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エイリアン電車

 よほど慌てていたらしい。朝の通勤で、乗る車両を間違えてしまった。
 もっとも、行き先は同じなので遅刻することはないのだが……。

 窓にへばりつくようにして棒に捕まり、そっと振り返った。
 タコのような者、昆虫のような者、ロボット型、その他形状しがたモノがイスに座り、またあるものはつり革にぶら下がっている。
 彼らはエイリアンだった。
 入り口の上のほうにはプレートが付いていて「エイリアン専用」と書かれている。男女別の車両があるけれど、近頃ではこうしたものまでできた。

 鼻の長いゾウにそっくりのエイリアンが近づいてくる。ビシッとスーツを着こなし、いかにもエリート・サラリーマンのよう。
「おめ、なに星人だ? あんま見かけねえ顔だな」彼は言った。
 わたしは胸をドキドキさせながら答える。
「ち、地球人です」
 するとゾウ型エイリアンはガハハと笑い出した。
「地球人がこの車両に乗っているはずあんめぇ。ははーん、企業秘密ってわけだな。なら、無理には聞かねぃ。お互い、秘密にしときたいものがあんもんなぁ」

 ゾウ型エイリアンは決して大きな声で言ったわけではない。けれど、いまの会話は周囲に聞かれてしまった。あちこちで、こそこそと私話が始まる。
「地球人ですってよ。よりにもよって、自分のことを地球人だ、なんてねえ」
「まあ、いやだ。あの人、地球人を見たことがないのかしら」
「ねーえ。地球人といったら、目が30個に巨大な耳が頭のてっぺんに付いているのに、あの人ってばたった2つしか目がないじゃないの」
「そういえば知ってる? 地球ってばもうすぐ木っ端みじんに破裂するんですって」
「へー、そりゃあどうしてだい?」
「そりゃあ、エネルギーを使い果たしたからに決まってるじゃないの。地球の中の溶岩がどんどん冷えて、最後は止まってしまうらしいわよ。そうしたらどうなると思う? 片方は太陽熱で温められ、もう片方は宇宙に熱を持っていかれるの。そんなのが何ヶ月も続いたら、急に冷やしたコップみたいにパーンよ、パーン!」

「いや、おれが聞いた話じゃ、M72星雲から宇宙海賊が大挙して攻めてくるってことだぞ。あそこの海賊はたちが悪いからな。狙われた星は、草1本残ってねえとさ」
「いや、海賊はどうか知らないが、ヤベー彗星が地球に激突するらしい。地球のNASUとかいう機関がヤベー彗星を発見した頃にはもう手遅れなんだってさ。っていうか、見つけたとしても手の内ようがないらしいぞ。なにしろ、直径が5,000kmもあって、たとえ地球上の核爆弾を全部集めてぶつけたとしてもびくともしないらしいからな」

「まあ、わたしらは関係ないけどね。こっちでの仕事が終わったらさっさと故郷に帰っちまうしな」
「そうそう」
「おいおい、なんだみんな。われわれの力でこの地球を救ってやろうという者はないのか」
「そんなこと言ったってよお、なあ」
「うん、助ける義務なんてこれっぽっちもないしな」
「そう言われてみればそうだな。まあ、われわれが何かするわけじゃなし、べつにいいか」

「それはおいといて、地球は便利な星の1つだったなあ。なくなっちまうと、ちょっと惜しい気がする」
「たしかにな。別の星への中継基地にピッタリだったっけ」
「そうなると、まったく恩義がないってわけでもないな。われわれエイリアンにだって、礼儀がないわけじゃなし」
「何人かは助けてやるか」
「いや、いっそひっさらって、博物館にでも飾ろうじゃないか。地球人だって、動物を剥製にして飾ってるじゃないか」
「そうだな。解剖実験にも使えるし、ひとまとまり連れてっちまおうか」

 アナウンスがあり、次の駅で電車が止まる。わたしの下りるところはまだずっと先だが、慌てて飛び降りた。
 ドアが閉まる刹那、どっと笑い声が起き、こんな声が聞こえてくる。
「たまに地球人が入ってくるときがあるんだよな。そんなときは、あることないこと言ってからかってやるのさ」
「あはは、そう簡単に地球がなくなってたまるかっててぇの。なんのための銀河連邦だって話だよ。影になり日向になり、ちゃんと守ってやってんだからさぁ」
「まったく、地球人って怖がりですよね。根も葉もない話を、すぐ信じちゃう。ああ、笑いすぎてお腹が痛い」
 走り出す電車の窓から、大勢のエイリアンが手を振っていた。

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