが女の1番の幸せ、いい人のところ嫁いで幸せになれ」と。
あぁぁっ!なんて古風な、なんて昭和な考え方なの!私にとっては少し地雷でした。確かにその幸せもきっとあると思いますが、いまの時代それがいちばんの幸せ、と言い切るのはちょっと違うかな、なんて思い、私は「まぁ人それぞれですからね」なんて濁しました。一気に私の中のお婆さんへの妖怪パラメータがググと上がりました。
これで妖怪呼ばわりは大変失礼な話です。
しかし、ちょっと、私の中にあるフェミニズムがモヤモヤしたのでした。
その後は話も落ち着き、お婆さんは「困った時はここにいるからいつでもおいで」と言ってくれました。こども110番みたいだなと思いました。
お婆さんをなんて呼べばいいかわからず、「ご婦人、おやすみなさい」と声をかけて私は帰りました。

それからも朝見かけると私はご婦人に挨拶をしています。彼女はきっとあの夜のことは覚えていないでしょう。

しかしなぜご婦人はあんな深夜に外を歩いていたのでしょうか…


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