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「太陽が消灯する」

 その日は、夜が明けなかった。
「もう8時なのに、変だね」遊びに来ていた中谷美枝子にそう言う。
「太陽が昇ってこないのかも」中谷も不安そうだ。
「テレビ付けてみようか。何かわかるかも」わたしはリモコンのスイッチを入れる。
 ちょうどニュースをやっていた。
「えー、NASAによれば、太陽は通常の軌道を回っているそうで……つまり、太陽はすでに北半球を照らしていなければならないことになります……」
「太陽は昇ってるってさ」とわたし。
「だったら、なんで真っ暗なわけ? 曇ってるっていったって、こんな黒い雲なんてないしさあ」
「どうしてなんだろうね」

窓から外を見ても、どこの家も電気が付いたまま。街灯もそのまま点灯している。まるで夜のようだ。

再びニュースが流れ出す。
「ただいま新しい情報が入りました。NASAが原因を突き止めた模様です。それによりますと、太陽から垂れ下がっている紐に、流星がぶつかって、スイッチが切れてしまったとのことです」
「太陽って、スイッチで付いたり消えたりするんだ」わたしは驚いた。
「ああ、そうかもね。うちの電気スタンドも、紐を引っ張って電気を付けるもん」
「もう1度、流星がぶつかってスイッチを入れてくれればいいんだけど」
「ばかね、そうそう流星が飛んでくるわけないでしょ」と一蹴されてしまう。
「でも、誰かがスイッチを入れないと昼が来ないよ」わたしは文句を言った。
「そうねえ。ただ暗いだけじゃなくて、このままだと地球がどんどん冷えていっちゃうでしょうね」
「氷河期って、もしかしたらそんなふうにして起こるのかも」わたしは思いついたことを口にする。
「うーん、違うと思うけどなあ……」

テレビのアナウンサーがまた話し出した。
「NASAがスペースシャトルを打ち上げるとの発表がありました。太陽の紐を引っ張ってくるのが目的で、現在、準備をしているとのことです」
「ああ、よかった。スペースシャトルで紐を引っ張りに行くんだってさ」
「だけど、真っ暗で、どこに何があるかわからないんじゃない?」中谷が心配そうな顔をする。
「大丈夫じゃない? だって、コンピューターで制御してるんでしょ? 別に人が操縦しているわけじゃないんだから」
「それもそうか」

ほどなくして画面が切り替わり、基地からスペースシャトルが発射される様子が映し出された。
「あ、スペースシャトルが飛んでいったよ」わたしはほっと息をつく。
「光の速さでも数分かかるってさ、太陽まで。スペースシャトルなんか、それよりもずっと遅いんだから、きっと何日もかかるわよ」
 その通り、次の日も、またその次の日も地球は真っ暗なままだった。
 それはいいとしても、だんだんと冷え込んできたのにはまいる。夏だというのに、またストーブを出さなければならなかった。
 外へ出ると、たちまち息が真っ白になる。霜を踏みながら、今度はわたしが中谷の家に遊びに行った。

「いらっしゃい。ああ、寒い。早く、ドアを閉めて」中谷に言われ、わたしは慌ててドアを閉める。
「いつになったら太陽の紐までたどり着くのかなぁ」わたしは大急ぎでコタツに潜り込み、手をもみほぐしながら言った。
「そうねえ、まだ4、5日はかかるんじゃないの? こういうときに宇宙人の知り合いでもいればいいんだけど」
「宇宙人の知り合いがいたらどうなるのさ」
「だって、宇宙人ってばUFOを持ってるのよ。あっという間に飛んでいって、サッと紐を引っ張ってこれるじゃない」
「あ、そうか。UFOってすっごく速いんだっけ。なんで、もっと早くから宇宙人の知り合いを作っとかなかったんだろう。今度、総理大臣にクレームのメールしなくちゃ」それとも、アメリカ大統領に言ったほうがいいだろうか。

「お昼まだでしょ?」中谷が聞いた。「鍋焼きうどんにしようと思うんだけど、それでいい?」
「うん、ちょうど暖かいものが食べたかったんだ」
 真夏に鍋焼きうどんだなんて、ふつうは我慢大会かなにかでしか食べないだろうけれど、いまはとにかく寒い。体の中から温めたかった。
 しばらくすると、中谷の作ってくれた鍋焼きうどんが運ばれてくる。
「冷える日は、やっぱりこれだよね」中谷は言った。
「うんうん、芯からあったまるもんね」
「キッチンから外を覗いたらね、雪がちらほら降り始めてたよ。今夜はきっと積もるね」
「どうりで冷え込むと思った。吹雪かなければいいんだけど……」わたしは少し憂鬱な気分になる。

それからさらに1週間が過ぎ、寒いどころか、外にも出られないほど凍えてきた。
 外は、すっかり雪国の様相を呈している。塀の高さまで雪が積もり、出入りするたびに雪かきをしなくてはならない。
 道路なんて埋もれたままなので、買い物はドローンで配達してもらうよりほかなかった。
「このまま氷河期になっちゃうのかなあ」暗澹とした心持ちで独りつぶやく。
 心細いのでテレビはつけっぱなしだった。連日、どこのチャンネルもスペースシャトルのことばかり放映している。全世界の人々が、いまや遅しと見守っていた。

2日後の昼過ぎ、待ちに待ったその日が訪れた。
「いまっ! まさにいまっ、スペースシャトルが太陽の紐にたどり着きました。あ、紐を引っ張っています――」
 とたんに、外がパッと明るくなった。太陽のスイッチが入ったのだ。
「ふう、やれやれ。一時はどうなるかと思っちゃった」

雪はすでに屋根をも覆い隠すほどだったが、いまは夏なのだ。太陽さえ顔を覗かせてくれれば、あっという間に溶かしてくれるに違いない。その後はきっと、うだるような暑さが戻ってくるだろう。
 すっかり消えてしまう前に、なんならいくらか取っておこうか。イチゴやレモンのシロップをたっぷりとかけて、みんなでかき氷を食べるのもいい。

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