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星野仙一「またいつかどっかで会おう」

清宮克幸さんが星野仙一さんに電話をかけた。
ド緊張だった、という。

奥克彦さんと井ノ上正盛さんの殉職を偲んで
「奥・井ノ上イラク子ども基金」を立ち上げる。
2003年のこと。
発起人をたくさん集めたいと、代表発起人3人が
手分けして、いろんな著名人に直接あたって口説いた。

プロ野球界では誰か影響力を持っているか。
それは、星野仙一さんだろう、ということになって、
清宮さんがあたることになった。
知人から電話番号を聞き、
さあいよいよ、ってときに、
躊躇ってしまった。

めずらしく緊張したんだよね

「はじめまして……」
いいたいこと、お願いしたいことを
紙に書いて、声を出して読む練習をした。

電話をかける時刻を、自分で決めた。
朝の9時30分。

その時刻になった。

「いや、9時台だとまだ寝てるかもしれない……」

ダイヤル回して手を止めた。

「10時まで待とう」

10時になった。
星野仙一さんのケータイ番号を押した。

4回、呼び出し音がなった。

「んぉぉぉぉぃ」
不機嫌な重低音が耳元で響いた。
星野仙一の唸りが、清宮克幸の脳を直撃した。

「ワタクシ、キヨミヤカツユキトモウシマシテ、
ワセダダイガクノラグビーブノカントクヲシテオリマス」

「清宮か」
「はい!はじめまして!!」
「おお、清宮」
「はい!!!!!!」

ここで不機嫌な重低音が、
ご機嫌な低音に変わった。

「初めてじゃないぞ」
「失礼しました(……どこで?)」
あせった。

「いっつも観てるぞ。
よくあんだけ早稲田を強くしたな」

低迷していたワセダラグビーを立て直し、
古豪復活が話題になっていた。

「すこ〜し、明治に負けてくれ(^^)」

星野仙一さんは明治大学の出身。

一瞬で、電話の向こう側にいる人間の
ハートをわしづかみにしたんだよね。
とりこになったよ。
リーダーって、これだよ。

緊張がとれて、説明する舌も滑らかに。
奥克彦さんがどんな人か、
どれだけ献身的に生きていたか、
それを後世に残したい、
そしてイラクの子どもたちに、もっと笑顔を。

わかった、っていってくれて受け入れてくれた。
そしてお礼をいって、電話を切るとき、
「清宮、困ったことがあったらいつでもいってこい。
じゃあな」

もうね、ファンになっちゃったよ(笑)

以来、10年以上付き合いしてもらった。

そして2017年10月、プロ野球のドラフト会議。
清宮幸太郎に7球団が入札した。
幸太郎が高校3年間で打ったホームランは111本。
歴代1位の超高校級のスラッガー。

ロッテ、ヤクルト、日本ハム、巨人、阪神、ソフトバンク、楽天。
清宮さんは、
「楽天?」
楽天の一位指名は、別の選手だと聞いていた。

翌日、星野さんに電話した。
「星野さんですよね、一位指名を変えたのは」
「わっはっはっは」
笑っただけだった。
「清宮、またいつかどっかで会おう」

その2ヶ月後、星野仙一さんは亡くなった。