ぬばたまの女御

 窓の外は、ハーグかどこかの夜景であった。高層ビルの中の豪華なラウンジに私は立っていた。英国人の友人の突然の呼び出しで、その場にかけつけたのだ。
 ドロシーは、私の顔を見るなり、胸に抱えていた資料を渡すと、
「私、そういうわけで、次のフライトでロンドンに戻らなければいけなくなったの。今夜のレセプションのこと、あなたにまかせたから、よろしくね。」
 フロアはあっという間に、招待客でいっぱいになった。何故かマスクをしている人はいない。よほどに素晴らしい講演だったらしく、参会の人たちの顔は輝いている。テーマは「伊勢物語における業平の無常感」というものらしかった。
ジョージア出身の青年が、すごく、透明な目つきで私に近づいてきた。
「この前の話しの続きをしよう」という。私、口に入れたばかりの海老のカクテルをあわてて呑み込んだ。
 近頃、明け方に短いリアルな夢を見るようになった。それだから、
目が覚めたときには、まだ、レモン風味の小エビのぴりっとした美味しさが口中に、残っているのである。
 むばたまの女御とふ猫の絵巻物眺めてゐしがやがて目覚めぬ 

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