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『青天を衝け』第21回「篤太夫、遠き道へ」(2021年7月4日放送 NHK BSP 18:00-18:45 総合20:15-21:00)

第21回目は篤太夫(吉沢亮)が原市之進(尾上寛之)から徳川昭武(板垣李光人)に随行してのパリ行きを打診され、速攻快諾するシーンから。しかし、いくら連絡がつきにくい時代とはいえ、郷里の家族に一言の相談もなしに即決はどうなのか。実際、あとで見立て養子の話で成一郎(高良健吾)に託すことになるのだし。千代(橋本愛)もいきなり「パリに行きます、見立て養子は平九郎(岡田健史)とすることにしました。あとはよろしく」と成一郎から言われてもねぇ……。それだけ篤太夫は進むべき道を見失っていたということか。それはともかくこちらの話のほうが「青天の霹靂」というタイトルが相応しい気がした。

ところで市之進から博覧会の説明を受けて、篤太夫は「あぁ、物産会(ぶっさんえ)か」とすぐにその内容を理解していたが、これはどうでしょう? 江戸時代後期に博物学は流行をみていたことは確からしいが、各国の商品見本市のような内容・性格を伴っていたものかどうか。識者のご意見を伺いたいところだ。

江戸での御用を終えて血洗島に立ち寄り、現在の心境を尾高惇忠(田辺誠一)に告げる成一郎。傍らには平九郎も。“今や開国して国力をつけることこそが、水戸様の教え、一橋様の考えに完全同意”という惇忠に安堵する成一郎であった。成一郎は惇忠や平九郎にも幕臣にならないかと誘うのだった。

篤太夫がフランス行きを即決快諾した頃、徳川家茂の後継として徳川慶喜(草彅剛)が第15代将軍に。さらにそのすぐ後、孝明天皇(尾上右近)が天然痘に罹って崩御。睦仁親王(犬飼直紀)はすでに種痘を受けていたことで難を免れたわけだが、あまりにタイムリーなシーン。わざわざ種痘に「天然痘のワクチン」と説明を入れていたNHKであった。

明けて慶応3(1867)年、昭武に引き合わせるため篤太夫を二条城に呼び出す慶喜。征夷大将軍になってから初のお目見え。しかも、フランス皇帝ナポレオン3世から贈られた西洋式軍服に身を包んでの登場に篤太夫もびっくり。その篤太夫と慶喜の二人っきりのシーンが史実かどうかは知らんけれども、大変良いシーンでした。大権現様の遺訓を二人で唱えたあとに徳川家康(北大路欣也)登場かと予想したが、はずれた(笑)。

翌日に京から横浜へ発った昭武一行。神奈川奉行所では大勢の人たちと面会。篤太夫に福澤諭吉(中村萬太郎)や福地源一郎(犬飼貴丈)(1)などを紹介したのが外国方の杉浦愛蔵(のちに譲、志尊淳)。福地源一郎はパリではモンブランには気をつけろと篤太夫にアドヴァイスを。また勘定奉行である小栗上野介(武田真治)はパリでの万事は、レセップやフリュリ=エラール(2)に託してあると言う。そして、幕府は600万ドル借款を計画していることも(この幕末の外交史についてはこちらをどうぞご覧ください)。

出立前に一日だけ江戸へ行くことの許しを得た篤太夫は、そこで成一郎と偶然出会い、伝馬町の牢屋に長七郎(満島真之介)との面会も果たす。夜鳴き蕎麦を食べながら、今後の日本を思う篤太夫と成一郎。血洗島では篤太夫からの文が届いていた。そんな中、いよいよ横浜からパリへ向け出発する篤太夫。幕府の歩兵隊に訓練をおこなう成一郎。そして、久々の高島秋帆(玉木宏)が回想で登場。ラストは家康様が締めて次回予告へ。

注)
*本日のトップ画像は篤太夫たちがパリへ向けて出発した横浜の地で2019年におこなわれたラグビーW杯、アイルランド対スコットランド戦の写真から。RWCも2023年にはパリで開催予定ですし。
(1) ネットでは万札新旧共演で盛り上がったとか・w 福地源一郎役の犬飼さんは、NHKの朝ドラ『なつぞら』で吉沢亮演じる天陽くんのお兄さん役で共演してます。
(2)フリュリ=エラールについては、取りあえず鹿島茂氏のこちらの論考をご覧ください。


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