砂師の娘(第六章黒い大鏡の前で)

カケルは闇の中で、そっと寝返りをした
「まあ、とにかく眠れよ。他にできることはない。」
カルラが、カケルが今まで聞いたことがないほどの、怒鳴り声を出したことを、忘れでもしたように、落ち着いた声でカケルに言った。
闇の中ではかえって側に居る者の心の動きが見えるものだ。
カルラの声は落ち着いていたが、カケルの手を握り締めた手は冷たく震えていた
「カルラ 恐いのだね」
カケルは囁きながら、自分の声も低く震えているのに気が付いた。去っていく祭司長の笑い声が高くひびいていたが、やがて、消えた。もともと、足元を照らすだけの乏しい灯りだったが、その灯りも今はない
「まあ、恐くないと言えば嘘だが、それはお前がついて来たことだ。これから先のことを考えると、どうも、お前が一緒に居るとやりにくい」
「何だよ。その言い方は、俺が邪魔なのか?まるで、俺の子守役みたいなものいいだな」
カケルがむっとして声をはりあげた
いつのまにか、自分の身体に掛けられていた、カルラの外套をはねのけると叫んだ
「俺を子供あつかいするな。俺はカルラのことが心配だったから、あいつの部屋まで行って、「一緒に行く」と言ってやったのだ。まずやつは断るまいと思ってね。その前にいろいろと準備もして行ったのさ。」
カケルは胸のあたりをごそごそ探って、なにかを取り出した
「まあ、すぐに判るさ。俺がどんなに役に立つ相棒かということがさ」。
得意さを声ににじませながら、なにやら、てのひらに握ったものを突き出した。
「どうだい。火の石だよ。」
カケルの手のひらに、花の蕾のような赤い火が燃えだした。
「カケル、お前、これを持ち出したのか?これは儀式のときに使うものじゃないか。」
「ああ、神聖な儀式のときにのみ、神が宿りたもうて、、、という石だよねそんなこと、誰も信じちゃいないさ
俺はあいつの部屋から、三個ほど持ち出した。俺とお前と、予備のために、、奴は気が付いても、もう追いかけてはこないだろうしね。」
炎はそれほど大きくはなかったが、二人の心に小さな力を与えた
「カケル、実は俺もいいものを持ってきたぞ」
「そう、こなくっちゃ。この冬の大扉を閉めたとき、俺は決心していたのだよ
お前が何かを探って、この城の地下をうろついていたこと。そのときに、この地下の魔物の呪いにかかって、お前の腰がゆがんでしまったらしいことだ。
みんなが言うように、「カルラさまが熱を出して、七日ほど、寝込んでしまわれた。
「これは呪われた病である。おそらくはこの城の当主として、神が嫌われた故であろう」と祭司長が首を振って言った
けれど、俺は信じていなかった。
お前は病にかかったんではない。なんだか知らないけれど、触れてはいけない秘密を知ったか、それを持ち出したか?だろう
そして、それを知っているのは、お前自身。そして、俺としんさまだろう。」
静かな眼で、石のたてる炎を見ていたカルラがほほ笑んだ。カケルはそのほほえみを見て、思わず俯いた。涙が出た。
(カルラが笑っている。こんな笑い顔を見たのは何日ぶりだろう。)
カルラの細くて力強い手がカケルの髪をくしゃくしゃにした。
「よし、判った。とにかく、俺たちは、いま、黒い鏡の部屋に居るのだ」
「おどろいたよ。いろいろと聞いていたが、本当にこの部屋があったのだな。」
カケルはてののひらの赤い石を握りしめると高く持ち上げた。
深い闇のなかでも、どのあたりにその大鏡があるのかに見当はついていた
まるで、深い海の側にいるような、冷たい空気が漂ってくるのだ。
カケルの握った指の間から、赤い炎がちらちらと零れた。
「カケル、その石を鏡の前に置いてみろ」

二人の目の前に突然に大きな黒い鏡が現れた。石の炎が大きく赤く燃えあがったのだ。(第六章A面終わる)


かった



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