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【レビュー】「水は海に向かって流れる」(田島列島)を読む


 ある人に勧めてもらって、それはもう私にとっては、ここんとこ一番の漫画!と大好きになってしまったのが田島列島さんの「水は海に向かって流れる」(講談社・全3巻)だ。

 その人とはもう10年以上のつきあいで、女性。恋愛関係とかではないけれど、いろんな事情でお互いの機微、お互いの家族の機微まで、なんとなく理解しあうような仲だから、彼女がそれを「あなたに合うよ」と教えてくれたことも、とても自然なことだと思った。
 まあ、家族ぐるみのおつきあい、みたいな感じでもある。


 「この作品がきっと好きだろう」、と推測された前段階があるとすれば、私の大好き漫画ランキング第一位を獲得している「ヤサシイワタシ」(ひぐちアサ・講談社)のことを踏まえているのかもしれない。


 ひぐちアサさんは、すでに野球マンガ「おおきく振りかぶって」で有名になってしまっていて、爽やか高校生男子の青春を描く漫画家さんのように思われているかもしれないけれど、その本質は「ヤサシイワタシ」のほうにこそある、みたいな気もする。苦笑。

 ヤサシイワタシは、ひとことで言えば「メンヘラ陰鬱マンガ」である。けれどその陰鬱さが、ホラーや重苦しさだけではない、『日常として僕たち私たちが出会う、心の辛さ』みたいなリアル感を伴っているから、

”重いっちゃ、重いし、軽いっちゃ、軽いし、僕らは結局どうしていいかわからないまま、壊れてゆく”

みたいな物語になっている。

 そして、自分ごとなのか、他人ごとなのか、救いがあるんだかないんだからわからない、こんがらがった糸の玉をそこらへんに放り投げられたままのような話が、イタイタシイ。

 他人の傷を、他人のフリをしてよそから見れば、それは軽い。
 「あの人はあんな風だよね」と言い方をすれば、他人ごとだ。

 けれど、それを自分ごとのように受け止めようとすれば、とてつもなく重くなる。主人公の男の子は、後者を選ぼうとするが、いつもたどたどしい。


 そして、常に0か100かの二元思考で生きていて、それゆえに自分を追い詰めてゆく女の子の生き様。父と娘の確執。

 そして、死ぬところまで行くしかない、どうしようもない重さ。

 巻き込まれた人。巻き込まれてみたいと思う「理解のあるんだか、ないんだかわからない」彼くん。けれど彼くんも、正論を吐くだけでは、何も解決しない。

 まあ、そんな話である。


 さて、「水は海に向かって流れる」は、全然違う作者なのだけれど、「ヤサシイワタシ」に対してのアンチテーゼでもあり、またその延長線上にあるような作品だと思った。

 なので、できれば「ヤサシイワタシ」を読んでから、「水は海に向かって流れる」を読めば、その連続性に気づくと思う。

 けれど、人生における陰鬱の解決方法は、前者と後者ではまったく違う。そこが、読み手にとっての「岐路」になるかもしれない。


 どちらの作品も、話の中心となるの女の子は親との関係に確執を抱えていて、それを抱えながら、苦しみながら生きている。

 「ヤサシイワタシ」の弥恵は、そのことに逃げたりグレたりしながら、暴れまわって過ごし、自分の言動のすべてを正当化しながら、自分で自分を追い詰めてゆく。

 「水は海に向かって流れる」の千紗は、心にフタをして、淡々と生きようとしている。けれど、それはフタをしているだけだから、その内面ではたぶんグレている。

 どちらもグレているのだけれど、片方は暴れまわり、片方は自分を殺し続ける。そんな二人なのだ。

 けれど、物語が進むにつれて次第に、千紗は自分のフタした心を開くようになってゆく。それは、やっぱり「理解したいと思ってくれる彼くん」(のようなもの)の存在であったり、周囲の大人たちの優しさによってであった。


 特に、大人たちは、客観的でもあり、親身でもあり、優しい。

『千紗ちゃんは16歳のまま時間が止まってる』
『行かなかったら、捨てられた子のままだったよ』

という本作を象徴するようなセリフは、いつも周囲の大人たちによって発せられるのだ。


 人との関わり、タイムマシン、そのとなりに座ってくれるドラえもん。

 弥恵のそれとは違い、穏やかで丁寧に進む日常生活の中で、千紗の心の絡まりは、ゆっくりとほぐれてゆくことになるが、安心してほしい。

 最後は希望のある言葉で終わる。

『最高の人生にしようぜ』


 それが、ラストシーンのセリフだから。


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 実は田島列島さんの作品で言えば、「水は海に向かって流れる」の前作である「子供はわかってくれない」も同じテーマの物語になっている。

 だから田島さん的には「子供〜」がA面で、「水は〜」がB面のようにもなっているし、「子供〜」のブラッシュアップバージョンが「水は〜」になっているようにも思える。

 なので、ここでやっぱり「子供はわかってくれない」も読んでほしい。あらあら、一気に3作品も読むことになるが、武庫川的なオススメは


1)「ヤサシイワタシ」
2)「水は海に向かって流れる」
3)「子供はわかってくれない」

の順番である。これだと、荒んだ心が癒やされ、そしてほっこりとした気持ちで明日を迎えることができるだろう。

 間違っても、「ヤサシイワタシ」を最後にしてはいけないよ。明日出勤できなくなるかもしれないからね(笑)


 

(おしまい)



 



 

 


 

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