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機動戦士ガンダム0087 SWEET 19 BLUES(後編)

機動戦士ガンダムで描かれた、宇宙世紀0079の戦争が終結したあとの、ホワイトベースの人々のお話シリーズ第2弾です。アムロとセイラが再会を果たすシリーズ「機動戦士ガンダム After the War 0085 姫の遺言」novel/series/7213272 の後のお話です。

クリスにバーニィの本当のことを話したアルは、あれ以来手にしていなかったカメラに目を留める。取材をしていたセイラは下士官クラブで出会ったジェリドと話しているところでアムロに再会するが、ジェリドとの間で話がこじれて殴り合い寸前になる。喧嘩をするなら殴り合いに換えて、決着は模擬戦闘で、というブライトンの鉄の掟に従い、アムロはジェリドと<対決>することになるのだが、彼はその前の訓練の最中に気を失い、パイロットとしての適性が疑われていた‥‥

 戦争が始まったときは、12歳だった。そのときも、ブライトンに住んでいた。今思えば、ラッキーだったんでしょうね、<サイド2>の他のコロニーのいくつかは、ジオン軍のコロニー落としで地球に落ちていった、と聞いたから。

 セイラは、下士官クラブの周辺に集まってくる女の子に話を聞いていた。エリカとニッキー、いつも二人でここにやって来る女の子で、二人とも19歳だった。エリカは言った。戦争だったけど、実際、何が起こっているのか、よく分からなかった。まだ子どもだった、というのもあるけど、何も情報がなかったのよ、今にして思うと。地球に落ちたっていうけれど、そのコロニーがどうなったのかもね。何だっけ? なんとか粒子っていうのでジオン軍が電波妨害をしているとかで、他のコロニーとか、地球との間の通信がなかなできなくなったって、父が言ってたわ。そう、父は通信会社に勤めていたんだけどね。ねえ、セイラさん。あなたは知ってた? 地球に落ちたコロニーが、どうなったか。私は知らなかった。戦争が終わって、はじめて知った感じ。

 私も知らなかったわ、あのときは<サイド7>にいたから、とセイラは言った。へえ、そうなの、と二人は驚いた。地球の人かと思ってた。セイラは、微笑んだ。今は地球に住んでいるんだけどね、<サイド7>はジオン軍の攻撃を受けて、住めないくらいに破壊されてしまったの、それで地球へ避難したの。
 ニッキーが、目をきらきらと輝かせた。ねえ、地球ってどんな感じ? 私たち、まだこのコロニーから出たことがないの。本当はあの戦争が始まった年、夏休みに<サイド1>にパパが連れてってくれる予定だったの。ほら、オーシャンドームっていうリゾートコロニーがあったでしょ? 中に大きな湖があるっていう。だけど、結局行けなかった。戦争のせいでね。パパだけ、出ていったわ。連邦軍にレビル将軍っていたでしょ。ジオン軍の捕虜になったけど、脱出して演説したっていう。「ジオンに兵なし」だったっけ? あれを聞いて、パパは軍に志願してコロニーを出ていった。落とされたコロニーに、友達がいっぱいいたの。だから、仇を取ってやるんだって、それっきりよ。戦争が終わっても、帰ってこなかった。軍の人が、お知らせを持ってうちに来ただけ。

 ねえ、セイラさん。地球って、広いんでしょう? どこまでも陸地が続いていて、その向こうに海があって。私はね、とにかく、ここではないどこかへ、行きたいって思うんだ。他のコロニーでもいいんだけど、コロニーはどこだって結局は同じよ。何もかも、人が造ったニセモノって気がするの。パパはきっと、艦隊で宇宙に出て、本物の地球を見たと思うんだ。だから私も、生きている間に本物の地球を見たい。そして、そこに行ってみたいの。

 じゃあ、士官候補生と付き合うのは、そのための手段ってこと? セイラの問いに、ニッキーは肩をすぼめた。エリカが言った。それもあるけど、でもね、単純に、かっこいいからよ。見た目のいい男なら、いくらでもいるけど、彼らには知性と実力がある。それに、将来もね。私たちを、地球に連れて行ってくれるかもしれない。それはね、いくら背伸びしたって、<サイド2>の男にはできないことよ。
 
 それでエリカ、あなたのお父さんは? 父は通信インフラの仕事をしていたから、兵役は免れたんだけどね、軍の仕事で<サイド2>を離れて、戦争が終わって戻ってきたと思ったら、他の女と出て行ってしまった。赴任先で、不倫してたの。それでね、修羅場ってやつ? 戦争が終わってからの方が、大変だった気がする‥‥

 彼女たちの話のタネは尽きることなく、セイラは、その口から流れ出てくる素直な言葉に耳を傾けていた。自分とは、境遇はまったく違う。でも、なにかその心情の底にあるものに、セイラは惹かれた。私も、彼女たちと同じかもしれない。本当は、ずっと、帰ってこない父を待っている。そして、父が与えてくれなかったものを自分に与えてくれそうな、そんな男を探し求めている‥‥

 このコロニーにやって来たとき、コロニー落としを免れたここは、何の傷跡も残っていないと感じた。セイラは地球上で、戦災の跡をいくつも見てきたからだった。<サイド3>に行ったときも、そうだった。地球連邦軍の侵攻前に停戦したため、<サイド3>は無傷だった。そのことが、戦後の地球圏のパワーバランスにも、影響を与えている。復興に多大な資金と労力を必要とする地球に対し、スペースコロニーは経済振興により多くの投資をすることが可能になっている。だが彼女たちは、知らないのだ。地球がどれだけ荒廃しているか、そして、かつての栄光を失っているか。
 しかし、一方で自分も知らなかった。ここにも、傷ついた魂があることを。彼女らは、自分が傷ついていることを知っていた。そして、それを隠そうとはしていない。今も傷を抱えながら、やわらかいその心を、男たちの前にさらけ出している。大人と子どもとの間の境界線で彷徨っている彼女らを、セイラは愛おしいと思った。

 クリスに、バーニィと出会った経緯から、その最期のたった一人の戦いまでを話したアルフレッド・イズルハは、次の日、ブライトンの中心市街地へ行き、街をぶらぶら歩きながら、ふと気がつくと、デジタル機器の並ぶ店で、最新式のカメラを眺めている自分に気がついた。連邦軍のモビルスーツの写真を撮りたい、と宇宙港の立ち入り禁止エリアに忍び込み、撮った写真はただのコンテナだったが、それを見たバーニィが新型ガンダムのコンテナだと気づいたことで、あの事件が起こった。だからアルはそれ以来、カメラに触れることさえしなくなった。好奇心は、ときに人の命さえ奪ってしまう。それが、彼の心をしばり続けていた。
 クリスに、バーニィとの約束を守らなければね、と言われた時、アルは、あの出来事の責めを自分に課し、自分で自分を罰していたのだと悟った。バーニィは、そんなことは望んでいないはずよ。アルには、どこまでも、その好奇心でアルらしい人生を生きていってほしいと思っているはず。それは私も同じよ、アル。あなたのような人たちが、したいことを自由にしながら生きられる明日のために、戦ったのだから。

 アルは店頭に並んでいるカメラを一つひとつ手に取り、じっくりと吟味した。以前使っていたコンパクトカメラは、誕生日のプレゼントに父からもらったもので、自分で購入するのは初めてだった。いろんなタイプがあったが、彼はいちばん手になじむ、古典的な一眼レフ型を選んだ。アルバイトで貯めたなけなしのクレジットを注ぎ込んだ。そのカメラを首から下げたとき、彼は自分が少し大人になった気がした。
 早速、アルはそのカメラで何か撮影しようと思った。クリスは、宇宙港が見える展望デッキがあるのを教えてくれた。その一角に、訓練飛行に出るモビルスーツが見えるスポットがあることも。それを、撮りたい。
 アルは、宇宙港に向かって走り出していた。

 アムロの不安は、的中した。
 シミュレーター訓練は、基本プログラムが終了し、戦闘シミュレーションに入った。ノーマルスーツを着用してコックピットのシートに身を沈めると、全天周囲モニターがシミュレート画面を映し出す。指示に従って発進し、宇宙空間を飛行すると、警告音が鳴り戦闘空域に入ったことが示された。
「戦場、か‥‥」
 ふと、そう呟いた刹那だった。あの、夢の中で囁いていた、ララァ・スンの声が聞こえてきたのだ。アムロ、あなたね、あなたはまた、戦場に出てきたのね、と。アムロはその声を振り払うかのように、頭を振った。次の瞬間、眼前にザクIIが迫っていた。そのときにはまだ、ほんの少しの冷静さが残っていた。アムロは瞬時に身を交わすと、ザクIIの上に出てそのコックピットを撃ち抜いた。
「い‥‥、1機!」
 すると、彼女の声がまた聞こえてきた。それは頭の中に大音響で鳴り響いた。

‥‥アムロ、あなたに言わなかったかしら? ニュータイプは、殺し合う道具じゃないって。私たちは、わかり合った、そう、わかり合ったはずよ‥‥

‥‥なのに、なぜ? なぜあなたは、再びガンダムに乗って、戦場に出ようとしているの? 殺し合う道具に、なろうとしているの?

 アムロの目の前のモニターに映る宇宙が裂け、その裂け目から流れ出した血が視界を真っ赤に染めている。

‥‥私が流した血では、まだ足りないの? あなたは‥‥、英雄になるために、もっと血を‥‥、そう、あの人の血を必要としているの?

 ちがう、そうじゃない。道具にされていたのは君だ、僕はちがう! 言葉にならない叫びを発しながら、血溜まりの向こうから現れたリック・ドムを彼は狙い撃ちした。2機、3機‥‥

 しかし、撃墜されたリック・ドムの放つ閃光の向こうから赤いゲルググが現れたとき、わずかに残っていた彼の冷静さは吹き飛ばされた。

‥‥シャアを傷つける、悪い人! シャアを傷つける、シャアを、シャアを‥‥

 なぜだ、なぜ、僕が悪い人なんだ、シャアが僕らを傷つけた、だから戦わざるをえなかったんだ、それなのに、なぜ、なぜ、なぜ‥‥

 そのときアムロの耳には、キャーッと叫ぶ女の悲鳴がこだましていた。叫びの声に体が絡め取られてしまいそうだった。アムロはもがいた。自分の方に飛んでくる血飛沫で、自分自身も、真っ赤に染まろうとしている。
 やがて、警告音が鳴り響いた。シミュレーターのシートに抱かれて、アムロは気を失っていた。

 気がつくと、アムロはメディカルセンターの一室のベッドに横たわっていた。慌てて体を起こすと、ナースが気づいて受話器を取り、どこかに連絡を入れたようだった。
「極度の緊張状態が続いて、気を失ったようです、慣れないうちはよくあることです。大丈夫ですよ」とナースは言った。気休めだろう、とアムロは思った。しばらくすると、教官がやって来た。アムロは立ち上がろうとしたが、彼女はそれを制して行った。
「そのままでいいわ、アムロ。具合はどう?」
「あまり、良くないですね」アムロは肩をすぼめた。
「マッケンジー大尉、僕はDOR(自主退学)になるのでしょうか?」
 彼女はすぐには答えず、何か考え込んでいる様子だった。やがて、口を開いた。
「私は知っているの。一年戦争のとき、あなたはガンダムのパイロットだった」
 アムロが、顔を上げた。大尉は笑顔を見せながら、話を続けた。
「その頃、私が何をしていたか、知ってる? テストパイロットよ。ガンダムNT−1、コードネーム<アレックス>の、ね。実戦投入がされれば、パイロットはアムロ・レイ、あなたになるはずだった」
 アムロが目を見開き、そして小さく首を振った。
「知りませんでした、そんな計画があったことは」
「そうでしょうね」クリスが言った。
「だから、少なくとも私は、あなたがどれほどの戦績を上げた、優秀なパイロットであったか知っている。あなたがコックピットでパニックに陥った理由も、察しがつくわ。私は戦場には出なかったけれども、同期のパイロットの中には、あなたに似た症状を訴える者も少なくなかった」
「そうですか」
「DORではなくて、治療と更生プログラムを受けられるよう手配しておいた。訓練はしばらく休んで、PTSDからの回復に専念することね」
「いいんですか、それで」
「ええ」クリスが、言った。
「あなたはパニックに陥っていて気づいていなかったかもしれないけど、あの状態でさえ全機撃墜。今日訓練を受けた中では、あなただけだった。本当なら、私ではなくあなたが教官になっていなければならないくらいよ」


 ベルトーチカが、次にいつアムロが家を訪ねてくるのか予定を聞くため母親に電話すると、彼女は言った。
「昨日、連絡があってね、訓練中に体調を崩して、あまり具合が良くないんですって。しばらく休みを取るそうだから、それならいつでも、好きなときにうちに来ていいと言っておいたわ」
 ベルトーチカは、眉を顰めた
「ねえママ、それってDOR(自主退学)ってことじゃないの?」
「そんなことは言っていなかった。それに、DORになるなら、学校から連絡があるはず」
「ふうん、じゃ、休みってことは、ちょっと気晴らしに出かけたりしてもいいってわけ? それなら私、声かけてみたいんだけど」
 彼女はそうして母からアムロの連絡先を聞き出し、メールした。友達のカルメンシータが、ジュリアン・リコと会いたがっているの。勉強と訓練で忙しいからって、少しも連絡をくれないから。それでお願いがあるんだけど、次の週末、ジュリアンを連れ出して、一緒に下士官クラブに来てくれない? 私たち、ゲート前で待っているから。

 重厚な両開きのドアの前でプレスカードを見せると、ドアマン役の下士官は笑顔を見せ、彼女を中へ入れてくれた。無機質な外観とは打って変わって、そこには木材をふんだんに用いたノスタルジックなウエスタンバーのフロアが広がっていた。丸いテーブルと椅子、そしてスツールの並んだ長い長いカウンターバー。その設に合わせて、店員たちはジーンズにウエスタンブーツ、テンガロンハットという出立ちだった。
 セイラがここに来たのは、彼女たち——下士官クラブの前で出会いを待つエリカやニッキーのような女性たちと対になる、士官候補生たちの姿を見て、話に耳を傾けるためだった。
 バーカウンターに座って、セイラはバーボンをショットで頼んだ。共布のベルトをリボンのように結んだ、オリーブ色のシャツドレスで、大きく開いた胸元から、下に重ね着した濃いグリーンのシャツのカラーを出している。ここでは、そんな私服姿の女性が一人でいるのは珍しい。すぐに、制服組の男がやってきて、隣に座った。
「君、相方は?」
 セイラは、男の制服の胸元を見た。ネームプレートにはMessa(メサ)、と記されている。その上に、翼のバッジをつけている。
「人に声を掛けるなら、まずそちらから名乗るのではなくて?」
「これは失礼、俺はジェリド・メサ、ご覧の通り、士官候補生だ」
「私はセイラ・マス。フリーのジャーナリストよ。よろしく」
「なるほど、ここに来たのは取材できる候補生を見つけるため、ということだな? それなら、君はラッキーだ。俺なら、いつでもOKだ」
「あなたのことは、知っていてよ。ニューヨーク出身、父は連邦議会の議員、そしてパイロット候補生」
「なかなかの、取材能力だね」
「私じゃないわ、外にいる女の子たちよ。彼女たちの間では、あなたは一番人気。知らない子はいないわ」
「俺にとっては、地雷だ」ジェリドは言った。
「あの子たちが、夢を掴もうとしているのはわかる。だが、現実を知らない。軍人の妻になる、とはどういうことか、地球で暮らすとはどういうことか、とか。少なくとも、俺に言わせればニューヨークよりコロニーの方がずっと快適だ。年中、薄着で過ごせる」
「軍人の妻になる、というのは?」
 ジェリドが、ふっ、と笑って言った。
「夫は生きているのに、未亡人のような暮らしだ」
「そういうこと、彼女たちはわかっていると思うわ。わかっていて、なお求めているものがあるのよ。ステイタスを、ね」セイラが言った。
「それよりジェリド、あなたはなぜ、パイロットを目指そうと?」
 彼女の問いに、ジェリドは腕を組んで身構えた。

 約束通り、ジュリアン・リコを伴って、アムロはゲート前で待つベルトーチカとカルメンシータのところにやってきた。
「久しぶり、カーマ」とジュリアンが言った。カルメンシータのことを、彼はいつもそう呼んでいた。
「ずいぶん、遊んでたらしいけど」
「だって、なかなか出てきてくれないんだもの」
「やあ、ベルも元気そうだね。ご両親が、アムロのスポンサーファミリーになってるんだって?」
「ええ、彼に感謝することね。もし今日あなたが来なかったら、彼女、あなたとは別れるって言ってたから」
 彼らは連れ立って、下士官クラブへ入っていった。フロアのテーブル席に着き飲み物を注文すると、ベルトーチカは周囲を見回した。
「中がこんなふうになってるなんて、知らなかったわ」
 薄暗い店内では、制服姿の士官候補生たちが、グラスを傾けながら談笑している。女性を連れている者も少なくなかった。
「いいじゃない、ウエスタンブーツ。ここでバイトするのも、悪くないわね?」
「と、思うでしょ? みんな、考えることは同じよ。ここのバイト、募集があってもすぐ埋まっちゃうんだから」カルメンシータが、言った。
「ほら見て、ベル。あそこにいるのがジェリドよ」

 あなたはなぜ、パイロットを目指そうと? そのセイラの問いに、ジェリドは答えようとしなかった。
「そういうことを聞きたいなら、他のヤツを当たるんだ。まだ、バッジをつけていないヤツがいいだろうな。DOR(自主退学)になるかどうかの瀬戸際にいるヤツを。バッジを獲得して次のステップに進めれば、読者も擬似的な達成感が得られる。惜しくもDOR(自主退学)になってここを立ち去ることになるとしたら、それはそれで、お涙頂戴な記事に仕立て上げられる」

「えっ、どこ?」というベルトーチカに、カルメンシータはカウンター席を指差して言った。
「ほら、あそこよ。見て。隣の金髪美女を、口説いている」
 その言葉につられて、アムロも彼女の指す方を見た。そして彼は、息を呑んだ。

‥‥セイラさん!!

 思わずアムロは立ち上がり、彼女の方へ近づいていった。その気配を感じたのか、彼女ははっと顔を上げ、こちらを見た。
「‥‥アムロ」
「セイラさん、あなたも来ていたんですね」
 その表情が、大学生だった頃と少しも変わっていなかったので、セイラもつい、微笑みを浮かべる。その様子に、ジェリドが眉をひそめた。
「なんだ、おまえ。バッジなしの分際で、俺のじゃまをするとは大したヤツだな」
 アムロは、そこで初めてその存在に気づいたような目で、ジェリドを見た。
「あ‥‥、すみません」
「ちょうどいい、この人が取材に価するする候補生を物色しているんだ。DORになるかならないか、ギリギリの線に立っているようなヤツを」
「ちょっとあなた、勝手にそんな話をするのはよして」そうセイラが言った声と重なるように、ベルトーチカがツカツカと近寄ってきたかと思うと割って入った。
「どういうこと? ジェリドっていったわね、あなた。何言ってるの? アムロはね、はじめての戦闘シミュレーションで全機撃墜、歴代最高の成績を取ったのよ。DORなんて、なるわけないじゃない!」
「ベル、君は関係ないだろう、下がっててくれないか」
 そういうアムロに、彼女は紅潮した頬を向けながら、言った。
「ひどいわ、関係ないだなんて。私はあなたのスポンサーファミリーなのよ。少尉の階級章をつけて卒業するまで、サポートするっていう役目がある」
「それならお嬢さん、俺がこいつのことを教えてやろう」ジェリドが言った。
「俺が知っているのは、こいつがシミュレーターのシートで落ちたってことだけだ。本当なら、DORになっていても何の不思議もない。そんな程度のヤツが、よくも女連れでここに来れるな、えっ?」
 セイラは、眉根を寄せてアムロを見た。その顔には、何の表情も浮かんでいなかった。静かな声で、彼は言った。
「それも、本当のことだ。だけど、何が問題なんですか? 退学は、自分はもう無理だと思ったときに自分で決断すればいいことだ」
 ふっ、と嘲るようにジェリドは笑った。
「そんな建前を、おまえは信じているのか? いいか。落ちるってことは、戦闘時の極度の緊張に、神経がもたないってことだ。そんなヤツに、パイロットが務まると本気で思っているのか?」
 二人のただならぬ様子に、周囲には何事かと野次馬たちが集まり始めている。しかしセイラは、アムロの傍に立ち彼を不安げに見ている少女を見ていた。

「あなたは、緊張しないんですか」
「ああ、しないね。俺はいつだって、冷静沈着だ。それが、パイロットに求められる資質だ」
「一つのミスで、自分の命がなくなる、としても? 仲間がそのために、命を落とすとしても? それは本当の‥‥、」アムロは、言葉を続けようとして、口篭った。それは本当の戦場を知らないからだ。やるか、やられるか、というタイトロープの上に立たされたことがないからだ。本当はそう言いたかったが、ここで言うべきことではなかった。言葉を変えて、彼は言った。
「制服を着ていることや、バッジをつけていることが、そんなに立派なことですか」
 さっ、とジェリドの顔色が変わった。
「人を値踏みする役には立っているのかもしれないけど、それが何だと言うんですか。僕たちはまだ、誰一人、何も成し遂げてはいないんです」
「なんだと?」バン、とバーカウンターを叩いて、ジェリドが立ち上がった。
「おまえは、俺を侮辱する気か」
 そう言ってアムロの胸ぐらを掴もうとする腕を、後ろから誰かが引き留める。
「おやめなさい、ジェリド。いつも冷静なあなたらしくないわ」
 この女よ、エマ・シーン。いつもジェリドのそばにいるの、とベルトーチカの傍に来たカルメンシータが耳打ちする。そこへ、外野からの野次が飛ぶ。デュエルだ、ここはデュエルだ、デュエルで決着をつけろ。
 ジェリドがふっ、と笑って手を離した。
「何なの? デュエルって」とベルトーチカが問いかける。
「対決するんだ、シミュレーターで」ジュリアンが言った。
「ブライトンの鉄の掟だ、喧嘩をするなら殴り合いに換えて、決着は模擬戦闘でつけろってのがね」
「いいだろう、デュエルで決着だ、アムロ、と言ったな、おまえ。やるか?」
 ジュリアンがすかさず、アムロの腕を掴んでいう。
「やめとけ、アムロ。あいつは俺たちの上の学年でトップだ、実機訓練も相当やり込んでるんだ。敵う相手じゃない、下手をすると、また落ちて今度は本当にDORになっちまうぜ?」
 しかしアムロは、大丈夫だ、と言っただけだった。
 そんな彼の様子を、セイラは黙ってじっと見ていた。その視線に気づいて、アムロは照れくさそうに少しわらった。変わってないのね、とセイラは思った。そうやってムキになるところも、上に立つ者に立ち向かっていくところも。もう一つ、彼女は視線を感じた方に目をやった。燃えるような目で、アムロの傍にいた少女がこちらを見ていた。


 試技室の照明が落とされ、正面の壁一面に広がるモニターが点灯すると、集まってきた下士官クラブの客たちから、歓声が上がった。
「ねえ、アムロ、本当にやるの? 大丈夫なの?」と、ベルトーチカが、シミュレーターのシートに着こうとしていたアムロの腕を取って引き留めようとする。セイラは、階段状になった観覧席の最前列の端に座って、その様子をじっと見ていた。すると、彼女がちらりとセイラの方を見て、そしてアムロの耳元に顔を近づけて、何か囁いた。何を言ったのかは、わからなかった。それから、彼女はアムロの頬にキスをした。そして、もう一度セイラの方に目を向けた。背負わせているのね、自分のプライドを。セイラは、自分でも不思議なほど冷静に、ただ、そう思っただけだった。
 球体になっているシミュレーターのドアが閉じられ、正面のモニターの両隅に、アムロとジェリド、それぞれのコクピット内部の映像が映し出された。映像は、それぞれのパイロットの姿を正面から捉えていた。
「対戦プログラムを説明します」よく通る声で、エマ・シーンが言った。
「12機のリック・ドムの編隊が来襲します。これは撃墜数がそのまま、各自のスコアになる。両者生き残ったら、直接対決へ進む。勝者は先に獲得したスコアの5倍の得点が加算される。これが、デュエルのルールです。よろしくて?」
「了解」と、ジェリドとアムロが応答した。では、とエマ・シーンが手を挙げると、カウントダウンが始まった。9、8、7.6、5、4、3、2、1‥‥
 次の瞬間、観覧席から声が上がった。

「デュエル!!」

 相手のアウトレンジから、1機目をビームライフルで仕留めたのはジェリドだった。次の瞬間、1機目の爆発高から姿を表した2機目をすかさずアムロが撃った。
「1機!」
 そのまま上昇し、振り向き様に背後から来た敵機を撃ち抜く。
「2機!」
 そして宙返りするかのように機体を下へ向けると、下方から上昇してくる2機を連射して撃墜した。
「4機!」
 1機撃墜するごとに、観覧席から上がっていた歓声が、4機目あたりから聞こえなくなった。滑らかに、まるでダンサーが踊っているかのように、宇宙空間を舞いながら、あらかじめ振り付けられたかのような動きで、次々と現れるリック・ドムを落としてゆく。
 しかしアムロは、コックピットの中で、再び、あの声を聞いた。

‥‥アムロ、私よ、アムロ‥‥

 ララァか、悪いけど、今君と戯れる暇はないんだ

‥‥どうして? どうして‥‥どうして‥‥

‥‥なぜ、なぜなの?なぜあなたはこうも戦えるの?あなたには守るべき人も守るべきものもないというのに‥‥

‥‥あなたの中には、なにもない、家族もふるさとも、何もないというのに‥‥何を守っているの? 自分のプライド‥‥何のために戦っているの? あの人に勝ちたい、英雄になりたい、という欲望‥‥

 自分のプライドを守って、何が悪いんだ‥‥、そうさ、ララァ、僕もあのときは、そんなちっぽけなもののために、たったそれだけのために戦っていたんだ、でも、今は違う‥‥

「5機!」
 広がる光芒の向こうから、2機が左右に別れてアムロ機を挟撃しようとしていた。アムロはそのうちの1機を引き付けた。そして発砲しようとしたその瞬間、身をかわしす。その1機の放った砲弾は背後から迫っていた敵の僚機を撃ち抜いた。アムロは、僚機を撃ったその機体を難なく撃墜した。
「‥‥7機!」

 今は違う、僕は‥‥、僕は大切に思う人のために、戦っているんだ、いつでも、僕を上へと引き上げてくれる、愛しい女のために‥‥

‥‥アムロ、あのときあなたは言ったわ、わたしが、救ってくれた人のために戦っていると言ったら、たったそれだけのために?って。

 そうだ‥‥、君の言うとおりだ、ララァ、あのとき、それはとてもちっぽけなことに思えた、でも、今ならわかる。それが、どれほど大きなことなのか‥‥

 ララァ、今ようやく、僕にもわかった、君がどれほど、シャアを愛していたかってことを‥‥、自分の命を投げ出してでも、彼を守ろうとしたのだから。

‥‥ふふふ、アムロ…‥、よかった、あなたはもう、一人ではないのね‥‥

 はっ、とアムロは我に返った。目前に迫った敵機を、彼は背中から抜いたビームサーベルで袈裟斬りにした。
「8機!」
 9機目の敵機を撃墜したとき、もう、彼女の囁きは聞こえなくなり、心の怯えも消えていた。

 アムロに3分足らずで9機を撃墜され、ジェリドはコックピットで歯噛みしていた。こちらは3機、向こうは9機と撃墜数で圧倒的な差をつけられている。だが、直接対決で勝利すればスコア5倍でまだ勝ち目はあった。いや、あったはずだった。
 だが、その目は一瞬にして潰えた。実際、ジェリドには何も見えず、ただ、いつの間にか自分が撃墜されていることを知っただけだった。モニター画面に、KILLEDの表示が点滅している。
「くそっ」
 彼は拳を振り上げ、コンソールパネルを叩くほかなかった。しかし、一体これはどういうことなのだ? 自分より一学年下の、まだ実機訓練にも進めない候補生の下っ端を相手にしているとは思えなかった。そう、まるで彼は歴戦の勇士さながらだった。シミュレーターのデータに残る、あの<赤い彗星>のような‥‥。
 ふう、と一息つくと、彼はシートから身を起こしてシミュレーターのコクピットから外へ出た。ちょうど、相手もコクピットから出てきたところだった。
「やったわ、アムロ!」
 歓声を上げながら、ベルトーチカが駆け寄ってきて、アムロの首に腕を巻き付けて抱きついた。ジェリドは、勝者の表情を見た。少しも、うれしそうには見えなかった。むしろ、悲しみを押し殺しているように見えた。
「ありがとう」
 アムロはそう言うと、ベルトーチカから体を離した。観覧席の最前列にいたあの人の姿はなかった。


 人気の少なくなった下士官クラブのカウンターで、セイラは一人グラスを傾けていた。
「デュエルは、どうでした?」とバーテンダーが彼女に尋ねた。
「途中で、出てきたわ」セイラが言った。
「どちらが勝つか、わかっていたから」
「あなたの隣に座るのですね、勝った方が」
「そうだといいけれど」
 観覧席にいた客たちが、宴の続きを楽しむために、少しずつクラブに戻ってき始めていた。騒がしくなる前に、ここを出よう。そう思ったときだった。
「セイラさん‥‥、隣に座ってもいいですか」
 傍に立つアムロが、何事もなかったかのように言った。
「ええ、どうぞ」
 彼女と同じものを、と彼はバーテンダーに言うと、彼女の方に向き直って言った。
「セイラさんも、来ていたんですね。会えて、うれしいです」
 彼女は、口元に笑みがこぼれるのを抑えられなかった。さっきの対決のときに開けてそのままになっている制服のスタンドカラーを閉じながら、言った。
「思った通りね、ちっとも、似合っていない」
 バーデンダーが、アムロの前にバーボンのショットグラスを置くと、セイラに言った。
「勝利者はあなたの予想通りでしたか?」
「そうね」セイラが言った。
「あなたのおかげです、セイラさん」アムロが言った。
「僕はやっと‥‥、やっと彼女と和解することができました」
「彼女と?」
「ええ‥‥、セイラさん、ララァ・スン‥‥、シャアの部下で‥‥、彼をとても愛していた」
 はっ、っとセイラが息を呑んだ。
「あのとき戦場で何があったのか、聞いてもらっていいですか?」
「今、ここで?」
 アムロは、周囲を見回すと、言った。
「‥‥長い話になる」
 セイラは、バッグからペンとメモ帳を取り出し、さらさらとメモをして一枚はがすと、彼に渡した。
「じゃあ、ここで待ってるわ」
 セイラは立ち上がり、会計をすませて店を出た。


「ちょっと、あなた!」
 扉の外に出たところで、セイラを呼び止める声がした。クラブの店内でも、デュエルのときも、アムロの隣にいた少女だった。
「ひどくない? デュエルの途中で帰っちゃうなんて。そもそものきっかけを作ったのは、あなたなのに」
 セイラは、足を止めることなく答えた。
「そうだったかしら。ジェリドが、アムロがまだバッジをつけてない、ということを揶揄ったからではなくて?」
 彼女が、食いついてくる。
「私は、そういうことを言ってるんじゃなくて、そもそもあなたがアムロと話さなければ、こんなことにはならなかったのよ。原因を作っておいて結果から目を逸らすなんて、卑怯じゃない」
「彼はただ、私を見つけて、挨拶しに来ただけよ。知り合いだから」
「ふうん、知り合い、ね」ベルトーチカが、言った。
「教えてあげるわ、途中で出て行ったあなたに。勝ったのはアムロよ、ジェリドじゃなくて」
「そう、ありがとう」セイラが言った。彼女は、まるで自分が勝利したかのような得意げな表情をしていた。
「アムロには、おめでとうと伝えておいて。でも、戦ったのはアムロとジェリドで、あなたと私じゃない」
「わかってるわ、そんなこと」
「 そうよね、あなたがアムロの勝利を喜ぶのなら、彼が言っていたように、人を値踏みするのはやめることね」
 扉が開いて、アムロが出てきた。ベルトーチカが、さっと身を翻して彼のところに駆け寄っていった。
「ひどいわ、私を置いて先に出て行っちゃうなんて。ジュリアンとカーマも来るわ、戦勝祝いをしようよ、アムロ」
「アムロ!」と、後ろから同期生のジュリアンが肩に手を回してきた。
「いやー、びっくりしたね。まさかあんな大差で、瞬殺するとは。3分もたたずに9機撃墜だぜ? 今までにいたか? そんなヤツが。覚醒だ、まさに覚醒!」
 彼らは再び連れ立って、クラブの中へと入ってゆく。その間際、ちらっとセイラの方に目をやったアムロが、さっき手渡したメモを指に挟んで振ってみせた。セイラは小さく頷くと、彼らに背を向けて近くに借りている自分の部屋へと戻っていった。長い夜になりそうだった。そうね、たまには焦らされるのも、悪くないわ。


 それから、しばらく後のことだった。再び、母から電話がかかってきた。ベルトーチカ、アムロから聞いた? 基礎訓練と適正テストにパスして、彼も翼のバッジをもらったって。お祝いをしようと思うの。同期生のジュリアンって子もパスしたそうよ。彼のガールフレンドがあなたの友達なんだって? だから二人もよかったら一緒に、とアムロが言っているんだけど、どうかしら?
 いいわ、もちろん。ベルトーチカはカルメンシータにも声をかけた。彼女はとても喜んだ。歳の離れた姉を、彼女は先の戦争で亡くしていた。だから両親は、彼女が士官候補生と付き合うことを、よしとしていなかったのだ。
 ジュリアンとアムロを招くため、二人は母とともに料理に腕を振るった。あなた、とても料理が上手ね、と母はカルメンシータを褒めまくった。ええ、料理は結構好きなんです、おいしいって喜んでもらえたら、それだけで私もうれしくなる。ベルトーチカには、そんな彼女がちょっと意外な気がした。男漁りをして遊んでばかり、という印象しかなかったからだ。家にやってきたジュリアンと抱き合って、彼女は幸せそうだった。それにひきかえ、自分はどうなんだろう。あのとき、彼にキスして奮い立たせてやったの、だから彼は勝った、とベルトーチカは思いたかった。でもアムロはそれからあとも、決して彼女に直接連絡してくることはなかった。
 集まった家族に、ジュリアンはアムロがデュエルで一学年上のジェリドに圧勝したことを、面白おかしく離して聞かせた。弟のラムザは大はしゃぎだった。アムロ、すごいよ。きっと、連邦軍のエースになるよ。
 ホームパーティの時間はそうして過ぎていき、そろそろおいとまするよ、という言葉が出てくると、ベルトーチカは、私が送るわ、といって外へ出た。そしてアムロに言った。ねえ、少し二人で話したいの。

 夜10時を過ぎても、宇宙港は出発するため、あるいは到着したばかりの人で賑わっていた。ベルトーチカは、発着ロビーを通り過ぎ、出ていく船が見える展望デッキにやってきた。
「ここから見る港の風景が、好きなの。いつか私も、船に乗ってここから出て行きたいって、思っているの」と彼女は言った。
「でも、どこへ行けばいいのか、わからなくて」
 ちょうど、出港した船がレーザーセンサーの航路から加速を始めるところだった。二人は展望デッキのガラス面の前に立ち、その様子をじっと見ていた。
「見て」とベルトーチカが飛び立ってゆく船の向こうを指差した。
「この時間にここに来ると、ほら、地球が見えるの」
 アムロは、彼女の指さす方を見た。その天体は、天体というよりもまるであの人の澄んだ瞳のように見えた。ベルトーチカは、目を細めるようにして地球を見ているアムロの横顔を、じっと見て、やがて言った。
「あの人がいるの? あそこに」
「えっ?」
「しらばっくれないで、あの人よ、下士官クラブでジェリドとしゃべってて、デュエルのきっかけになったあの人」

「セイラさんのこと?‥‥そう、彼女は地球に住んでるんだ」
「あの人は、だれ? あの人はアムロのこと、知り合いだって言ってたけど、そうだとは思えない」
 アムロは、その問いにすぐには答えず、ただじっと地球を見ていた。
「ねえ、どうなの。前みたいに、また答えをはぐらかすつもり?」
「前に、君の弟が聞いたよね、なぜパイロットになろうと思ったかって。そのときの答えに君は納得せずに、こう聞いた。本当の理由は、なに?って」
 ベルトーチカが、眉根をよせる。自分のことを持ち出されて、むっとしているようだった。
「君の言った通りだ。僕が弟に言った答えが嘘だというわけではないけど、理由は他にもある。それが、彼女だ」
「えっ?」
「彼女の大切な人は、モビルスーツのパイロットだった。でも、戦いの後、行方知れずになった。僕はその人を探し出すために、パイロットを目指しているんだ」
 ベルトーチカが、肩をすぼめた。
「意味が、わからないわ」
 アムロは、何も付け足さなかった。ベルトーチカは、彼から目を逸らして、小さな声で言った。
「要するに、彼女があなたの大切な人ってことね。わかってたわ、そんなこと。わかってた。‥‥でも、もうちょっと違うことを言ってくれるんじゃないかって、思っただけ」
 そしてくるりと、ガラス面から背を向ける。
「ほんと、大人ってずるいんだから。自分に都合よく、本当のことを使い分ける」
「本当のことを言ったのは、君のためだ」アムロが言った。
「君たちは、僕たちに‥‥、翼のバッジをつけた僕たちに縋っていれば、ここから飛び立てると思っている。だけど、そうじゃない。君は僕がいなくても、自分の力で飛び立てる人だと、僕は思うよ」
 はっ、としたようにベルトーチカは目を見開き、それから、ぷいっと横を向いた。僕がいなくても、なんて言葉は聞きたくなかった。でも、その後に、いつも誰かに言ってほしいと願っていた言葉が連なっていた。彼女はこっそり涙をぬぐうと、なんでもないふりをして言った。
「バッジを一つもらったくらいで、偉そうなこと言わないで。次に会うのは、少尉の階級章をつけたときって決めたから、私」
 じゃあね、と手を振り、彼女はそのまま振り向くことなく、去っていった。一人で歩いていると、なぜか涙がこぼれて唇を濡らした。それはちょっぴりしょっぱくて、でもなぜか甘い味がした。


〜Fin〜


<ちょっとしたあとがき>

 1986年に公開され、大ヒットしたトム・クルーズ主演の映画「トップ・ガン」。公開当時私は大学生でしたが、あの頃の男子はみんな、あの映画の影響を受けてMA−1のジャケットを着て、カワサキのninjaにまたがっていましたね。そのブームはガンダム界にも及び、そして製作されたのが「機動戦士ガンダム0083 スターダスト・メモリー」です。そう断言する根拠は何もないのですが、でも、見ればわかります。「トップガン」みたいな世界をガンダムで描きたかったんだな、ということが。

 ところで「トップガン」に先駆けること5年前、リチャード・ギア主演の映画「愛と青春の旅立ち」というのがありました。これも有名な映画ですが、タイトルがベタすぎて敬遠していたところ、ようやく、10数年前に手に入れたままになっていたDVDを視聴して、そうか、これがあったから「トップガン」ができたのか、と膝を打った次第です。

「愛と青春の旅立ち」は原題が全く違っていて、英語のタイトルは「An Officer and a Gentleman(士官にして、紳士)」というのです。落ちぶれた海兵隊員の父親を見限った主人公が、父を超えるために大学を出たあと海軍の航空士官候補学校へ入り、ジェット戦闘機のパイロットを目指す、というお話で、そこに、パイロットの妻になることを夢見る女たちとの恋愛模様を絡ませながら、主人公とその親友の対照的な生き様が描かれていきます。主人公らは「ジェットに乗りたいかー」「おー!」という感じで、厳しい訓練に挑んでいくのですが、実はジェット戦闘機は一瞬たりとも登場しません。そこで、そうか、ジェットか!となって生まれたのが「トップガン」かというのは完全に私の邪推ですが、あながちハズレではないかもしれません。

 それはともかく、それならガンダム界の「An Officer and a Gentleman」があってもいいんじゃないか、と思い立ち、書いてみたのがこのお話です。

 主人公はZガンダムでアムロの恋人になるベルトーチカ・イルマですが、彼女の限らずZガンダムの登場人物には、ストーリーに登場するまでの背景となる設定が全然ありません(家族とか、出身とか、一年戦争のときはどうしていたとか)ので、好き勝手に作らせてもらいました。彼女の、甘くてしょぱい19歳の青春、どうだったでしょうか? あと、サブストーリーとして、0080のアルとクリスのエピソードを入れています。ベルトーチカもアルも、このあとの時代を描くシリーズ「機動戦士ガンダム0090 越境者たち」に出てきます。そのときの彼らと、そしてパイロットとして復帰したアムロの前日譚でもあります。


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