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薬局のアルバイトをする

 遠い親戚の従兄弟の友だちの知り合いのつてで、薬局の手伝いを頼まれる。
「でも、薬剤師の資格持ってませんよ」わたしは断った。
「なに、ほんとに手伝い程度なんだ。いうなれば『販売助手』といったところかな」
 まあそれなら、と引き受ける。

 レジには、90歳位のおじいさんが入っていた。薬剤師兼販売員である。わたしはその隣に並んで座った。
 ほどなくして、女子高生が来店する。
「あのう、ドライアイに効く目薬ありますか?」
「んあっ?」とおじいさん。相当に耳が遠いらしい。
「ドライアイにぃっ、効くぅっ、め・ぐ・す・り! ですっ」女子高生は、おじいさんの耳に直接手を当てて怒鳴った。
「ああ、はいはいはい。ドライアイスですねぇ、ありますぞ、ありますぞ。嬢ちゃん、さてはアイス・キャンディでも作りなさるか」
 わたしと女子高生は顔を見合わせた。らちがあかない。

 女子高生は思いついたように、通学鞄をごそごそと探り、ノートを取り出した。
 ああ、なるほど。筆談か。

 〔ドライアイスに効く薬はありますか?〕

「いやいや、違うでしょ、それ」わたしは、シャーペンとノートを受け取って、訂正をする。

 〔ドライアイに効く目薬はありますか?〕
  
 薬剤師のおじいさんはようやくと理解し、
「おお、目薬のことでしたか、いや、すまない、すまない」そう言って、棚から「ドライアイ用の目薬」を下ろす。耳が遠いだけで、もうろくはしていないようだ。

「あたし、さっそく目薬を注していく」と女子高生。「せっかくだから、今日、現国で習った『二階から目薬』っていうのをやってみようと思うんだ。ねね、店員さん、協力してくれるよねっ?」
 さっそく、おいでなすった。これが「販売助手」とやらの仕事だな。
「はい、わかりました。じゃあ、外へ出て、軒下から上を見上げてください」わたしは言い、目薬を持って2階へと上がる。

 2階のベランダに立って見下ろすと、女子高生が両目をアッカンベーして突っ立っていた。
「いいですかぁー、垂らしますよぉーっ」わたしは呼びかける。
「いいよぉ~っ」と女子高生。
 見開いた目をよーく狙って、目薬を数滴落とす。「はぁい、2階から目薬ーっ」
 目薬はうまい具合に女子高生の目に命中した。
「し、しみるぅ~っ」黄色い声が響く。

 レジに戻ると、次の客が来ていた。パーマをかけた主婦だ。
「あのさあ、あたし、頭の後ろんとこに腫れモノができちゃってね。痛くはないのよ、痛くはね。ただ、ときどき無性に痒くってさぁ。うちの亭主なんて、『サロンパスでも貼っとけ。そのうち治るだろ』、なんて言うのよ。でね、このままじゃ貼れないでしょ? で、なんだっけ、『毛刈りの窓窓』っていうの? ちゃっちゃっと腫れモノの周りを剃っちゃってもらえないかしら」
「わかりました、お任せください」安全カミソリとシェービングローションを取ってくると、パーマをかき分けるようにして、ジョリジョリと剃り始めた。

「どう? きれいな四角に剃ってくれたぁ?」主婦が聞いてくる。
「ええ、バッチリです。それじゃ、サロンパスを貼りますからね」サロンパスは寸分違わず、「毛刈りの窓」に収まった。
 お会計は、「サロンパス」と「シェービングローション」の2点だ。剃り賃はサービスにしておこう。

 レジの前には列ができていた。
「お客さんの入りがすごいですね」わたしはおじいさんに声を掛けた。
「ああん? 核酸入りエキスはどこかって? そうさなぁ、どこだったっけかのう」
 今日は残業になるかもしれないな。

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