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世界の再構築者は3匹の猫耳少女に殺される!? 4-7 スズの思い出とルコ⑦

「あれ、なんで俺はここにいるんだ?」

 俺はいつも寝る時に着ている短パンとTシャツ姿でそこに立っていた。
 しかも靴も履いておらず素足だ。
 コンクリートの感触が足の裏に直接当たって少し痛い。

 俺はここがどこなのか知っていた。
 たしか祖父母の家の近所だ。
 だが、所々が俺の記憶とは異なっている。
 特に違和感を感じていたのが目の前にある駄菓子屋だ。

 両親がまだ生きていた頃は祖父母の家によく帰省していて、その際に俺とスズは祖父と手を繋いでこの駄菓子屋までよく歩いたのを覚えている。
 その駄菓子屋の中に入ると、いつもおばあちゃんが出迎えてくれて、祖父とおばあちゃんはいつも話し込んでいたが、俺とスズは駄菓子のキラキラとしたパッケージに夢中だった。

 しかし、何年か前にそのおばあちゃんが亡くなってしまい、駄菓子屋も閉めたという話をきいていたのだが、目の前の駄菓子屋の引き戸は開け放たれている。
 その向こうには駄菓子が綺麗に陳列されていて、昔のようにパッケージがキラキラと光っていた。
 まさに当時のままの姿がそこにはあった。
 いったいどうして俺はこんな状況に置かれているのだろうか。

「タカシさん、ここがスズさんの思い出の中のようですわね。」

「うわっ!」

 俺は顎に手をやり考え込んでいるところを、突然背後から声をかけられた。

「タ、タカシさんどうしたのです?」

 振り向くとそこには、俺の反応に逆に驚いたというような顔をしている少女が立っていた。
 どうして俺の名前を知っているのか聞こうとしたのだが、その容姿に圧倒されて俺はどもってしまった。
 少女は巫女服のようなあまり見かけない格好をしていたが、何よりも頭部に猫耳が生えているのだ。
 本来聞こうとしていた言葉は引っ込み、代わりに率直な感想が口から漏れる。

「猫耳!?」

 このご時世で猫耳をつけて田舎を歩いている少女がいたことに驚いたが、それよりも少女の特徴的な容姿を見ていると何か胸から湧き上がってくるものを感じた。
 俺はこの少女を知っているような気がするし、猫耳を見たときの体験もなんだか初めてじゃない感じがする。
 だが、この少女の名前はまったく思い出せない。
 俺の様子を見て少女は目を細めた。

「猫耳って今更なんですの? あ、そういうことですの? 思い出の中に来て過去と現在の記憶が混乱しているのですね。とりあえずタカシさん、靴を履いてください。」

 少女はそう言うと、どういう理由か俺が普段から履いている靴を差し出してきた。

「あ、ありがとう。」

 足が痛かったこともあり、俺は素直にその靴を受け取ると、履きながら少女との会話を続けた。

「俺が思い出の中に来てる? 信じられないけど、そう……なのかな?」

 最初こそ、この少女は何を言っているのかと思ったが、さきほどの駄菓子屋といい、真剣な少女の顔といい、俺は少女の言葉を否定できなかった。
 改めて周りを見渡しても、やはり俺の知っている最近の風景とは若干異なっている。
 もっとも、この少女は俺のことを知っていて、俺は少女の事を綺麗さっぱり忘れている。
 今はこの事実が一番気になっていたりするのだが。

「仕方ないですわ。」

 先ほどから俺の様子を見ていた少女の顔はどこか寂しそうな表情に変わっていった。
 その顔を見ると先ほどまで胸に込み上がってきた感情が逆に俺の胸を締め付けてくる。
 この少女の名前をどうしても思い出さなければならないと心が訴えかけているのかもしれない。
 なんとか思い出せないかと、少女の顔を真剣にまじまじと見つめたりしてみる。
 それに少女が気づき俺と目が合った。

「な、何をわたくしの顔をジロジロ見てますの?」

「あ、いや。よく見れば名前を思い出せるかなと思って。」

 今度は少女の顔がムスッとした表情になり、俺から顔をプイっと背けた。
 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

「わ、わたくし、周辺を偵察してきますわ。」

 そう言うと突然少女の姿が光り出し、次の瞬間には少女の姿がその光りの中に消えて俺の目の前には1匹の猫が佇んでいた。
 その流れるような一連の出来事に言葉を失っていると、なんとその猫は言葉を喋り出したのだ。

「わたくしが戻ってくるまでに記憶を整理しておいてくださいまし。」

 猫の姿になった少女は振り返りもせずその言葉を残し、民家の塀の上へと跳躍すると軽快に駆けて行ってしまった。

「いったい、何が起こってるんだ。」

 目の前で起こる不思議な現象に圧倒されながらも、このままでは状況が何も変わらない事ぐらいは理解できる。
 自分なりにこの状況を飲み込もうと情報を集めることにした。
 ただし、先ほどの少女とはぐれてしまう事は避けた方が良いだろうと、近くを探索することにする。
 まずは目の前にある思い出深い駄菓子屋を調べてみることにした。

「おじゃましまーす。」

 引き戸の入り口をくぐると、そこは懐かしの空間が広がっていた。
 駄菓子屋には独特のにおいがあり、それが幼心を蘇らせる。
 懐かしい味を楽しみたくなり、何か買ってみようかなと腰に手をやるが財布など持っているはずもなかった。
 がっくりとうなだれていると、店の奥から聞き覚えのある声が響いてきた。

「いらっしゃいませ〜。」

 駄菓子屋のおばあちゃんの懐かしい声だ。
 思い出の中ということなので実際の駄菓子屋のおばあちゃんでは無いのだろうが、その姿を久し振りに見たくてたまらない。

「おばあちゃん久しぶり……」

「ごめんなさいねぇ。最近は耳が遠くてお客さんが来てても気づかなくてねぇ。」

 俺は駄菓子屋のおばあちゃんの姿を見て絶句した。
 耳が遠いとのことだが、それどころでは無いように見うけられる。
 なぜなら、その姿は遠くなった耳どころか首から上が全て無くなっていたからだ。
 しかも、首は喰いちぎられたかのように切り口がボロボロなのだ。
 その生々しさに思わず口を押さえた。
 なぜか切り口から血は出ていないようなのだが、そんなことには頭が回らない。

「おや? どうしたんだい? 妖怪にでも会ったみたいな顔をしておるよ? いくら私がばあさんだからってそんな顔されちゃあキミちゃん傷ついちゃうよぉ?」

 駄菓子屋のおばあちゃんはキミコという。
 だが、茶目っ気たっぷりにそんなことを言われても、その姿を見ると冗談を返すこともままならない。
 俺は恐怖のあまりその場に倒れこんで頭のないキミちゃんを見上げている。

「あらホントに具合が悪いみたいね? 大丈夫かい?」

 優しい声とその姿とのギャップが更に恐怖を掻き立てる。

「だ、大丈夫です! さ、財布を忘れちゃって、ちょっと取りに戻ってきます。」

「あら、そうだったの。気をつけて行ってらっしゃいね。」

 相変わらず頭はないが、おばあちゃんは心配してくれているのか手を振って見送ってくれた。
 元いた場所に戻ると少し冷静さを取り戻し、姿こそ不気味だったが優しいおばあちゃんに悪い事をしてしまったと罪悪感が湧いてくる。

 落ち着くために深呼吸をしながらしばらく休んでいると、塀の上から猫が駆け寄ってきた。
 先ほどの少女のようだが、なにやら全力疾走で近づいてくるところを見ると、かなり焦っているようだ。
 そして、猫の姿の少女は俺の胸に飛び込んできて、そのまま抱っこする構図となった。

「タタタタタカシさん! 大変なことになってます!」

「あぁ、俺も今大変な……」

 俺は猫の姿の少女と話すために目を合わせた。
 抱きかかえていることもあり、かなり至近距離で見つめ合っている。
 すると、とつぜん頭に違和感を覚えた。

「くっ……なんだ!?」

 近くで見るその赤い瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた途端に頭痛に襲われた。
 頭の中で何かがぐるぐると回って蘇ってくるのを感じる。

「るこ……」

 意図せず発せられたその言葉は確かに知っている言葉だった。

「え?」

「お前の名前はルコだ!」

 俺はルコの赤い瞳のおかげで、ようやく過去と現在の記憶を整理できた。

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