砂師の娘(第二章岩ばばの眼B面) 

 岩ばばは車輪のきしむような奇妙な音をたてると、前壁を滑り降りてきた。岩と岩のこすれる音がして、激しく火花が散った。
砂師の家の前庭が、ぼっと赤く染まった。庭に無数の花が咲いたような、甘ったるい匂いが立ち込めた。
砂師の少年たちが、ぎこちなく輪を作って、中にゆうと山猫を隠した。
いっぺえが、目隠しの砂をふりかけた。薄墨色のもやが湧き上がると、ゆうと山猫の姿が消えた。
岩ばばは、曲がった腰を引きずりながら、大きな足音をたてて、少年たちの前を行ったり来たりした。
重い足音の、ずんずんという鈍い響きをたてながら、岩ばばは、少年たちのまわりを、ぐるぐると回った。その度に、重苦しい苔や蔦や日蔭らんの匂いが、強くなってきた。
岩ばばが低く歌を歌った。少年たちの額に汗が流れ始めた。
「よし、見つけたぞよ。お前じゃ。」
岩ばばは、高く杖を振り上げると、しんさまを指した。
その時だった。ゆうの腕を、乱暴にひっかいて、ややが飛び出した。
「ぎゃっ、」
岩ばばの苦し気な声がはるか、空の上まで届くようだった。
これまで、空を覆っていた厚い雲の裂け目から、赤い火の玉のように燃える大きな眼が落ちてきた。眼は激しく瞬きをしながら、黒い血を流している。おばばは火種を包むように、その眼を掴んでふところに隠した。
「やれ、よくも、よくも、このわての大事な目をほじくり出してくれたものよ。猫め、お前をただでおくものか?このわてが悲鳴をあげたのじゃぞ。お前はもっと悲鳴をあげることになろうぞ。
ああ、痛たやのう。いたやのう。じゃが、早う帰って手当をせねばならん。この度はこれにて、早う帰らねばならん。
砂師め、覚えておけよ。さあ、引き上げるぞ。岩こぞうたち、獲物はしっかりと、離すでないぞ。」
大声でがなり立てながら、岩ばばは手の杖を、ぐるぐると回し、妙な拍子をつけて、岩壁を叩いた。壁はゆっくりと、斜めにかたむき、岩ばばは片足を夜空に泳がせrながら、岩壁を蜘蛛のように上っていった。
「ああ、痛いやのう。たった一つ残っていた眼、大切に隠しておいたものをやられてしまったわやのう。やれ、つらいことじゃ。」
ゆうと砂師見習いの少年たちが見上げる中を、岩こぞうたちが、しんさまを囲み、岩壁を引っ張り上げていく。
思わず、追いかけようとしたゆうを、無言で少年たちが引き留めた。
今まで、岩ばばが立っていた地面は、黒く焼け跡のようになっていた。
「そこに触るんじゃないぞ。わしらもひきあげるぞ。もう、この仕事場は使えまい。」
砂師の師匠は落ち着いた声で、少年たちに注意した。
みんなは川原の小屋に引き上げた。その前にいっぺえが焼け残っていた納屋から、食料の入った袋を引っ張り出すと、少年たちに運ばせた。
「うまい具合に干物の魚が焼けているぜ。帰ったら、飯を食べ直そう。」
緊張した顔つきだった師匠が、くすっと笑い顔になった。
「いっぺえよ。お前はこれから、わしらの炊事当番ではなくて、炊事係になれ。」
「わあ、それは勘弁しとくれ」
ゆうをのぞいた少年たちがどっと笑った。

しんさまとやや

 岩こぞうはそろいもそろって乱杭歯をしていた。しんさまは別に逃げる風でもなく、はじめは手間取っていたが、すぐにコツを覚えて、登りはじめた。
岩こぞうの示す、岩角をまるで歩き慣れた道のように、素直に歩いていくので、始めは手に持った矢で、肩や足を面白げに叩き散らしていた岩こぞうたちも、次第に乱暴をしなくなった。
自分の眼の痛みに呻きながら、先頭を歩いていた岩ばばが、なにを思ったのか、しんさまの側に近づいてきた。そして、まだ、思い切りわるく、しんさまを小突いている岩こぞうを、乱暴に押しのけた。
「なにをしちょる。この子はわしの跡取りともなる大切な子だぞ。その汚い手をのけるのだ。」
岩ばばはまだ血の流れている眼を袖でおさえながら、意外と優しい声でしんさまに謝った
「すまんな。おのれの目の痛みにかまけて、お前のことをかまう暇がなかった。こいつらが痛いことをしたのか?どいつがしたのか?教えてくれ。そいつは金輪際、ここから蹴飛ばしてくれるわ。」
不機嫌な岩ばばの言葉に、岩こぞうたちは震えあがった。得意そうに最後までしんさまをいたぶっていたこぞうはかたまって、眼だけ光らせながら、しんさまの方を心配そうに見上げた。
「ほほほ。とくに覚えてはおりませぬ。みな、似た様な体つき、顔つきなので、、」
しんさまは澄んだ眼で、岩こぞうたちをさっと眺めわたして、笑った。
(第2章B面終わる)

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