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本当はイヤだったマネジャーへの道

私は、作業療法士という国家資格を有しています。作業療法士とは、リハビリテーション専門職の一つで、対象者が日常生活を主体的に営めるように、さまざまな治療や工夫を凝らすことを仕事としています。
 つまり、作業療法士とは専門職であり、職人です。職人になるために、専門の教育を受け、国家試験を受験したのです。そして、職人とは、経験を重ねるごとに熟達するものです。自然に考えても、作業療法士という仕事一筋で定年を迎えたいし、迎えるはずだと考えていました。
 しかし、私が作業療法士として現場にいたのは40歳頃まででした。今は、マネジャーとして、組織の運営をサポートしたり、医療現場のマネジメントに関わる講演などを行っています。若かりし頃の私は、今このような仕事をしているということを、全く想像していませんでした。道を変えた全ての始まりは、病院経営管理士の通信教育を受講したことがきっかけです。

病院経営管理士とは、日本病院会が主催する最短2年間の通信教育課程で、病院経営に資するさまざまなことを学びます。具体的には、マーケティングや財務管理、組織管理など、作業療法士としては起業でもしない限り、一見不要とも感じるものばかりです。
 私が働いている病院では、毎年この通信教育の受講生を公募しています。しかし、医療従事者の大半は職人であるため、自分から手を挙げて通信教育を受講したいという人はほぼいません。そうなると、人事部などが適当な人材に声をかけ、通信教育の受講を勧め始めます。私がこの通信教育を受講したのは、私にこの白羽の矢が立ったことがきっかけでした。

当時の人事部長が私に通信教育の受講を勧めてきた時、私はキッパリと断りました。職人として生きていくと決めていた私は、組織とか経営とかマネジメントには「一切」関心がなかったのです。むしろ、職人として熟達するための時間をも奪われる不必要な努力とすら感じていました。ところが、人事部長も簡単には折れません。何度も何度も、さまざまな提案や説得を持ちかけてきました。その度に断り続けてきた私ですが、ある時に「わかりました。」と答えました。それは、「とりあえず、選考面接だけ受けてほしい。」という提案でした。
 選考面接では、「なぜ、この通信教育の受講を希望したのか?」という質問を受けました。さすがに「希望はしていません。」とは言えなかった私は、「プレイング・マネジャーとして、プレイヤーとしてもマネジャーとしても貢献できる人材になりたいためです。」というような意味のことを回答しました。それに対し、「いいかい? 野球の選手にもプレイング・マネジャーはいるけど、選手としても監督としても成功している人はいるかい? いないでしょ? 君は、マネジャーとしての知識と技術を身につけるために通信教育を受講するんだ。」と言われたことを覚えています。数日後、私は受講する意思はないまま選考試験に合格し、通信教育を受けることとなりました。

2年間の通信教育は、振り返ればあっという間でした。全く興味がなかったマーケティングや財務管理、組織管理などは、専門バカであった私にとっては新鮮であり、当時私が感じていた実務上の課題を解決するためのヒントとなりました。また、ごく少ない人数ではありますが、悩みや将来に共感できる仲間もできました。
 通信教育の修了式の後、私の選考面接であの質問をした方と居酒屋でじっくり話しました。「通信教育を受けてどうだった?」という質問に対し、私は「うまく言えませんが、視野が広がったような気がします。今、選考面接を受けた時の私を思うと、なんて視野が狭かったのだろうと感じます。」と答えました。その回答に対し、全てを見透かしていたような笑顔を浮かべながら、「あの時の君は、計画性は高いけど視野は狭かったからね。」と満足そうに言われたことを今も覚えています。

私はその後、職人としてのプレイヤーの道の一切を自ら断ち、リハビリテーション部門のマネジャーのみに従事するようにしました。また、マネジメントや経営に資するさらに高度な教育を受けるために、国立大学の経営大学院を受験しました。そして、手前味噌ではありますが、特定課題研究論文の優秀賞を受賞し、修了生や経営者、大学教授などのアカデミアを対象とした特定課題研究論文発表会では総合1位を受賞、また、学位記授与式では修了生代表として謝辞を読ませていただくという、大変光栄な経験もさせていただきました。
 現在は、リハビリテーション部門から法人本部の経営戦略部に異動しましたが、作業療法士などのリハビリテーション専門職などを対象として、全国でマネジメントに関わる講演の機会もいただいています。

キャリアに関する理論の一つに、”計画的偶発性理論(planned happenstance theory)”というものがあります。これは、成功したビジネスパーソンのキャリアを調査した結果、そのターニングポイントの8割が、本人の予想しない偶然の出来事によるものだったということから、「偶然の出来事にベストを尽くことが重要」というものです。キャリアに関しては、一般的には、自らが目指す将来像に向けて努力するという”キャリアアンカー理論”を想像しますが、その正反対の理論です。
 今の私は、過去に描いていた将来像とは全く異なります。しかし、今の状況には、それなりに満足もしています。今の私があるのは、病院経営管理士の通信教育の選考面接を受けたことがきっかけでした。それは、私にとっては全くの偶然の機会でもあり、選考面接を受けるという「あの選択をしたから」でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

#あの選択をしたから

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