見出し画像

金属の掌で踊る

不機嫌な男が、殺気を放ちながらランチタイムのファミレスに入る。
美人のウェイトレスが出迎える。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
FMラジオのパーソナリティーのような美声が男の耳垢だらけの外耳をくすぐった。男は彼女に見とれながら人差し指を立て「ひとり」と口の形だけで言う。

男が席へ案内してくれる女の後ろ姿に見とれていると、女の両脚が台座のようなものから生えていて足首から下がなく、床を滑るように移動しているのに気づく。ロボットである。さらによくよく女の顔を見ると、世界の支配者が壮大な悪巧みをしている時の不敵な笑みってこんな感じだったような、と思えて急に恐ろしくなる男。

自然な微笑を人工的に作るってむずいのかも

タブレット端末でオーダーを済ませると、配膳ロボットが通り過ぎて隣のテーブルに料理を運んで行く。それはコケシのような円柱形で胴が長く何段もの棚を備えている。最大で8個ぐらいのトレーが置けるような構造だ。
取り出すのは客がやってあげなければいけないが、急に動き出したりはしないかと警戒しつつ自分たちの料理を取り出している。

機能上、移動速度は緩慢だが、体のあちこちにセンサーがあって客や店員が通り過ぎる時は止まったり、一定の間隔を開けてすり抜けたりできる。安全に通り過ぎれなさそうだと判断すると、止まってじっとしている。

顔の部分は黒い液晶画面になっていて、そこに簡単な液晶表示で猫のデフォルメされた顔が表示される。他のテーブルの子供たちが猫の耳の部分をなでると、
「きもちいいにゃー」
と言いつつ笑顔になる。
面白がった子供たちがしつこく撫でていると、
「しつこいにゃー」
と少し怒ったような顔になる。

男は配膳ロボットを横目で見ながらドリンクバーへ行く。
カフェラテを入れていたら、途中からマシンの調子がおかしくなり、ミルクがノズルから出渋ってブシュッ!とミルクの飛沫を飛ばした。
「熱っ!」
男が叫んだ。
「大丈夫ですか?」
通りかかった若い男性店員が駆け寄った。
「これ見ろよ、火傷したらどーすんだよ!」
店員はおしぼりで男の手をぬぐいながら、
「申し訳御座いません。今、ミルクが切れまして、それで残りすくないミルクが飛び散ったみたいです。補充しますんで少々お待ちください。」
ミルクの補充が終わり、新たなカップにカフェラテを無事注ぎ終わると、
「もう大丈夫です。どうぞ」
と男に促した。
そして、カフェラテの入ったカップは使用済みの他のカップと一緒に回収してバックヤードへ去ってしまった。
男は店員がカフェラテを自分のために入れ直してくれたのだとばかり思っていたが、そうではなくて、単に無事カフェラテが作れるかをテストしただけだったようだ。
これに男はキレてしまった。
「おい、人が火傷したかどうかっていうのにその態度はなんだ!」
奥から先ほどの案内ロボットが出て来て男に言った。
「お客様、大変申し訳御座いません」
顔は不敵な笑みを浮かべたまま何度もお辞儀をした。
「なんだ?人間いねえのか!少しは誠意を見せろ」
店員ロボットは深々とお辞儀をし、頰をアニメのように綺麗に涙が伝った。
が、男の怒りはおさまらない。
「店長呼んでこい!」
案内係は「今、手が離せなくて」とか「メンテナンス中で」などと店長を出すのを渋っていたが、男のあまりの剣幕に気圧されて、ついに店長を呼んで来た。

奥から顔の前面以外は全てメカがむき出しの“店長”が台座に乗ってやってきた。店長はぎこちないうごきではあるが台座の上で土下座の角度で体を屈めた。
「私共の不手際でご迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございません。」
少し間をおいて、また同じように繰り返す。
「私共の不手際でご迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございません。」

男の怒りはおさまらないどころか、店長の土下座によってさらにヒートアップしていく。店長の謝罪は妙な展開を見せる。
「どうぞ、私を心ゆくまでぶってください。私に怒りをぶつけてください。それとも他に何かお望みがございますか? よろしければ、次回から使えるクーポン券はいかがですか? また、クーポン券は他のサービス券と併用できませんのであらかじめご了承くだ」
男が店長の頭をタブレットで叩いた。
「おまえと話してるとイラついてしょうがねぇ!早く生身の店長を呼んでこい!」
「すみません、聞き取れませんでした。最初からもう一度おっしゃっ・・・」
そこまで言いかけたところで男が店長の首をつかむと、店長は言った。
「落ち着いて、背中を見てください」
「落ち着いて、背中を見てください」
「落ち着いて、背中を見てください」
「わかったよ、何度も言うな。うるせえな!」

店長の背中にはipadぐらいの液晶画面があり、スーツ姿の人が土下座している画像が映っている。土下座していた人がゆっくり顔を上げたので、それが静止画でなく、動画だったのだとわかる。
「お客様、私が本社在籍の○○支店担当エリアマネージャーです。大変申し訳御座いませんが、さきほどから私、本社で本当にリアルな土下座をさせて頂いております。これから再生する動画がその証拠でございます。」

画面が縦に二分割され、左半分に男に向かって土下座するロボット店長の姿、右半分にそのエリアマネが本社の床で土下座している姿が映し出されている。それぞれ左右上部に小さく表示されている日時表示ではつい数分前の同じ時刻を表している。たしかにエリアマネが土下座するのに合わせてロボット店長も寸分違わずシンクロして土下座している。

「そちらの店長ロボットの土下座はモーションキャプチャーセンサーで私の各関節の動きに連動していたんです。私が土下座しなければ、そのロボットは決して土下座しない仕組みです。つまり、リモート土下座というわけです。私がそこにいないだけでほぼほぼ私の誠意をそのまま体現しているのがそこにいるロボ店長なんです。」
「何がリモート土下座だ。おまえ、おれをなめてるのか!!」
男は怒り心頭で液晶画面に蹴りを入れた。ロボ店長が前のめりに曲がった。周りの客たちも食事の手を止め、落ち着きなく配膳ロボットを追いかけ回していた子供たちも動きを止め、二人のやりとりを注視している。
「お前、今からここに来い!」
「私、あいにく現在東京の本社におりますので、今から高速を飛ばしても小一時間はかかりますが」
「おう、いいよ。待ってるから」
男は席にどっかり座りこんで腰を据えて待つ構えだ。

1時間後、店長ロボットが店外に出てエリアマネージャーを連れて現れた。マネージャーは額に汗、いくらか顔色が悪い。
ここぞとばかりに愚痴をまくしたてる男の気持ちに寄り添うようにマネージャーは共感的に相槌をうち、みるみるうちに男の怒気は薄れて行く。
最後に男の前で惚れ惚れするような土下座を見せたマネージャーを男が制して立ち上がらせたほど、マネージャーの謝罪っぷりは見事だった。だれだってプライドがあるから、なかなかここまではできない、と周りで飲み食いしながら見ていた野次馬たちも口々に言った。
男はクーポン券をもらうと納得して帰って行った。

エリアマネはみなに挨拶して、出て行く。見送るリアル厨房店員は深々とお辞儀する。
「おつかれさまでした!」
彼らは厨房に戻って来て、店員同士でエリアマネを褒め称えるのだった。
「いやあ初めて会ったけど、よくできた人だな。やっぱ上に立つ人は違うよ。あんなポンコツロボットたちの尻拭いを見事にしていった。」と。

エリアマネが車のドアを開けると、座席に四つ金色のピンが立っている。そこに慎重にお尻の裏の位置が合うように座るエリアマネ。何度か位置を微調整すると、ガチャっとハマる音がして、鼻の横の大きめのほくろが赤く点滅しはじめた。車が静かに駐車場を出て行った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?