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福本伸行先生の漫画「二階堂地獄ゴルフ」レビュー「福本先生の実に素晴らしい「地獄」描写に震える。」

プロゴルファーを目指す前途ある有望な若者を支援する
桜武(オウブ)カントリー俱楽部の期待の新星であった二階堂進は
25歳のときにプロテスト合格寸前に迫りながら,
その後10年に渡ってプロテストに落ち続け
「桜武」の期待を裏切り続けて今や35歳。

彼を後援し続けた人々から次第に「好意」が消え失せ
敵意に満ちた目で彼を睨む様になる。
「好意」は無償で無い上に無尽蔵でもない。
「好意」に何時までも応えられない「クズ」は見切られて当然なのだ。
「桜武」は彼への支援を打ち切り,彼はキャディのバイトをしながら
プロテストを受ける費用の捻出をしなければならない。

今や周囲の人間は彼に面と向かって
「何でプロテスト受験を止めないの?」
「何で周囲に迷惑かけてまでゴルフを続けるの?」
「辞めちまえ辞めちまえ!」
と罵声を投げかけて来る。
だが彼は今年もプロテストに挑戦する。
一体何が…彼を支え続けているのだろうか…?

福本先生は1980年に月刊少年チャンピオン誌でデビューされ
1982年に第6回ちばてつや賞ヤング部門優秀新人賞,
第2回ちばてつや賞一般部門佳作をダブル受賞された「期待の新星」で
その後何度もちばてつや賞を受賞されている。

月刊少年チャンピオン誌,コミックモーニング誌,別冊アクション誌…。
そして1988年には近代麻雀ゴールド誌で「天」の連載を開始,
1992年には別冊近代麻雀誌で「アカギ」の連載を開始されている。

そして1996年にはヤングマガジン誌で「賭博黙示録カイジ」の連載を開始。
「カイジ」はアニメになり映画になり利根川さんや大槻班長,一条等
「カイジ」の登場人物のスピンオフ漫画の原作も務められている。

履歴を見る限り順調にキャリアを重ね
賭博漫画に主眼を置く様になったと言えるが
福本先生御自身は少しも「順調」だったとは思われていない。

福本先生はかざま鋭ニ先生のアシスタントを1年半勤めて
解雇された経験がある。
「結局クビになったんだな。先生からやめた方がいいって言われたから。
フクちゃん(福本先生)はざっくばらんな性格
(率直でもったいぶったところがなく素直に真情を表す様)だから
トラックの運転手やりなさい,とも言われた。
(かざま)先生が言いたかったのは「君には繊細さがない」と。
「漫画描きの神経」がない…そう言いたかったんだと思う。」(福本談)

またいしかわじゅん先生は
「福本を最初に見たのがいつだったのか,まるで覚えてない」
「つまり,その程度の存在だったのだ」
「絵も下手だったし構成力も低かったし」
と福本先生を酷評した最後に
「だから…まさか後年福本が「カイジ」を描くとは思わなかった」
と結んでいる。
いしかわ先生は「いしかわ番付」なる漫画家の絵の巧さで序列を作り
大友克洋先生が永世横綱で「ナニワ金融道」の青木雄二先生の絵の巧さを「幕下レベル」と評した。
「絵が下手過ぎて目が腐る」と言ってるのである。
だから…いしかわ先生の世界観では
ヘタクソが天下を獲る事を「例外=番狂わせ」と呼び
「ナニワ金融道」が天下を獲ったのも「番狂わせ」
「カイジ」が天下を獲ったのも「番狂わせ」なのだ。

自分が酷評した相手が天下を獲ったことが認められず・理解出来ず
「アレは例外だから!」「イレギュラーだから!」
と漫画家を「ヘタクソ」と中傷した事を頑として謝罪しない姿勢に
僕は漫画評論家としてのいしかわ先生の「限界」を見る。

福本先生は師匠に引導を渡され,
同業者から「ヘタクソ」を罵しられ続けた鬱屈があり
その鬱屈が「二階堂地獄ゴルフ」となって結実したと思っている。

二階堂は10年連続でプロテストに落ち続けた鬱屈の化身であり
その鬱屈を次の様に表現する。

男が…男であることを今年もまた示す!
心未だ折れず…
よって退がらず…
プロテストに再再再再再再再再再再チャレンジの決意表明…
今年もまたその時が来た!
男は…
立ち上がった!
不死鳥の如く!
雄々しく気高く不退転!
勇敢に立ち上がった!
その姿は最早…
神々しくさえあった!
人から嫌われる勇気!
人から疎まれる勇気!
人から蔑まれる勇気!
誰もがやめてくれと願っているのに…
それをそのままする勇気!

痛い!痛い!!痛い!!!皆の視線が痛い!!!!
ここは凍てつく寒風,霙(みぞれ)吹き荒れる竜飛岬(たっぴみさき)!

二階堂の心中では
石川さゆりの「津軽海峡冬景色」が流れ続けている事が判明する。
♪ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと♪

一体何の為に竜飛岬で寒さに凍え続けながらゴルフを続けるのか…?

第2巻で地下アイドルを5年続けて加齢が進行するばかりで
一向に目の出ない女子…と言うには
些か以上にトウの立った女・架純(カスミ)が突然登場し
二階堂に大いに共感して次の様に叫ぶ。

本当は人間…生まれて来てやる事はひとつ…
ひとつしかないんだよ!
採算度外視!
これを成したら死んでもいいって事に…
一途に!
燃え上がる!
アンタがいまやってることだよ!

この…架純ちゃんの台詞は…
そのまま師匠に引導を渡されようが
同業者にヘタクソと罵られようが
漫画を描き続ける
福本先生の心意気がそのまま言葉になっているのだ。
だってさ…。
かざま先生の言う通り漫画家を辞めてトラックの運転手になっていたら
いしかわ先生の「ヘタクソ」って言葉に萎えて漫画を止めていたら
「天」も「アカギ」も生まれていなかった!
外野の野次に周章狼狽していたら「カイジ」は生まれていなかったんだよ!
福本先生を「辞めちまえ」「ヘタクソ」と罵る外野は
「未来」が予測出来ない無責任な群盲であって
「そんなもの」に惑わされていたら漫画は描けないとの
福本先生の主張になっていて,
それがそのまま「二階堂がゴルフを続ける理由」になってるんだよ。

現在「二階堂地獄ゴルフ」は2巻まで出ていて
二階堂はプロテストに16年連続で落ち続けていて
今や41歳となり,彼を応援してた架純も田舎に帰って行った。
二階堂のゴルフ技術は加齢により低下の一途を辿っている…。
もう…プロテストに合格する事はないのではないか…。

彼は自分の事を「ヘタクソ」とか「能無し」とかは微塵も思っておらず
昨日も今日も明日も「夢」に向かって邁進を続けている。
周囲の人間は彼を「痛い」と酷評し,
彼自身も周囲の視線を「痛い」と感じている。

彼は「夢はいつか叶う」と信じているが
周囲は「そんな「いつか」は永遠に来ない」と彼の耳元で囁き続ける。
彼は考え込み憂鬱になる時間が増えた結果,
「小人(コビト)」の幻視に苦しみ始める。
コビトがしきりに「ニカイドゥー」と話しかけて来るのだ。
彼が次第に「気違いの領域」に踏み込み始めてるのを
僕は震える様な思いで観ている…。

ああ…これはいい…確かにこれは実に素晴らしい「地獄」である。




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