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機動戦士ガンダム0090 越境者たち #2 ロンデニオン

 機動戦士ガンダムで描かれた、一年戦争の終結から10年後の世界、Zガンダムとは別の「もう一つの宇宙世紀」の物語を描く。拙作「機動戦士ガンダム0085 姫の遺言」の続編。
 新型強奪計画の失敗は、ロンデニオンにいるレコアの仲間たちに伝わる。グレイファントムからはアムロとキースが、襲撃犯の行方を追って出撃する。


1:追跡

 <サイド1>のコロニー、ロンデニオン。旧大英帝国の首都ロンドンの古代ローマ時代の古名から取られた名を持つそのコロニーの市街地は、19世紀のロンドンを模して建設されたといわれている。パブ「ラーディッシュ」はその街の風景に溶け込むような古びた英国風の建物で、官庁街にもほど近い繁華街の一角にあり、10時まで出しているイングリッシュ・ブレックファストは周辺のオフィスワーカーの人気を集めていた。連邦軍のロンデニオン基地に勤務する軍関係者の官舎が近いこともあり、夜は兵士や、基地内にある将校クラブの気取った雰囲気を嫌う士官たちの酒場となる。

 嵐のようなランチタイムが過ぎ去って、ようやく一息ついた店のスタッフが、奥で賄いの食事をとっている。一足早く食べ終わったスタッフと交代で、アリョーナ・ペイジは厨房に入った。今日の賄いは店長のヘンケン・ベッケナーが作るボロネーゼ・スパゲティ、絶品である。アリョーナは麺の上にたっぷりとソースをかけて、きれいに平らげた。事務室で電話をしていたヘンケンが、受話器を置いてやって来た。
「どうでした?」アリョーナが尋ねた。ヘンケンは首を振った。
「ダメだ。計画は失敗した」
「えっ? どうして? 完璧な計画だって、言ってましたよね?」
「そのはずだったが、想定外の要素があった」とヘンケンが肩をすぼめる。
「同じ船に、ティターンズの隊員が搭乗していた。ハイジャックに気づいた奴らが、ロンデニオン基地に救援を求めたらしい」
「計画実施エリアは、もしロンデニオン基地から連邦軍が出てきたとしても、到着まで20時間はかかる位置だって言っていたわよね。なのに、軍が来る前に奪取できなかった、ってこと?」
「運悪く、グレイファントムが慣熟飛行で基地を出て、エリア周辺を航行中だった」
 アリョーナが、肩を落とした。
「アポリーたちは、無事なの?」
「相手は手練れだったらしいが、撃墜せずに泳がせることを選んだようだ。あとは追ってくる連邦軍の奴らを、うまく撒いてくれればいい」
「この失敗は、痛いわね」アリョーナが言った。
「いや、相手部隊の戦力がどの程度のものか、はっきりした。痛手ではあるが、得たものもある」とヘンケンは笑った。
「それに、俺たちにはもともと、失うものなんて、何もないんだ」
 そうね、とつられてアリョーナもふふふ、と笑った。

 戦災孤児を優先的に雇ってくれる店がある、と聞いて、この店で働き始めてから、もう10年近くになる。高校生だったアリョーナも、もう26歳になっていた。店長を務めるヘンケン・ベッケナーがこの店に来たのは4年ほど前だから、アリョーナの方が古株、ということになる。
 ヘンケンは、無骨な髭面の大柄な男だった。<サイド1>の出身であることと、以前は連邦軍の軍人だったこと、今は独身であることぐらいしか、彼のことは知らなかった。料理の腕前はなかなかのもので、包み込むような温かな人柄もあり、すぐに店のスタッフからの信頼を勝ち得た。しかし、その朗らかさの影に、触れれば弾けるような怒りが隠されていることを、彼女は知っていた。だから彼が、反地球連邦政府組織の活動に携わっている、と聞いたとき、アリョーナは少しも驚かなかった。私にも何かできることはありますか? そう言ったとき、彼はいままでに見たことのない、険しい表情をしたことを、よく覚えている。戦う人の目だ、と彼女は思った。
「これから、長い戦いが始まる」ヘンケンが言った。
 アリョーナが、頷いた。

 グレイファントムのブリッジでは、新たな課題が持ち上がっていた。ブライト・ノアはグレイファントムで、襲撃犯の船の行方を追跡したかった。戦時下とは違い、レーダー類を妨害するミノフスキー粒子の散布は行われていない。理論上は1万km先にいても探知は可能だ。しかし、それにセキ技術大佐、そしてモビルスーツ隊から反対の声が上がった。足の遅い輸送船に付き合っていては、自分たちの船より先に〝新型〟がロンデニオンに着いてしまう。受領が遅れる、というのがその理由だが、本音が別のところにあることは、ブライトにもすぐにわかった。〝新型〟と同じ船に乗って来ている、3人のパイロットだ。ロンド・ベル隊が総力を挙げて守った〝新型〟を、先取りされてはたまらない。

「で、おれたち二人が追跡しろって、そうなっちゃうのはなんでなんだろうね、アムロ?」

 ジムIIのコックピットで、チャック・キース少尉がぼやく。

「ハナから〝新型〟のパイロット候補に入っていないって、そう言いたいのかな?」

「そんなことはないさ」

 もう1機のジムIIのコックピットで、アムロが言った。

「この任務に向いてるってことだよ。貨客船の救援に行ったとき、襲撃犯の船をいちばん近くで見ていたのが、僕たちだった。それに、船の中でじっとしているより宇宙に出る方が楽しいじゃないか」

 デッキクルーが、カタパルトデッキへ進むよう指示を出している。二人はジムIIにカタパルトを装着させた。

「ジムII、アムロ機、発進準備完了。進路クリア」
「了解、アムロ、ジムII、発進します」

 急激な加速とともに、アムロのジムIIはグレイファントムの発艦デッキから虚空へと射出された。キースがあとに続き、2機はレーダーの機影を追って、加速してゆく。
  まもなくアムロは、貨客船の襲撃犯たちの乗る輸送船をレーダー照準で捉えた。さらに距離をつめてゆく。できれば肉眼で補足できる位置まで近づき、映像データを録画しろ、というのがブライト艦長の指示である。アムロはコンソールを操作して、搭乗機のメインカメラを録画モードに設定した。その船は、一見ごく一般的な輸送船に見受けられた。しかしさらに目標に近づこうとすると、突如、自らの存在を隠すかのように船体のライトを消した。

「ほーら、来たぜ、おれの予想した通りだ」
 輸送船の操舵席で、サエグサが言った。アポリー、ロベルト、バッチのパイロット3人は、連邦軍はそのまま貨客船の護衛につくだろう、と予想していた。サエグサは、そう甘くはない、彼らは追ってくるはずだ、と主張した。これまで相手にしてきたコロニー警備の部隊とは、レベルが違う。貨客船の離脱の仕方だって、あれは普通の運送会社の船の操舵手のやるようなことじゃないぜ? ひょっとしたら、こっちの方が罠に嵌められたのかもしれない。それが、サエグサの言い分である。
 サエグサは、船のバックモニターの映像を拡大すると、言った。
「見ろよ、こいつら、増槽をつけていやがる。おれたちの港にまで、ついてくる気だ」
「よし、あいつらを撒こう。<サイド1>の暗礁空域に誘い込んで、カタをつける」
アポリーが言った。
「レコアからは、何か連絡はあったか?」
「ああ」とサエグサが答える。
「ハイジャック犯の一味だとはバレていないから大丈夫、キャンプリーダーとして1ヶ月、がんばるわ!だってさ」
「あいつとトーレスのヘマだぜ、これは」とアポリーは眉をしかめる。
「目的のコンテナを探し出すのに、時間を食い過ぎた」
「それを言うなら、そもそも積荷だけをいただこう、なんてやり方が上品すぎだがな」と、ロベルトが口を挟む。
「でも、それがおれたちのボスのやり方だ。目的達成のためであっても、民間人を犠牲にはしない。確かにヘマはしたが、まだ、何も失っちゃいない。レコアはまだ、船で〝新型〟と一緒だ。ロンデニオンでもたっぷりと敵情視察をしてくれるだろう」
「では、おれたちは暗礁空域手前で船を出て、尾けてくる2機をあそこに誘い込む。その隙に船を港に向けるんだ。いいな」アポリーが言った。メンバーたちが頷き、動き出した。

 キースはジムIIのコックピットで、くたびれ果てて、うとふとし始めていた。レーダー照準で自動追尾している輸送船の行き先を確かめるためとはいえ、ただじっと計器を見ているだけでは、緊張感も失われていく。
 アムロはコックピットでコンソールパネルを操作していた。輸送船は<サイド1>へ向かっているようだ。予測される進路はロンデニオンの宇宙港を示している。しかし、それは見せかけだろう。1つのサイドに、40基近いスペースコロニーが設置されている。どのコロニーを目指しているのか、突き止めなければならない。
 突然、急速に輸送船が近づいてきて、アムロは慌てて逆噴射をかけた。キース機は気づかない。

「キース! キース!!」

 アムロは大声で通信を介して彼に呼びかけた。輸送船が、急減速したのだ。そろそろ、こちらの追尾を振り切る気になったようだ。案の定、目の前でバーニアが噴射され、向きを変えて加速を始めた。

「な、なんだ? 急に加速しやがった!」

 キースが言った。

「居眠りは、帰り道にしてくれよな」

「す、すみません」

「敵はこちらを振り切るつもりだ。置いていかれるなよ」

「逃がすかっ」

 思わず叫ぶと、キースは再加速した。そのとき、闇の中から一筋の細い光が走り出た。輸送船の後部ハッチが開き始め、中の光が漏れているのだ。
「何だ?」よく見えるように輸送船との距離を縮めてゆく。すると、開いた後部ハッチの奥に、モビルスーツらしきものの姿が見えた。
「さっきの奴らだ…何をする気だ?」そうつぶやいた瞬間、キースのジムIIをビーム光が掠めた。
「ちくしょう、こいつ、撃ってきやがったっ!」
 ハッチの中から威嚇射撃をして、追尾を振り払おうとしているのだ。

「離れろ、キース!出てくるぞ!」

 アムロが言った。見ると、開いた後部ハッチから、ゆっくりと立ち上がったモビルスーツが1機ずつ、順に出てきた。全部で3機、どれもデータにない機体である。頭部には旧ジオン軍のモビルスーツに特徴的だった赤いモノアイが光を放っている。
 3機は輸送船と彼ら2機のジムIIの間に、盾のように割って入った。そのままの態勢で、逃亡者と追跡者の一群は<サイド1>領空へと入っていく。しかし、その進路は先ほど示されていた予測進路とは変わっていた。コロニー群が遠ざかる。
「暗礁空域へ、おれたちを連れて行こうっていうのか」キースは思わず、つぶやいた。

 ロンデニオンは、サイド1のコロニー群の外縁部に位置している。もともと、そこが外縁部だったわけではない。それよりも外側にあったいくつかのコロニーは、一年戦争時にジオン公国軍の攻撃を受けて破壊されていた。“コロニー落とし”と称する攻撃で地球上に落とされたものもある。コロニーがあったその空域は、今は戦時中に散らばったコロニーや沈んだ艦艇の残骸がスペースデブリとなって浮かび、暗礁のように航行困難な空域となっていた。この空域に誘い込まれて船が略奪に合う事件も頻発している。
 アムロが呼びかけた。

「キース! あの3機は、僕たちを輸送船から引き離し、暗礁空域に迷い込ませて片付ける気だ。そのうち、輸送船だけ別方向へ行くだろう。そのときになったら君は僕から離れて、あの輸送船の方を追尾するんだ」

「え…、でも、相手は3機ですよ? 大丈夫なんですか?」

「相手をこちらに引き寄せるだけだ。そっちこそ、3機に気づかれないように離れてくれよ、でないとそっちの方が危なくなる」

「…了解!」

 暗礁空域に近づいてきた。引き裂かれたような形で浮かぶ巨大なコロニー外壁の残骸を通り過ぎ、一瞬相手の姿が見えなくなったそのとき、3機の敵モビルスーツがぐーっと接近してくる。
「今だ!」
 キースはコロニー外壁の破片に身を隠し、3機をやり過ごした。加速したアムロのジムIIが、暗礁空域へ吸い込まれるように遠ざかってゆく。彼はそこから動き出すと、レーダーで探知した輸送船を、再び静かに追い始めた。

 モニタの表示は、彼らのモビルスーツが暗礁空域に入ったことを告げていた。リック・ディアスと名付けられたその機体は、旧ジオン公国軍のモビルスーツ、リック・ドムの流れを汲む機体で、強固な胸から肩部にかけての装甲と、スカートのように広がった脚部の形状が特徴である。これまで旧ジオン軍の「残した」機体を整備しながら乗っていた彼らにとっては、まさかの新型であった。噂では、地球連邦軍への売り込みを図って某社が製作したものの、結局採用されずに闇に流れた機体だというが、それがなぜ、反連邦政府組織である彼らのところにやってきたのか、彼ら自身もよくは知らない。
 3機のリック・ディアスはロベルトを隊長機とし、左右後方にアポリー、バッチの機体がつく。コロニー外壁の残骸を通り過ぎ、暗唱空域に入ると3機はジムIIを取り囲むように散開した。

「おい、ロベルト、1機見失ったぞ?」

 アポリーが言った。

「1機ずつ、片付ければいい」

 ロベルトが、そう返してくる。ジムIIの武器はビームライフル、リック・ディアスはクレイ・バズーカで、射程では圧倒的にジムII が有利だが、デブリが多くミノフスキー粒子の残留濃度の高い暗礁空域では、その優位は帳消しになる。しかし、相手は異様な速さで、逆にこちらを誘い込むように暗礁空域に入り込んでいく。

「ちくしょう、連邦の奴、どこへ消えた?」

「おれが先行しよう、この空域のことはよくわかっている」

 バッチがそう言うと、速度を上げた。
 2機は前に出たバッチ機を追う形で索敵を続ける。バッチ機は、とりわけ大きな残骸物に向かっている。どうやらその陰に敵機が潜んでいるとみているらしかった。
 敵機が出てきたら、自分を囮に使って敵機を仕留めさせようって計算だな…。そう読んだロベルトは、先行するバッチ機との間隔を詰めていく。しかし、どこにも相手の気配はない。
「おかしいな」バッチが言った。
「一体どこに行ったんだ?」
 次の瞬間、目の前が真っ暗になる。彼の機体の頭部と脚部が、吹き飛んでいた。

「撃たれた? 何も見えなかったぞ!」

 バッチが言った。

「攻撃はどこからだった、アポリー?」

 ロベルトが叫ぶ。

「わからん、射程ぎりぎりから、だろう、直撃だった」

「手強い相手だ…こっちからは見えない所から、撃ってきやがる。しかも、ムダ弾は一発もなしか…」

 ロベルトは、左前方に見える残骸物の片側に機体を寄せると、射出口を開いてダミーバルーンを放出した。真空中に放出されたバルーンは一瞬のうちに膨らんで、モビルスーツに似せた人型になる。モビルスーツに見せかけたダミーを撃たせて相手の弾数を消耗させ、同時に発射地点を見極めて居所をつかむために使うものだが、通常の戦闘ではほとんど使われることはなかった。
 引っかかってくれよ…。放出されたダミーの行方を目で追いながら、ロベルトは小さくつぶやいた。次の瞬間、ダミーバルーンはレーザー光に貫かれた。

 そこだっ!

  ロベルトとアポリーは、ほぼ同時に飛び出した。2人が敵機を捕捉するより先に、相手が撃ってきた。そのビーム弾をロベルトは辛うじて避けたが、アポリーは避けきれず、機体の左脚を一部損傷してしまった。
「くそ、読まれているのか?」
 アポリーが叫んだ。彼は、背中にじっとりと嫌な汗が流れるのを感じた。 敵機の放つバーニアの光が一瞬左に流れて、見えなくなった。
「くそっ、どこだ」
 アポリーは急に不安になった。バッチ機は頭部をやられたせいでメインカメラが使えず、自分も一部損傷である。

「どこにいるんだ、アポリー。レーザー発振で居場所を教えろ」

 ロベルトが言った。

「そんなことしたら、敵に見つかる」

「見つかったら、相手を引き連れてこっちへくるんだ。援護してやる。いいか、それまでに撃ち落とされるな」

 アポリーは答えなかった。彼は、自分の方に向かってくる敵機を認識した。

 やれるか? あれを?

 一瞬の逡巡が、判断を遅らせる。加速はわずかに遅れ、彼は敵機の射程内に捉えられた。散在するデブリが敵機の視界を遮ってくれはするものの、回避のために十分な加速ができない。
 アポリーはぎりぎりまで迫ったコロニーの残骸物を辛うじて避けた。なんとか姿勢制御をしようとするが、左脚損傷のためにバランスをくずしてしまう。その隙に、敵は至近距離に近づいていた。
残骸物を回避した次の瞬間、敵機は彼の機体を飛び越えて上に出る。もはや直撃は避けられなかった。ロベルトの援護射撃がなければ、彼は完全にやられていただろう。敵機はロベルトの放ったクレイバズーカの300mm弾を避けるため、体勢を崩した。

「撤収だ!」

 というロベルトの叫びが聞こえる。

「アポリー、おれが殿しんがりを務める。すぐにここを離れて〝ファクトリー〟へ向かえ。バッチ機を誘導してやれ。いいな?」

「り…了解」


 輸送船を、相手方のモビルスーツの追跡から引き離して母港に進路を取らせるだけの、十分な時間は与えたはずだ。しかし2機損傷という結果は想定外だった。それ以上に、気になったのが敵パイロットのことだった。ロベルトがジオン公国軍のパイロットとして戦った一年戦争の末期、「白いヤツ」と呼ばれて恐れられていた、あのガンダムと、戦い方がよく似ている。
「嫌なものを、見ちまったな…」
 離脱するリック・ドムのコックピットで、ロベルトはつぶやいた。

2:ロンデニオン入港

 母親から離れていることに耐えられなくなったハサウェイを、ミライのいるブリッジに連れていく許可を得た給仕係は、気を利かせてついでにファとカミーユも、ブリッジに入れるようにしてくれた。それでエバーグリーン号がロンデニオンの宇宙港に入港するまでの旅の最後を、カミーユとファは特別に眺めのいい場所で過ごすこととなった。
 ロンデニオンの宇宙港が、近づいてきた。宇宙港の入り口から、誘導路の光点が2本、真っ直ぐに伸びている。そのラインに沿うように、ミライは貨客船の船体を乗せた。
「すごいですね!」カミーユが言った。
「こんな大きな船を、自在に動かせるなんて」
「大半は、コンピュータがやってくれるのよ」とミライが答える。
「でも、戦争となると、そういうわけにはいかないんでしょ?」
「そうね、艦長の指示どおりに操艦しなければいけないし、時には自分の判断で動かなければならないときもあるわ」
 ブリッジで再会したとき「あなたは、あのホワイトベースの操舵手だった、ミライ・ヤシマさん?」と聞いたカミーユに、彼女は驚いた表情で、そうよ、よく知っているわね、と言った。本を読んでいるところなんです、まだホワイトベースが<サイド7>を出て、シャアに追いかけられているところまでしか進んでいないけど、と彼は答えた。
「なんだか、不思議ね、あなたのような若い人が、あの戦争のことを知りたい、と思うなんて」と彼女は言った。
「不思議じゃないですよ、ちっとも。だって、僕らが小学生だったとき、少し年の離れただけのあなたがたが、あんなふうに最前線で戦っていたなんで、僕はちっとも知らなかった」
 カミーユが子供の頃にいた<サイド5>は、一年戦争初期の有数の激戦地だった。迫り来るジオン公国軍を迎え撃つ連邦軍の艦隊の終結する光景を、何が起こっているのかよくわからないままテレビで見ていた記憶がある。だから余計に、あの戦争に対する思いが強いのかもしれない。
 船は宇宙港に入った。数十メートルの高さのある船が、悠々と入っていける巨大な構造物に、はじめて宇宙に出たファ・ユイリィは目を丸くしている。カミーユにとっても、それは久々に見る光景だった。
 カミーユは、彼らの乗る船の隣に、地球連邦軍の戦艦が停泊しているのに気づいた。思わずブリッジのガラス面に顔をつけて眺める興味津々のカミーユに、オペレーターが言った。
「あれは、地球連邦軍の強襲揚陸艦、グレイファントム。さっき、救援に来てくれた船だ」
「へえ…」
「このロンデニオンが、彼女の母港なんだ」
 しげしげと、ブリッジからその戦艦を見つめるカミーユとファに、船長が声をかけた。
「君たちが、ミライさんの息子を預かってくれたおかげで、我々も助かった。何かお礼に、できることがあればと思うが希望があれば、聞かせてほしい」
 カミーユは、振り返ると船長席を見た。にこやかに、船長がこちらを見ている。カミーユとファは顔を見合わせた。ファが頷いたので、カミーユは口を開いた。
「あのー、では一つ、希望を言っていいですか?」
 船長が、頷いた。
「あの、グレイファントムには、僕らを助けてくれたモビルスーツが搭載されているんですよね?」
「そうだ」
「本物を、間近で見てみたいんです、僕! 可能でしょうか?」
「ブライト・ノア艦長にも礼を言わねばならん、と思っていたところだ」船長が言った。
「そのとき、可能かどうか聞いてみよう」
「ありがとうございます!」ファ・ユイリィが言った。カミーユは、ブライト・ノアという名前に驚いて、呆然としていた。


 サマーキャンプのティーンエイジャーたちをエバーグリーン号から降ろし、宇宙港に近い「ロンデニオン・スペース・アカデミー」の施設に送り届けてこれから一ヶ月を過ごす部屋へ案内し、明日からのプログラムの準備を終えると、もう日付が変わるような時間になっていた。閉店間際のパブ・ラーディッシュに飛び込んだレコア・ロンドは、カウンター席の一番奥に腰を据えると、一息ついた。声をかけてきたスタッフに言った。
「店長、いるかしら? レコアが来たって言ってくれない?」
 ヘンケンが、カウンターの奥から出てくると、白い泡の立ったビールのジョッキを置き、レコアの顔を見て言った。
「ご苦労だったな」
 彼女は、ジョッキを傾けて喉を鳴らす。半分をあけたところで、口元の泡をぬぐってジョッキを置いた。
「悪かったわね、首尾よくやれなくて。報告、聞いているでしょ? アポリーから」
 ヘンケンが、頷いた。
「大丈夫よ、まだチャンスはある。私とトーレスはノーマークで船を降りられたもの」
「まあ、落ち着け」ヘンケンが諭すように言った。
「今回は、相手の方が一枚上だった。俺たちで〝新型〟をこれ以上深追いするのは止めて、<ローゼスガーデン>に任せよう」
「相手が上って、どういうこと?」
「ロベルトから、連絡が入った。輸送船を尾行してきた連邦軍のモビルスーツ2機を、暗礁空域に誘導して片付けようとしたらしい。だが1機は見失い、あとの1機にアポリーとバッチが撃たれた」
「やられたの?!」
「いや…、機体損傷で済んだが、しかし相手は相当の腕利きだ。新設されたティターンズ部隊が屈指の精鋭部隊であることは、間違いないだろう」
「彼らを、見たわ」レコアが言った。
「同じ船に乗っていたの、3人のパイロットが。彼らがいなければ、成功間違いなしだったはず」
 レコアが、肩をすぼめる。
「運が悪かったわ」
「もう、終わったことだ。それに、連邦軍内部の波紋も大きいだろう。〝新型〟に関して情報漏洩があったことがはっきりしたわけだからな。これから、内部で犯人探しが始まる」
 ふふふ、とレコアが笑った。
「そうよ。精鋭部隊にだって、モビルスーツ戦で勝つ必要はないわ、軍隊じゃないんだもの。私たちには、私たちの戦い方がある」
「<ローゼスガーデン>の連中が気に入らないようだな」ヘンケンが言った。レコアはジョッキに残ったビールを飲み干すと、言った。
「だって、いまだにジオンの栄光がどうたらこうたら言っている連中よ。共闘しているからって、過去を許したわけじゃない」
 あなたも飲んだら? とレコアが言った。もう店には他に客はいない。ヘンケンは、自分用のスコッチウイスキーのボトルから、グラスに注いだ。のどを通るときの焼け付くような刺激で、彼は自分の心を鎮めた。

 ロンデニオン宇宙港にグレイファントムが入港すると、報告のためブライト・ノア大佐はロンデニオン基地司令のジョン・コーウェン中将の下を訪れた。
「ご苦労だった」司令室に入ると、コーウェンが言った。ブライトはさっと敬礼する。
 司令の他に、もう一人男がいた。
「こちらは、情報部のナカッハ・ナカト中尉だ。<サイド1>情勢の調査分析、とくに、最近活発化している反地球連邦組織の動きについて情報収集を行っている」
 ふたりは、司令に向き合って席についた。
「では、報告を聞こう」
 ブライトは、エバーグリーン号襲撃の襲撃についてわかっていることと、救援の経緯について報告し、グレイファントムは今後のスケジュールのため帰港、襲撃犯の輸送船には2機のモビルスーツに追跡に当たらせたことを話した。
「追跡の結果は?」
 ブライト・ノアは端末を操作し、壁面の大型パネルにデータを映し出して、行った。
「先ほど、追跡の任務に就いていたアムロ・レイ少尉とチャック・キース少尉が帰投しました。追跡者の報告、および回収したデータの解析からみて、輸送船の行く先は<サイド1>のコロニー、スウィートウォーター」
「やはりな」と、ナカッハ・ナカト中尉が頷く。
「襲撃犯は3機のモビルスーツを輸送船に積んでいました。暗礁空域に入るこのポイントでモビルスーツを下ろし、輸送船は帰港の航路へ入り、そしてモビルスーツで我々の追跡を妨害しようとしました。この3機と戦闘となり、うち2機に損傷を与えました。彼らは引き上げましたが、その引き上げ先が、こちらです」
 コーウェン中将と、ナカト中尉がモニターに示された空域図を見た。ロンデニオン、スウィートウォーターのコロニー、そしてその右側に広がる暗礁空域は、腕をのばすように、スウィートウォーター方向に細くつながっている。
「暗礁空域は、このようにスウィートウォーター方向にトンネルのように伸びている、と言われてきましたが、航路からは外れているため、ほとんど調査はなされていません。襲撃犯のモビルスーツ3機は、このトンネル空域を通って、スウィートウォーター方向へ向かったと思われます」
「なるほど」
「こちらからも、一つ報告があります。問題の、〝新型〟に関して情報漏洩が認められた件ですが」
「聞こう」
「軍のネットワークに、2週間ほど前、不正に侵入した形跡が確認できました。本件との関連を、現在調査中です」
「不正アクセスか」とコーウェン中将が腕を組む。
「アクセスがあったのは、どこからかわかっているのか」
「はい、おそらくトーキョーと思われます」ナカト中尉が言った。
「トーキョー?」意外な地名に、思わずブライトはコーウェン中将と顔を見合わせた。

 カミーユたちは、参加している「宇宙・スペースコロニー体験キャンプ」で、ロンデニオンに到着して三日目の夜を迎えていた。彼らが滞在しているのは、ロンデニオン・スペースアカデミーという施設で、平時は宇宙港や宇宙ステーション、コロニー間交通・輸送機関で働く人たちや、新たなコロニー移住者のための基礎訓練や研修を行っている。宿泊施設やスポーツ施設を備えており、夏季休暇の時期には、カミーユたちのようなユース世代のキャンプも企画・開催するという民間の機関である。
 運営しているのはルオ商会、「スプーンからスペース・コロニーまで」といわれるほど、ありとあらゆる商品やサービスを取り扱う総合商社で<サイド1>ロンデニオンに本社を置いている。創業者ルオはロンデニオンへの移住者第一世代で、スペースコロニー居住者が生活必需品を揃える必要性から、欲しい人がいればなんでも仕入れて販売する、というスタイルで商売を始めた。およそ70年を経てそのネットワークはコロニー全土と月面都市に広がり、見えないところで、この宇宙世紀の時代の市民の暮らしを支えている。ことに三代目社長のステファニー・ルオは、美しき辣腕経営者として財界からも一目置かれる存在となっていた。
 そのプログラムは初日から実践的で、スペースコロニーの仕組みについて講座を聴講したら、ノーマルスーツを着用してすぐさまスペース・ボートでコロニー外へ出て、その構造物を間近で見学したり、宇宙遊泳を体験したりと、コロニー居住経験のあるカミーユもこれまで経験したことのないことの連続で、これまでにない充実感を感じていた。
 施設の食堂で夕食を摂ったあとの時間はフリータイムである。参加者の多くは仲間とゲームに興じたり、街に繰り出したりして楽しんでいたが、カミーユの楽しみはもっぱら、読書である。エバーグリーン号の救援に来た戦艦の艦長が、あのホワイトベースの若き艦長ブライト・ノアだと知ったことで、彼の知的好奇心は沸点に達していた。
「カミーユ、ちょっといい?」
 部屋に戻るためエレベーターを待っていると、レコア・ロンドが声をかけてきた。あのあと、ファ・ユイリィが親しくなって「女同士」の会話で聞き出したところによると、20歳で学生だったとき一年戦争が始まり、志願して連邦軍に入隊、補給部隊として輸送船に乗り、宇宙要塞ソロモンをジオン公国から奪還した後はそこで後方支援の任務に就いていた。終戦後大学に復学したが、戦時中に経験したことを生かして宇宙を舞台に活躍する人材を育てたい、と、卒業後このアカデミーの仕事に就いたという。あっけらかんとなんでも話してくれる気さくな性格らしく、ファによれば、いろいろ聞くうちに何かボロを出しそう、とのことだった。
「あ、レコアさん。何ですか?」
「あなたとファ・ユイリィに、招待状が届いているわ、連邦軍から」と、連邦軍のロゴマークの入った封筒を差し出した。
「招待状?」封筒を受け取って、差出人を見た。グレイファントム艦長 ブライト・ノア大佐 と書いてある。
「や、やった!」と思わずカミーユは声を上げた。
「あなたみたいな高校生に、一体どんなご招待なのかしらね?」とレコアは興味津々な様子である。カミーユは嬉しさのあまり、その経緯をすべて話してしまいたくなったが、彼女を怪しんでいる自分たちの立場を思い出して、言葉を濁した。
「さあ、何でしょうね? 特にこれといって心当たりはないけど」
「まあいいわ。明日の午後は自由時間よ。ぜひ、ロンデニオンの街を楽しんで、ね」
「ありがとうございます!」
 そう言うと、カミーユはエレベーターに飛び乗り、扉が閉まった次の瞬間、その封筒を開けた。

 ロンデニオン宇宙港から、その奥にある基地専用の停泊地に入ったグレイファントムは、半舷休息となり静かな時を迎えていたはずだった。しかし、モビルスーツデッキには、乗組員たちがぞろぞろと集まってきている。貨客船のコンテナから、新型モビルスーツが出てくるところを見ようというのだ。これから、この艦で運用していくわけだから、乗組員らを追い払うのもどうか、と珍しくセキ技術大佐が温情を見せた。
 副官のチェーン・アギ准尉は、コンテナから搬出されたモビルスーツの各部がすべて揃っているか、チェックリストを見ながら確認を始めた。整備員らが、機体を覆っていた緩衝材入りのシートを丁寧にはがしていく。頭部が現れると、周囲から「おおーっ」というどよめきの声が上がった。浅いV字型の黄色い「ツノ」。また光を宿していない二つの「目」。それは量産機にはない、「ガンダム」と呼ばれる機体にのみゆるされたかのような特徴的なデザインである。
 ジェリドとエマ、そしてコウ・ウラキの3人もまた、その瞬間を見るために、モビルスーツデッキにやって来ていた。
「あなたたちは、最初のガンダムは見たことがあるの?」エマが聞いた。
「いや…」とコウが答える。
「映像で見ただけだ。あとは、シミュレーターのデータぐらいだな、知っていることといえば」
「試作機は1機だけ、それもア・バオア・クーの戦いで失われたらしい、という話は聞いたことがあるな」ジェリドが言った。
「あ、出てくるぞ」コウが指を指す。二人は立ってるモビルスーツデッキのキャットウォークから下を見下ろした。梱包材が取り除かれ、その頭部から胸部までが姿を現わす。
「ああっ!?」コウが声を上げた。
「こいつ…、黒いぞ?」
 現れた新型の機体は、黒に近い濃紺で彩られていた。
「資料で見たガンダムは、ジムと同じで白かったが…」
 その機体の肩部には、白い文字で「01」と機体番号がペイントされている。
「すごく…威圧感があるわね」エマが言った。
「いいな、俺は気に入った」ジェリドが言った。
「相手は、あの船を襲った奴らみたいに、人命を盾にして自分たちの要求を通そうとするテロリストだ。俺たちも、黒く染まらなきゃいけない」
「黒く…」
「染まる…」
 エマとコウが、反復するかのようにつぶやいた。
「もっと近くで見ようぜ」
 そう言うと、ジェリド・メサはキャットウォークから降りていった。

 翌日、カミーユは午前中のプログラムが終わるのを、そわそわしながら待っていた。招待状には、ブライト・ノア艦長自らがグレイファントムのモビルスーツデッキを案内する、と書いてあり、午後3時に宇宙港の指定の場所に来るように、という指示があった。
 ファ・ユイリィは、レコアが私たちの行く先を気にしているはずだ、と言い、午後の自由時間になったらすぐにみんなと出かけて、それから適当な時間になったら宇宙港に行くようにすればいいわ、と提案した。それにね、この近くにパイロットたちの集まるお店があるんだって、そこでランチっていいんじゃない? その提案にカミーユは乗り、ファの仲間数人とロンデニオンの街に出ていった。
 ここよ、とファが指差した店は、街並みに溶け込むような英国風の建物で、古風なデザインの看板には「ラーディッシュ」という店名がある。
 店内は、ちょうどランチタイムということもあり、混んでいた。大半は周辺の官庁街で働くオフィスワーカーで、見回しても、パイロットらしい人物は見当たらない。しかし、案内されたテーブルの隣にいる3人を見て、思わずカミーユは声を上げた。
「あ、あなたたち…」
 カミーユの声に気づいたコウ、ジェリド、そしてエマが振り向いた。
「あら、また会ったわね、カミーユ」エマ・シーン少尉が言った。
「キャンプを楽しんでる?」
「ええ」ファが明るい声で答える。
「施設はとっても充実しているし、プログラムも実践的で、すごく楽しんでます」
「みなさんの方は、どうですか?」カミーユが質問を返した。
「僕たちは、グラナダ基地勤務で任務でロンデニオンに来ているんだ。午後からは非番なので、ちょっと街の様子も楽しみたいと思ってね」
 そう言うコウを、ジェリドが肘でつつく。
「この少年は、そういうことを聞いてるんじゃないんだ、な? 〝新型〟は無事、最終チェックが終わって、もうすぐ試運転ってとこだ。数日後には、コロニーの外を飛んでいるのが、見えるんじゃないかな?」
  大柄な店長が、料理を乗せた皿を運んできて、パイロットたち3人のテーブルに置いた。
「アリョーナ、こっちの若者たちの注文を聞いてやってくれないか」
 そして彼らに目を向けた。「サマーキャンプで、ここへ?」
「そうです」一緒に来た仲間の一人が答えた。
「どこから来たんだ?」
「トーキョーからです、えっと、…地球の」
「それくらい、知っているさ」と店長のヘンケンが笑った。その声につられて、エマは笑顔になった。
 カミーユは、パイロットたちに出会えたことは嬉しかったが、では、このあといく場所では彼らに会えないんだな、と思うとちょっとがっかりした気持ちになった。

 宇宙港の指定の場所に行くと、あの3人のパイロットと同じ制服を着てメガネをかけた男が、カミーユとファを待っていた。
「ようこそ、ロンド・ベル隊へ!ってね。カミーユ・ビダン、そしてファ・ユイリィ。僕はチャック・キース少尉、ロンド・ベル隊所属のパイロットだ。ブライト艦長から、君たちを基地の方へ案内するように言われている。短い時間だが、よろしく頼むよ」
 そう言うと、彼は二人をエレカに乗せて、宇宙港の奥の、関係者以外立ち入り禁止と書かれたゾーンへ連れて行った。
「あなたもモビルスーツのパイロットなの、 キース少尉?」エレカに乗ると、ファが聞いた。
「そうですよ、そうは見えないかもしれないけど」
 彼は内心でブライト艦長に毒づいた。ブリーフィングに遅刻した罰金80ドルの免除と引き換えの任務というのは、これだったのか…、しかもアムロの奴、そういうの苦手だから任せるとかいって姿を消してしまいやがって…。
「こう見えても、エバーグリーン号を助けに行ったり、襲撃犯を追跡したりしているんだぜ?」
「へえ…」
 エレカはエアロックを通り抜け、巨大な空間へと入っていった。
「ここが、ロンデニオン基地のドックだ。君たちの船が入ってきた宇宙港の奥にあって、二重のエアロックで守られている。補修したり、補給を受けたりするための施設だ。グレイファントムは慣熟飛行を終えて、点検中というわけだ」
 カミーユとファはポカンと口を開けて、その空間にたたずむ白い戦艦を見上げた。四つの箱を組み合わせたような独特のフォルムで、側面中央には丸いシールドのようなものが装備されている。その上には「翼」があった。
「本当に、木馬みたい…」カミーユが、つぶやいた。
「よく来てくれた」と声がして、振り返ると、そこにパイロットとは違うグレーの軍服を着た男が立っていた。サッ、と姿勢を正してチャック・キース少尉が敬礼する。その軍服の男は敬礼を返すと、言った。
「ご苦労だったな、キース少尉。あとは私が案内するから、休憩に入ってくれ」
「了解しました」
 男は二人の方に向き直ると、口を開いた。
「私がこの船、グレイファントムの艦長、ブライト・ノア大佐だ。エバーグリーン号襲撃事件では、私の妻と息子を助けて船の安全を守ってくれた。ありがとう。今日のこの招待は、その感謝のあかしと思ってほしい」
「こちらこそ、できることをしただけで、まさかこんな願いを聞いてもらえるとは思っていませんでした!」
 カミーユは頰が紅潮するのを感じた。家にいると、仕事で留守がちなくせに何かと口うるさい両親から何か聞くたびに「まだ子供なんだから、そんなことは知らなくていい」などと言われていつまでたっても子供扱いされていた。だがこの場所では、だれからもそんなことは言われない。
「さあ、ではおのぞみのモビルスーツが見られる場所へ、案内しよう」ブライト艦長が言った。二人は艦長の案内で、グレイファントムの艦内へと招き入れられた。
「ロンデニオンは、最初期に建造されたコロニーだって聞きましたけど、最初から、こんな軍事基地も造られていたんですか?」
 迷路のような通路を進みながら、ファがブライト艦長に質問した。ブライトが言った。
「つまりそれは、宇宙世紀のはじめから、いつか戦争になると想定されていたのか? という質問だと思うが、どう思う、 カミーユ君は?」
「えっ?」突然話を振られて、カミーユは口ごもる。
「えーと…、どうなんでしょう。最初から軍事基地だったんじゃなくて、コロニーができて移民が始まったら、みんなが一度に引っ越してきて荷物もたくさん運び込まなきゃいけないから、それで、こういう大きな船の入れる場所を造ったんじゃないでしょうか」
「確かに、それはいい考えだ」ブライトが言った。
「私もこの基地のすべてを知っているわけではないが、最初から基地だったのではなく、一年戦争が勃発する少し前に、基地に転用されたと聞いている。コロニーへの移住が進められた平和な時代が終わり、やがて、戦争の時代になった」
 二人は、モビルスーツデッキが見下ろせるコントロールルームへ案内された。
「その戦争の時代の主役が、これだ」
 眼下には、モビルスーツが屹立している。コントロールルームは、ちょうどその「顔」の高さあたりにあった。コンソールの前に座っていたチェーン・アギ准尉が立ち上がって、ようこそ、と二人に笑顔を見せた。

「もう作業は済んだのか?」ブライトが言った。
「ええ、なんとか組み上がりました。何なら、モビルスーツデッキに降りてってもらっても大丈夫ですよ?」
 カミーユは、ガラスの向こうに見える、そのモビルスーツの姿に目を奪われていた。古いにしえの日本にいた、侍が身につけたという兜にも似たその頭部には二つの目があり、少し俯いたように見えるその横顔には、まるで命が宿っているかのようだった。
 そのカミーユの視線に気づいて、ブライトが言った。
「あれが〝新型〟だ。君たちの船で運んできた、最新のモビルスーツだ」
「へえ…」
 見ていると、パイロットらしき人影がキャットウォークから搭乗用のブリッジへ進んでいく。〝新型〟のコックピットの正面に立つと、じっと、その「顔」を見上げて佇んでいた。まるで、見つめあって会話しているようだ、とカミーユは思った。
「やっと来たか、ちょうどいい」ブライトが言った。
「チェーン、彼を呼んでくれ」
 チェーンが通信回路を開いて、そのパイロットに呼びかけた。
「アムロ少尉、ブライト艦長がお呼びです」
 彼はコントロールルームの方を振り向くと、右手を挙げた。ブライトが言った。
「アムロ、罰金がわりの任務のこと、忘れちゃいないだろうな?」
「もちろんだ、だからここへ来たんじゃないか」
「〝新型〟を見にきたんじゃないのか?」
「みんな、そうだろ?」アムロが言った。

 モビルスーツデッキに降りると、カミーユとファはキャットウォークでアムロ・レイ少尉に出迎えられた。もちろん、カミーユはあの本を読んで、その名前を知っていた。<サイド7>がジオン軍の襲撃を受けたとき、秘密裏に開発されていた連邦軍の試作モビルスーツ「ガンダム」を操縦して、ザクを撃退したという、あの少年だ。しかし、想像していた人物像とは少し違っていた。大柄で見るからに勇敢そうなタイプと思っていたが、体格はあまりカミーユと変わらないように見える。赤いくせ毛が印象的な、やさしい目をした青年だった。
「あなたが、アムロ・レイ?」思わず、カミーユがつぶやく。
「アムロ・レイ少尉、まだ新米のパイロットだ、どうぞよろしく」
「このモビルスーツで、私たちの船を助けに来てくれたんですよね?」ファが、上ずった声で言った。その視線の先には、あのとき見た白いモビルスーツがあった。
「そうだよ。乗ってみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
「残念ながら、今はドック入りしているから動かすことはできないけどね」
 そう言うと、アムロは彼らをモビルスーツの搭乗ブリッジへ連れていき、コックピットハッチを開けた。さあ、乗ってみて、という言葉に促され、カミーユはそのハッチからコックピットの中へ滑り込む。シートに体を落ち着けると、では、という言葉とともにハッチが閉じられ、カミーユはすっぽりと闇に包まれた。
 どうすればいいんだろう? と慌てふためいていると、急に視界が開けて目の前にアムロとファの姿が現れた。シートのまわりに、周囲の風景が映像として映し出されているのだ。目の前にコンソールパネルがあり、シートの両側に、操縦桿のようなレバーがある。脚を伸ばすと、下にあるフットペダルにつま先が触れた。
「どうだい?」通信機から、アムロ少尉の声が聞こえる。自分には外の様子がよく見えるのに、相手からは見えないというのがとても不思議な感じがした。
「いいですね」カミーユが答えた。
「これでコロニーの外に出たら、宇宙に浮いているみたいに見えるのかな」
 カミーユは、コクピットの中で、その光景を頭の中に思い浮かべた。いつしか彼は想像の世界で、そのモビルスーツを駆って宇宙を旅していた。

「カミーユ!」と呼ぶ声に、ふと我に帰る。ファの姿が目の前にあった。
「次は私の番って、アムロさんが言ってるわ」
 ちぇっ、と彼は舌打ちした。コックピットハッチが開き、彼はゆっくりとそこから出た。ただシートに座っていただけなのに、ふわふわと、舞い上がったような感覚が残った。
 交代してファがコックピットに入っていくと、カミーユはアムロに言った。
「あなたは、僕ぐらいの歳で、ガンダムを操縦して戦ったんですよね…、何の訓練も受けずに」
「あの本を読んだのかい?」アムロが言った。
「確かに、それは事実だ、だけど、特別なことじゃないって、僕は思ってるよ」
「そんなこと…」
「例えば、あの娘が目の前で爆風に飛ばされたら、どうだろう。きっと君だって、僕と同じことをするだろう、そして、きっとやり遂げると思うよ…そういう、目をしている」
 アムロが言った。
「だけど、そういう事態にならないようにすることが、今の僕たちの仕事だ」
 カミーユが、神妙に頷いた。
「思ったよりシンプルなコクピットで、びっくりしました。僕もこれを操縦して、自由に宇宙を飛びたいって、そう思ったんです」
「できるよ、きっと」アムロが言った。
「戦争だとか、軍人だとか、そういう枠がなくても、自由に宇宙をとびまわれる、そんな時代になるといいな」
 コックピットの雰囲気を堪能した様子のファが、中から出てきた。カミーユは、その手を取ってハッチから出る彼女を手伝った。
「ありがとう」ファが言った。
「急に優しくなっちゃって、何を話していたの?」
「なんでもない」とそっぽを向くカミーユを見て、アムロが笑った。

 夕方からのディナータイムを前に、一息ついたラーディッシュの厨房で、アリョーナ・ペイジはヘンケンに声をかけた。
「聞きました? 店長。あのティターンズのパイロットたち、〝新型〟のテストのためにグラナダ基地から来ているんですって」
「ああ、そうらしいな」ヘンケンが言った。
「あの人たちね、私たちの計画を台無しにしたのは」
 そう言って腕組みしたアリョーナに、ヘンケンは言葉を返した。
「確かにそうだが、だということは、グラナダ方面は手薄になっている、とも言える」
 月面都市グラナダはもともと<サイド3>ジオン公国が領有していたが、一年戦争のあと地球連邦に割譲され自治都市の一つとなっていた。その基地には地球連邦軍が駐留しているが、終戦から10年を経過し、5年前のキャスバル・レム・ダイクンを首謀者とするダイクン派のクーデターが未遂に終わったあと民主化が進んだことで<サイド3>の再軍国化に対する警戒は弱まり、グラナダ基地の軍備はかなり縮小されている、と聴く。
「グラナダに火をつけるにはうってつけだ」
 アリョーナが、頷いた。
「<ローゼズ・ガーデン>に連絡を取ろう」ヘンケンがにやりと笑った。



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