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久し振りに江ノ島を訪れる

 久しぶりに江ノ島へとやって来た。何年ぶりだろう。
 江ノ島弁天橋は改築され、「動く歩道」になっていた。欄干に手を添えたまま、ツーっと滑るように橋を移動していく。
「便利になったもんだ。そのうち江ノ電も、島内に乗り入れをするようになるかもね」江ノ電が島を1周する様子が目に浮かぶ。

 海産市場にある食事処へと入った。名物の「生しらす丼」を食べようと思う。
「生しらす丼を1つ」わたしが頼むと、店のおじさんはちょっと意外そうな顔をする。
「生しらす丼ですか? いまどき珍しいですねぇ」
 不思議に思い、
「江ノ島といえば生しらすじゃないですか。それとも、時期じゃなかったですか?」と聞く。

「いえいえ。もちろん、しらすはたんと獲れますよ。それこそ、腐るほどにね。ですが、この島じゃ、しらすなんぞはもう古いんですよ」
「というと、何か別のものが流行ってるんですね?」わたしは察しよく尋ねた。
「ええ、よくおわかりで。昨今の1番人気は、なんといっても『フナムシ丼』ですね。どの店でも、品書きの最初に載せてますよ」

 フナムシは磯をわが物顔に這い回る、あのゲジゲジのような生き物だ。「海のゴキブリ」などという異名を持っている。
「じゃあ、それにしようかな」驚いたことに、わたしはそれを注文していた。
「はい。じゃ、ちょっと浜まで下りて、何匹か調達してきますからねっ」おじさんはそう言うと、バケツと網を持って店を出ていった。

 ほどなくして、バケツいっぱいフナムシを捕まえて戻ってくる。
「さっそく茹でますから。あー、ゆで加減はどうします? じっくり煮るか、それともバリカタでいくか……」
 ちょっと考えて、わたしは答えた。
「アルデンテで」

 やがてお盆が運ばれてきた。丼の上で山盛りのフナムシが、ほかほかと湯気を昇らせている。ぱっと見、石の下などでよく見かける、ワラジムシにそっくりだ。まったく抵抗がない、といえば嘘になる。
 試しに1匹箸でつまんで、おそるおそる口に入れてみた。
「あ、おいしい……」それがわたしの第一声だった。
「でしょ? 見た目の奇抜さからは想像がつかない、なんてお客さんにいつも言われるんですよ」おじさんは誇らしげだ。
 シャコとホタテを足して割ったような味と食感である。舌の上で、磯の香りがほのかに広がる。

 食後の散歩に参道を登ることにした。
 展望台まで階段だけで行くつもりだったが、「エスカー」が「スーパー・エスカー」と変わっているのに気づき、久しぶりに利用してみることにする。

 エスカーというのは実はエスカレーターのことだ。子供の頃、親に連れられて初めて乗ったとき、ひどくがっかりした覚えがあった。名前からして、きっとすごい乗り物に違いないと期待したのだ。胸をワクワクさせていざ乗車してみれば、ただのエスカレーターに過ぎなかった。あんなに落胆したことは人生でも数少ない。しかも有料で、結構な値段を取られるのだった。

 今回も、(壁の色を変えたとか、またお色直しなんだろうな)と思いつつ、赤いお社のような「エスカー乗り場」へと入る。
 チケット売り場には、なぜか猫がたくさん集まっていた。それも普通のサイズではない。控え目に見積もっても、優に3倍はある。
「ははあ、食堂のおこぼれが、しらすからフナムシに変わったんで、栄養がついたんだな」そう推測した。おそらく、その仮説に間違いはないだろう。

 エスカーはやっぱり、エスカレーターのままだった。「壁のお色直し」すらされておらず、鶯色のままである。
「ほらね……」ため息をついてステップに足を乗せた。
 その途端、ぱっと景色が変わる。何が起きたのか、状況を把握するのに数秒ほどかかった。
 周囲には海が広がり、遠く三浦半島まで見渡せた。
「どうなってるのっ?!」

 ようやく、ここが展望台の中だということに気がついた。下からここまで、瞬時に運ばれてきたのだった。
「すごいっ、ほんとにスーパー・エスカーだった!」
 江ノ島の、ここ数年の様変わりには驚かされることばかりだ。

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