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機動戦士ガンダム0090 越境者たち #6 スウィートウォーター

 機動戦士ガンダムで描かれた、一年戦争の終結から10年後の世界、Zガンダムとは別の「もう一つの宇宙世紀」の物語を描く。拙作「機動戦士ガンダム0085 姫の遺言」の続編。
 新型ガンダム奪取に成功したガトーら一行も、次に向けて動き出そうとしていた。一方カミーユはファとともに、スウィートウォーターの怪しい場所を訪れてみることにする。



1:好奇心を追いかけて

 バニング中佐の乗る救難艇は、機体を失ったジェリドとエマをオーシャンドームで収容し、コウのMk-II、キースのジムIIを従えて、グレイファントムとの合流ポイントに向かっていた。バニング中佐は救難艇のコックピットで、操縦席の隣に居座っている。二人を出迎えたとき、彼は責める言葉は何一つ口にせず、ただ、ご苦労だったと言っただけだった。その静けさが、エマにはかえって恐ろしく思えた。
 救難艇のそっけないベンチシートに腰掛けて、エマは窓に広がる<サイド1>の宇宙を見ながら、まだ、自分の右手がかすかに震えるのを感じていた。戦後入隊の彼女には、実戦経験はほとんどない。敵機撃墜の機会もないまま、まさか生身の人間を撃ち、その命を奪うことになるとは思ってもみなかった。そのこと以上に、あの、Mk-IIを奪われるきっかけを作ったジュドーという少年の取った行動が、彼女にはショックだった。あの少年の心にある怒りに、火を付けてしまった気がした。
 ポン、と肩に手を置き、ジェリドが横に座った。
「もう、それ以上考えるのはよせ。いくら考えたって、失ったものは戻らないし、おれたちは、十分よくやった」
 エマは顔を上げると、ジェリドを見た。
「1機は奪われ、1機は大破したのよ。とてもよくやったとは言えないわ。それに、あの少年を、こちら側に引き寄せられなかった」
「少年、なんて言うな。あいつだって、テロリストの一味だ」
「でも、明らかにジオンの残党とわかる他の大人とは違うわ」
「俺たちにはわからない、理由があるんだ。少年なりのな。だけどそれを解決するのは、俺たちの仕事じゃない。少なくとも、俺は君に貸しが出来たと思っている。あのとき、君がリック・ドムのパイロットを撃たなかったら、俺のMk-IIも、間違いなく奪われていた」
 エマの顔に、ようやくかすかな笑みが浮かんだ。
「それより、問題はオーシャンドームで待ち伏せされてたってことだ。こっちの動向が、完全に漏れている。おまけに、相手の狙いはMk-IIだとわかっているのに、コウはMk-IIで来やがった。下手をすれば、もう1機失うところだ。しかも、整備途中で勝手に出てきたもんだから、ガス欠まじかで出て行った奴らを追いかけることもできない。ああいう奴こそ、落ち込んでろっていうんだ」
「コウらしいわね、結局いつもガンダムにこだわりすぎて、作戦をダメにする…」
 ふふふ、と笑ってエマが言った。
「でも、いいのよ。行き先は多分、スウィートウォーターよ。あの少年は、スウィートウォーターに住んでいると言っていた」
「巣窟だな」ジェリドが言った。
「そのままに、しておくわけにはいかないだろう」
 エマは、最初にガンダムMk-IIを見たときのことを、思い出した。黒く、染まる。もし次の作戦がスウィートウォーターで展開されることになるとしたら、あの少年に言った「連邦軍の軍人には市民を守る義務がある」という言葉を裏切ることになる、と思った。

 グレイファントムがロンデニオン基地に帰還すると、出撃した彼らには報告義務が課せられ、そのあと、処分が待っていた。ジェリドとエマには何もなかったが、命令違反を犯したコウには、一週間の謹慎処分が課せられた。

 なぜ、奪われたガンダムMk-IIを撃たなかったのだ、とバニング中佐に問われたコウは、自分の中に明解に説明できる言葉がないまま途方に暮れるしかなかった。しかし、彼は相手が名乗ったアナベル・ガトー少佐の名に救われた。一年戦争時に「ソロモンの悪夢」と恐れられた、ジオン軍のエースパイロットだったからだ。無理もない、とバニング中佐は言った。自分に出撃させてくれ、という直前のコウの申し出を聞き入れた自身の判断の甘さを考えざるを得なかった。

 それにしても、ロンデニオン基地への移送計画も漏れており、今回のオーシャンドームでのコロニー内戦闘訓練計画も知られていた。内部にスパイが入り込んでいるのではないか? これからおそらく、幹部会議では「犯人さがし」に血道をあげていくことになるだろう。

 謹慎処分を言い渡したときのバニングの不機嫌な表情は、そういうわけで、決してコウ一人に向けられたものではなかったのだが、コウにとってはそうは済まない。彼はロンデニオン基地内の宿舎の自室で、壁にもたれて床に座り、ただ憮然としていた。

 ノックの音がした。
「おれだよ、コウ、夕飯を持ってきた」
 ドアを開けると、キースが夕食の皿を乗せたトレイを持って立っていた。コウがトレイを受け取ると、キースは「入っていい?」と聞いてきた。
「いいけど、おれ、謹慎中なんだぜ?」
「へへっ!」彼は笑うと、腕にかけた袋からビールの缶を二つ取り出す。
「一人でいじけてばかりじゃ、辛いだろうと思ってさ!」
 コウはつられて笑うと、キースを部屋に招き入れた。
 缶を開けて、よく冷えたビールをぐいっと一口飲むと、キースが口を開いた。
「いやあ、謹慎処分も堪えると思うけどさー、大変だぜ? こっちも。毎日報告、調査、会議ばかりで訓練どころの騒ぎじゃない。情報部の奴らは、おれたちの中の誰かに反連邦政府組織に内通している奴がいるんじゃないかと疑って、身辺調査を実施する、とか言い出す始末だし」
「身辺調査?」
「おまえだって、例外じゃないんだぜ? 出てきた敵のMk-IIに手出しもせずに逃してしまったし、グラナダ3人組はグルじゃないのか、なんて言い出すやつもいる」
「そんなわけないだろ!」
 キースが、肩をすぼめた。
「そんなわけで、バニング中佐が情報部の連中と乱闘したって話だ」
 コウが、思わず吹き出した。
「で、おれはそんな話をしに来たんじゃないんだ。コウ、パイロットとエンジニアを集めたミーティングで残り1機をどうするか、なんて話をしていたんだけどさ、そのとき、あの技術士官がこう言ったんだぜ。あのコウ・ウラキというパイロット、エースでもないのにガンダムにこだわり過ぎる。Mk-IIはエースが乗る機体なのであって、これに乗ればエースになれるわけじゃないのだ ってな」
「聞きたくないよ、そんな話」とコウが不貞腐れる。構わずキースは言った。
「そうだろ? 他のパイロットが言うならともかく、お前が言うなって話だ。だって、誰でも歴戦の戦士になれるような新システムを組み込んだって、言っていたのはあいつなんだからな。だけどな、ここからだよ。アムロが言ったんだ、コウは何も間違っていないって」
 コウは飲みかけのビール缶を置くと、キースの方に顔を向けた。
「敵が最新の機体を奪おうとしているのに、旧式の機体でそれを止められると思うなら、最新の機体なんて必要ないじゃないか、ってね」
「そ、そうだよ、僕はそう思ったから、あえてMk-IIで出ることを選んだんだ」
 ニヤリ、と笑ってキースが言った。
「だけど、宇宙港から出ていく敵を1対1の状況で阻止できなかった。そうだろ?」
 そう言われて、再びコウは身をすぼめて俯いた。
「そしたら、アムロは言ったんだ、それも当然だって。相手が自分と同じ機体に乗っていて味方のように見えるのに、それを躊躇なく撃てる方がおかしい、1対1で相手を止めるためには撃墜するしかないんだ、それが出来るって、誰が言えるんだ、自分たちがここまで心血を注いでテストしてきた機体を。な、いい話だろ?」
 そう言ってキースはビールの缶を持つ右手を挙げた。コウは俯いて、肩を震わせている。
「なんだ、コウ。泣いてんのか?」
「な、泣いてなんかいないぞ、汗だよ、汗!」
 ははは、と笑ってキースは言った。
「まあ、いいじゃないか、おまえも飲めよ、なんならもう1本買ってあるんだぜ?」

 夜更かしのせいで翌朝寝坊をしたカミーユは、カフェテリアで朝食が提供されている時間が終わる寸前になんとか滑り込み、大急ぎで適当に選んだ朝食をかき込んだ。時計を見ると、なんとかコーヒーをゆっくり飲めそうな時間はある。彼は席から立ってコーヒーメーカーでカップになみなみとコーヒーを注ぐと、砂糖とミルクをたっぷり入れてかき混ぜた。
「ここにいたのね、カミーユ」
 呼ばれる声に振り向くと、キャンプリーダーのレコアが微笑んでいた。
「なあに、その寝癖」
 思わずカミーユは、頭に手をやる。
「ちょっと、寝坊しちゃったもんで。何かありましたか?」
 レコアが、肩をすぼめた。
「キャンプの最後の自由行動の日の計画書、あなただけ、まだ提出していないのよ。どうするつもり?」
「あっ、すみません、いろいろ迷ってて、まだ決められていないんです」
 実はすっかり忘れていたのだが、そんなことは棚に上げて何食わぬ顔でカミーユは答えた。行ってみたいのは、昨夜調べた<サイド5>アレクサンドリア・コロニーにある連邦通信委員会だったが、そうはいくまい。しかし、他にも怪しい場所がある。カミーユはちょっとレコアの反応を見てみたくなった。
「他のみんなは、どこへ行く予定にしているんです?」
「シャングリラに行くっていうメンバーが多いわね。あそこには、木星エネルギー船団の基地があって、連邦軍の艦艇もよく出入りしているし、物流基地にもなっている。物流サービスの会社見学に行けば、作業用モビルスーツに試乗させてもらえたりするかもよ?」
「面白そうですね!」とカミーユは目を輝かせる。
「でも、実は僕、行ってみたいコロニーがあるんです」
「へえ、どこ?」
 食いついてきたレコア・ロンドの目を見て、カミーユは言った。
「スウィートウォーターってあるでしょ? あそこに」
 それを聞いて、レコアは眉をしかめる。
「スウィートウォーター? 変わってるわね。あそこには、これといってなにもないし、治安も良くない」
「そんなことないですよ、一年戦争の時、あそこに連邦軍の捕虜収容所が開設されて、その跡が残っている、って話です。そういうところを見てみたいんです」
「そう、それもいいんじゃない? ただ、スウィートウォーターに行く便は少ないから、ちゃんと計画を立てて出さないといけないわよ」
 急にそっけなく、レコアが言う。その様子の変化が見え見えで、カミーユは、きっとあの襲撃犯グループに関する何かがあるのだろうと、自分の情報探索の確かさを確信した気がした。
「あ、いけない、もう1時限目のセミナーが始まるわ!」
 時計に目をやって、レコアが言った。カミーユは急いでコーヒーを飲み干すと、セミナールームに向かって走り出した。

 その日の夜も、カミーユは友人たちから離れて一人、個室でデスクに向かっていた。スウィートウォーターへ行く計画を立てて、予定表を提出しなければならなかったからである。スウィートウォーターへ行く便は少なく、一日一往復だけだった。どうしても一泊はしなければいけない。宿はあるのだろうか? みんなが行くというコロニー、シャングリラには、ロンデニオン・スペース・アカデミーの支部があってそこに宿泊できるというが…。
 端末にファから着信があった。
「カミーユ! まだコロニー旅行の計画出してないって聞いたけど、どうするつもりなの?」
「今考えてるんだ。ファはもう計画書、出したんだろ?」
「そうよ、カミーユ。一人なんでしょ? だったら私たちのグループと一緒にシャングリラに行かない?」
「レコアとトーレスを追いかけるって話、どうなってるんだ」
「あら、やーね。ちゃんとやってるわよ、トーレスはシャングリラに出かけるんだって! だから、何かあるのかなと思ってメズーンと相談したの。モビルスーツにも乗れるかもしれないし」
「僕は、スウィートウォーターに行く。行って、確かめたいことがあるんだ」
「何を?」
「誰にも、内緒だぜ? あそこに、秘密基地があるんじゃないかって思ってるんだ」
「秘密基地? 何それ!私も見たい!」
「メズーンと、シャングリラに行くんだろ?」
「いいの、メズーンなんて。そっちの方に、私も入れてくれない?」
 わかった、とカミーユは答えて電話を切ると、予定表にファの名前をつけ加え、プランニングを続けた。
 また、着信があった。今度は待っていた電話だった。カミーユは急いで回線を開くと言った。
「アムロさん、待ってました!」
「遅くなってすまない、急な出撃があってスケジュールがめちゃくちゃになってしまった」
「何か、あったんですか」
「君の〝任務〟のことだけどね、あの不審なアクセスを繰り返しているIDの持ち主が特定できた、と情報部から連絡があった」
「ほんとですか? 誰だったんでしょう?」
「元木星エネルギー船団指揮官、現在は連邦通信委員会付き武官のブレックス・フォーラ少将だ」
 名前を聞いても、ピンとくるはずがない。
「誰なんだろうね」とアムロが言ったので、カミーユは思わず吹き出してしまった。
「実は軍内部の一部では有名な人らしいんだけど、情報部はノーマークだったそうだ。調べてみる、とナカト中尉が言っていた」
「僕、サマーキャンプの最後にある自由企画のコロニー旅行で、スウィートウォーターに行くことにしたんです。その怪しいIDがアクセスしている場所の一つがあるので、一体そこに何があるのか見てこよう、と思って」
「わかった」アムロが言った。
「もしよかったら、予定を教えてくれないか? 何かあったときのために、ブライト艦長にも伝えてスタンバっておく」
 アムロはカミーユに感謝の言葉を伝えると、通話は切れた。カミーユは再び、画面に映る予定表に向き合った。面倒な宿題のように思えていたそのプランニングに、カミーユはにわかにワクワクを抑えられなくなっていることに気づいた。

 ロンデニオン・スペース・アカデミーのサマーキャンプの最後のイベント、コロニー内自由旅行の日を迎え、カミーユ・ビダンはファ・ユイリィとともにロンデニオン宇宙港の出発ロビーで定期便を待っていた。「ロンデニオン発スウィートウォーター行」の搭乗口周辺は人影もまばらで、サマーキャンプの参加者は彼らの他には誰もいなかった。
「別に、僕に無理して付き合わなくたっていいんだぜ?」
 周囲をキョロキョロと見回しているファに、カミーユは言った。
「どうして、今さらそんなこと言うの? 私は行きたいの、スウィートウォーターに。このキャンプのはじめからあった怪しい感じがどこからくるのか、突き止めたい。そうでしょ? カミーユ」
 時間が来て、スウィートウォーター行きの搭乗ゲートが開くというアナウンスが流れた。二人はバックパックを背負って立ち上がり、コロニー行きの船に乗った。

2:策謀と純情

 オーシャンドームで、連邦軍から新型ガンダム1機を奪うことに成功したアナベル・ガトーら一行は、サエグサの輸送船にモビルスーツごと移乗して秘密の航路を通り抜け、暗礁空域のはずれにある浮きドックへ入った。アポリー、ロベルトらの別働隊も作戦を終えて、すでにドックに入っている。
 彼らは、輸送船から搬出され整備点検を受けている黒いガンダムを見上げていた。
「新型は3機だったはずだな? それが幸運にも全機、出てきたわけだ。できればもう1機、仕留めたかった」とガトー少佐が言う。
「ちえっ、その虎の子のガンダムを、グラナダに持ってっちまうっていうんだから、つまんねー」と、ジュドーは一人、むくれている。 
「残念ながら、俺たちの最初の奪取作戦が失敗に終わったために、作戦は<ローゼスガーデン>側へ移行した。俺たちは、彼らに新型を引き渡せば、お役御免というわけだ」
 ジュドーの肩に手を置いて、サエグサが言った。
「俺は、足の長い船に乗り換えて、こいつをグラナダまで運ぶ。ジュドー、君はスウィートウォーターに戻るんだ」
「嫌だ!」拳を握りしめて、ジュドーは叫んだ。
「元はといえば、失敗を取り戻せるんじゃないかって、おれが出したアイデアで作戦を立てたんだぜ? <ローゼスガーデン>ってなんだよ、おれには関係ない。それに、スウィートウォーターに戻ったって、何もないんだ」
「一体、どうしたいんだ? ジュドー?」サエグサが心配そうにうつむいた彼の顔をのぞきこむ。
「おれのアイデアで奪ったガンダムだから、おれのものだ、って言いたいのか?」
「そうじゃない、そうじゃなくて、あんたたちは戦うんだろう? あの腐った連邦政府を倒すために。だったら、おれだって戦いたい。あんたたちと一緒に、戦いだいんだ」
「だめだ」腕組みをして、ケリーが言った。
「おまえには、あの店の留守を守ってもらわねばならん。それに、妹はどうするんだ。確かにラトーラが世話をしてくれてはいるが、おまえだけなんだぞ、本当に頼りにしているのは。見ただろう、クランシーがどうなったか」
 はっ、と息を飲んで、ジュドーがケリーの顔を見上げる。
「これから先に進めば、関わっている者は誰だって、ああいう結末を迎えることになるかもしれん。そんなリスクを、ジュドー、おまえに背負わせることはできない」

 そこへ、いやー、すごいね、と場違いな歓声をあげながら、小柄な男が入ってきた。ダブルの背広にネクタイ姿、どう見てもこの場には釣り合わない。男はひとしきり新型ガンダムを見物したあと、ツカツカとケリーのところへやって来て、言った。
「いやー、よくやってくれたな、ケリー。やはりあんたは、ただのジャンク屋風情ではなかった」
 いきなりケリーの手を取り何度も握手する、その男の不躾な態度にジュドーは腹を立てて、言った。
「なんだよ、おっさん。ケリーは戦士なんだ、気安く握手なんかするな」
「いいんだ、ジュドー」ケリーが言った。
「この人はウォン・リー、我々の支援者だ。あのジャンク屋も、彼の支援によって開業したんだ」
 ケリーの言葉に、ジュドーは思わずその男をまじまじと見返した。小柄で瘦せぎす、神経質そうな性格が顔に出ている。とても、反政府組織を支援するようなタイプには見えなかった。しかし、それだけが理由ではなかった。ジュドーは、その名前に聞き覚えがあった。
「ウォン・リーって、あのルオ商会の偉いさん?」
「ほう、知っているのか、私を?」ウォンがジュドーの顔を覗き込む。ジュドーは続けた。
「戦災孤児の救済活動をやってるだろ? 世話になっている友達が結構いるからさ。まあ、おれだって似たようなものだけど、戦災孤児ではないからな」
 ジュドーは、彼よりも小柄なその男の顔を除き返して言った。
「見かけによらず、いいことしてるなあと思ってたんだけどな、おっさん。そんな人が、なんだって連邦政府をやっつけようっていう組織を応援してるんだ?」
「スペースコロニー間の通商を行なってきた我々は、あの戦争で大打撃を受けた。もちろん、君らスペースコロニーの住民もだ。コロニーの住環境は改善されず、経済活動は衰退する一方だ。それなのに、奴らは地球上のことしか見ていない。戦災で地球は大打撃を受けた。人口も減った。地球の復興に集中すべきだ。もはや宇宙移民など必要ない。そうやって、我々コロニー市民は切り捨てられようとしているんだ。それを、黙って見ていられるか?」
「だろ? だからおれだって、一緒に戦いたいって言ってるんだ。なのにケリーはスウィートウォーターに帰れっていう」
「ほう、そうなのか?」キョトンとした顔で、ウォンは周囲の大男たちを見回した。男たちは、渋い顔で沈黙している。
 その少しの間の静寂を破ったのは、アナベル・ガトーだった。
「よくわかった、ジュドー。では、こうしよう。ウォンさん、今回の作戦の発案者は、この少年だ。彼がいなければ、新型の奪取は成し得なかった。支援者として、彼に成功報酬を支払ってもらいたい。連邦軍が、このモビルスーツにいくら支払っているか、貴方はよくご存知でしょう。そこから算出して、見合った金額をケリーの店の口座に、振り込めばいい」
 ジュドーの顔色が、さっと変わった。
「おれは、金が欲しいんじゃない。ただ、ケリーと一緒に最後まで戦いたいんだ」
「わかっている。ジュドー、それはよくわかっている」ガトーはまっすぐに、ジュドーを見つめる。
「だが、妹はどうするんだ。ロンデニオンの高校に進学させて、もっといい暮らしをさせてやりたいんじゃないのか。それにジュドー、君自身のことも」
 ガトーは、ジュドーの肩に手を置いた。
「我々は、我々の戦いでやり残したことを成し遂げるために、出ていく。だが君のような次の世代の者には別の任務がある。もっと良い未来を、選択することだ。君が報酬を得るのは、そのためだ。それを、自分の未来のために使うのだ。いいな?」
 ジュドーは目をしばたたかせ、人差し指で鼻の下を仕切りに擦りながら、言った。
「わかった、じゃあおっさんたち、おれは次の任務に就くから、おれがこれから作る、もう少しましな未来に戻ってきてくれよな」
「そういうときは、こう応答するのだ」ガトーはそう言うと、すっと背筋を伸ばし、かかとをあわせて敬礼した。

 ザッ、

 すると、そこにいた戦士たちが、一斉にジュドーに向かって敬礼した。ジュドーはかつてないほど真剣な面持ちで、それに応えて同じようにした。もう、目から流れ落ちてくるものを、隠すことはできなかった。

3:スウィートウォーター

 スウィートウォーターの宇宙港から、地表のステーションへ降りてきたカミーユとフォウは、端末を見ながら周囲をキョロキョロと見回した。<サイド1>の首都であるロンデニオンと比べると、やや閑散とした印象だが、レコアが言っていたような治安の悪さというのは、見た感じではわからなかった。ロンデニオンとは異なり、このコロニーの市街地には無機質な四角い建物が立ち並んでいる。街路樹の緑と、ところどころに見られる初期アメリカ風の煉瓦色の建物が、その印象をやわらげていた。
 カミーユが調べたところでは、もともと<サイド1>屈指の工業地帯として建設されたコロニーで、郊外は、巨大な工場の立ち並ぶエリアと、そこで働く労働者が暮らすエリアの大きく二つに別れている。市街地は、その二つのエリアをつなぐ形で広がっていた。
「カミーユの言ってた、怪しい場所ってどこなのかしら?」
 カミーユは、端末でデータから割り出した場所を地図で示した。その場所は、市街地のはずれ、工業地帯に隣接した街区にあった。彼がレコアに「見て見たい」といった、捕虜収容所跡からも遠くない。
「行ってみよう」
 二人はカーシェアのエレカに乗り、スウィートウォーターのメインストリートを下って行った。
「そんなに、悪い感じはしないけど」ハンドルを握ったファ・ユイリィは通り過ぎる風景を見ながら言う。
「でも、潰れたお店が多い感じがする」
 一年戦争時、コロニー落としの標的となった<サイド1>は一時ジオン軍に占領され、宇宙要塞ソロモンの補給基地となった。しかし戦争後期に連邦軍が反攻に出るといち早く解放され、今度は連邦軍の補給基地となってその人員が動員されることになった。捕虜収容所が開設されたのもその頃で、戦後多くのジオン兵が、そのままこのコロニーに居残ることになる。二つの軍隊に奉仕させられたその街は、戦後どちらからも見捨てられ、櫛の歯が抜けるように、工業地帯からも市街地からも、その灯が次々に消えていった。連邦政府から見捨てられている、と住民たちが思うのもやむを得ないだろう、とその光景を見てカミーユは思った。
 15分ほどエレカを走らせると、市街地のはずれに近い街区にやってきた。カミーユは端末で位置情報を確認しながら、怪しいアクセスを繰り返しているIDの持ち主、アムロから聞いたところによれば、連邦通信委員会のブレックス・フォーラ少将…のアクセスポイントのある場所を特定しようとしていた。
 ぐるぐると、街区をなんども走らせながら、ようやくその場所を見つけた。
「ここだ、この…店?」
 ファは、カミーユの言う店の前でエレカを止めた。古めかしい西部劇に出てくるような建物で、看板には「スターダスト・メモリー」と書いてある。外観からは、何の店なのかよくわからない。二人は顔を見合わせると、車を降りて数段の階段を上がり、スウィングドアの上から店の中をのぞいてみた。
 昼間でも薄暗い店内には、どっしりとした木製のバーカウンターがある。その背後には、カミーユらには馴染みのない部品のようなものが、ずらりと並んでいた。酒場のように見えるが、そうではないようだ。バーカウンターには、店員とおぼしき人影が見える。二人は思い切ってスウィングドア を押し、その中へと入っていった。

「…こんにちは」カミーユが声をかけると、店員は熱心にのぞきこんでいた端末のモニターからようやく目を離して、二人を見上げた。見ると、彼らとは同世代の少年である。
「あ、…やあ、いらっしゃい。何か、探しものかい?」
 カミーユは、少年の背後に飾られている写真に目が釘付けになった。彼の視線をたどって、少年が後ろを見る。そして言った。
「これはザクII。こっちはリック・ドム、そしてこれはゲルググだ。どれも、このファクトリーでレストアした、ジオン軍の名機だ」
「レストア?」カミーユが思わず聞き返す。
「じゃあ、ここにあるのはモビルスーツの部品なのかい?」
「うん、だいたいはね、でもそれ以外のものも、たくさんある。バックヤードは、宝の山だよ」少年が答えた。
「スプーンからモビルスーツまで、直せるものならなんでも直すっていうのがこのファクトリーのモットーなんだ」
「この部品って、どうやって手に入れているの?」とファが聞く。
「潰れた店とか、閉鎖された工場とか、いろんなところからジャンク品を集めてくるんだけどさ、モビルスーツの部品はそうはいかない。宇宙へ出て、デブリの中から拾い集めてきたりもする。結構、大変なんだぜ?」
 店内を見回すと、人が2人ほど腰掛けられそうなほどの大きさの巨大な「手」が椅子のように置かれている。
「モビルスーツをレストアして、それでどうするの?」
「こういうのを、高値で買ってくれるマニアがいるのさ」少年が言った。
「モビルスーツに、興味があるみたいだね?」
「あ、ああ」カミーユが、曖昧に答える。ファがにっこりと微笑みながら、言った。
「私たち、サマーキャンプのプログラムで地球から、初めてスペースコロニーへやって来たの。モビルスーツって、あることはもちろん知っているけど、見る機会なんて本当にないから、もし見れたらやったー、って思っちゃうわね」
 ふうん、と少年は言うと、緑色の瞳を輝かせながら言った。
「実は、レストアしたまま置いてある機体が一つあるんだ。興味がある、っていうんなら、見せてやってもいいぜ?」
 ほんとに? とファが歓声を上げる。カミーユはその様子を見て、自分一人ならこうはいかなかっただろうと思った。ブレックス・フォーラは兵器マニアの客なのだろうか? もし、レストアされた機体を「使う」ことを考えている誰かがいたとしたら?
「よし、行ってみよう」と言うカミーユの声は、震えていた。

 エレカに乗って、ジャンク屋の少年の道案内で走る傍ら、陽気な声でファが言った。
「私はファ・ユイリィ、彼はカミーユ・ビダンよ。私たち、東京から来たの。あなたは?」
「おれはジュドー・アーシタ、スウィートウォーター生まれで、宇宙そらで育った」
「へえ?」とファがその言葉に声を上げる。
「かっこいい!」
 エレカを降りると、そこは工業地帯の一角にある巨大な倉庫群の建物の前だった。03と書かれた大きなシャッターの前に、ジュドーはエレカを導いた。
「ここが、おれたちのファクトリーだ」
 ふたりはエレカを降りると、その素っ気なく空間を四角く区切っただけのように見える建物を見上げた。ジュドーはキーを解除して、シャッターの横にあるドアから彼らを中へ誘い入れた。
 カミーユとファは、そこに屹立する1機のモビルスーツを見た。それは、彼らがロンデニオン基地で見たものとは、まったく違う様相を見せていた。くすんだグレーとオリーブグリーンの重々しい機体、「足首」に向かって大きく広がってゆく翼のような脚、筋骨逞しい戦士のように盛り上がった「肩」の上にそびえるツノ、そしてヘルメットのような丸い「頭」。
「この間、ソロモン要塞沖でほとんど無傷のものを、見つけたんだ」ジュドーが言った。
「これ、動くの?」とファが尋ねる。カミーユは、その機体の表面に、つい最近風圧か何かの爆発で砂や煤のようなものが斜めの筋になってこびりついているのを見た。答えは聞くまでもない。
「もちろんさ」と得意げに言うと、ジュドーはリフトに飛び乗って上昇させ、モビルスーツのコックピットの高さで止めると、ハッチを開けて乗り込んだ。
 ギン!
 鈍い響きが空気を揺らし、その頭部に赤いモノアイが光った。まるで眠れる巨人にその瞬間、命が宿ったかのように見えた。ゆっくりと、その巨人は両手を上げた、体の正面で動きを止めた。その手には、巨大なライフルが握られている。
「この通りさ、ちゃんと動くだろ?」ジュドーの声が、上から響いてくる。
「わかった、よくわかったから降りてきてくれないか? もう少し、聞きたいことがあるんだ」と、カミーユは叫んだ。ライフルを正面に構えたその姿は、二人にいいようのない感情を呼び起こした。
 ジュドーはコックピットから出てくると、二人のところへ降りてきた。

「びっくりした~」とファが言った。「ちょっと、怖かったわ、戦争のときのことを思い出しちゃって」
「悪かった」ジュドーが言った。「で、聞きたいことって?」
「このモビルスーツはちゃんと動くってわかったけど、これって君が一人でレストアしているのかい?」カミーユが尋ねる。ジュドーは、ははは、と笑うと肩をすぼめて言った。
「これだけの仕事、とても一人じゃできないね。おれは宇宙へ出てデブリの中から使えそうなものを見つける。レストアするのは、あの店のオーナーと仲間の仕事だ」
「昔、軍にいた人なの?」
 ジュドーが、頷いた。「知ってるだろ? ここには捕虜収容所があったし、戦後にジオンに帰れなくて、ここへ来たって奴も多い」
「君の…家族も?」
「おれは、違うよ。もとからここに住んでいたし、親父は輸送船で操舵手をやってた。事故で、死んじゃったけどな!」
「悪いことを、聞いちゃったな」
「いいんだ」ジュドーが言った。
「このコロニーの風景を、見ただろう? 潰れた店、止まった工場、そんなのばかりだ。ここじゃ仕事もないからさ、軍隊に入るか、船で宇宙に出て行くしかないんだ」
「それは、あの、ジオンに帰れないでここへ来た、っていう人たちが居座っているからじゃないの?」と、ファが口を挟む。
「ほら、あったじゃない、5年ほど前に<サイド3>でクーデターが。あんなふうに、武装してこのコロニーを占拠しちゃうんじゃないかって、<サイド1>の人たちが恐れているからじゃないのかしら」
 ジュドーの表情から笑顔が消えた。彼は唇を噛んでうつむき、しばらく口を閉ざしていた。それから、顔を上げて言った。
「だけど、それは彼らのせいなんだろうか? ほかに、どこにも行き場がない。宇宙はこんなに広いのに、彼らには居場所がないんだ」
「…ごめんなさい」ファが小さな声で言った。
「こっちこそ、ゴメン。おれはただ、せっかく地球からここまで来てくれたなら、そういうことも考えてほしいな、と思っただけなんだ」
 ファが、笑顔を取り戻した。カミーユは、空気を変えるために違う質問をしてみた。
「ところでジュドー、一つ聞きたいことがあるんだけど、ブレックス・フォーラって名前を聞いたことはある?」
 パチパチ、と目を瞬かせて、ジュドーは答えた。
「いや、知らないな。どういう人なんだい?」
「<サイド1>の出身で、ちょうど一年戦争の頃に、木星エネルギー船団の指揮官として派遣されていた、って人らしい。木星へ旅立ってから戦争が始まって、帰ってくるまでの間に戦争が終わったせいで、戦争の間に起こったことを何も知らなかったらしい。地元では知られた人なのかな、と思って」
「うーん、聞いたことないなー。木星エネルギー船団の基地はシャングリラにあるから、そっちじゃ知られているかもしれないけど」ジュドーが言った。
「さあ、じゃあ次はどこへ行く?」
「お店の方は、いいのかい?」
「いいんだ、別に。ラトーラもいてくれるし、どうせこんな平日の昼間、客なんて来ないさ。戦争のことを調べてるなら、捕虜収容所跡に行ってみるか? 案内してやるぜ?」
 二人は顔を見合わせ、そして、大きく頷いた。

 一日は、あっという間に過ぎ去った。ファとともにスウィートウォーターから戻ったカミーユは、コロニー旅行から帰って興奮冷めやらぬ他のサマーキャンプ参加者を横目に見ながら個室へ戻り、端末を開いてアムロを呼んだ。自分が見たものを、すぐに見て確認してもらいたかった。
「やあ、カミーユ、もう戻ったのかい?」
 アムロとは、すぐに連絡がつながった。あれからずっと、基地にいるらしい。
「はい、遅くにすみません。戻ったばかりなんですけど、見てほしいものがあるんです」
 そう言うと、彼はスウィートウォーターで、ジュドー少年が案内してくれたファクトリーで見たモビルスーツの映像をアムロに送った。ジュドーがコックピットに姿を消した瞬間に端末で撮影したものだ。
「例のブレックス・フォーラって人がアクセスしているポイントに行ってみたら、モビルスーツの部品も扱ってるジャンク屋があって、その店でバイトしている少年が、レストアしたっていう機体を見せてくれたんです」
 アムロには、見覚えのある型だった。一年戦争の末期、ソロモン沖からア・バオア・クーの最終決戦の頃に出てきた機体だ。シャアもまた、赤く塗装したこの機体に搭乗していた。
「ここを、見てほしいんです」と、カミーユは足首に向かって広がった、機体の脚のフレアのような部分を拡大して見せた。砂と煤とがこびりついた表面が見える。
「これって、つい最近どこか地表で動かした、ひょっとしたら戦闘して、爆発があって、それでついた痕なのかなって思ったんです」
 アムロは、じっとその映像を見ていた。やがて、彼の声がカミーユの耳を打った。
「よくやってくれた、カミーユ。詳しくは言えないが、これと同じ機体と遭遇したパイロットがいる。彼らの証言とか、回収されたデータと照合すれば、いろんなことが見えてくるだろう」
 奥歯にものの挟まったようなアムロの物言いに、カミーユは言いようのない疑念を覚えた。
「何が、あったんですか」
 端末の画面の向こうで、アムロはただ首を振る。
「もしかして、また彼らがやって来て…奪われてしまったんですか? あの〝新型が〟?」
「今は、何も言えない。ただ、君の推察は、的を射ていると僕は思うよ」
 カミーユは、画面の中のアムロに苦渋の表情を見た。あのモビルスーツに、戦闘の痕跡らしきものを見つけたときは「これだ!」と思ったが、その高揚感はすっかり醒めていた。
 やがて、アムロが言った。
「キャンプが終わるのは、いつだっけ?」
「明後日です、それまでに急いでレポートを仕上げないと」
 わかった、とアムロは言うと、言葉を続けた。
「もっと、ここで楽しい経験をしてもらえたら、良かったんだけど…」
「僕は、楽しかったですよ、アムロさん。今まで知らなかったコロニーの現状も知ることができたし…、それに、特別な方法でネットワークに潜っていろいろ探るのは、すごく面白かったです」
「そうか、それなら良かった」
 そう言うと、アムロはいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「実は、学生時代の友達が面白いことをしているんだ、みんな北米にいるんだけど、君が加われば、絶対その才能を生かせるし、もっと面白くなるんじゃないかと思うんだ」
 カミーユは、アムロが送ってきたデータサイトを見た。『一年戦争モビルスーツ大全』というタイトルが現れる。
「連絡先を送っておくから、もし気が向いたら、ダビドって奴とコンタクトしてみるといいよ」
 カミーユは、返事をすることを忘れてそのサイトに見入っていた。そこには、彼が手にしていたあの本、『コンフィデンシャル・ソルジャーズ 連邦軍第13独立部隊の真実』に出てくるジオン軍の、そして彼ら以外にほとんど知る者のなかった連邦軍の試作モビルスーツ、RXー78、ガンダムの3Dモデルが掲載されていた。

4:ヴァカンスの終わり

 グラナダの旧ジオン公王の離宮「ローゼス・ガーデン」にいるデラーズのもとには、一人の女が訪れていた。薄いベージュのスーツに赤いインナーをあわせ、濃い色のロングヘアをたなびかせている。
 支配人室のデラーズのデスクの前で、勧められた椅子に腰掛けた女は単刀直入、デラーズに聞いた。
「指輪が、消えたそうじゃないか」
「耳が早いな、シーマ・ガラハウ中佐。しかし心配には及ばない。次の手を考えている。そのために、君に来てもらったのだ」
 そう言うと、デラーズは腕組みをした。
 シーマ・ガラハウは一年戦争前後からキシリア・サビ少将麾下で頭角を表し、開戦時には指揮官でありながら自らモビルスーツに搭乗、先陣を切るなど大胆不敵な行動で戦果を上げ、キシリアからの信頼を勝ち得たといわれている。その手腕が認められ、「キシリア親衛隊」の長として引き立てられて秘密裏に様々な破壊工作を行った、とされている。昨今のグラナダ周辺空域での海賊行為を指揮しているのも、彼女であった。崇敬するギレン・ザビ総帥を殺害したキシリアに許しがたい思いを抱き続けるデラーズにとって、彼女は懐刀である一方、諸刃の剣とも言うべき存在である。
 不敵な笑みを浮かべるシーマの表情を見つめると、デラーズは言った。
「指輪を、入手してもらいたい」
 ふん、と鼻を鳴らしてシーマが言った。
「虫のいい話じゃないか、それは。なくした指輪を、私に探せと?」
「私は、この施設を戦後、キシリア親衛隊の者から引き継いだ。そのとき、確かに所定の場所に指輪が納められているのを私は確認した。それが、消えたのだ。キシリアの手の者が奪ったに違いない」
 笑みを浮かべたまま、シーマは問い返す。
「あたしが奪った、とでも言いたいのかい?」
「そうではあるまい。もしそうなら、何らかの取引を持ちかけているだろう。それに、中佐とて我らと信念を同じくしているはず。だが、キシリアの手の者には、寝返った者も多い。穏健派に与して共和国軍に連なった者、ダイクン派として蜂起した者」
 シーマの顔から笑みが消えた。
「まどろっこしいねえ。はっきり言ったらどうだい。あのクーデターのとき、シャア・アズナブルの下に走ったと」
 デラーズが、険しい表情のまま言った。
「そうだ。あの男だ。シーマ中佐、貴公の配下の者の中にもいるだろう、あの男に付いた者が」
「キシリア親衛隊、隊長。そんな肩書きで呼ばれたことも、あったねえ。だが、そんな昔のことは、もう忘れた」
 乾いた声で、シーマは笑った。デラーズは、笑わなかった。
「いや、覚えているはずだ。はっきりとな。マルガレーテ・リング・ブレア。キシリアの秘書だった女だ。シャアが武装蜂起したとき、ヤツの秘書としてその隣にいた」
「へー、そうかい」わざとらしい声音で、シーマが言った。
「よく見ていたもんだね、あたしときたら、ちっとも気づかなかった」
「始末したまえ」デラーズは言った。
「奪われた指輪を取り返し、不遜な行いをした女を始末するのだ。そして、シャア・アズナブルを」
「汚れ仕事だね」シーマが言った。
「精鋭部隊であればこそ、だ。難しいことではあるまい。手段は任せる」
「一体何を恐れておいでだ? クーデターを成し遂げられずに行方をくらませた、あの青二才の?」
「彼は、もはやどこにも属することのできない男だ。亡き父ジオン・ダイクンの描いた人の革新による新世界秩序の樹立という理想も潰えた。そういう意味では、我々の相手にすべき人物ではない。しかし、彼の野望の原点は、サビ家への復讐。ガルマ様を故意に死地へと追いやった。陥落するア・バオア・クーから脱出しようとするキリシアを殺害した。もし、彼が完璧にその復讐を成し遂げることを目論んでいるとしたら?」
「ドズル・ザビ中将の遺児、ミネバ・ラオ・ザビを手にかけ、その血統を絶つ」
 デラーズの問いかけに、シーマは端的に答える。
「それにしても解せないねえ、それほど、ザビ家によるジオン再興という大義に拘る貴公が、いくら反連邦とはいえ、連邦側の組織と手を組むとは」
「彼らと、我々の目指すところは違えども、利害は一致している。それに彼らは十分に使える。地球に降りる〝自由〟を持っているのだからな。しかし我々は、奴らとは違う。崇高なもののために戦っているのだ。ザビ家の血統を守るため、禍根は断たなければならない。決して、安っぽい汚れ仕事などではないぞ、シーマ」
 デラーズが言った。地球上には、終戦時に地球上の戦線にいて、そのまま宇宙へ上がってこれずに潜伏している多くの同志がいる。彼らを宇宙に戻す、というのもデラーズらの大望の一つだった。だが地上にいる残存部隊との連携しようにも、彼らジオン共和国に復帰せず、連邦にも帰属しようとしない彼らは移動の自由が制限され、地球上に降りることは叶わない。
「やってくれるか、シーマ・ガラハウ中佐」
 シーマは腕を組んだまま体を前に傾けると、皮肉な笑みを浮かべて言った。
「喜んで」

 海から吹いてくる風を遮るため、クワトロ・バジーナは地中海に面するバルコニーに通じるガラス窓を閉めた。日没の時間が、少しずつ早くなってきている。一夏を南欧の高級リゾートで過ごしてきたが、そろそろ、暇を持て余すセレブたちとの付き合いにも飽きてきた頃だ。
 クーデターの失敗により、彼にジオン・ダイクンの嫡子としての人生を手放さざるを得なくなった。だが、彼は満足していた。ジオン共和国の首都、ズム・シティから脱出する間際、秘書だったマルガレーテ・リング・ブレアに彼の武装蜂起と政権奪取計画を支え続けたダイクン派の資金をごっそり口座から持ち出させていた。その金を元手に彼らは旅を続ける一方、クワトロは新進気鋭の個人投資家として成功し、その業界で一目置かれるようになっていた。
「大佐」
 部屋に入ってきたロミー・シュナイダーが珍しく、彼をかつての階級で呼んだ。
「通信が入っています、グラナダの、例の名簿屋から。覚えていらっしゃる?」
 もちろん、覚えていた。五年前のあのジオンでのクーデター失敗のあと、潜伏したグラナダで彼らに現在の名前と地球連邦のIDカードを売った男だ。彼らのために偽造されたIDカードを受け取ったとき、彼は名簿屋に告げていた。シャア・アズナブルの行方を追って来た者がいたら、相手に応答する前にこちらに教えてほしい、と。
「あの約束を、覚えていたのだな?堅い商売をする男だ」
 出よう、そう言うとクワトロは、通信端末を受け取った。
「久しぶりだな、大佐。お元気そうで」端末の画面に映る、あの名簿屋が口を開いた。
「あれから五年になるが、昨夜、店にシャア・アズナブルという男について尋ねてきた客があった。それで、お知らせしようと思いまして」
「聞こう」クワトロが言った。
 名簿屋は、シーマ・ガラハウと名乗る女がシャア・アズナブルのクーデター後の消息を追って訪ねてきたことを告げた。
「なんでも、奪われた指輪を取り返したい、とか」名簿屋はそう付け加えると、言った。
「どうなさいますか」
 隣でやりとりを聞いていたロミーが、耳打ちをする。
「元キシリア親衛隊隊長です、彼女。今はデラーズの下にいるはず」
 クワトロは、頷くと名簿屋に言った。
「いくら欲しいのだ」
 その言葉に、名簿屋は口止め料として指で3を示して見せた。
「1本1000ドルだ、いいな」クワトロは言うと、示されたコードから送金する。
「グラナダにいれば、いずれ会える。そう伝えておいてくれ」
 にやりと笑うと、名簿屋は言った。
「ではサービスで、あと一つ。カイ・シデンという記者が、シャア・アズナブルのその後を追っているらしい。ユニバーサル・ニュース・ネットワークの人気記者だ、グラナダ訪問の際には、そちらにも用心召されよ」
 通信が切れると、クワトロは傍に立つロミーを見上げて言った。
「ミネバのところへ指輪を取りにいく前に、我々を始末しようという算段だな?」
「しかしシーマ・ガラハウは地球への渡航制限をかけられた身分だったはず。こちらからグラナダに行くのは危険です」
「だからといって、ここでじっとしていても何も得られないのも確かだ」
 そう言うと、クワトロは立ち上がった。
「ヴァカンスは終わり、動く時が来た。そういうことだ」
 ロミーは、キラキラと目を輝かせて、頷いた。


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