『さよなら すべてのハルマゲドン03』 〜合体された聖書と神々の性事情〜
日本の歴史にちょっと詳しい人なら「神仏習合」という言葉を知っていることだろう。簡単に言えば「神と仏は実は同じものだ」という考え方で、ぶっちゃけ明治維新までは「神社とお寺」は一体だったので、ほとんどすべての寺院と神社は合体していた。
「神宮寺」という地名や苗字があるのもそのせいで、神社に付随するお寺だから「神宮+寺」なのである。こちらは神社が主体だが、もちろん寺が主体の神社もある。うちの近所の神社には五重の塔がある。塔はもともと仏舎利塔で、シャカの遺骨を入れるものなので、仏教由来である。神社には不要のはずだ。
ところが明治になり、日本神話を継承する天皇が国家の統帥権を取り戻すと、一気に「神道」側が強くなり廃仏毀釈運動が起こった。そのせいで今はもとどおり「神社と寺」は切り分けられるようになったが、それでも神仏習合の歴史は古く、平安時代頃にはもうバリバリそうなっていたというのだから恐れ入る。
神と仏が一体というのは、たとえば「大黒様」(元はインドの神・マハーカーラー)なんかがわかりやすい。「オオクニヌシ」と合体して考えられるのだが、おなじ「大国(だいこく)」なのでくっつけられてしまったのである。
八幡神社も有名な神仏習合である。八幡神は「八幡大菩薩」とも呼ばれ、絵で描かれるときはお坊さんの姿になる。つまり神なのに出家僧の姿をしているのだ。
アマテラスは太陽神なので「大日如来」と合体した。
ちなみに戦国時代に宣教師がキリスト教を伝達したときも、最初は日本人にわかりやすいように、聖書の神を「大日」と訳した。マリアは「観音」、パラダイスは「極楽」であったという(笑)
私の住んでいる県には、大日寺というお寺にキリシタン関係の遺物が残っているが、お寺の名前を考えればその理由が一発でわかるというものだ。
とまあ、ここでは「日本の神」と「インド由来の(仏教の神)」について合体の話をしたが、基本的に神というのは世界中どこでもすぐ「合体」することは覚えておいてほしい。なぜそうなるかというと、異民族同士が接触すると、それぞれが信じている神の話がいっしょに伝達されるのだが、それぞれご利益やら、効能・パワーがあるので、ついついその話に乗ってしまうのである。
なので、もともとは異民族の神でも「パワーがある」と信じてしまえば、そっちに乗り換えたり、自分たちの神とくっつけたりしてしまうのが人間のサガなのである。
ほら、みなさんにも覚えがあるだろう。日本人なのになぜか中東由来の神を信じてしまっている人たちが、身近にいるじゃないか。笑。
そんなもんなのだ。残念ながら。
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さて、聖書の話に戻ろう。この連載はハルマゲドンについて解き明かすのが目的だから、聖書に戻らねばならんのだ。
ここで、大事な話をしておこう。聖書をはじめ、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などは「一神教」だと言われている。
いわゆるエホバ・ヤハウェを中心とした「唯一絶対神」が存在していて、そいつが「全知全能」なので、人間はおのずとそれに従わねばならない、という考え方である。
……それ、誤解です。それ、誤認です。それ誘導されてます。
そうなのだ!これまたお決まりのパターンだが、聖書の神が「唯一神である」というそのイメージこそが、誘導された、仕組まれた、思い込まされたものなのである!
誰にか?誰のせいでそうなったのか?
それは、歴代の聖書の編集者によってそうなったのである。僕たち私たちは、彼らに誘導されてしまっているのだ。
聖書の研究者にとって、有名で当たり前の話に「文書仮説」というのがある。100%そのとおりではないらしいので、より厳密な検証が必要なのだが、ざっくりと覚えておいて損はない。
これは、聖書は「複数の元記事を合体させて作られた」という考え方で、「それぞれの元ネタを分解して復元したい」という、考古学+テキスト解析みたいな話なのだが、ここではめっちゃシンプルに、
「2つの神話」
がもともとあったと考えてほしい。(ホントはもっと多い)
みなさんのお手元の聖書でも簡単に確認できるので、ぜひやってみてほしいのだが、聖書の最初の部分(いわゆるモーセ五書)には「神」で書かれている箇所と、「エホバ(主)で書かれている箇所」がある」
「神」の元語は「エロヒム」である。「エホバ(主)」の元語は発音について異論があるがいわゆる神聖四文字が書かれている。なのでヤハウェのことだ。
便宜上、この連載ではいったん「エロヒム」と「エホバ」で記載してみよう。
まず、エロヒムというのは複数形で単数形だと「エル」になる。聖書には「エル」と「エホバ」が出てくるということである。
ここで、キリスト教的には、毎回おなじみの「誤解」「誤認」「誘導」を一発ぶちこんでくることになる。
それは「エルやエロヒムは一般名詞的な神さまの意味」「エホバやヤハウェは固有名詞的な神の名前」だという誘導である。
この誘導はとてもよく出来ていて、まあふつうの信者は騙される。なぜなら「エロヒム」はたしかに普通名詞だからである。ところが実際には聖書は「一般名詞っぽい意味でエロヒムも使うし、固有名詞っぽい意味でエロヒムに意味をもたせる」ことをやっている。
まあ、これは現代人でも同じなので、あまり深く考えなくてもいいかもしれない。
「彼」を一般的男性の意味で使ったり、特定の恋人の意味で使うようなものだ。
(もっと突っ込んだ話をすると、古代中東では王様や神様など権威あるものは「複数形」で示すような書き方があるので、さらにややこしい)
では、元ネタ的に真実に近いのは何か?その答えもシンプルだ。
「エル」という神様と、「エホバ」という神様の2人がいるのだ。
最初から(笑)
文書仮説の分け方で読めば
「エルがやったこと」
「エホバがやったこと」
の2つに分類することができる。そして、ややこしいことにエルとエホバは神仏融合してゆくので、「どっちがやったかよくわからんけど一体化している」話も出てくる。
つまり、合体化することで、複数の神々がいたはずなのに、まるで一神教のように「思わされてゆく」ことになったのだ。
エルは、ウガリット神話では最高神であり、「イル」とも表記される。「アッラー」の語源もこの「エル・イル」だ。なので、イスラム教はエルを信じているとも言える。
このエルの奥さん神が「アーシラト(アシェラ)である。聖書の中にも、異教の神として出てくるが、のちにヘブライ人たちがカナンの地に入ると、自分たちもいっしょになって祭ったりしている。
エルの娘かつ妻に「アナト」という女神もいる。ここで懸命な読者諸君なら「娘かつ妻」という記述にハテナ?と思うだろう。
そうなのである。古代中東では近親相姦が当たり前なので、娘であり妻なのだ。わはは。聖書の中ではアブラハムなども近親相姦をやっているが、そりゃあ神々もやっているのだから、人類もやるのだ。ついでに一夫多妻だ。これも聖書ではおなじみである。
そういう世界観、そういう価値観の中に聖書はあると知っておいたほうがいい。現代の我々からみれば、あくまでもそれは神話的、古代的世界そのままなのである。
ちなみに日本にも近親婚文化がちゃんとあって、万葉集などには「妹背(いもせ)」という言葉が出てくる。
武庫川さんは高校の国語の先生だったので、「妹背」は「妻」のことと説明するが、なぜ「妹」なのかというと近親婚だったからだ。
別に古代の中東だろうが、古代日本だろうが、なんにも変わらないのである。聖書通り生きようとすれば、まずは近親相姦と一夫多妻から始めねばならないのである(苦笑)
血を避けるどころの話じゃないのだ。
さて、アナトという女神がいて、この神はのちに「バアル」の妻もしくは妹となる。バアルは聞き馴染みのある神だと思うが、聖書においては、古代ヘブライ人たちがカナンの地に入る時に、カナン人がバアル神を信じていたので、エホバ側とバアル側で戦うみたいな話になっていたのを思い出すだろう。
聖書はエホバ側で書かれており、「エホバ推し」なので、バアルはライバルみたいに描かれるが、実は古代中東神話では
”エホバとバアルは合体”
する。もうヘブライ人はカナンに入ると、「エホバとバアルもいっしょ」だと思い始めたのだ。
もう、このへんになってくると、まともな聖書信者はあたまがクラクラしてくると思うが、エルとエホバも合体するし、エホバとバアルも合体するのだ。
”聖書の中にバアルと合成してできた固有名詞が出てくると、本文が書きかえられることがあった。たとえば、ダビデの子のひとりにベエルヤダ (בעלידע)、すなわち「バアルは知る」という人物がいるが(歴代誌上14:7)、サムエル記下5:16ではエルヤダ (אלידע)「神は知る」に変えられている。同様にサウルの子のひとりエシュバアル (אשבעל)、すなわち「バアルの人」(歴代誌上8:33)はサムエル記下2:8ではイシュ・ボシェテ (איש־בשת)「恥の人」に変えられている”
エルやエホバ、あるいはバアル合体には、その証拠がちゃんとあって、
これは古代中東遺跡から出土した唯一のエホバの絵なのだが、「エホバとその妻のアシェラ」についての説明文がくっついている。
中央の2人のうちどちらかがエホバで、どちらかがアシェラなのだが、はっきりとはわかっていないらしい。
後ろで竪琴を弾いているのは別の神だ。
アシェラはカナンの地の豊穣神である。そう。バアルのエリアだ。
もともとエルの妻だったので、エルとエホバが合体していることもよくわかる。
ちなみに、牛の絵が書かれているのは、エホバが牛の神だからである。
も合わせてお読みいただきたい。エホバは牛だ。なんどもで言う。牛なのだ。
さて、紙面が溢れそうなので、次回は「最初は複数の神々がいたのに、聖書の神がエホバへと集約されていった理由」について説明しよう。
おたのしみに
(つづく)
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