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世界の再構築者は3匹の猫耳少女に殺される!? 4-8 スズの思い出とルコ⑧

「ルコ!」

 記憶を整理した俺は、感極まってしまったのだろうか、気づいたら人間の姿に戻ったルコを抱きしめていた。

「あの。離してくださいます?」

「あ、ごめん。」

 ルコは俺とは目を合わせず顔を背けて、いたって冷静にそう告げた。
 なんだろう、修学旅行で一人ではしゃいでしまった時のような羞恥心で顔から火が出そうだ。
 腕から離れたルコは、俺に背を向けて数歩進むとその場にうずくまった。
 肩が上下しているところを見るに息が荒くなっているようだ。
 抱きつく力が強かったのだろうか。
 心配になりルコの肩に手を置いて声をかけた。

「ルコ、ごめん。苦しかったか?」

「ひっ!?」

 ルコは俺が触れた途端に拒絶するように飛び退いた。

「だ、大丈夫ですわ。」

 ルコは胸の前に両手を握り相変わらずそっぽを向いている。
 深呼吸をしたルコは先ほどの冷静な顔に戻り淡々と話し出した。

「とりあえず記憶の整理ができたなら、今の私たちの状況についても整理いたしましょう。」

 ルコの言動に腑に落ちないところがあるが、俺としても今はルコの言う通り現状を整理したい。

「あぁ。俺もそうしたい。さっきそこの駄菓子屋に入ったらおばあちゃんの首から上が喰われたみたいに無くなってて。」

「そうですの。わたくしもその先で井戸端会議していたおばさま達の頭が無かったから慌てて戻ってきましたの。何で頭がないのに平然とおしゃべりができるのかしら。」

 やっぱり、ルコも同じように頭のない人を見たようだ。
 この共通点は何を意味しているのだろうか。
 ツキに聞いてみたかったが、肝心な時に通信はない。
 ツキに八ツ当りしようとしていたら、ルコの猫耳が急激に前後左右に動き出した。

「何この音!?」

「音?」

 人間の俺には全く聞こえなかったが、ルコの猫耳には聞こえているようだ。
 きっと猫並みの聴力があるとかだろう。

「こっち!」

 俺はルコに言われるがままについていき、民家のブロック塀の角で一度立ち止まる。
 もうこの距離なら俺の耳でもその音は聞き取れた。

『むちゃ……もちゃ……』

 まるで、正月に餅でも食っているかのような音である。
 ねっとりとした耳に残る嫌な音で、悪い予感しかない。
 この角の向こうに何か良からぬものがいる。
 俺とルコはその良からぬものを確認しようと、ゆっくりと塀の角から顔を出した。
 目線の先には体長3メートルはあろうかというクモの化け物がムシャムシャと音を立ててそれを喰らっていた。
 
「うっ!」

 俺は口元を押さえてその場にうずくまる。
 あんなものを見せられたら当然の反応だ。

「おじさん、頭の斜め半分を食われてるのになんで笑ってんだよ。」

 その巨大なクモは前足で器用におじさんの肩を掴み、おじさんの頭部を食らっている。
 そして、何よりも不思議なのは、おじさんはそのクモに気づいていないどころか、残された斜め半分の顔で笑っているのだ。
 おじさんの向かいには話し相手のおじさんがいるが、その人もクモには気づいていないようだ。
 そんなホラー映画を見ているような光景に愕然としていると、頭の中にあの声が響いてきた。

『それは人間ではなくただのスズちゃんの思い出の一部で、その辺に落ちてる石と同じようなものよぉ。でもおかしいわねぇ? 思い出の中になんでこんな化け物がいるのかしらぁ? 』

『ツキさん! 今までどうして話しかけてくれなかったんですか!?」

『あらぁ。ごめんなさいねぇ。でも、あなたたち2人の夢を繋げて、そのあと2人を思い出の中に繋いで、さらに私とこの思い出を繋げるっていう重労働をやっと終えたツキさんに向かってそんなこと言っていいのかしらぁ。』

 どうやら、俺たちのために一生懸命に働いてくれていたようだ。

『そう言うことだったんですか。それは…悪いことを言いました。すみません。』

『素直なタカシちゃんが一番好きよぉ。でも目の前で寝てるタカシちゃんの顔も可愛くて好きよぉ。いたずらしちゃおうかしら?』

 こんな状況だと言うのにツキさんの呑気な声が頭に直接響いてくる。

『ふ、ふざけないでください! それより、あのクモは何をしてるんですか!?』

『そいつは思い出の核を探しているのだと思うわぁ。世界の再構築者についてここまで調査をしたことがなかったからわからなかったけどぉ、おそらくそいつが思い出を喰らってエネルギーに変える変換器なのでしょうねぇ。』

「そんな適当な! 」

「タ、タカシさん! お静かに!」

 思わず口から大声を出してしまった。
 その声に反応したのか、クモはおじさんの頭から口を上げこちらを向いた。
 8つはあるだろうか、クモ特有の複数の目がこちらを睨む。

「うわ! なんかこっち見てるけど大丈夫なのか?」

『情報が無いからとりあえず逃げた方が良いかもねぇ。』

 次の瞬間、クモの腹部が盛り上がり、体調30センチほどの子クモが無数に湧き出し、俺たちの方へ向かってきた。

「うわ! 気持ちわる! なんかヤバくないか!」

「タカシさん! とりあえず逃げますわよ!」

 俺たちは一目散に逃げ出した。
 それはもう見事な逃げっぷりだっただろう。
 最初は後ろから子クモの足音が複数聞こえていたが、振り返らず一心不乱に駆けていると次第に足音が聞こえなくなった。
 恐怖でいっぱいだった俺たちはそれでも安心できず、ひたすら田舎道を走り抜け、とうとう力尽つきて息を切らし地べたにへたり込んだ。
 どうやら子グモは撒けたようだが、知らない場所まで来てしまったようだ。
 近くに民家はなく、道の片側には田んぼと反対側には林が続いている。

「な、なぁ、俺を殺そうとした時みたいに薙刀(ナギナタ)で子グモをなぎ払えないのか?」

「バ、バカ言わないで! お母様ならともかく私はあんな化け物と戦ったことすらないのよ!」

「その割には俺を殺そうとした時にやる気満々だったけどな。」

「うるさいですわよ! あれは命令だったから仕方なく……」

「へぇ。」

 ルコの目が泳いでいる。

「と、とにかく! 今はこの状況をどうにかしないとあなたの目的を果たせませんわよ!」

『そのことなんだけどぉ。さっきも言った通りあの化け物は思い出の核となるものを探しているのだと思うわぁ。その核をあいつに食べられちゃったらもうこの思い出は妹さんには戻せなくなるかもねぇ。』

『そ、それは困ります!』

『とりあえず思い出の共有より思い出を守ることを優先した方が良さそうねぇ。タカシちゃんもまだこの思い出を完全に思い出せてないからちょうど良いウォーミングアップじゃなぁい?』

『そんな他人事みたいに! そもそも思い出の核って何なんですか?』

『そんなの決まってるじゃなぁい。これは誰の思い出の中なのぉ?』

『それってスズがあいつに食われるってことなのか!?』

『そういうことだからぁ、がんばってねぇ。』

 こうしちゃいられない。

「行くぞ!!」

「行くぞってどこに行きますの?」

「わからない、でも早くスズを探さないと!」

 俺はルコの手を取り立ち上がろうとするが。
 
「……ルコ?」

 ルコは俺の手を払いのけた。

「やっぱり、タカシさんはスズさんを取り戻したいんですわよね。一番大事な人だから……」

「こんな時に何言ってんだよ? そりゃスズは世界で一番大好きな妹だからな。」
 
「……」

 ルコの様子が明らかにおかしい。
 どうして今そんなことを聞いてくるのだろうか。
 俺はもう一度ルコの手を取ろうとするが。

「触らないで!」

 ルコはより強く俺の手を払いのけた。
 その反動でルコ自身もバランスを崩し後ろに倒れていく。
 その時だった。

「ルコ! 危ない!」

「きゃ!?」

 俺は咄嗟にルコを庇い、そのまま転んでしまった。

『キシャー!』

 茂みの中から先ほどの子グモが襲ってきたのだ。
 ルコは即座に薙刀を顕現させてクモへ向かい立つ。

「え、えい!」

『キュー!』

 ルコが鋭く薙刀を振るが、子グモは大きく後ろへ飛び退いた。
 思ったより素早いようでかわされてしまう。

「タ、タカシさん! 大丈夫!? って! ひゃぁ!?」

「あぁ、大丈夫……え?」

 転んだときに汚れた服を左手で払おうとしたが。

『くちゃくちゃ』

「俺の……左手が……」

「わたくしの……せいで……」

 いつもある場所に左手はなく、左肩ごと腕が喰い千切られて子グモに咀嚼されていた。

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