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『青天を衝け』第32回「栄一、銀行を作る」(2021年10月24日放送 NHK BSP 18:00-18:45 総合20:00-20:45)

栄一(吉沢亮)は官を辞して民で実業の一線に立つことを決意したことを杉浦譲(志尊淳)に告げる。「ここ最近の君を見ていて苦しそうだと思っていた」と杉浦。二人はここからそれぞれ別々の道を進むことになる。

政府では井上馨(福士誠治)と大隈重信(大倉孝二)が対立。健全財政を唱える井上とともに栄一も辞表を提出(1)。三条実美(金井勇太)や玉乃世履(高木渉)が引き留めようと栄一を追う。「その才を賤しい金儲けのために使うのか」と玉乃は言うが、商人を低く見るそうした意識の改革のため、そして商人自身の志を高めるため野に下るのだと言う。野に下った井上と栄一は連名で政府の財政情報を新聞紙上(『日新真事誌』)に暴露。当時は財政情報を原則公開するという考え方が成立していなかったが、これをもって嚆矢とされる。自邸に戻った栄一を待っていたのは、何と三井組大番頭の三野村利左衛門(イッセー尾形)。栄一を自分の後任(総理事)に迎えたいと言うが、栄一はもちろんそれを固辞するのであった。

そして、1873(明治6)年第一国立銀行が誕生し、栄一は総監役として就任した。西洋式簿記の講師として御雇外国人のアラン・シャンド(リカルド・バルツァニリ)が登場。シャンドはブックキーピング(簿記)に特別な道具(算盤)は必要ではないと言うが、それに異を唱える栄一。ここでドラマとしては日本の算盤と西洋式筆算の勝負シーンとなるが、もちろん算盤が勝利。日本側の代表として算盤を弾くことに手を上げた佐々木勇之助(長村航希)こそ、この後、栄一の右腕となって銀行業を支えていき、第一銀行の頭取となる人物である。栄一が後年、財界の活動に軸足を移していけたのもこの佐々木あってこそと評価も高い。

第一国立銀行を訪ねてきた五代友厚(ディーン・フジオカ)にまだまだ銀行業の何たるかをわかっていないとこぼす栄一。貸出は三井や小野に関するところばかり。三井と小野の金をぐるぐると回しているばかりであり、さらに行内も三井と小野が張り合っていて合本も楽ではないと。三井・小野を融和させ合本の実を上げるため、栄一自らが総監役という聞き慣れない役職に就いたのはそうした事情があったからである。五代も関西で鉱山の商いをするカンパニーを起ち上げたのであるが、栄一に対して「アドヴァイス」。政府は厄介な獣の集まりだったが、民間の商人たちの世界はまさに化け物、「魑魅魍魎」の世界だと。栄一が「魑魅魍魎」とつぶやくアップのシーンから三菱商会会頭室に飾ってある不気味なおかめの面に切り替わり、いよいよ岩崎弥太郎(中村芝翫)登場。「井上と渋沢がやめて、これから誰が大蔵省をやるがじゃろか。大隈さんか、大隈さんしかおらんか」と外連味たっぷりの台詞。今回の見せ場のひとつ(2)。

場面は年の暮れの渋沢邸。夫を亡くし、自身も体の具合が良くない渋沢ゑい(和久井映見)が栄一の姉のなか(村川絵梨)に連れられて身を寄せてくる。「[おくに(仁村紗和)を家に住まわせていることを]お千代(橋本愛)もわかってくれている」という栄一に対して「わかるしかねぇから呑み込んでいるだけだに。そんなこともわかんねぇのかい」というなかが良い。

イタリアから帰国した喜作が第一国立銀行に訪ねて来た。喜作の台詞で「明治六年の政変」も片付けられていた。そして、喜作も政府を辞めて横浜で生糸の商いをするという。富岡製糸場製の生糸もウィーン万博で二等進歩賞を受賞した。静岡では平岡円四郎の妻・やす(木村佳乃)が徳川慶喜(草彅剛)を訪ねてくる。徳川美賀子(川栄李奈)とは初対面。

再び東京の渋沢邸。母の看病をする栄一は、出来上がったばかりの第一国立銀行券(3)を見せる。こうした洋紙が日本で作れれば皆が便利になるいうと栄一(ちなみに今回のこのnoteの画像は栄一が王子に作った日本最初の西洋紙製造工場の碑)。そこへ栄一の娘のうたが走って入ってきて「皇后様が学校に来た」と告げる。宮中での養蚕も栄一の進言で始まったものである(4)。ゑいや栄一たちがお蚕様の歌を歌う。ゑいにとって最期の幸せな一瞬であった。「羽織のおゑい」63年の生涯であった。栄一も母の「皆が嬉しいのが一番なんだで」という言葉を噛みしめながら涙を流す。

一方、社会の動きでは不平士族の不穏な動きが、岩倉暗殺未遂事件、佐賀の乱などを引き起こしていた。大久保利通(石丸幹二)はこうした不平士族の不満をそらすために台湾出兵を決意。そのための兵員と物資の輸送を「素直な商人」の三菱に命じる。「国あっての三菱。喜んでお引き受けします」と岩崎弥太郎。その岩崎は「三井・小野が政府の言うことを聞かないならば灸を据えたらどうか」と大隈に進言。政府は無利子・無担保の政府融資の条件を厳しくすることを決める。井上馨はその情報をもって栄一に。小野組破綻の危機が迫っていたのであった(5)。

注)
(1) 経済史的に見て非常に重要な井上財政から大隈財政への転換に位置するこの事件についての考察は、梅村又次先生のこちらの論文(「創業期財政政策の発展ー井上・大隈・松方ー」梅村又次・中村隆英編『松方財政と殖産興業政策』国連大学、1983年所収)をご覧ください。
(2)この見せ場に杉山里枝先生(國學院大学教授)提供の資料があるはずですが……。違うかな?
(3)この時の国立銀行券は兌換券。
(4) 詳細は深谷市のこちらのページ
(5)小野破綻にも関わらず第一国立銀行はなぜ生き残れたのか。この辺の事情を銀行検査の視点から詳細に分析した論文に本学経営学部の白坂亨教授による「わが国会社財務制度の形成過程に関する研究」(駒澤大学商学研究科博士論文、2014)がある。次回ドラマの予習にどうぞ。

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