砂師の娘(第七章B 面しまい女の三人)

三人の女たちは「しまい女」だった
一番年かさの女はとうめ、必ず二番目にものを言う女はふため、一番若くて
よく笑う女はをとめと呼ばれていた
三人が本当の姉妹かどうかは判らなかった
顔つきも、身体つきも、しぐさも違っていた。 姉妹らしいと言えば、それはお互いの癖を、よく知りぬいていることだった。
この果てしなく続く、山脈のなかに点在する隠れ里の、昔からの合図、火文字を見つけると、その三日後には必ず訪れて、「山里おさめ」の儀式をするのが、この「しまい女」だった
「早う、仕事に取り掛からねば、この時期は日の暮れるのが速いぞよ」
しんさまの側に座って、炒り豆をしんさまに握らせたり、頭をぐりぐりと撫でたり、「よしよし」と肩をたたいているをとめにとうめが言った
をとめがぷっとほほを不満げに膨らませた
「そうだよう、この子は、さっきから、物一つ言わないで、わてらを見ている。なんとのう可愛げのない子供だよ。お前が物をわたしても、にこともせん。なにが、「よしよし」だよ 犬ころじゃあるまいしよ」
ふためは炒り豆を、口に放り込みながら、面倒くさそうに言った。
「わてに言いたいことはそれだけか?二人の姉さまよ。可哀そうに親に見捨てられた子じゃないか?お前の好きな炒り豆を少しばかりやったぐらいで、文句をいうな」
「しいっしいっしい、二人ともいいかげんにおしまずはわてたちの仕事をすますのだよ」

果て無し山の皆さまよ。
我らはここに新たなる聖なる火文字をみつけましてございます
天上のみなさまよ 地下深くおやすみの皆さまよ
天と土とを飾りたる聖なる火文字が捧げられました
天上の皆さまご覧くだされ、大地の皆さま願いまする
彼ら、大地の恵みより得たものを、すべてここに戻しまする

 とうめは胸にささげていた大きな包みをほどいた
「さしあげまする」「願いまする」
ふためが次々と、布の上に広げたものを空に放りなげてゆく。
「願いまする」
をとめが、放り投げられたものを器用によけながら、飛び出していき、踊り、歌いだす
「願いまする 山のみなさまよ
彼らがこの地で得しものは、みなみなさまのお力なれ
今、ここに返しまする 願いまする。
やがて、再びこの里に
目覚めの春がもどりますよう」
広げられた布の上のものは、田や畑を耕す鍬や鋤、織物に使う糸巻き、狩りに使う弓やナイフなどだった
をとめの声は明るく、心が浮き立って楽しかった
木のひしゃくを叩いて拍子をとったり、弓をはじいて綺麗な音を出したり、ナイフを何本も放り投げて見せたりした
幻のように、飛び交うもののかたちがゆがんだり、光ったりするうちに、緑の鮮やかな羽根を光らせて、夕ぐれの空に飛び立つ数羽の鳥が見えた
鍬や鋤を打ち鳴らすと、穀物の豊かな黄金のそよぎが広がるのが見えた
とうめが声を高らかにはり上げた
「ありがたや めでたや これにてこの里の地はお返しもうしあげまする
また、再び、いやさかな春の日、弥栄に栄えます日を願いまする」
ふためとをとめが、両手を大地にながながと伸ばし、頭をたれた
もうあたりは暗くなってい
しんさまは始めて見る「しまいめの儀式」、そして、その最後に今まで自分が育ち、暮らしてきた村里が消えていくのを見送った。
夕もやがいつもより、濃くつづく、その中をうっすらと光る無数の影のようなものが、山襞のなかに消えていった。

しんさまはふためとをとめが激しく言い争うのを聞いた。
「わてらはわてらの仕事をする。それだけのこと。こんな子供を連れて「しまい女」の仕事などできるもんか ここに置いておく」
「わてらは自然で不自然なもの。その時その時の成り行きでかたちもかえる そう、とうめは言っているじゃあないか いくらなんでもこれから向かう寒さの中に、子供ひとりぼっちでおきざりにするなんて、、」
しんさまはいつの間にか、元の岩屋に寝かされていた。
しんさまは立ちあがると、すっかり旅の支度が出来上がった「しまいめ」たちを見上げた
言い争う妹たちを見ていたとうめは、暗く光る眼でしんさまを見下ろした
「わてたちはもう出かける。しまいめは仕事を終えた里には長く留まってはならぬのだ
それでは子供よ、別れにお前の名前を聞いておこうか?」
「しんさま」
「なに、しんという名か?」
「いや、しんさまだ わてはしまつめさんと一緒にこの里を出ていく わては歌も歌えるよ」
しんさまはをとめがくりかえし歌っていた歌を、そっくりまねて、歌った
自分でも思いがけないほど透きとおった美しい声が出た
岩屋の壁が奇妙な音をたててきしんだ
三人のしまいめがもつれるように、しんさまに飛び掛かると、ぐらぐらと揺れだした岩屋の中から、抜け出した
今まで、暗く穴が開いていた岩屋が地響きを立てて崩れていった、

、「いいか、わてらはお前を連れて行こう。だが、正しい時がくるまでは、二度とお前は歌を歌ってはならん」
とうめは不思議なものを見るような目でしんさまを見つめた。

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