今年の抱負をいまさら書いてみる

もう2019年始まって10日経つけど、いまさら?という声が聞こえてきそう。というか、誰よりも自分自身がそう思っている。でも今日にいたるまで今年の抱負を文章できちんと書けていないのでしっかりと書いておく。

着実に、粛々と日々を乗り越える

これは初詣が終わった後にTwitterに投稿したのだけど、大きな目標を立ててそれに向かって邁進していくよりも着実に、粛々と進んでいくことが自分には向いている。

なので、控えめで小さな目標と仕組みを作って、気が付いたらより大きな目標を達成しているというベストな状況を目指して、何もしていないように見えて努力している、そんな感じで着実に、粛々と日々を乗り越えていきます。って感じ、みたいな。

写真と(自分と)向き合う

昨年ミラーレス一眼を購入し、一通りレンズ等も揃ったので2019年は風景・人物問わず、写真をもっと撮っていく。友人諸兄におかれましては、私が写真撮らせて欲しいと言ったら気軽にOKしてもらえると嬉しいです。ということで写真と向き合うことを目標に。

写真を撮り始めて感じたのはシャッターを切る前に写真の出来の大半は決まっているということ。シャッターを切る前の考えや手順が大切となるとその場でのテクニック以上に、いかに写真への理解を深め常々向き合うかということが重要であると思っている。

また写真を撮るのは自分自身が"光"を切り取る行為に他ならず、対象が人であっても風景であっても撮影者の意図が介在しないことはあり得ない。さらに、いわゆる現像という名の画像修正を行ったうえで写真を世に出すので、写真そのものには写っていなくても、写真の外に確かに撮影者である私は写真とともに存在する。そしてそれを消すことはできない。

アメリカの大学で、とある学生が教員に対して「私の家には家族写真が何枚も飾ってあるのですが、どの写真も私が撮ったものだから私だけ写っていないんです。写真自体は好きなんですけど、近頃それが寂しく思えて」と言ったら、教員はこう返したそうだ。「その素敵な家族写真は君だから撮れたんだ。寂しく思う必要はどこにもないよ。写真には写っていないかもしれないけど、君が素敵な写真を撮ったという事実も含めて素敵な家族写真なんだから」。

畢竟、写真と向き合うことは同時に自分と向き合うことでもあるので、今年は写真を通して内省を試みたい。ちなみにアメリカの大学の話は創作である。

縁を大切に

昨年も様々な縁に恵まれたおかげで一年を乗り越えることができた。新たな出会いもあれば別れもあったけど、何年かぶりに再会する人もあった。

特に昨年後半は、今思えば偶然にも、素敵な縁に恵まれて、今日まで日々学ばせてもらっている人も居る。

基本的に怠け者な受動的な私には、縁によって得られる物事が非常にありがたいので、今年もそうした縁を大切にし、新たな縁にも期待しながら行動していきたい。

そんなわけで、今年もどうぞよしなに。


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