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#どーゆーなりゆきで建築に

ナミ構造設計さんがまた面白そうな企画をされていたので
「#どーゆーなりゆきで建築に」の企画に私も参加させていただこうかと思います。

これまで何度か自分の経歴を詳しく記事にまとめようと思ったことはあったのですが、なんせ真っ直ぐこの仕事に辿り着いていない分、
カッコいい内容にならないので書いていなかったのですがちょうど良い機会ですのでまとめてみたいと思います。

こんな人もいるんだな・・・と思ってもらえると嬉しい限りです。


1.私は全く理系じゃない

小学生の頃は算数、中学以降は数学、物理と数字に
関わる勉強が大嫌いでした。
実は高校の数学では0点を取ったことさえあり
父親に「おまえそれ逆にすごいぞ」と言われた強者?です。
(名前の書き忘れや、白紙で出したわけではない)

高校は音楽コースでピアノや歌を歌ったりと
和やかに気ままに過ごしていました。
大学は英米語専攻の外国語大学です。
この大学を選んだ理由は試験が国語と英語だけだったからです。

このように数字を避けてきた人生で
足し算、引き算、九九ができれば
生きていけると思っていたくらい人間でした。

建築の仕事をしていると「理系ですよね」
と言われることが多く
「違います」と言うと謙遜に思われがちですが
本当に違います。

ということは理系じゃなくても建築はできるということです。

2.アパレル企業でVMDに出会う

初めての就職先はアパレル企業でした。

バイヤーになれば海外へ行き英語を使う機会があるのではないか
という安易な考えと、単純に服が好きだったからです。

大阪にある某百貨店で販売員をし売上も良かったこともあり
早い段階で店長になりました。

店長業務は売上管理、人材育成などを含む店舗管理と多岐にわたりますが
その中で一番楽しかったのがディスプレイでした。

メインディスプレイに何をどのように着せれば売れるのか?
サブディスプレイとの差はどうするのか?
どのような陳列にすれば店内にお客様を誘導して動線を作れるのか?
この時間帯は?この天気は?この気温は?
様々な要因がありディスプレイは成り立っています。

最終的な売上をつくるには販売員の接客力が重要ですが、
最初の掴みは目から入る情報が大切です。
どのように見せればお店は魅力的になるのか?

「人は街を歩いている時に初めて入る店を5秒で入るか入らないかを判断する」

という心理面を知り、その5秒を作りたい!と思うようになってから
休みの日には色んなアパレルショップを周り接客を受けたり
ディスプレイの研究をしたりするようになりました。

あまりにもディスプレイに夢中になっていたからか
当時店長をしていたブランドのMDの人に
VMD(ヴィジュアルマーチャンダイジング)
目指したら?と言われたのがまず第一のきっかけです。

VMDとはビジュアルマーチャンダイジングの略称です。
MD(マーチャンダイジング)とは、製品やサービスを、適切な場所、数量、価格、タイミング(時期)等で市場に提供するための計画と管理のことをいいます。
これにVisual(視覚に訴える)の要素を加味し、お客様に売り場における品揃えの狙いを「見やすく、分かり易く、表現する」活動をVMDといいます。

http://www9.plala.or.jp/ppm-ea/vmd.html

3.NYへ行く

自分なりにVMDを色々と調べたところ
この職業の歴史はまだ浅く日本のアパレル業界には
あまり浸透しておらず、当時は大企業か百貨店くらいしか
専属のVMDが活躍する場がありませんでした。

VMD発祥はNYなのですが活動も盛んだと知り
私は単純なので
NYへ行きディスプレイを見に行くことに決め退職しました。

仲の良い友人がブルックリンで日本人女性3人で
住んでいたこともあり、そこに半年ほどお邪魔をして
毎日NYの街中をひたすら歩き回って色々なお店を見たり写真を撮ったり
ほぼほぼ散歩していた半年でした。

そして色々な街や店を見ることで気づいたのがディスプレイをする上で
その前段階の床とか壁、天井、照明、家具、などディスプレイを
取り巻く環境つくりが大事なんじゃないか?
そこを知らずとしては進めないのではないか・・・
と第2の気づき、きっかけになりました。

4.インテリアの専門学校に通う

この時点でも自分が建築の方に進んでいる自覚がなかったため
専門学校(1年制)の入学の際に必要な教科書や道具一式をそろえた時に
少し違和感がありました。

入学後、初めての製図で頭が痛くなり泣きながら事務室で
バファリンをもらったくらい酷いスタートをきりました。

私はこんなことがしたいんじゃない!数字ばっかり。
定規ばっかり使って絵を描くとかおかしい。
って思っていました。

5.再就職

この時点で27歳くらいだったと思います。

ハウスメーカーのインテリアコーディネーター
として働いていましたが、その中で年配の現場監督と揉め

その時に「インテリアコーディネーターごときが!」
と怒鳴られたんです。

あとで周りに詳しく聞くと
その監督は建築を分かっていないくせに
簡単に内装を変える指示を出して
現場を止めるインテリアが大嫌いだと。

腹は立ちましたが、悔しい気持ちと
たしかにそうかも・・・と思う気持ちがあり
建築の勉強を本格的にしようと決意する第3のきっかけになりました。

その後、設計事務所に入り2級建築士を取り、そして今に至ります。

自分で実際にやってきたことですが
行き当たりばったり過ぎてびっくりです。

建築の仕事がしたい、が先にあったわけではなく
なんで?なんで?が意地になり積み重なった先がただ”建築”
だったんです。

冒頭でも書きましたが理系でもなく、建築の”け”の字も無いまま
20代半ばまで過ごしていましたが

小学生の時に男子ばかりのラジオ部に入り回路盤にチップをはんだごてで
つけて繫げることにはまったり、落ちている時計を分解したり
絵を描くことが好きで文房具屋、画材店にばかりお小遣いを遣い
中学生の頃にはコピックをすでに何十本と持っていて
漫画を描いたり・・・

小6の自由研究は落ちている小枝を集めて
小さな家を作ったのを覚えています。

多分それらしき兆候はあったのですが、たどり着くまでに
時間がかかったようです。

でもこれだけははっきり言えますが
私はこの建築の仕事が大好きです!

という、なりゆきでした。

mugu


















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