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回転寿司

 志茂田ともるとテーマパークに来ていた。
「次はなに乗る?」わたしが促すと、
「観覧車にでも乗って、ちょっと休みましょう。激しいものばかり乗ってきましたからね」と答える。
「観覧車か。それもいいね。ここの観覧車、世界で3番目に高いんだってさ」
「そうですか。それはさぞ、いい眺めでしょうね」
 一息ついたのち、わたし達は観覧車に乗った。
「こうして向かい合って座ってると、まるで電車に乗ってるみたいだね」わたしは言う。
「電車……ですか。そうですね、窓の外を景色がどんどん流れていく。いいものですね。わたしは汽車に乗ったことがないので、1度乗ってみたいと思っていました」
「静岡に汽車が走ってなかったっけ?」
「ああ、大井川のほうに一部、走ってましたね。どうです、今度乗りに行きませんか?」
「うん、いいね」

観覧車を降りると、ちょうどお昼時だった。
「なに食べる?」とわたしが聞く。
「そうですねえ、久しぶりに回転寿司などどうですか」
「回転寿司? そんなもの、テーマパークにあるわけが――」わたしが言いかけると、志茂田は黙って指を指す。そちらを見ると、確かに回転寿司屋があった。
「近頃のテーマパークって、ほんとうになんでもあるんだ」わたしがびっくりしていると、志茂田はどんどん店のほうへと行ってしまう。
「ちょっと、待ってったらー」

 中に入ってみるも、お馴染みのベルト・コンベアーはなかった。
「ここって、『回らない寿司屋』じゃないの?」わたしはそっとささやく。「回らない寿司屋」は時価なので、会計をするまで値段がわからないのだ。食べていて、とてもじゃないが落ち着いていられない。
「いらっしゃいませー」と主人が威勢よくあいさつしてきた。もう、出るに出られない。財布の中身、足りるといいなあ。
「ささ、どこでも空いているところに座ってください」そう言われて、わたしと志茂田は並んで座った。
 ところが。
 カウンターだと思っていたその席は、いきなり横向きになった。
「えっ、なに?!」おまけに、肩にロックがかかる。これじゃまるで……。

「お任せで握ってください」志茂田は落ち着いたもので、平然とそう注文する。
「へい、わかりやした!」主人の景気のいい声が聞こえ、間もなく、わたし達の前に寿司がやって来た。
 わたしが手を付けようとすると、志茂田が小声で「まだですよ、むぅにぃ君」とたしなめる。
「それじゃ、準備はいいですね」主人が言った。なんの準備だろう。「しゅっぱーつっ!」
 ガコンッ! とイスが動き出し、「入り口」と書かれたトンネルに入っていく。

「ねえ、志茂田。まさかと思うけど、これってジェット・コースーター?」
「ええ、そうですよ。だから言ったじゃありませんか、『回転寿司』だって」
 テーブルから寿司が滑り落ちないよう、自動的に上を向いたり正面を向いたりしている。
 イスはどんどん急坂を登っていき、やがて頂点へたどり着いた。この手のアトラクションで、最高に緊張する瞬間である。
「さあ、行きますよーっ」志茂田がワクワクを隠しきれないように叫んだ。わたしはそれどころではなく、ただ「ひゃーっ!」と声を上げるばかりだ。
「今日はわたしの奢りです。さあさあ、遠慮なく食べてください」

 ジェット・コースーたーは、まずは直角に滑り落ちていき、2度3度ねじりを加えた後、再び頂点で一時停止する。
 走っているときは怖さで頭がめぐらないものだが、こうして止まっていると、やがて訪れるであろう最悪の事態を想像してしまい、いっそう恐ろしかった。
 やがて、じわじわと動きだし、再び直角に落ちていく。テーブルは上になったり下になったりを繰り返し、寿司もお茶で満たされた湯飲みさえも水平に保たれた。
 後ろでもくもぐ音がする様子から、志茂田が寿司を食べているらしい。わたしにはとてもそんな余裕などなく、ただ、ヒーとかキャーとかわめいているばかりだった。

 ついに、このコースの目玉である大回転が迫る。わたしは左手に湯飲み、もういっぽうにはハマチを持ったまま目をつぶった。
 イスがガタピシいいながら、大きく回転する。まぶたの裏側で、目玉がひっくり返るのを感じた。
「むぅにぃ君、さっきからぜんぜん寿司が進んでいないようですね」後ろの席から志茂田が声をかけてくる。
 あれこれと言い返してやるつもりだったが、その度にあっちへ曲がりこっちへ曲がり、捻れたり回転したりで、一言も発することができなかった。
 地上に足が着いたら、そのときこそ腹にたまったものをぶちまけてやろう。頭をガクガクさせながら、そう誓う。
 肝心の寿司はまだ一口も腹に入っておらず、何よりも無念でならなかった。よしんば、食べられたとしても、別なものをぶちまけることになりそうだ。
「このハマチ、なかなかうまいですよ」と志茂田が話しかけてくるが、ほとんど耳には入ってこない。
「回転寿司によっては、おもちゃの新幹線に乗って寿司が運ばれてきますよね。アレはアレで楽しいのですが、やはり本物にはかないませんね、あっはっはっ」
 どこまで余裕があるんだろう、この男は。
 直線のコースが来たので、わたしは振り向きもせず言ってやった。
「よく、こんな状況で食べてられるね-」
 志茂田はお茶をすすり、サーモン、マグロ、ビントロと立て続けに口へと運ぶ。
「青空の下で食べる寿司は、実に格別ですねえ。口から入ったネタが、ほら。胃袋に到達する間に、あっちへこっちへとめまぐるしいこと! まったく愉快じゃありませんか。また来たいものですね、『回転寿司』」
 

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