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機動戦士ガンダム0085 姫の遺言 #5 反逆のアルテイシア

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々を、アムロとセイラをメインに描いたシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0080」に続くお話、第5話です。
セイラは書き上げた文章を記者のナセルに届ける。アムロはシャアと対面し、そこで意外な言葉を聞く。

 ジュード・ナセルはズム・シティのメインストリート沿いにあるデイリー・ジオン・サンライズの社屋の窓から下を見下ろした。あと30分あまりで、パレードが始まる。オフィスの壁の大きなテレビ画面には、キャスバル・ダイクン総統が演説をするというジオン独立記念公園中央の会場のライブ映像が映し出されている。かつて、デギン・ザビ公王の末の息子で国民的アイドルだった、ガルマ・ザビの国葬が営まれた場所だ。講壇の背後には、巨大なジオン・ダイクンの肖像画が掲げられている。

 メインストリート周辺には、パレードを見ようと群衆が場所取りに明け暮れている。ナセルは、そうしたお祭り騒ぎに興味はなかった。記者として当然のことながら、このクーデターの首謀者たるキャスバル・ダイクンが何を語るのか、には関心がある。それ以上に、ダイクンの名が国民に与える影響を興味深く見ていた。

 彼はオフィスで、昨夜の電話の主が現れるのを待っていた。ジオン独立記念日の前夜祭のパーティで、支援者の前に姿を現したジオンの遺児。キャスバル・ダイクンの妹アルテイシアには、多くのメディアの目が注がれた。その場所で、彼女は黙して何も語らなかったが、その美しい容姿と物腰から、メディアは彼女が、この軍事政権の印象をソフトなものに操作するアイドルにうってつけだと見出したのだ。多くのメディアが、彼女に取材を申し込んだが、よい返事をもらえた社は一つもないようだった。
 ナセルもまた、そのうちの一人だった。彼女の軍事政権のアイドルとするためではない。ただ、ジオン・ダイクンが死去した後、なぜ彼女は兄ともに地球連邦に逃れなければならなかったのか、聞いてみたかった。ジオン国民の理解では、ジオン・ダイクンは病に倒れ、その死に不審な点はなかったはずで、まだ幼少だった兄妹が、後継者となったデギン・ザビを脅かす存在になるとは考えられなかったからだ。

 デスクの電話が鳴った。受話器を取ると受付嬢が、客人の来訪を彼に告げた。彼はスーツの上着を羽織り、ネクタイのゆがみを直すと、取材用具一式を手に目当ての人物を出迎えた。

 オフィスに通された彼女は、予想に反したカジュアルな出で立ちで、なぜかスーツケースを一つ持っていた。
「はじめまして、アルテイシア・ソム・ダイクンです」
 そう言うと、彼女はにっこりと微笑んで右手を差し出した。
「急な申し出に応えてくださって、ありがとう」
 ナセルは右手を上着の端でこすると、差し出された手を握った。
「とんでもありません、お電話いただけて光栄です」
 ナセルは椅子をすすめ、彼女は腰掛けた。
「カイ・シデンというジャーナリストをご存知?」彼女が聞いた。
「ええ、確か前夜祭のとき、プレスルームで話した覚えがあります。クーデター勃発時の映像を撮影して、ユニヴァーサル・ニュース・ネットワークに配信したジャーナリストですよね?」
「彼が、権力に折れないジオンで唯一のメディア、といってあなたを紹介してくれたんです。私も、デイリー・ジオン・サンライズのあなたの記事を監禁先のホテルで読んで、ずいぶんと力を得ました」
「か…監禁?」思わず、ナセルは聞き返す。
「どういうことですか?」
「兄のキャスバルがこれからしようとすることに私が異を唱えたので、私はホテルの部屋に閉じ込められていたの」
 ナセルは、絶句している。彼女は続けた。
「友人の助けで脱出したけれど、今は追われる身なの。あまり長くここにはいられないわ」
「一体、あなたの兄は何をしようっていうんです?」
 外がにわかに騒がしくなった。ゴォォ、という轟音とともに、叫びに似た歓声が上がる。テレビカメラが、メインストリート上を低空飛行するモビルスーツの編隊を映し出している。先頭をゆくのは、あの真紅の機体だった。
「あなたには、わかっているはずよ」
「…戦争、ですか?」
 セイラは静かにうなずいた。
「兄はそれを革命、と称しているけれど、ジオン・ダイクンの掲げた世界秩序の革新を実現するために、地球に居住する人々を宇宙に移住させる手段としてまた、戦争を始める」
「連邦に割譲させられた月面都市グラナダを奪還するのが目的か、と思っていましたが…」
「いくら連邦軍が弱体化したからといって、基地のあるグラナダを攻撃すれば、ただではすまないわ。兄の手段は、もっと直接的」
「つまり…」と、ナセルは肩をすぼめる。
「地球への直接攻撃…先の戦争のような」
 セイラはうなずくと、ショルダーバッグから原稿を取り出した。
「そんな愚行を許すわけにはいかない。それで私はあなたに電話をかけたの。この文章を、寄稿したいと思って」
 ナセルは、彼女から原稿を受け取った。
「ごめんなさい、手書きなの。監禁されて、情報端末などみな、取り上げられてしまった。でも紙とペンがあれば、なんとかなるものね」
 そのセイラの微笑みにつられて、ナセルも思わず笑う。
「読ませてもらって、いいですか」
「ええ、もちろん」
 彼は、その原稿を読んだ。兄であるキャスバルを糾弾するもの、と思ったが、そうではなかった。彼女は自分の立場を明らかにし、かの一年戦争で地球連邦の市民がどれほどの苦渋を味わったか、強力なリーダーシップなくしてなぜジオンの支配に屈することなく戦い続けることができたのかを訴えていた。
 ホテルのロゴが入った、そのレター用紙を持つ手が震えた。
「あなたは、この文章でキャスバル・ダイクンと対決しようとしているんですね?」
「ええ」セイラは答えた。
「勝てるかしら、彼に?」
「圧勝です、少なくとも僕の中では。編集長に、見せてきます」彼は立ち上がった。

 真紅のモビルスーツを先頭に、メインストリート上空を編隊が通り過ぎていったとき、アムロは思わず快哉の声を上げた。学友たちが解析した通りの性能を、あのモビルスーツが見せたことが、彼を興奮させていた。編隊はズム・シティ上空を一巡りすると、ジオン独立記念公園へ戻ってきた。そして赤い機体は広場の中央に降り立つと膝をかがめる姿勢を取った。コックピットが開き、赤い軍服をまとったキャスバル・レム・ダイクンが姿を現すと、一帯は「ジーク・ジオン!」の歓声に包まれた。
 夢中で拳を振り上げる群衆の中を悠然と歩き、総統と呼ばれる男は講壇へ向かった。彼が群衆に向き合って立つと、周囲には水を打ったような静けさが広がった。やがて彼は静かに語り始めた。

 父、ジオン・ダイクンの名を冠したこの国に帰還し、このように迎え入れられることを、うれしく思う。私はキャスバル・レム・ダイクン。ジオン・ダイクンの息子として生を受け、父ジオンが志半ばで倒れるまで、この国で育った。その遺志を継いで、父の着手した革命を成し遂げる。それが若き少年の日の私の使命だと思っていた。しかし情勢はそれを許さなかった。
 ここで一つ、明らかにしておかなければならないことがある。諸君は私の父、ジオンが病魔で倒れたと聞いているだろう。しかし、それは事実ではない。当時、地球連邦政府はジオン・ダイクンの革命思想とその強力な指導力を恐れ、スペースノイドの独立、という事態を未然に防ぐため、スパイを送り込んで我が父を病気にみせかけて殺害した。そうなのだ。我が父、そして国父であるジオン・ダイクンは連邦政府の手で暗殺されたのだ!

 群衆の中から、どよめきが起こる。彼の言葉によって、新たな憎悪が生み出されていることが、アムロにもわかった。

 ・・・私もまた、その血を受け継ぐものとして危険視されたがゆえに、この国から逃れざるを得なかった。しかし、その間も父ジオンの遺志はザビ家によって受け継がれ、諸君らの熱情と、革命への渇望によって巨大な敵、地球連邦へひるむことなく戦いを挑み、そして勝利した。そのことのゆえに、私は諸君を我が誇りとするものである。

 セイラは、その演説をナセル記者とともに、デイリー・ジオン・サンライズのオフィスで聞いていた。
「あなたに聞いた話と、違うようですね」冷静な口調で、ナセルが言った。
「なぜあなた方兄妹はジオンの死後地球連邦に逃れたのか、その理由を、あなたはデギン・ザビがジオンを暗殺したからだ、と言った」
「少なくとも、私はそう聞かされてきたし、兄を地下組織で支援してきた人たちも、そうよ。でも、今もザビ家の影響力は大きい。兄にとっては真実よりも、地球連邦への憎悪を掻き立てることの方が、より重要ということではないかしら」セイラが言った。
「掴まれるているね、聴衆は」ナセルが言った。
「ジオンの国民は、誇りとか栄誉とか、そういう言葉に弱いんだ」

 ・・・しかし、私は今ひとつ、ここに誤解を解いておきたい。私とて、父ジオンの遺志を継ぎたいと願いながら、あの戦争を遠く離れたところで傍観していたわけではない。この赤い軍服、そしてあの赤いモビルスーツ。諸君らは、赤をトレードマークとしたエース・パイロットがジオン軍にいたことを、記憶しているであろう。シャア・アズナブル。連邦を欺くために名乗った私のもう一つの名だ。
 その二つの名を負って、私はここへ帰ってきた。「勝利」の美酒に酔って地球連邦に骨抜きにされ、この地球圏にスペースノイドのための新しい世界秩序を作り上げる、という使命を忘れた政権を倒し、ザビ家のはじめた戦いを、我々の完全なる「勝利」、すなわち革命の成就によって成し遂げるために!!
 そのために、諸君らの力を私に貸してほしい。そして我々が住むべき新しい世界を、ともに構築していこうではないか!!!

「ジーク、ジオン!」
「ジーク、ジオン!!」

 その場から、まるでコロニー全体を震わすかのような大歓声が上がった。

「ジーク、ジオン!」
「ジーク、ジオン!!」

 その熱狂は頂点に達している。そのとき、一人の青年が群衆の中から駆け出して、跪く赤いモビルスーツの「手」に飛び乗ったことに、誰も気づかなかった。

「ジーク・ジオン」の大合唱に包まれて、キャスバル・レム・ダイクンは自らの演説が群衆に受け入れられたと実感していた。その反響を浴びるかのように、両手を広げてその場にたたずむ。予定では、このあと再びモビルスーツに乗り込み、その偉容を見せつけながらメインストリートをパレードすることになっている。
 そのとき、彼は正面に離れて跪く自分の愛機が、ゆっくりと立ち上がるのを見た。部下が搭乗して、機体をこちらに持ってこようというのだろうか? そういう計画ではなかったはずだが、と彼は訝しげにその様子を眺めていた。やがて赤いモビルスーツは、彼のいる方に向かって、一歩を踏み出した。

 ドゥン、ドゥン…

 群衆もまた、これから何が起ころうとしているのか、口を開けて見守っている。赤いモビルスーツは、一歩一歩進んでゆく。海が割れるように、その先にいる人々が進路をあけた。
 モビルスーツは、キャスバルの立つ正面に立ち止まると、そのモノアイで彼を見下ろした。
「誰が乗っているのだ。私を迎えに来てくれたのか?」
 キャスバルが言った。赤いモビルスーツは、それには応答せず、ゆっくりと、右手を挙げた。その手には大口径のショットガンが握られている。
 周囲は騒然となった。慌てふためいた兵士たちが、装甲車で周囲を取り囲む。
 待て、とキャスバルは手を挙げて動きを制した。モビルスーツは、その銃器の照準をキャスバルに合わせた。
「私に対して、反乱を起こそうというのか?」キャスバルが言った。ショットガンを構えたその姿勢のままで、モビルスーツのコックピットのハッチが開いた。乗っていたパイロットが立ち上がり、ハッチの縁に足をかけて、その姿を現した。カーキ色のアウトドアジャケットに、色あせたジーンズ。群衆の中にまぎれてどこにでもいるような、青年の姿がそこにあった。
「アムロ・レイ!」
「久しぶりだな、シャア・アズナブル」
「よく、ここへ来てくれた」
 キャスバルが、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「私の演説も聞いてくれたようだな。よもや、その銃口は私を狙っているのではあるまい」
「それは、どうかな」
 アムロが言った。群衆は、銃口を向ける相手に話しかけるキャスバルの余裕を、感嘆の表情で見守っている。
「覚えているだろう、ア・バオア・クーで最後に合間見えたあの一戦を。あのとき、私は言った、同志になれと。私の気持ちは、あのときからいささかも変わっていない。君はモビルスーツを与えれば最強の戦士になる。だから、もう一度言おう。私の同志になれ」
 沈黙が流れた。モビルスーツの周囲に兵士らが集まり、その一人がアムロを狙撃しようと、ライフルを構えている。
「まだ、撃つな」キャスバルは兵士に指示すると、言った。
「答えを聞こう。アムロ!」
「あなたのような人に、最強の戦士と言われてこれ以上の栄誉はない」アムロが言った。
「同志になれ、と言われたこと、思い出したよ、シャア。唐突すぎて、あのときは理解が及ばなかったが、今ならわかる」
「どうなのだ?」
 アムロは周囲を見回した。ぴったりと自分に照準をあわせた狙撃兵がいる。

 赤いモビルスーツが突如、講壇から降りたシャアに歩み寄って銃口を向けた状況は、そのままテレビで生中継されていた。ナセルは、セイラとともにその画面を食い入るように見つめていた。何か話しているようだが、声はよく聞き取れない。
「何者なんだ?」ナセルが言った。セイラは彼の顔を見つめると、言った。
「私の、同志よ」
 そして立ち上がると、持ってきたスーツケースを開いて中からノーマルスーツを取り出した。
「そろそろ、迎えが来るわ」

 アムロが、口を開いた。
「ジオン・ダイクンはこの国に二人のダイクンを残した。ひとりはあなただ、キャスバル・レム・ダイクン。そしてもうひとりはあなたの妹、アルテイシア・ソム・ダイクン」
 キャスバルは、じっとアムロの顔を見つめた。答えを聞くまでは、左手を上げて、あの狙撃兵を制しておく。しかし、その後は…
 「二人のダイクンは、それぞれに違う道を選んだ。アルテイシアの示す道は、もうまもなくメディアに出るだろう」
「アルテイシアの示す道…だと?」
「僕の選んだ同志はアルテイシア・ソム・ダイクン、その人だ。僕は、あなたの同志にはならない」
 その瞬間、キャスバルは左手を下ろした。狙撃兵が引き金を引いた。
 アムロはさっと身を引くと、コックピットに体を沈めた。銃弾がかすめていった右の頬を、赤い血で濡らしている。彼は素早くコックピットハッチを閉じると、推力を上げて重い機体を飛翔させた。

「ナセル、ありがとう。私の寄稿は、今日出るのね?」
「ええ、間違いなく」
 彼は立ち上がった。セイラはノーマルスーツを着用していた。まだ装着しないヘルメットが、首の後ろに取り付けられている。
「そんな格好で、一体どこへ?」
「あれよ」セイラは、画面に映る赤いモビルスーツを指差した。
「私たちは、あのモビルスーツでここから出て行く。あとのことは、あなたがたの手の中にあるって、忘れないで」
 画面から、モビルスーツの姿が消えた。窓の外に、その機体が飛翔するときに発する独特の轟音が響いている。
 オフィスの大きな窓ガラスの外に、赤いモビルスーツの姿が大きく見える。その「手」が一方を指差している。セイラはオフィスを出て、外の非常階段へ出る扉を探した。ナセルが、後ろを追いかけてきた。
 扉を開けると、非常階段の踊り場の眼前に、モビルスーツの「手」があった。セイラは飛び上がって踊り場の柵を乗り越えると、その「手」に飛び乗る。
「待ってください」追ってきたナセルが叫んだ。
「あなたがたは一体、何者なんですか?!」
「記者でしょ、いつか取材して?!」
 セイラは、その「指」にしがみついた。「手」がゆっくりと動き、開いたコックピットハッチの中に彼女は転がり込むように入っていく。ハッチが閉じると、そのままモビルスーツは轟音とともに上昇を始めた。ナセルは非常階段の手すりにしがみつき、遠ざかる機体を見送った。奪われた赤い機体を、3機のモビルスーツが追尾している。
「外へ…出られるのか?」
 赤いモビルスーツは、背中のバーニアを噴射させ、コロニー上部の宇宙港を目指して上昇していく。ポケットに入れた端末の着信音で我に帰るまで、彼はずっとその姿を目で追い続けていた。
 しばらくして、ようやく彼は端末を取った。編集スタッフからの連絡だった。
「ジュード、アルテイシア・ソム・ダイクンの声明を速報でメディアに出す準備ができたわ。目を通してちょうだい」

 モビルスーツのコックピットに転がり込んだセイラを、アムロは両手でそっと受け止めた。
「大丈夫よ」セイラが言った。アムロはハッチを閉じると、機体を上昇させていく。コックピットは単座で、セイラはそのまま彼の膝に乗り、首にしがみついているしかなかった。
 至近距離で見るその顔は、かつてホワイトベースでエースと呼ばれたパイロットの表情になっている。その右の頬が血で濡れているのを見つけて、セイラは息を飲んだ。
「狙撃兵にやられた。間一髪で脳天を撃ち抜かれるところだった」
 血を拭いたかったが、何もない。セイラはその頰に唇をつけ、その血を舐めた。
「すまない」アムロが言った。
「加速する、胸に頭をつけて、しっかりつかまるんだ」
 セイラは、言われた通りにした。グウッとGがかかり、その身体が押し付けられる。セイラはその胸の鼓動に、二人でいることの熱情を思った。


 首都防衛隊の指揮官、トワニング少将はクーデターの日以来、宇宙港の隔壁の開閉に右往左往させられていた。クーデターに先立って、あの男、キャスバル・レム・ダイクンが軍部をほぼ掌握していることや、その計画についてまったく聞かされていなかったことを、彼は少々根に持っていた。しかし、だからこそ宇宙港の運営について全権を握り、軍部の中で自分の存在感を高めようと必死になっていた。
 あのクーデターの日、コロニー内部にシャアの率いるモビルスーツ部隊を引き入れるためにコロニー隔壁を開けさせたとき、命令の遂行を拒否したコロニー管理組合職員を射殺したのは、そんな焦りがさせた業だった。それ以来、職員らは不服従による抵抗運動を続けているため、トワニングの部下たちが、やむなくマニュアルを見ながら操作している。国際旅客便の発着が停止されたことで、一つ肩の荷が下りた気がしていた。
 彼は宇宙港の管制室で、演説する総統をテレビ中継で見ていた。パレードが無事に終われば、これで当分、あのやっかいな隔壁操作をさせられることもあるまい。クーデターの日以来、職員の抵抗運動のせいでコロニーの気象管理システムの操作は放置されている。そのため天候はずっと快晴のままで、庭木や花壇の花がしおれ始めた、など市民から苦情の電話も多数入ってきているが、そんなことは軍部たる我々の知ったことではない。

 突然、管制室にどやどやと、不服従を決め込んでストライキを続けていた職員たちが乗り込んできた。
「トワニング閣下、我々は職務に復帰することを決めました。これより宇宙港の管制業務、コロニー管理業務を引き継ぎますので、どうぞこの管制室より出て、元の配置にお戻りください」と慇懃無礼に管制室長が告げる。
 トワニングはにやりと笑った。
「そうかそうか、キャスバル総統の演説を聞いて、ようやく観念したというわけだな、このまま抵抗を続けたところで屁のツッパリにもならんと」
 横で副官が、品のない言葉につい眉をしかめる。
「よろしい、兵士諸君。管制室職員に、その席を譲りたまえ」
 マニュアル片手に管制していた兵士たちが、席を立った。管制職員らはそれぞれ所定の配置につくと、管制室の巨大なモニターを見上げる。管制官の一人が言った。
「市街地中心部より、高速で上昇中の機体があります」
「通信回路を開け」
「ラジャー。こちらコロニー管制室。飛行中の赤いモビルスーツのパイロット、回線0098でコンタクトしてください」
 不穏な空気を感じたトワニングが、管制官の背後から罵声を飛ばした。
「誰だ、あの赤いモビルスーツに乗っているのは? こんな予定は、聞いてはおらんぞ?」
「…管制室、赤いモビルスーツが見えますか?」回線がつながる。女性の声に、管制官らはざわついた。
「見えます、搭乗者はどなたですか」
「…私は、アルテイシア・ソム・ダイクン。隔壁の開放を要求します」
 そこへ、別回線からの通信が響いた。
「こちら総統府、管制室へ告ぐ。モビルスーツを奪取して逃亡する反逆者がいる。現在、3機編隊で追尾中。隔壁閉鎖のまま、待機せよ。繰り返す、隔壁閉鎖のまま待機せよ」
 管制官は、その命令には耳を貸さずに続けた。
「要求を受け付けました。三番隔壁を開放します。速やかにエアロック内に進入してください」
 慌てふためいたトワニングが、管制官のヘッドセットをむしり取った。
「何をやっているのだ。勝手に隔壁を開けるな!」
 振り向いた管制官はトワニングの手からヘッドセットを奪い返すと、言った。
「我々は、軍の管理下にはいまだ入っておりません。独自の判断で管制指示を出しますので、そのおつもりで」
「なんだと?!」
「閣下、あの赤いモビルスーツが反逆者なら、我々もまた、そうです」
 トワニングの背後から、管制室長が言った。振り向いたトワニングに、彼は無言で端末を渡す。そこにはデイリー・ジオン・サンライズが掲載した、アルテイシアの声明文が表示されていた。
「我々は、キャスバル総統には下りません」
 トワニングは、へなへなとその場に座り込んだ。


 キャスバルは自ら動いた。アムロに奪われた自らの機体を追って、3機編隊のあとからモビルスーツに飛び乗って彼らを追う。通常の三倍、と謳われたそのスピードで、たちまちコロニー隔壁の至近まで追いついた。
 管制室は、総統府の命令に従わずコロニーの三番隔壁を開放しはじめた。怒号の飛び交う通信回線に割って入ったキャスバルは言う。
「構わん、そのまま我々が通過するまで三番隔壁を開けさせておけ。エアロック内部で反逆者を捕獲する」
 赤いモビルスーツが、開いた三番隔壁を通過してエアロック内部に入り込んだ。追ってきたモビルスーツを遮断するように、すぐに隔壁は閉鎖へ転じる。3機編隊のうちの2機とキャスバルの搭乗機は、降りてくる分厚い隔壁の下を辛うじてくぐり抜け、エアロック内部へ進入する。残りの1機は隔壁に衝突し、轟音とともに炎上した。
 エアロックに入ると、管制官から再び通信が入った。
「アルテイシア機、聞こえますか。エアロック五番隔壁を開放します。そこを通過すると、ズム・シティ宇宙港です。コロニー内部からの追跡は防げますが、宇宙港に入ると、首都防衛隊のサテライトベースから迎撃部隊が出ている可能性があります。どうか、気をつけて!」
「…了解、警告ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう、我々はあなたの示した道を行きます。どうか、ご無事で!」

 コロニー隔壁を抜けてエアロックに入ると、コックピット内に警告音が鳴り響いた。
「これより、宇宙空間に進入します。パイロットはノーマルスーツを着用してください…」
 赤いライトの点滅で、シート下にノーマルスーツが収納されていことがわかる。しかし、今はそれどころではなかった。コロニー側の隔壁を抜けて進入してきた3機のモビルスーツが、エアロックの宇宙港側隔壁へ、アムロとセイラを乗せた赤い機体を追い詰めてゆく。
 ドォン…
 振動とともに分厚いコロニー隔壁が閉鎖されると、その対面にあるエアロック五番隔壁がゆっくりと開き始める。しかしその前に二人の機体は隔壁を背に、正面からカーキ色のモビルスーツに覆い被さられて行き場をなくしていた。
「私の機体を奪取するとは、大胆なことをしてくれたな、アムロ!」
「通常の3倍のスピートで迫ってくる奴がいると思ったら、やはりおまえか、シャア!」
 大きく「5」と書かれた背後の隔壁が、上昇してゆく。アムロはとっさに機体を少し屈めさせると、その「左手」で相手にボディーブローを食らわせた。
 シャアの機体が背後に大きく仰け反り、離れてゆく。反動でアムロの機体は開いた隔壁からエアロックの外へ飛び出した。
 宇宙港には、おそらく旗艦というべき巨大な艦が停泊している。ブリッジで、司令官らしき男が右往左往しているのが見えた。状況が、まだ把握しきれていないのだろう。
「大丈夫ですか?」アムロはセイラに声をかける。胸に顔を埋めていたセイラが、顔を上げた。
「ええ、なんとか」
「宇宙港に入った。すぐ、シャアは態勢を立て直してくるだろう。今のうちにノーマルスーツを着る。セイラさん、操縦を頼む」
「えっ!」
「できるでしょ、あなただってGアーマーのパイロットだったんだから」
 アムロはシートベルトを外すとセイラをシートに座らせ、自分はシートの下からパックを取り出してノーマルスーツに袖を通した。コックピットは狭いがこの機体はコアブロックが球体になっており、なんとか、少し体を伸ばせるだけの空間があった。
 操縦桿にしがみついていたセイラが、ノーマルスーツ姿になったアムロを見てキョトンとした。ついで、クスクスを笑い出した。
「なにがおかしんですか」
「だって」セイラが笑いをこらえる。
「あなたが、シャアの赤いスーツを着るなんて」
「仕方ないでしょう」アムロが言った。
「あっちが通常の3倍なら、こっちは5倍で飛んでやる」
 しかし宇宙港を出ると、管制官らが言っていた通りサテライトベースから出てきた首都防衛隊のモビルスーツ隊が待ち受けていた。進路を開かなければならない。アムロはショットガンを構え、続けて2発撃った。
「ダメよ!」セイラが叫ぶ。
「アムロ、当ててはダメよ、戦争じゃないんだから」
「わかってる」
 アムロも叫ぶ。威嚇射撃だったが、意図した通り、さっと相手の軍勢が左右に分かれた。
 しかし、後ろから高速で追ってくる光点がレーダーに映る。
「来たわ、シャアよ」
「奴を、引きつける」アムロが言った。
「あいつだって、あなたが乗っているとわかっているなら躊躇するはずだ。奴が接近すれば、他のパイロットは手が出せない」
 アムロは後ろから追尾してくるシャアの機体を翻弄するように、左右に進路を変えながら飛行を続けた。
「なぜ、兄がためらうと思うの」
「だって、そうだろう。戦争を仕掛ける前に、地球からわざわざ呼び寄せて帰さないほど…」とアムロは口ごもる。
「…閉じ込めて帰さないほど、妹を愛しているんだから」
「わかってたの?兄が戦争を始めるって」
「わかったさ、すぐに」
 セイラは、頭をアムロの胸にもたれかけたまま、口をつぐんでいる。
「よかったんですか、これで。あのままジオンにいれば兄さんの元で安全に過ごせた。僕と脱出すれば、あと数分後には撃たれて死ぬかもしれない」
「…それでいいの」小さな声で、セイラが言った。
「それでいいの、プライドよりも強いものが、ここにあるから」
 アムロは片手でセイラをぎゅっと抱きしめた。
「さあ、行こう。軍事境界線まで加速する。セイラは救難信号を発信して」
「ええ!」

 カイ・シデンはズム・シティ発最終便で月面都市グラナダに到着すると、その足で連邦軍のグラナダ基地へ飛び込んだ。
「カイ・シデンさん。ジャーナリストですね? 取材の申し込みでしょうか?」基地の渉外担当が出てきて、話をややこしくし始めた。彼は言った。
「情報部のミランダ・ファレル少尉に、すぐに取り次いでもらいたい。あんたが<サイド3>に潜入させた学生の件、といえばわかるはずだ」
「<サイド3>?」渉外担当が眉をひそめる。
「そういえばあなた、<サイド3>で起こったクーデターのニュースをレポートしていませんでしたか?」
「いいから、早くしろ!」思わず、カイは大声でカウンターを叩く。
「あそこから脱出できるかどうか、人の命がかかっているんだ」
 渉外担当の女性士官は、肩をすぼめて受話器を取り、情報部を呼び出した。二言三言話すと、受話器を外してカイの方を見る。
「えーと、その潜入させた学生って、誰でしたっけ?」
「アムロ・レイだ。ア・ム・ロ!」
 渉外担当が受話器を置くと、「こちらへ」と言って彼を情報部のオフィスへ案内した。
 ミランダ・ファレル少尉は情報部員数名と、テレビ画面に見入っていた。カイが紹介されると「グラナダの最終便で?」と言った。
「で、アムロ・レイはこれかしら?」と画面を指差す。
 そこには、演説を終えたキャスバル・レム・ダイクンを赤いモビルスーツのコックピットから見下ろす青年の姿があった。
「こ、これは?」
「ライブ映像ではないのだけれど、どうも通信制限が解除されたらしくて、ジオンのニュースメディアが映像を流し始めているの」
 映像は、青年がコックピットに乗り込んで機体を発進させるところで途切れた。
「ファレル少尉、おれはズム・シティを出てくるとき、アムロに頼まれたんだ、あんたに連絡を取れって。アムロはこの機体で、コロニーから脱出してグラナダに向かっているはずだ。救援を出せるか?」
「軍事境界線までなら、可能なはずよ。」
「救援と同時に、ジオン軍の最新鋭機を鹵獲できる。情報部のあんたとしては、一石二鳥だ」
 ファレル少尉が、受話器を取り連絡を入れ始めた。カイは落ち着かない様子で辺りを見回した。平時の基地内は、官庁のオフィスと大差ない静けさだった。
 やがてファレル少尉が受話器を置いた。
「すぐに、シナプス大佐の艦が出る。グラナダ発最終便の民間機に護衛でついていた船よ。軍事境界線ギリギリを哨戒目的で航行する予定。これに搭乗するわ。行くでしょう?あなたも」
「もちろん」カイが答える。
「ホワイトベース型の新造艦よ。内部の撮影はご法度。いいわね?」
「へいへい」カイが肩をすぼめた。

 宇宙港を出てからしばらく、カイはその戦艦、アルビオンの士官室に通されて、そこにいるようにと言われたため、士官だけに許される座り心地のよい椅子に身を投げ出し、モニターに映し出される進路を見ていた。戦時中に突貫で建造された彼の搭乗艦、ホワイトベースとよく似ているが、調度品の類は格段の差がある。
 ドアが開き、ファレル少尉が入ってきた。
「こちらです。彼がユニヴァーサル通信社の特派員、カイ・シデン」
 ファレルに案内されて入ってきた軍服の男は、大佐の階級章をつけている。カイは立ち上がって姿勢を正した。
「こちらは、エイパー・シナプス大佐、この艦の艦長よ」ファレル少尉が言った。カイは艦長に歩みよると、握手を交わした。
「君はあのホワイトベースの乗組員で、ガンキャノンのパイロットだったそうだな」
 カイが、肩をすぼめた。
「さすがに、よく調べておられる」
「実は、この艦にもホワイトベースの元乗組員が乗艦している」艦長が言った。
「ハヤト・コバヤシ少尉だ」
「ハヤト!」
 カイは、背の高い艦長の後ろからひょっこり姿を表したかつての戦友に驚いた。
「まさか、こんなところで再会するとはな!」
「実は先月、着任したばかりなんです。ホワイトベースでの経験を生かしてほしいと言われまして」
 ハヤトが言った。
「ブリッジでオペレーターとして訓練中なんです」
「というわけだ。で、カイ・シデン君。<サイド3>から脱出してくるという人物の状況について、詳しく聞きたい」
 彼らはモニターの前に腰掛け、ファレル少尉がズム・シティで撮影された、赤いモビルスーツに乗り込む青年の映像を見せた。
「この青年が、ズム・シティからの最終便に乗りそびれ、ジオン軍のモビルスーツを奪ってコロニー脱出を図った。随分と無謀な話だ」シナプス艦長が言った。
「彼には、状況が悪くなったら大使館へ連絡を取るようにと言ったはずですが」ファレル少尉がいう。
「あいつだけなら、そうしただろう。だが、これには目的がある。兄のキャスバル総統と反目したアルテイシア・ソム・ダイクンの救出だ」
「亡命するのか?」
「いや」と首を振ると、カイは自分の端末を取り出し、デイリー・ジオン・サンライズに掲載された彼女の声明文を見せた。
「実をいうと、彼女はれっきとした地球連邦市民だ。だが、その出自のせいでジオンに監禁された。ぜひとも連邦軍には、危機的状況に陥った市民の救出に尽力してもらいたい、と思っているんだが、どうですかね、艦長」
 事情のよく呑み込めないハヤトが、横で目を白黒させている。
「いいだろう。では、君も一緒にブリッジへ上がってくれたまえ」シナプス艦長が言った。
「コバヤシ少尉、ブリッジに上がったら軍事境界線へ向かってくるモビルスーツを探すのだ。いいな?」
「り、了解しました!」
 ハヤトが、さっと敬礼する。カイが、茶化すように言った。
「いやいや、少尉ともなると様になっているな。ちなみに、ジオンからモビルスーツを奪って逃げてくるのはアムロとセイラさんだ。よろしく頼むよ」
「ええっ? ど、どういうことですか?」
「救助したら、そのとき本人から聞けばいいさ」

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