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機動戦士ガンダム0090 越境者たち #5 ガンダム奪取作戦

 機動戦士ガンダムで描かれた、一年戦争の終結から10年後の世界、Zガンダムとは別の「もう一つの宇宙世紀」の物語を描く。拙作「機動戦士ガンダム0085 姫の遺言」の続編。
 ケリーのもとを訪れたガトーは、ジュドーとともにオーシャンドームでの新型ガンダム奪取作戦に着手する。訓練プログラム実施のため、先遣隊として無人コロニーに入ったエマは、そこにいるはずのない少年と出会う。



1:グラナダからの客

 ア・バオア・クー周辺空域で回収してきたゲルググをファクトリーに搬入しジャンク屋に戻ると、ケリー・レズナーは店のカウンターでガンダム奪取作戦リベンジに向けて、サエグサ、アポリー、ロベルトらと策を練り始めた。
「問題は、どうやってオーシャンドームに奴らを誘い込むかだ」
 彼らに混じってしたり顔で言うジュドー少年を、ケリーがたしなめる。
「ガキは口を挟むな、と言っただろう」
「なんだよ、そもそもこの案を最初に思いついたのは、おれなんだぜ? 口も挟むし、分け前もいただく。当然だろ? おっさん」
「俺たちはな、積荷を奪うだけの安っぽい海賊とはわけが違うんだ、金が欲しいんなら、おとなしくコンビニでバイトでもしていろ」
 アポリーがにべもなく言う。しかしジュドーはしっかりと言い返した。
「失敗しといて、何が安っぽい海賊だよ、それに、金が目当てじゃなけりゃ、なんのために〝新型〟を奪おうっていうんだ?」
 男たちは、顔を見合わせた。しばしの沈黙のあと、ケリーが言った。
「俺たちの正義を、実現するためだ」
「あ、実は、めんどくさい人たちだったんだな」ジュドーが言った。
「だけど、こうなったからには、おれだっておれなりの正義を実現させてもらうぜ」
 ふっ、とケリーが笑みを見せた。
「で、問題はだな、どうやってオーシャンドームに奴らを誘い込むか、だ」

 オーシャンドームとは、<サイド1>のコロニーの一つで、地球の北米に本拠を置く巨大エンターテイメント企業、ディスティニー・ブラザーズ・カンパニーがまるごと一つを所有して「海」をテーマにしたリゾート・コロニーとして開発・運営していたものである。そこには、数キロに及ぶ人工のビーチと人工的に波を造り出すプールがあり、スペースコロニーに居ながらにして、地球のビーチリゾートを体験できる施設として繁栄を極めた。しかし、一年戦争がすべてを変えた。ジオン公国軍の行ったコロニー落としで、落下したコロニーが北米大陸の西海岸に近い地域が直撃を受け、ディスティニー本社も被害を免れることができなかった。本社近郊にあったテーマパーク「ディスティニー・ワールド」は大損害を受けた。地球とコロニー、コロニー間の宇宙航路も分断され、人々はエンターテイメントやリゾートを楽しむ術も、また余裕も失った。オーシャンドームは維持管理もなされないまま放棄され、現在は<サイド1>自治政府の管理下に置かれたまま朽ちるままに任されている。

「もう、手は回してある」ケリーが言った。
「<ラーディッシュ>から連絡があった。ティターンズ部隊は、オーシャンドームを使ってコロニー内戦闘の訓練を行う予定だ。スケジュールもつかんでいる」
「そこを狙うってわけか!」ジュドーが意気揚々と言った
「コロニー内で戦闘訓練とはな、とうとう本性を現しやがった」アポリーが言った。
「え、どういうこと?」
「つまり、あのモビルスーツを実戦配備すれば、コロニー内であっても、テロ拠点を叩くのに容赦はしないということだ」険しい表情で、サエグサが言った。
 ジュドーは、彼らの眉間に刻まれた皺を見た。これから始まろうとしていることは、これまで自分が体験したこととは次元が違うことかもしれない。そこに、彼は噛り付いてでもついて行きたい、と思った。

 コロニーに、夜のとばりが下りてきた。ここ数日、ケリー・レズナーはアポリー、ロベルトらとともに、スウィートウォーターの市街地から少し離れた工業地帯にある「スターダスト運送」の流通倉庫に詰めていた。巨大な倉庫の建物は数棟あるが、そのうちの一つが彼らの整備工場となっていた。ジュドーはひとり、ケリーのジャンク屋の店番を任されている。
 店番といっても、ここを訪れるような客は少ない。ジュドーはカウンターに教科書とノートを広げて勉強に勤しんでいた。本職のパイロットになるには、学校の成績だってバカにはできないとケリーが言ったことで、急にやる気になった。別にパイロットになりたい、と思っているわけではない。しかし、妹のリイナをロンデニオンの進学校に行かせたい、という以上、自分も底辺に留まらずもっと稼げる大人にならなければならない、と思ったのだ。
 静かな店内に、筆記具の音が響く。いつになくジュドーは集中していた。彼らの「作戦」について、聞いてしまったからかもしれない。
 トントン、とカウンターを叩く音がして、ジュドーは顔を上げた。黒いライダーズジャケットを羽織り、肩まで伸びた銀髪を後ろで束ねた背の高い男が立っていた。入ってくる気配がまったくしなかったことに、ジュドーは驚いた。
「ケリー・レズナーはいるか」
 ドサッとミニタリーバッグを置いて、男が言った。見たことのない顔だった。ここには、いろんな立場の人間がいる。根っからの<サイド1>市民、戦後に来た流れ者、旧ジオン関係者、今の連邦軍関係者、そうした動きを探るためにくる密偵…。すると、応対は必然的にこうなった。
「ここはケリーの店だけど、あんた誰?」
「アナベル・ガトー、グラナダの庭師だ」
「庭師が何の用なんだ、ここには庭なんてないぜ?」
「では聞くが、おまえは誰だ」
「おれ? おれはジャンク屋ケリーの相棒で、名前はジュドー・アーシタ」
「相棒、か」男がにやりと笑った。
「俺も、そうだ。戦場では相棒だった。ケリーは今、どこにいる」
 戦場、という言葉で、ジュドーは悟った。
「ここ数日、ずっと工場にいる。次の作戦の準備をしているんだ」
「電話して、ガトーが加勢に来た、と言ってくれ」
 ジュドーは受話器を取り、言われた通りにした。

 ジュドーはケリーの指示に従い、その相棒だという男をエレカに乗せて、彼らのいる工場まで連れていった。場所は知っていたが、ジュドーもそこへ行くのは初めてだった。
 あたりはすっかり暗くなっている。ジュドーは指示された倉庫の、03と書かれた大きなシャッターの前にエレカを停めた。
「ここだって」ジュドーは言うと、エレカを降りた。ガトーが、それに続いた。ジュドーはシャッターの横にある小さな扉を開け、ガトーとともに中に入った。
 目の前に、横たえられたモビルスーツの姿が現れた。その機体の上に、ケリー・レズナーが立っている。彼は二人の姿を認めると、機敏な動作でそこから下りてきた。
「ガトー少佐!」
「君の今の相棒も悪くはないが、この作戦には力不足かもしれぬと思ってな」
 ジュドーは、不思議な面持ちでその二人のやりとりを見ていた。ケリーの目が潤んでいる。
「ここは?」ガトーが聞いた。
「レストア用の工場です」ケリーが言った。
「直せるものならなんでも直す、スプーンからモビルスーツまで、っていう名目で経営している、我々の基地の一つです」
「動かせる機体はあるのか?」
「ゲルググが1機、リック・ドムが2機」ケリーが答えた。
「もともと、ここには連邦軍が鹵獲した機体があったが、ザクIIの大半は兵器マニアに売却し、この3機を残してあとは同志の基地に送った。このほかに、外のドックにもう3機ある。ゲルググと、リック・ディアス2機」
「それだけあれば、十分だ」ガトーが言った。
「では、作戦を聞こう」
 そして、ジュドーの方を振り向いた。
「君もだ、相棒」

2:オーシャンドームの罠

 ガンダムMk-IIのテストが始まって、3週目に入っていた。コロニー内でのテストと訓練を兼ねて、グレイファントムは<サイド1>のコロニーの一つ、オーシャンドームに向かっていた。もともとはディスティニー・ブラザーズ・カンパニーが所有するリゾートコロニーだったが、現在はほぼ、放棄された状態になっている。<サイド1>自治政府へは、連邦軍のロンデニオン基地司令、コーウェン中将から使用許可を申し入れた。結果的に許可は降りたが、<サイド1>政府は廃コロニーに指定管理者を設定し、ルオ商会に管理を丸投げしていた。そのため、使用許可を取るのに手間取り、話は社長のステファニー・ルオにまで持っていかねばならなかったという。
 ブリッジの艦長席から、ブライト・ノア大佐は近づいてくるコロニー、オーシャンドームを見つめていた。放棄されて10年近くになるが、外観だけみれば、他のコロニーとは変わらない。ルオ商会の担当者の話によれば、太陽光発電パネルの維持管理は行っており、エネルギー供給はされているという。空気循環システムも、一応正常に作動しているということだった。
「先遣隊を出そう」ブライトが言った。
「人選は任せます、バニング中佐」
「では、エマとジェリドを出そう」
 彼は、ガンルームで待機中のパイロットに指示を出した。

 コウ・ウラキはチャック・キースとともに、モビルスーツデッキで出撃準備をするエマとジェリドのガンダムMk-IIを見ていた。累積スコアでは横並びだが、コウは3人の中では唯一、重力下でのモビルスーツ運用を経験していた。士官学校を出たあとの最初の任地は地球の北米基地だったのだ。その経験を踏まえれば当然先遣隊に選ばれるだろうと思ったが、そうはならなかったのが不満だった。
「そう焦るなよ」キースが言った。
「訓練なんだ、誰が先になろうが結局全員が試練を受けることになる。別にあの二人がコウより優れているから先遣隊に選ばれたってわけじゃないさ」
「わかってる、わかってるけどさ」
 コウがもどかしげに言う。彼は、例のエヴァーグリーン号襲撃事件のときのことを思い出していた。あのとき、一番に動いたのはジェリドだった。エマとブリッジに入ったとき、主導したのはエマだった。自分はただ、ついて行っただけだ。そこに差があるのだ、とコウは思った。モビルスーツデッキには、あと1機のMk-II、そして5機のジムIIが並んでいる。出撃していく2機の通信を聴きながら、のこり1機の黒い機体をコウはじっと見つめていた。

 コロニー・オーシャンドーム沖に停泊したグレイファントムから発進したエマは、ジェリドとともにコロニーの入り口である宇宙港を目指した。入り口に到達すると、小型船舶用のエアロックを手動で開き、宇宙港内部へ進入する。伝達された通り、動力源は生きているようだ。宇宙港には、係留されたまま放置されたクルーザーが、点々としている。彼らは奥へ進み、2番目のエアロックを開き、さらに奥へと進んだ。
 通信はそのままジェリド機にも、グレイファントムのブリッジにもつながるようになっている。

「変だと思わない?」

 エマはジェリドに向かって言った。

「ずっと放棄されたままだというけれど、最近エアロックを開いたような形跡があるわ」

 細かい塵の付着したエアロックのコックだけ、誰かが触れたようなあとがあったのだ。

「そりゃ、一応ルオ商会が維持管理を委託されているっていうんだから、中に入って作業したりもするだろう」

 ジェリドは、気にしていないふうである。彼は2番目のエアロックがしっかりと閉じられていることを確認してから、コロニー内部に至る3番目のエアロックを開き、内部へと入っていった。つづいてエマが入り、エアロックを閉じる。ここからは、回転するコロニーの遠心力によって生じる擬似重力、そして地球同様の窒素78%、酸素21%、アルゴン 0.9%、二酸化炭素0.04%という組成の大気のあるエリアである。2機のMk-IIは、エアロックのある出入り口からそのコロニーの内側をすべるように駆け下りると、2本の足で大地に立った。

「大気の状態は正常…だな」

 コンソールパネルを操作して、ジェリドが言った。ミノフスキー粒子の影響はまったくといっていいほどなく、レーダー、通信関係の電波状況は良好である。彼ら2機の通信と、全天周囲モニターの映像は、そのままグレイファントムにも送信されるモードとなっている。

「ジェリド、エマ、聞こえるか」

 ブリッジから、バニング中佐が言った。

「そのまま、コロニー中心部へ向かって前進して行ってくれ」

「了解」


 二人はMk-IIをジャンプさせ、着地するという重力下での移動方法で、コロニー内部へと進んで行った。

 長く無人で放置されたままのそのコロニー内部は、植物が手入れもされずに繁茂している以外は、思いのほか整然としている。二人は目の前に現れた人造湖と、その中に、ヤシの葉のような造形で浮かぶ人工島、そこに瀟洒なコテージが立ち並ぶ風景に圧倒された。人造湖はエメラルドグリーンに輝き、その波打ち際には白い砂のビーチが広がっている。

「すげえ。完全な形で残ってるじゃないか、ここで戦闘訓練とは、ちょっと気がひけるな」

 ジェリドが感嘆の声をあげた。彼らの前方にはビーチリゾートが広がる一方、コロニーの「窓」を挟んだ両側には鬱蒼うっそうとした森林が広がる森林リゾートエリアとなっていた。

「コロニー内の環境維持システムは、完全に作動してるってことね」

 エマが言った。
 二人は、機体を人造湖沿いを走る道路の近くに降下させた。

「ちょっと、外に出てみようぜ」

 ジェリドが言った。

「待って!」

 とエマが言う。

「見て、何か動いてるわ! バギーみたい。誰か、いるのかしら?」

 湖の向こうの方の岸辺の道路を、バギーが1台走っているのが見える。映像を拡大すると、確かに人が乗っている。

「どういうこと?」

 エマの問いに、ジェリドは呑気に答えた。

「これだけの施設がそのまま維持管理されているんだ。メンテナンスに、誰か入っているんじゃないか?」

 グレイファントムから、艦長のブライトの指示が入る。

「エマ、ジェリド。無人と聞いていたはずだ。人がいるとまずい、もう少し、街区周辺の恐々をよく見てくれ」

「了解」

 その指示を受けて、ジェリドが言った。

「では、俺はさっきバギーが走っていった方向を探索する。エマはこの周辺の街区を探索してくれ」

「わかったわ」

 ジェリド機は、湖の対岸へ向けて進んでいった。エマは目の前に広がる湖の渚と、その向こうに浮かぶ人工島の上の街区を見た。そして、我が目を疑った。
 Tシャツにハーフパンツ姿の少年が、こちらを目掛けて走っている。少年はMk-IIの足元すぐそばまでくると機体を見上げ、ポケットから取り出した端末で写真を撮り始めた。
 エマはMk-IIを跪かせると、コックピットハッチを開けて、少年に呼びかけた。
「何をしているの? おやめなさい!」
「ねえ、これって連邦軍の新型?」無邪気な声で、少年が聞いた。エマは、少年に話を聞くため機体の「手」に乗って下へ降り、ヘルメットのバイザーを開けた。
「私は地球連邦軍のエマ・シーン少尉よ。あなたは?」
「おれは、ジュドー・アーシタ、スウィートウォーターに住んでる高校生だ」
 エマが、首を振りながら言った。
「一体ここで何をしているの? このコロニーは無人のはずよ」
「いやー、もうすぐこのコロニーにお客さんが来るっていうんで、掃除のバイトを頼まれたわけ。そのお客さんってのが、これなのかなあと思って」
 そう言うと、少年はエマの横をすり抜けてMk-IIに近づき、さっとその「手」に乗った。自動的に「手」は上がり、彼をコックピットの高さまで持ち上げる。
「ちょっとあなた、何をする気?」慌てて呼び止めるエマを無視して、ジュドーはコックピットを覗き込んだ。
「へー、こうなっているんだ。ザクとは全然違うな!」
 そう言うと、するりとコックピットに入り込む。やめなさい、そこから出て、と叫ぶエマを尻目に、彼はコンソールパネルを操作してコックピットハッチを閉じた。全天周囲モニターが作動して、瞬時に周囲360度をコックピット内に映し出す。
 彼がシートに収まると、その黒いモビルスーツはまるで主を待っていたかのようにすっと立ち上がり、初動のポーズを取った。
「すげえ、こいつ、まるで生きているみたいだ。ザクとは違うね、ザクとは」
 叫ぶエマを下に見ながら、ジュドーはペロリと舌を出して、言った。
「悪いね、お姉さん、こいつは頂いていくよ!」
 ドシャン、ドシャン、と少年をパイロットに迎えたガンダムMk-IIは湖畔の道路を歩き出した。

 湖畔の道路を走るバギーを追ってきたジェリドだったが、早々にその行方を見失っていた。バギーは道をはずれて、森林地帯の方へ入って行ったのだ。森林のエリアには高さ10メートル前後の樹木がみっしりと繁茂しており、機体の下半分は森の中で視界が悪くなった。ジェリドはバギーを追うのを諦め、反転して人造湖のエリアへ戻ろうとした。
 そのとき、エマから通信が入った。

「ジェリド! 私の乗っていたMk-II1号機を捕捉して!」

「なんだ、何があったんだ?」

「見物に来た少年が、乗って行ってしまった!」

「はあ? 少年って誰だ。人がいるのか?」

「いたのよ! それで事情を聞こうと思って機体から降りた隙に、勝手に乗り込んで行ってしまったの!」

 エマが叫ぶように言った。

「このコロニーは、変よ。ジェリド、あなたも気をつけて!」

「わかった、エマ。ことの次第をブライト艦長に報告して、支援を要請してくれ」

 そう言うと、ジェリドは湖畔を歩くもう1機のガンダムMk-IIの方へ向かっていこうと、向きを変えて進み始めた。
「なんだ?あの操縦の仕方は?」
 どうやら、Mk-IIを盗んだという少年は、モビルスーツの操縦には慣れていないようだ。考えてみれば当たり前のことだったが…
 ジェリドはバーニアを噴射して勢いよくジャンプすると、一気に1号機との距離を詰めようとした。そのとき、彼の背後に敵機の接近を知らせるアラームが鳴り響いた。
「何? 敵だと?」
 森林地帯の中から、突然1機のモビルスーツが半身を起こして姿を現した。
「なんだよ、もう演習が始まってるっていうのか?」
 立ち上がったモビルスーツは、どう見ても連邦軍のものではない。モスグリーンに塗装されたその機体に、ジオン公国の紋章を見たジェリドは息を飲んだ。
「あれは…、ゲルググってやつか? ジオンの残党がこんなところに?」
 そのゲルググは、ゆっくりとした動作でビームライフルを構えた。
「やる気か?」ジェリドはすばやく、機体の設定を実戦モードに切りかえた。ドシン、ドシン、と後ろから、少年に奪われたMk-IIが近づいてくる。

「おい、少年!」

 ジェリドは開いたままの通信回路で背後から近づくエマ機に呼びかけた。

「あいつは本気だ、こっちへ来るな、新型で遊びたいなら、森の向こうの広場へ出るんだ」

 でないと、下手すれば虎の子の新型が2機もろとも被弾しかねない。しかし、奪われたMk-IIは近くことをやめなかった。ジェリドは、現れたゲルググに注目している隙に、パイロットが入れ替わっていることに気づいていなかった。

「ガンダムMk-IIが、奪われただと?」エマからの通信で、ブライトは思わず声を張り上げた。そこに、オペレーターからの報告が入る。
「艦長、ジェリド機が何者かのモビルスーツと遭遇したようです!」
「一体、あのコロニーはどうなっているんだ」
 グレイファントムのブリッジは一転、騒然とした空気に包まれた。
「援護を出そう」バニング中佐は艦長の了解を得ると、待機しているパイロットを呼び出した。

「パイロット諸君、悪い知らせだ。コロニー内にジオン残党と思われるモビルスーツを発見。エマ・シーン少尉のMk-IIが何者かに奪われた。我々はジェリド機の援護とMk-IIの奪還に向かう。ブルターク少佐、アムロ少尉、キース少尉、ジムIIで出てくれ」

「待ってください、バニング中佐」

 そこに、コウ・ウラキ少尉が割って入った。

「ジェリドとエマは、僕のチームです。僕に行かせてください!」

 一瞬の沈黙のあと、バニングが言った。

「いいだろう、ではアムロ少尉にかわって、コウ・ウラキ少尉に任せる」

 しかし、ブリッジには追い討ちをかけるように、次の指令が入ってきた。
「ブライト艦長、ロンデニオン基地から入電です!」
「回路開け!」
 基地からの指令は、さらに悪いものだった。ロンデニオン宇宙港へ至る主要航路周辺を、先に貨客船エヴァーグリーン号を襲撃したのと同じと思われるモビルスーツが徘徊し、航行妨害をしているという。そのため、至急オーシャンドームでの訓練予定を変更し、航路の護衛と襲撃犯確保に当たれ、というのだ。
「コウとキースを援護に出して、ブルターク少佐は襲撃犯の対応に回ってもらう。いいですか、バニング中佐」
「あの二人には少々荷が重いな、艦長。私が指揮官として救難艇でコロニーに入ろう。場合によっては、パイロットだけ引き上げさせることになるかもしれん」
「頼みます」
 ブライトは格納庫に連絡し、救難艇の発進準備を指示した。

 ケリーはゲルググのコックピットで、目の前の新型ガンダムにビームライフルの照準をぴったりと合わせていた。
 ジュドーの提案した作戦に、思いの外たやすく相手が掛かったので、彼は気をよくしていた。ケリーのゲルググに相手の注意を引きつける間に、ジュドーが奪った新型ガンダムに、アナベル・ガトーが乗り込んでいた。目の前の新型2号機のパイロットは、まだ1号機にはジュドーが乗っていると思っているらしい。もちろん、その呼びかけにガトーが答えるはずもなかった。
 背後から近寄ってきたガトーの1号機は、2号機の背にビームライフルの銃口を突きつけると、通信回路を開いて言った。
「前回の新型ガンダム奪取計画を阻んだのは、君たちか? いい手際だったが、詰めが甘いな」
「くそっ」ジェリドは毒づいた。
「一体誰だ? ザビ家に魂を乗っ取られた生き霊か?」
「私はジオン公国軍のパイロット、アナベル・ガトー少佐だ。貴公にはもう逃げ道はない。このまま撃たれて新型もろとも果てるか、それとも新型を差し出して我らの前から立ち去るか」
 銃口を向けられたコックピットの中で、ジェリドは思いの外自分が冷静であることに驚いていた。通信は開いたままだ。モニターの映像を通して、今起こっていることはグレイファントムにも伝わっているはずだ。そして彼らが、この状況を見過ごしにするはずはない。
 そしてもう一つ、ジェリドが有利な点がある。そうは言っても、相手は手持ちの兵器を少しでも増やしたいはずだ。新型をやすやすと撃って粉微塵にしてしまうことはない。
「おいおい、大丈夫か、老兵さんよ。今計算してみたが、ひょっとしてモビルスーツに乗るのは10年ぶりじゃないのか?」
 ジェリドは言った。
「それに一つ教えといてやるが、俺たちはここへ、パトロールに来たんじゃない。戦闘訓練のために来たんだ。その新型に、実弾なんざ入っちゃいないのさ」
 一瞬、相手が怯んだのが彼にもわかった。ジェリドは後退してさらにガトーが搭乗したエマの1号機に近づくと、目の前のゲルググに向かって言った。
「さあ、老兵さん、撃ってみろよ。その10年前の老いぼれたビームライフルでも、俺を撃てばあんたの相棒もろとも、木っ端微塵にできるぜ」
 次の瞬間、後ろのMk-IIが身を低くした。ジェリドはビームライフルをサイドスカートにマウントすると、バーニアを噴射して機体をジャンプさせ、背中のビームサーベルを抜いて身を翻しながらゲルググの背後にまわって着地した。シールドを捨てると、ビームサーベルを正眼に構える。

 ガドーに新型のコックピットを譲ったジュドーは、湖畔近くの広場から、3機のモビルスーツが互いに牽制し合いがながら対峙するさを見ていた。
「すっげぇ…、これが、戦い?」
 もう1機の新型は、ケリーのゲルググとガトーの新型に挟まれてあっという間にやられるか、と思ったが、一瞬の隙をついて形勢を逆転させていた。
 乗り捨てられたバギーに乗って走ってきた1号機のパイロットが駆けつけてきて、ジュドーに言った。
「ここは危険よ、退避しましょう!」
「なんだよ、おれの相棒が戦ってるんだ、おれだけ安全なところに逃げていられるかよ」
 肩に置いたエマの手を振り払って、ジュドーが言った。
「何言ってるの、流れ弾や破片も飛んでくるし、周囲で爆発が起こるかもしれないのよ。こんなところで命を落とすなんて、無駄!」
 エマはそう言うと、ジュドーの腕を引いてバギーに乗せ、宇宙港の方向へ向かって走り出した。
「それに、連邦軍の軍人には市民を守る義務があるわ」
「へー」ジュドーが声を上げる。
「連邦軍に、そんなまともなことを言う軍人がいたとはね、おれが今まで会ったのは、クズばかりだ」
 バギーのハンドルを握りながら、エマが言った。
「いろいろと、嫌な目に遭ったのね」
 ジュドーは後ろを振り向いて、黒いガンダム2号機と対峙するケリーとガトーを見た。まだ、決着はついていないようだ。彼は祈るような気持ちで、その光景を見つめた。

 ケリーはゲルググの身を翻すと、ジェリドのMk-IIと対峙した。戦闘訓練だから実弾装備をしていない、という彼の弁が嘘か誠かは知らないが、少なくとも彼は、ガトー機は撃ってこないと思っているし、自分も撃つつもりはないらしい。
「ケリー」通信を通してガトーが言った。
「あいつはいつでも始末できる。ここは一旦引いて、相手の援護が入ってくるのを阻止して孤立させる」
「了解した」
 ガトーの乗るガンダムMk-II1号機とケリーのゲルググはバーニアを噴射し、宇宙港へ向かって後退していった。

 援護のため出撃することになったコウは、キースとともにモビルスーツデッキへ出た。すでに2機のジムIIが、彼らのために準備されている。そこにもう1機、黒い機体もパイロットの搭乗を待つかのように準備されているのが見えた。本来なら、先遣隊が出たあとに、自分もこの機体でコロニーに入っているはずだった。相手が何者であるにせよ、1機は同型機、他はジオンの旧式だ。ジムIIのような量産機より、圧倒的にMk-IIの方が有利なはずだ、特にコロニー内の重力下では…。
 先の戦闘訓練で、アムロ少尉のジムII1機に完敗したことが、ずっと心の中に澱のように溜まっていた。技術士官のチェーン・アギ准尉はその訓練の結末に「Mk-IIはジムIIごときに圧倒されるような機体じゃないはずなのに」とつぶやいた、という。負けたことよりも、それがコウにはショックだった。
「このモヤモヤを、晴らしてやるさ!」
 そう言うと、コウはジムIIの向こうのMk-IIのコックピットに飛び乗った。
「おい、コウ、俺たちはジムIIで出ろって言われてただろ!」
 チャック・キースの呼びかけを無視して、彼はMk-IIをカタパルトデッキに進入させる。

「コウ・ウラキ少尉、ガンダムMk-II3号機で出ます!」

 バニング中佐の怒鳴り声と、ブライト艦長の驚愕の声がコックピットに響いている。しかし、そんなしがらみをすべて後ろに投げ捨てて、彼はただ、一人の戦士としてジオンの戦士と戦いたかった。
 後から、キースの乗るジムIIがついてくる。
「あーあ、もう、いい加減にしてくれよー。あいつ士官学校の頃から、ちっとも成長してない」
 コックピットで、キースは嘆き節を奏でていた。

 オーシャンドームの宇宙港では、2機のリック・ドムが敵を警戒しつつ、奪取した新型ガンダムが出てくるのを待っていた。リック・ドムに乗るのはノヴァクとクランシー、ともに終戦後スウィートウォーターに流れてきたケリーの仲間である。

「ガトー少佐、私はクランシーとともに、残るもう1機のガンダムを捕捉します。少佐はノヴァクとともに外へでて、援護が来る前に輸送船にそいつを納めてください」

 ケリーが言った。

「わかった、ケリー大尉。ではのちほど、あの船で会おう」

 ガトーが言った。

「ノヴァク、援護を頼む」

 ガトーの乗るガンダムMk-II1号機が、コロニー内側のエアロックから出て宇宙港へと入っていき、かわってクランシーのリック・ドムが入ってきた。先行開発された陸戦用のドムは脚部に内蔵する推力機関により地表を高速で滑るように移動することができた。リック・ドムは一年戦争後期にドムをを宇宙戦用に仕様変更した機体で、本来地表滑走の機能は除去されているが、彼らの搭乗機はコロニー内でのゲリラ戦を見据えて、陸戦用の機能を復活させている。

「さて、あいつをやりますか」

 クランシーが言うと、コロニーの大地に立つ黒いガンダムを指差した。


3:死闘の果て

 ジェリドは、コウとキースが援護に出たことを通信で知ると同時に、ゲルググと奪取されたエマ機の他に2機のリック・ドムが宇宙港にいることを察知した。エマ機がコロニー内部から出ていこうとしている。彼はエマ機の脚を止めるためビームライフルを撃とうとした。しかし振り向きざまにゲルググから狙撃され、回避のために狙いを定めることができない。ジェリドは彼らが動力源を破壊して、コロニー内に閉じ込められることを恐れた。なんとしても、敵をコロニー内に引きつけておかねばならない。もう1機もできるなら奪取したいという欲があるはずだ。ジェリドは、彼らを手招きし、高級リゾートホテルやショッピングモールらしき高層建造物の立ち並ぶ街区へ誘った。

 人造湖に浮かぶ人工島のリゾートの風景は美しかったが、街区のビル群はよく見ると荒れていて、ゴーストタウンという言葉がしっくりくる感じだった。ジェリドが敵を迎えるのに街区を選んだのは、建物で相手の視界を遮ることができると考えたからだが、廃墟感の強い場所の方が躊躇なく発砲できるということもあった。メインストリートを進みながら、コンソールパネルを操作してデータリンクを呼び出す。1機はゲルググ、もう1機のリック・ドムは宇宙戦仕様であればコロニー内ではこちらが有利だが、陸戦仕様になっていれば、まずいことになるかもしれない。
「チッ」
 ジェリドは迫りくるリック・ドムを見て舌打ちした。相手は脚部からジェット噴射をしてホバリングし、街路を滑るように走ってくる。
「上を取るしかないな」
 ジェリドはバーニアを噴射してジャンプし、空中で反転すると上から滑走してくるリック・ドムにビームライフルを向けて銃撃した。相手は小刻みにターンしてそれを躱かわし、ジャイアント・バズーカを構えた。ジェリドはビルを盾にするように着地する。相手は構わずバズーカを撃ち、ビルの窓ガラスが豪快に砕け散った。
「うるさいハエだ、仕留めてみせる」
 ジェリドはガラス張りのビルの向こう側から、通り過ぎて戻ってくるリック・ドムを狙い撃ちにしようとした。タイミングを計ってビームライフルを放つ。1発、2発。
 しかしリック・ドムはそれを予想してか、しゃがむように身を低くしてビルの前を通り過ぎる。
「くそっ」
 リック・ドムはそのままコーナーを回ってジェリドのいる通りに入ってきた。ジェリドはジャンプして後退すると、着地点に道の先の開けた公園を選んだ。あいつは、おれの命ではない、この機体を狙っているのだ、撃たないだろう。ハエは、打ち落とすよりも叩くに限る。彼はビームライフルをマウントし、ビームサーベルを抜いて迫ってくるリック・ドムを待ち構えた。
 そのとき、敵機の接近を告げる警告が鳴った。
「後ろ?!」
 突然彼は、後ろから機体の動きを封じられたことを悟った。ゲルググが後ろから来て、MK-IIを羽交い締めにし始めたのだ。前から来るリック・ドムは上半身を起こすと、やおらその胸部から閃光を発し、ジェリドは幻惑されて目の前が一瞬真っ白になった。視界が戻ったとき、そこにはジャイアント・バズの銃口を至近からつきつけるリック・ドムがいた。後ろのゲルググは拘束を解いたが、やはり彼の背中にビームライフルの照準を合わせている。
「完全に、詰んだな」
 ジェリドは、Mk-IIの操縦桿から手を話した。彼の機体を追ってきたエマがバギーで公園に乗り入れ、足元の近くまで来たのが見える。助手席には、例のことの発端を作った少年が乗っていた。
 彼は覚悟を決め、コックピットハッチを開けると両手を挙げた。

 命令に違反しジムIIではなくガンダムMk-IIで出撃したコウは、キースのジムIIとともにオーシャンドームの宇宙港までやってきた。グレイファントムはロンデニオン航路に出没した海賊とおぼしき軍団に対処するため引き返し、彼らのあとには、救難艇に乗ったバニング中佐がついてきている。コウが、オーシャンドーム宇宙港に着いたことを報告すると、バニングは言った。

「もし敵が待ち伏せしているなら、小型船舶用の通用口に張り付いているはずだ。注意しろ。宇宙港に入ったら、第2エアロックはメインゲートを半開にして、敵を宇宙港側に引き入れるんだ。いいな」

 コウとキースは、小型船舶用の通用口から宇宙港に入った。敵はまだ、第2エアロックの向こう側にいるようだ。自動的にライトが点灯して、わずかばかりの光源が得られた。飛ぶことを忘れた宇宙用クルーザーが、ほのかな光であちこちにその船体の存在を浮かび上がらせれている。
 コウは、キースが第2エアロックのメインゲートの開閉コックを手動で開けさせ、モビルスーツが通れる高さまでゲートが開くのを待った。敵は待ってはいなかった。ゲートが開き始めると、すかさず巨大な扉の向こう側から、弾がこちらに向かって撃ち込まれてくる。コウは上下に開くゲートの扉に背をつけるようにして機体を隠し、キースが追いついてくるのを待った。
「中はどうなってるんだ?」
 そこへバニング中佐から通信が入る。

「コウ、キース、聞こえるか。エマから報告があった。ジェリド機はまだコロニー内部にいて、2機の敵に追われている。奪われたエマ機は、敵のリック・ドム1機とともに宇宙港に入った。君たちは、宇宙港に入ったエマ機の脚を止めろ。相手は無傷で機体を持ち帰るのが狙いだ。被弾させてもいい、相手の意を挫くじくんだ」

「了解!」

 ゲートが半開した。しかし、敵の姿が見当たらない。

「コウ!」

 キースが呼びかけてきた。

「おれが先行するよ、ここから出るには、絶対にあの一番外側の通用口を使わなきゃならない。おまえはそこに張り付いて、Mk-IIを止めてくれ、いいな!」

「ああ、しかし大丈夫なのか? キース」

「わかってないなー、コウ。おまえの機体、それだって狙われてるんだぜ? うまくいけば、敵さんは1機でも多く奪っていこうとするはずだ、1対1なら相手だってそれ以上は奪えない、そういうことさ!」

 コウは、その同僚の非難めいた言葉にムッとしたが、言い返すことはしなかった。彼は宇宙港から出るための通用口の方に後退した。
 一方キースは、半開したゲートを通り抜け、第2エアロック内部へ入った。そのとき彼は、暗闇の中に赤い光が動くのを見逃さなかった。ジオンのモビルスーツに特有の、あのモノアイの放つ光に違いなかった。すかさず、ゲート下に潜んでいたリック・ドムがジャイアント・バズを撃ち込んでくる。キースは辛うじてその弾を回避すると、ビームライフルを応射しながら内部へ進んでいく。もう1機、本命のガンダムMk-IIがいるはずだ。
「こいつを、おれの方に引きつけるっ!」
 そのとき、目の前のリック・ドムがさっと左へ動いた。とっさにキースは、反対側へ機体を離す。と、次の瞬間、背後からビームライフルの閃光がスレスレをかすめていった。
「ガンダム!」
 背後の暗闇に、キースは2つの「目」が光るのを見た。

「コウ! Mk-IIが行くぞ! おれは援護のリック・ドムを引きつけて2機を分断する。そっちをよろしく!」

 そう伝えると、キースはMk-IIに先行しようとするリック・ドムとの間に入っていった。
「そうだ、これだよ、これ」
 コックピットで、キースは思わずつぶやいていた。敵の編隊を分断し、連携を断つ。戦闘訓練で、そうやって何度もやったり、やられたりしてきたではないか。彼は自分がその戦い方を身につけて自然に動けたことに感動していた。

 ジェリドのMk-IIの行方を追ってバギーを走らせていたエマ・シーンは、市街地中央の公園までたどりつくと、ジェリド機を見上げた。正面にリック・ドム、背後にゲルググ。前後を塞がれて銃口を突きつけられ、完全に動きが封じられていた。一緒に連れてきた少年、ジュドーはその様子に快哉を叫んでいる。エマはバニング中佐との通信で、コウと・ウラキとチャック・キースが援護に出て、今宇宙港に入ったことを知った。せめて彼らがエマが奪われた1機を止めてくれたら、と彼女は願った。
 エマは、対面するリック・ドムの「手」が動き、コックピットの前で止まるのを見た。やがてコックピットハッチが開いて、パイロットが姿を現した。ジェリドは両手を上げている。相手の手には拳銃が握られていた。
 相手は狙いの新型のコックピットに乗り移ろうとしているのだ。ノーマルスーツを着ているがヘルメットは外しており、その顔に歓喜の表情が浮かんでいるのがわかった。とっさにエマは脚のホルスターから拳銃を取り出して立ち上がった。手の震えを抑えながら、彼女はその引き金に指をかけた。
「やめろぉ」
 助手席のジュドーが叫びながら彼女の腕をつかむ。その手を振り払うと、エマは無我夢中で引き金を引きながら叫んだ。
「ジェリド!そこから離れて!」
「クランシー!!」
 ジュドーが、相手パイロットの名を叫んだそのとき、彼はエマの放った銃弾で額を撃ち抜かれ、リック・ドムの「手」から落下した。エマはジュドーの方に体を向けると、シートに押し倒すように、その上に覆いかぶさった。
 ジェリドがMk-IIの「手」から飛び降りた刹那、大きな爆発音とともに彼の機体の胴体部分が吹き飛んだ。ゲルググが、背後からそのエンジンとコックピットを撃ち抜いたのだ。
 その爆発は、地響きのような音をたててコロニーの大地を揺らした。パイロットを失ったリック・ドムが、衝撃でバランスを崩し、力尽きて尻餅をつくように倒れ込んだ。
 ジュドーは、上に覆いかぶさっていたエマを押しのけて、言った。
「なんでだよ! なんで撃たなきゃならなかったんだ!! おれの、おれの仲間だったんだぞ」
「これ以上、軍事機密を奪われるわけにはいかない」
 エマが、低い声で静かに言った。
「大丈夫? ケガはない?」
 ジュドーは、そう言う彼女のノーマルスーツの背中に、飛んで来た細かな破片が刺さっているのを見た。
「ちくしょう…」
 彼は立ち上がるとバギーから飛び降り、倒れて仰向けになったリック・ドムに向かって走り出した。

 キースから、エマから強奪されたMk-IIが来ると聞いたコウは、宇宙港の暗闇の中に光る2つの目を見つけると、すかさずビームライフルで迎撃した。しかし相手は係留され放置されているクルーザーを盾に、その攻撃をたやすく退けた。

「くそっ、どこだ?」

 コウは暗闇の中で、その濃紺の機体の姿を見失った。次の瞬間、シールドにゴールドで描かれたティターンズのマークが目に飛び込んできた。コウはとっさに自分の機体のシールドを正面に向け、突進してくる相手を防ぐしかなかった。すばやく彼はビームライフルをマウントすると、背中のビームサーベルを抜き放った。

「ここを…、ここを通すわけにはいかない!」

「なるほど、そういういことか!」

 敵の駆るガンダムMk-IIから、通信が入ってくる。元はエマが搭乗していた機体だったために、その通信回路はつながっていた。

「貴様、誰だ!」

 コウは叫んだ。同じ性能を持つ2機だ、絶対に負けるわけにはいかなかった。相手はしかし、なぜか後退しながら上昇していく。見失うまいと、コウはつられて上昇しかけた。

「私はジオン公国軍のパイロット、アナベル・ガトー少佐だ。サビ家復興のため、悪いがこの機体はいただいていく」

「なんだと?」

 ガトーは、宇宙港の壁面にあるコントロールセンターを見つけると、ビームサーベルでその分厚いアクリルガラスを切り裂いた。そこから、ガンダムの「手」をさし入れると、壁面のコックをその「指」で操作する。固く閉じられていた、宇宙港のメインゲートが、きしみながら開き始めた。
 コウは、敵のガンダムが操作のために壁面に取り付いたのを好機とすることができなかった。彼はまるで全天を視界としているかのように、一方で操作しながらもう一方でビームライフルを撃ってきてたからだ。そしてゲートが開き始めるとそこを離れた。

 仲間が撃たれた。その場を目の当たりにしたジュドーは、今までに感じたことのないような衝動につき動かされ、エマの手を振り払うと、倒れ込んだリック・ドムに乗り込んだ。そして、その機体を立ち上がらせる。重力下で、モビルスーツを操縦するのは初めてだった。しかし、彼は難なくそれをやってのけると、リック・ドムを直立させ、エマのいる方に機体を向けた。
 エマは、バギーの運転席に立ち尽くしていた。爆破された機体から吹き飛ばされて落ちたジェリドが、よろめきながら、エマの方に向かって歩いている。
「なんだって、おまえらが生きていて、あいつが死ななきゃいけないんだ!」
 ジュドーはリック・ドムのコックピットからその光景を見て、声を上げた。

「ジュドー、ガトー少佐が外へ出た。俺たちも引き上げるぞ」

 ゲルググに乗るケリーが言った。
 ジュドーはそれには答えず、リック・ドムのジャイアント・バズの銃口をエマに向けた。

「ジュドー! やめるんだ」

 ケリーはゲルググの腕を上げて、彼の銃口の前にかざした。

「なんでだよ!」

 ジュドーが言った。

「こんなの、おれは嫌だ。ケリーは平気なのか? 仲間が撃たれたんだぞ」

「クランシーが、油断したからだ」

 ケリーが言った。

「相手も、自分たちの任務を全うするために最善を尽くした。これ以上、何も奪う必要はない」

「でも!」

「引き上げるんだ、いいな」

 エマとジェリドは、バギーの傍で去っていく2機のモビルスーツを見上げ、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 キースはリック・ドム1機をコウのMk-IIから引き離すことに成功していた。第2エアロックのゲートをくぐって宇宙港側へ出ると、キースはビームライフルを連射して相手を近づけないようにしながら、開閉コックを操作して相手を閉め出す策に出た。
 しかし、遅かった。コロニーから出てきた2機が加わり、キースはジムII1機で3機を相手にする羽目に陥った。

「キース、もういい、後退してコウを援護しろ」

 バニング中佐から通信が入った。もういい、というその理由を、キースは聞き返さなかった。急いで彼は後退し、コウのガンダムMk-IIを追いかけた。3機の敵は悠然とコロニーを出ていき、キースは虚空に姿を消したガンダムMk-IIの放つ航跡を呆然と眺めるコウの機体を見つけた。

 ロンデニオン基地からの指令を受けて、主要航路に出没したモビルスーツを追っていたグレイファントムのブリッジでは、艦長席でブライトが腕組みをしていた。モビルスーツに取り囲まれた、と通報してきた船のいる現場まで行き、グレイファントムからモビルスーツ隊を発進させると、もうそこに襲撃犯はいなかった。送られたデータを解析すると、確かに数週間前、貨客船エヴァーグリーン号を襲撃したのと同型のモビルスーツである。
 モビルスーツ隊を引き上げさせたと思うと、今度は別の船が襲撃されたと通報が入る。そして駆けつけてみると、またもや襲撃犯は、姿を消した後だった。
 再びグレイファントムにモビルスーツ隊が帰投してくると、カタパルトデッキで待機に入ったアムロ・レイ少尉からブリッジに通信が入った。

「ブライト艦長、僕たちは、嵌められたんじゃないか?」

 嫌なことを言う、とブライトは思った。自分もそう思っていただけに、図星をつかれると腹が立つのだ。

「何が言いたいんだ、アムロ」

 と、昔のよしみでつい、口調が荒々しくなる。

「つまり、こういうことです。敵はオーシャンドームでティターンズが新型のテストをする情報を事前につかみ、待ち伏せをしていた。新型がコロニーに入ってきた時点で別働隊が航路に出て海賊行為に出ると見せかけ、グレイファントムを向かわせることで、部隊を2つに分断した」

「となると、オーシャンドームの方が心配ですね」操舵手のイワン・パサロフ大尉が口をはさむ。そこへ、バニング中佐から通信が入った。

「ブライト艦長、オーシャンドームから、ジェリド中尉とエマ少尉を引き上げさせた。Mk-IIエマ機は奪還できなかった。ジェリド機は奪取は免れたが大破して操縦不能。援護のコウとキースは無事だ」

「もう、襲撃犯も襲ってはこないでしょう」パサロフが言った。
「オペレーター、バニング中佐の救難艇にグレイファントムの現在位置を教えてやれ」ブライトはそう言うと、受話器を取った。

「現在カタパルトデッキにいるモビルスーツ隊パイロットは、そのままで待機だ」

 モニター越しに、アムロが不満の声を上げた。しかし、新型2機を失った責任を問われる立場のブライトは、そんな声に耳を貸す余裕はなかった。


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