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機動戦士ガンダム0087 SWEET 19 BLUES(中編)

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々のお話シリーズ第2弾です。アムロとセイラが再会を果たすシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0085 姫の遺言」novel/series/7213272 の後のお話です。

ブライトンの士官学校で教官を務めるクリスティーナ・マッケンジーは、候補生の中に、かつてテストした機体に搭乗するはずだったアムロ・レイの名を見つけて驚く。そんな彼女のもとに、「聞いてほしいことがある」と<サイド6>からかつての隣人、アルフレッド・イズルハがやって来た。一方、ベルトーチカはパイロット候補生を彼氏にしようと週末ごとに出かけている同居の友人カルメンシータにアムロの言葉を伝えた。当のアムロは、再び見るようになった悪夢に苦しんでいた‥‥

 クリスティーナ・マッケンジー大尉は、教官として与えられているオフィスで、基礎訓練を終えて実機に搭乗することになるパイロット候補生のリストを確認していた。彼女が担当しているのは実機搭乗前のシミュレーターを使った訓練で、ここでパイロットとしての適性もチェックされることになっている。
 彼女は18歳でアナポリスの士官学校に入ったが、モビルスーツのパイロットを志望していたわけではなかった。開戦の3年前で、まだ当時連邦軍にはモビルスーツが存在しなかったからである。戦闘機パイロットになるつもりで訓練を受けていたが、その途中で一年戦争が始まる。在学中の士官候補生も、急ぎ繰上げのような形で卒業させられ、少尉の階級章をつけて戦場に送られることになった。彼女もまた、戦闘機パイロットとして戦場に出る覚悟でいた。
 だが、そうはならなかった。パイロット候補生はジャブローに連れていかれ、表向きは後方支援の任務に就いている、ということにされながら、秘密裏にモビルスーツのシミュレーターで訓練を受けた。連邦軍もモビルスーツの開発に着手していたからだ。量産化が実現した暁には、彼女もまた、モビルスーツのパイロットとしてジャブローから宇宙に上がるもの、と思っていた。事実、同期生のパイロット候補生たちは、ジャブローから発進するティアンム艦隊の船に乗り、反転攻勢の戦いに身を投じていったのだ。だが、彼女は違った。別室に呼ばれ、特別な任務を与えられた。新型ガンダムのテストパイロット、という役割だった。
 そのときはじめて、彼女はガンダムという試作機が実戦に投入され運用されていることを知った。新型ガンダムは、現行の試作機のパイロットに届けられる予定で調整されるという。なぜ私が?という問いに、上官は答えた。パイロットのアムロ・レイ、彼の体格が、ちょうど君と同じくらいなんだ。
 クリスは、自分がパイロットとしての腕前でなく、単に体格でテストパイロットに選ばれたことに落胆したが、テストを任された新型の性能は、それまでパイロット候補生らが訓練していたシミュレーターのデータよりはるかに高く設定されており、決して体格だけが理由ではなかっただろうと、今は思っている。
 戦後は軍を辞めることも考えたが、強く引き留められ、モビルスーツのパイロットとして艦隊勤務を経験したのち、教官となった。実戦経験は<サイド6>に侵入してきたザクとの1対1の戦い以外になく、そんな自分が教官になることは躊躇われたが、コーウェン少将の説得もあり、今、この席に就いている。

 シュミレーター訓練に入る候補生のリストの中に、彼女はその名前を見つけて手を止めた。アムロ・レイ。自分の記憶が確かなら、かつて一年戦争末期に、テストしていた新型ガンダムを届けるはずだったパイロットの名前が、そうだった。クリスは、その候補生の経歴を見た。大学を中退して、士官学校に入学している。軍歴はなかった。そもそも一年戦争時には15歳で、入隊できる年齢ではない。だが、何か気になるものを感じた。彼女は、コーウェン少将に話を聞くため、連絡を取った。

「いつか、君から連絡があると思っていた」
 クリスをオフィスに招き入れると、コーウェン少将が言った。
「掛けたまえ」
 彼女は、少将のデスクの前に置かれた椅子に腰掛けた。
「お聞きしたいのは、アムロ・レイという士官候補生のことです。来週から、シミュレーター訓練に入る候補生のリストの中に、名前があったのですが、彼の名前に見覚えがありました」
「どういうことかな?」
「一年戦争時に私がテストしていた新型ガンダムに、搭乗するはずだったパイロットではないですか?」
「その通りだ」
「その彼が、なぜ今、候補生に? 彼のパイロットとしての戦績はめざましく、新型開発の理由も、ガンダムの反応速度が追いつかなくなったため、と聞いていました」
「その通りだ。だが当時彼は、現地徴用兵だった。しかも、終戦時にまだ16歳だ。そのまま軍に置いておくわけにはいかない。本来、軍の入隊資格は18歳以上と決まっているのだからな。これは平時でも戦時でも同様だ。彼は除隊した。そしてまた、戻ってきたのだ。私が、彼に声を掛けた。また宇宙を飛びたくないか? とな。彼の、あの能力をそのまま野に放っておくのは、あまりに惜しい」
「私は、どうすれば?」
「何も、気にする必要はない。他の候補生と同様に対応してくれたまえ。ただ、一つ課題がある。戦場から帰還した多くの兵士、軍人がPTSDの症状に悩まされている。彼の場合はどうか、わからないが。もし、何か問題があると感じたら、いつでも私のところに来てくれていい」
「了解しました」
 クリスは立ち上がり、敬礼するとオフィスを出た。


 また、週末がめぐってきた。ベルトーチカは母に電話して、またアムロが家に来るのかどうか聞いてみた。その返事が気に入らなくて、ソファに体を投げ出し、寝そべりながらぼんやりと携帯端末を眺めていた。
「この週末は、別の約束があるから、うちへは来られないんですって」と母は言った。
「別の約束」と、ベルトーチカは眉をひそめた。カルメンシータとアメリアのことが、頭に浮かんだのだ。ああいう女の子が、もちろん彼の周囲にもいるだろう。
「ねえ、アムロは私のこと、何か言ってた?」
「別になにも‥‥、そう、お友達がブライトンに訪ねてくるんですって」
「ふうん」わざとそっけなく答えると、ベルトーチカは電話を切った。金曜の夜が、更けてゆく。今夜も、カルメンシータとアメリアは着飾って出掛けている。ベルトーチカは、アムロを訪ねてくる「友達」の意味について、思いをめぐらせた。

 日付が変わってまもなくしたころ、シェアハウスに一人カルメンシータが戻ってきた。リビングのソファでうとうとしていたベルトーチカが顔を上げると、彼女は言った。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
 ベルトーチカは体を起こした。
「あら、一人なの? アメリアは?」
「うまくいったみたい、カクリコン・カクーラーってやつよ。いつもジェリドと一緒にいる‥‥、彼も、翼のバッジをつけてた」
 ベルトーチカは、その相手が一番人気のジェリドではなかったことに、なぜかほっとしてた。
「で、あなたは?」
「私? 全然だめ。ジェリドに声をかけてもらって、一緒に飲んだり踊ったりはしたけどね、あいつ、結構ガードが固くてさ、いつもそばにエマ・シーンっていう女を連れているんだよね。彼女もパイロット候補生だからさ、なんか、それ以上近づけないわけ」
「ふーん、見かけによらないのね」
「でしょ、それで、そう言ってやったわけ。見かけによらず、お堅いのねって。そしたらさ、『連邦軍は紳士たれ』という教えを、俺は実践しているんだってさ」
 そう言うと、カルメンシータはベルトーチカの横にどさっと腰をおろして、言った。
「ね、あんたの方はどうだった? ほら、親がスポンサーファミリーになったって言ってだじゃん?」
「ああ、彼ね。先週、うちに来たわ。アムロ・レイっていって、そう、ジュリアンと同期だって言ってたわ」
「じゃあ、まだバッジはなしなのね」
 ベルトーチカが、うなずいた。
「二人とも、なんだか難しそうって感じだったけど‥‥、あ、でも、アムロが言ってたわ。ジュリアンは大丈夫だって」
「ほんとに?」
 目を丸くして、うれしそうに笑ったカルメンシータの表情を見て、ベルトーチカは、そうは言ってもまだジュリアンのことが好きなんだ、と思った。
「ジュリアンとは、会ってないの?」
「だってあいつ、週末になっても、宿舎から出て来ないのよ。学科の勉強してるか、ジムでトレーニングしているか」
「なんだ、がんばってるんじゃない」
 そんなベルトーチカの様子を見て、カルメンシータが言った。
「そのアムロって人にさ、私たちの行ってる下士官クラブに連れてってもらえばいいんじゃない? 候補生がたくさん集まるし、候補生と同伴してれば私たちだって入れるのよ」
 それ、いいかも。ベルトーチカは急にわくわく始めた。夜更けのおしゃべりは、とめどなく続きそうだった。


 基礎訓練は、シミュレーター訓練という最後の段階に入っていた。用いられるモビルスーツのシミュレーターは、一年戦争以降に制式採用された全天周囲モニター・リニアシートで、アムロにとっても初体験だった。ノーマルスーツを着用して宇宙へ出る、いわゆる船外活動と並んで、候補生がパニックを起こした結果、DOR(自主退学)となることが多い訓練といわれていた。宇宙空間の只中に放り出される感覚が、えもいわれぬ恐怖を呼び起こすというのだ。
 アムロは当然のように、船外活動は難なくクリアした。全天周囲モニター・リニアシート型のコックピットも、操縦に集中すればどうということはなかった。むしろ、その習熟の早さは抜きん出ており、他の候補生を驚かせた。
 だが、その訓練が始まると、また、夢の中に彼女が現れるようになった。彼女の囁きは、アムロを苦しめるものだった。

‥‥ねえ、アムロ、ララァにはいつでも会いにいけるって、そう言っていたのに。

‥‥いつになったら私に会いに来てくれるの?

 ララァ‥‥、君は、シャアを‥‥、彼を愛してるんじゃなかったのか‥‥

‥‥あの人は‥‥、大佐は、どこかへ行ってしまった! アムロ、あなたね? あなたが、彼を撃った!!

 撃った‥‥、でも、彼は死んではいないはずだ、もしそうなら、君と一緒にいるはずじゃないか‥‥

‥‥いけないわ、アムロ、本当はあなたが私と一緒にいるはずだったのに‥‥、あなたは彼から大切な人を奪った!

 彼から? 大切な人を? 何を言ってるんだ、ララァ?

‥‥そうよね、アムロ、あなたは気づいていなかった、私はあの戦場ですぐに気づいたというのに、彼の大切な人がいたことに‥‥

 彼の、たいせつな、ひと?

‥‥そう、そしてあなたは、彼女の愛する人を、刺し殺そうとした‥‥、わたしが止めるのもきかないで‥‥

 彼女の、あいする、ひと?
 彼の、たいせつな、ひと‥‥彼女のあいする、ひと‥‥、僕が、うばった?

‥‥そうよ、アムロ、彼女の、あの声が聞こえないの? 呼んでるわ、ほら、兄さん、キャスバル兄さん、って‥‥

‥‥兄さ〜ん、キャスバル兄さ〜ん‥‥

 まるで首を絞められたかのように息ができなくなり、アムロは呻きながらようやく目を覚ます。候補生の宿舎は二段ベットが二つ並ぶ四人部屋で、基礎訓練を終えるまでは個室はもらえない。彼は汗だくのまま、暗闇の中、二段ベッドの下の段から上のベッドの底をじっと見ていた。そうすると、その暗がりからまた、自分を悪夢に誘い込む声が聞こえてきそうな気がした。

 夢なんだ、これは、夢なんだ。

 そう何度も自分に言い聞かせ、彼は両腕で膝を抱え込んで、深くベッドの中に潜り込む。なぜ、昔よく見た夢を、また見るようになってしまったのか。取材に来たジュード・ナセル記者の質問に答えて過去を振り返ったことが、蓋をしていた記憶の奥の扉を開いてしまったのだろうか。シミュレーターで、宇宙空間を擬似体験したからだろうか。アムロは、あの全天周囲モニター・リニアシートに座り、操縦桿を握ってカタパルトから宇宙空間へ発進したとき、まるで全身から汗が吹き出し、悪寒に震えるような感覚に襲われた。操作はできた。だが自分は怯え切っている。まさか、もうあれから7年もたっているのに、自分の中からこんな強烈な反応が湧き出てくるとは思わなかった。安逸に過ごしていた時間があった。もう痛みは消えたと思っていた。だが、消えたのではなく、仕舞い込まれていただけだったのだ。

 乗り越えなければならない、とアムロは思った。もし眠っているときではなくコックピットであの声が聞こえてきたら、自分は正気ではいられず、そうなれば、DOR(自主退学)になることも避けられないだろう。

 心の中に、アムロは口に出せない問いを握りしめていた。セイラさん、ほんとうは、僕は今も、あなたを苦しめ続けているのかな‥‥


 アルが、<サイド6>以外のコロニーを訪れるのは初めてだった。クリスは彼の訪問をとても喜び、宇宙港で出迎えてくれた。7年前は腰まで届くほどのロングヘアだったが、その髪をばっさり切ってショートヘアになっている。真っ赤なライダーズジャケットに白いシャツ、ブルージーンス姿の彼女は、とても軍の教官のようには見えなかった。
「久しぶりね、アル。来てくれてうれしいわ」
 そばかすの浮いた、化粧っ気のないその笑顔は7年前、<サイド6>で出会った頃と変わらない。
「こちらこそ、お時間を取っていただいて、ありがとうございます」
 かしこまった様子でアルが答えると、彼女はアハハ、と笑って言った。
「私が教官だからって、あなたまでそんなに堅くならなくてもいいのよ」
 彼女はアルを乗せ、ステーションから市街地へ向かってエレカを走らせた。道路の向こう側、フェンスに囲まれた中の広場のような場所に、モビルスーツが立っているのが見えた。思わずアルは、指をさした。
「あれは?」
「あら、やっぱり気づいちゃった? あそこが、私の働いている場所。ブライトンの士官学校よ。敷地に、モビルスーツとか戦闘機とかが展示してあるの。見学できる施設もあるわ。行ってみる?」
 アルが、うなずいた。クリスはハンドルを切り、ゲートの中へエレカを乗り入れた。

「ブライトンには、あまり観光するところもないから、ここは人気のスポットなの」
 展示されたモビルスーツを見上げながら、クリスが言った。
「これはジムって言って、一年戦争の最中に、ジオン軍のザクに対抗するために開発されたモビルスーツよ」
 アルは、クリスの方を見た。7年前には見上げていた彼女の顔が、自分と同じ高さにあることが、不思議に思える。
「クリスもああいうの、操縦できるの?」
「ええ、そうね‥‥、一年戦争のとき、士官学校に入って3年目だったの。モビルスーツっていう新しい兵器が出てきた、というので急遽訓練を受けて‥‥、実際に出撃する機会はないまま配置転換になって、<サイド6>へ行ったの」
「そっかー。僕、クリスがどういう仕事をしていたのか、ちっとも知らなかったな」
 ジムの周囲では、見に来た人がひっきりなしに、その巨体をカメラのフレームに収めようと近づいたり後退りしたりしている。クリスは、左手にある建物を指差して、言った。
「ミュージアムもあるのよ、中には操縦体験ができるシミュレーターもあるわ」
 彼女の案内で、二人は施設に足を踏み入れた。

 アルは、クリスの解説を聴きながらミュージアムを見て回った。連邦軍の歴代宇宙戦艦の模型、実物のモビルスーツのコックピットなど、もし自分がバーニィと出会う前の11歳だったら、どれだけ胸を躍らせながら、この展示を楽しんだだろうか。
 展示の最後に、クリスの言っていたシミュレーターがあり、子供や若者たちが自分のパイロットとしての才能を試そうと、周囲に群がっていた。誰かが敵機を撃墜するたび、わあっ、と歓声が上がる。
「アル、あなたもやってみる?」
「え、僕が?」
「こういうの、好きだったでしょう?」
 アルは静かに首を振った。
「いいよ、僕は。パイロットの才能がないのはわかっているし‥‥」
 くすっと笑うと、クリスは言った。
「そう、アル。ところであなたは今、どうしているの?」
「うーん、正直自分が何に向いてるとか、何をしたいのかとか、よくわからなくて、高校出てから、とりあえず適当にアルバイトしてるって感じなんだ」
「あら、そうなの。アルのことだから、好奇心の赴くままに世界中、あちこち飛び回っているのかと思っていたわ」
 あっけらかんとした調子で、クリスが言った。
「あ、そうそう。バーニィは? 彼は元気?」
 アルは、クリスの口からバーニィの名前が出たのを聞いて、一瞬、気が抜けたようになった。それから、うつむいてパチパチと何度か瞬きをすると、顔を上げて言った。
「うん‥‥、実はクリスに聞いてほしい話っていうのは、そのことなんだ‥‥」

 士官学校からそう遠くない市街地に、クリスの住むアパートはあった。一緒に、見てほしい映像があるんだ、と言うと、クリスはそれなら、と自分の部屋へアルを連れてきた。
「どうぞ、掛けて」
 室内はアーリー・アメリカン調のインテリアで揃えられていて、かつて<サイド6>のお隣りさんだったときの彼女の家を思い出させた。その時のように、クリスは紅茶を淹れてくれた。アルは、どう話を切り出せばいいかとずっと言葉を探していたが、その一口が、心を決めさせてくれた気がした。
 ティーカップを置くと、アルは言った。
「見てほしいのは、これなんです」
 バックパックから取り出した情報端末をテーブルの上に置き、彼は画面から一つの映像ファイルを選択して開いた。あのときのバーニィが、画面に映し出された。地面に腰を下ろした彼の背後に、ザクIIの腕の一部が見える。あら、バーニィね、とクリスは言ったが、その背景に気づいたのか、それ以上何も言葉を発しなかった。

 アル、いいかいよく聞いてくれ。この包みの中には俺の証言を収めたテープや、証拠の品が入っている。このコロニーが核ミサイルの目標になった訳を知る限りしゃべった。もし俺が死んだらこれを警察に届けてくれ。大人が本当だと信じてくれたら、このコロニーは救われると思う。
 俺が直接、警察に自首しようかとも思ったんだが、何て言うか、そうするのは逃げるみたいに思えて、ここで戦うのを止めると自分が自分でなくなるような‥‥。連邦が憎いとか、隊長たちの仇を討ちたいとか言うんじゃないんだ。うまく言えないけど、あいつと‥‥ガンダムと戦ってみたくなったんだ。
 俺が兵士だからなのか、理由は自分でもよく分からない。
 アル、俺は多分死ぬだろうが、そのことで連邦軍の兵士やガンダムのパイロットを恨んだりしないでくれ。彼らだって、俺と同じで自分がやるべきだと思ったことをやってるだけなんだ。無理かもしれないけど、他人を恨んだり、自分のことを責めたりしないでくれ。これは俺の最後の頼みだ。
 もし運良く生き延びて戦争が終わったらさ、必ずこのコロニーに帰ってくるよ。会いに来る。約束だ!
 これでお別れだ!じゃあなアル!元気で暮らせよ!クリスによろしくな!

機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争第6話より

 バーニィの、最後のメッセージは、そこで終わっていた。アルは、ただ黙ってうつむいていた。クリスの表情を見るのが怖かった。
 クリスは、さっ、と立ち上がるとアルに背を向け、窓辺に行って外を見ていた。その背中からは、一体どんな感情を今抱いているのか、伺い知ることはできなかった。気さくな隣のお姉さん、に見えていた彼女も、軍人なのだとアルは思った。危機的状況で、人並外れた冷静さを見せる。バーニィも、そうだった。そうでなければ、あんなふうに冷静にメッセージを残すことはできなかっただろう。

 やがて、クリスが振り向くと、笑顔で言った。
「それでアル、バーニィは約束を守ってくれたの?」
 アルは、クリスの顔をじっと見つめると、うつむいて首を振った。
「ほんとうに?」
「うん‥‥、必ずこのコロニーに会いに来るって彼は言ったけど‥‥、来なかった」
 クリスは窓辺から離れると、アルの向かいに腰掛けた。
「それだけだった? 約束は」
 アルが、眉をしかめる。バーニィとした約束。アルは<サイド6>から出国しようとしていたバーニィがかけてきた電話をで言ったことを、思い出していた。

「バーニィあのね、さっきはごめんなさい。お願いだよ、僕たちを助けて!バーニィ!」
「ああ、そのつもりだ」
「ほんと?」
「ああ、あいつを倒すためにもう1度攻撃をかけることにした。手伝ってくれるか?」
「うんもちろんだよ。ありがとうバーニィ!2人でやればきっと上手く行くよね?」
「ああ‥‥上手く行くさ!」

機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争第5話より

「‥‥守ってくれたよ、約束を。僕たちを助けてって、僕はバーニィにお願いしたんだ。クリスマスまでに新型ガンダムを奪うか破壊できなかったら、ジオン軍は僕たちのコロニーに核攻撃を仕掛ける、と言っていたから‥‥」
 クリスが、うなずいた。
「あなたはどう? アル。あなたも約束を守るために、私のところに来てくれたんでしょう?」
「えっ」
「バーニィは最後に言ってたじゃない、クリスによろしくな、って」
 項垂れていたアルが顔を上げると、彼女は笑顔だったが、その頬には涙の筋がついていた。
「ありがとう、バーニィのことを教えてくれて。これで私も、そしてアル、あなたも約束を果たせるわ」
「‥‥約束?」
「他人を恨んだり、自分のことを責めたりしないでくれ、っていう約束よ。アル、あなたはずっと、自分のことを責めていたんでしょう? だから、写真も撮らなくなった。私の知ってたあなたは、いつもカメラを手放さなかったのに」
「‥‥あっ」
 小さく声を上げると、彼はまた俯いた。
「だって、僕があんな写真を撮らなければ‥‥、撮らなければ、バーニィたちが、あのコロニーに来ることもなかった‥‥」
 クリスは立ち上がると、アルの隣に座って言った。
「ねえ、アル。私にも教えてくれる? あなたが出会った、本当のバーニィのこと」


 アムロの取材を終えたジュード・ナセルと、近くのカフェで落ち合ったセイラは、彼の要望で、ホワイトベース時代のことについて、いくつか質問に答えた。彼は、アムロから聞いた話の内容に、興奮を隠し切れない様子だった。何の訓練も受けない15歳の少年が、爆風でたまたま飛んできたマニュアルを手に取って、それで連邦軍の試作機を操縦し、コロニーに侵入してきたザク2機を撃墜してしまったのだ。
 子どものように目をキラキラさせながら話すジュードを見て、セイラはくすくすと笑いながら言った。
「ねえ、悔しくはないの? 撃墜されたのは、あなたの国の方なのよ」
「ちっとも。僕はあの頃も今も変わらずアンチ・ザビ家だからね」
 彼は、アムロが取材にあたって作成してくれたという、ホワイトベースの地球上での航路図を見せながら、言った。
「まだ、木馬が地球に降りて、北米大陸を横断しているところまでしか、話が聞けていないんだ。彼は時間が許す限り、何度でも話を聞きに来ていい、って言ってくれた」
「それは、よかった」
 セイラは、微笑んだ。
「それと、この航路図だけど、彼はもう7年以上前のことだし、何のデータも残っていなくて記憶を頼りに作ったものだから、他のクルーにも確認してほしい、と言っていた」
「ミライ・ヤシマね。ホワイトベースの操舵手だった女性よ、彼女も私たちと同じで、<サイド7>の避難民だった」セイラが言った。
「今は結婚して、確か‥‥フォン・ブラウンにいるんだったかしら。確認するわ。お相手はホワイトベースで指揮官だった、ブライト・ノア。彼は今も連邦軍で艦隊勤務だから、取材は難しいかもしれないけど、ミライには連絡しておくわ」
「ありがとう、助かるよ。僕はここでの取材が長引きそうだ。何週間か滞在することになると思うけど、君はどうする?」
「大丈夫よ、私もしばらくお付き合いすることにするわ。必要があれば、他のホワイトベースのクルーに連絡を取ったり取材をコーディネートすることもできるし、それに、ここで取材してみたいことも見つけたの」
 彼女は、軍の広報官が案内してくれた、候補生たちも週末になると訪れるという下士官クラブの周辺にたむろする女性たちのことを話した。二人組の女の子が、セイラが首にかけていた軍の取材許可証を見て、声をかけてきたのだった。モビルスーツのパイロット候補生と知り合って、親密になりたいという彼女らが、心に何を抱え、どんなことを夢見ているのか、話を聞いてみようと思う、と彼女は言った。
 ところで、とジュードは言った。
「君は彼には、まだ会っていないようだけど」
 彼、というのはもちろん、アムロのことだ。
「ええ‥‥、ここに来ることも、実は話していなくて。今は、会わない方がいいのと思って‥‥」
「なぜ? 彼はきっと、喜ぶと思うけど」
 その言葉に、セイラは曖昧な笑みを返した。本当は会いたい。けれど、もし彼が以前と変わってしまっているなら、会いたくない。矛盾した二つの気持ちの間を、セイラの心は彷徨っていた。

〜つづく〜



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