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菊池直恵 漫画 横見浩彦 旅の案内人「鉄子の旅」第1巻レビュー「人間はココまで「何か」に特化出来るのだ。「特化したい」とは決して思わないがね。」

漫画家の菊池直恵さんがトラベルライターの横見浩彦さんと共に
鉄道に乗った体験を描いたルポルタージュ漫画。

熱心な鉄道ファンの事を「鉄っちゃん」「鉄」と呼ぶが,
性別は100%間違いなく男で,女は絶対にひとりもいないと言う。

一体「それ」は何故なんだろう?

菊池さんは「鉄ちゃん」の横見さんと一緒に鉄道に乗るから
便宜的に仮免的に「鉄子」と称されるが,
これまで菊池さんにとって「鉄道」とは「移動手段のひとつ」に過ぎず,
東京から京都に行くなら新幹線,
東京から鹿児島県・指宿(いぶすき)に行くなら
羽田ー鹿児島間を飛行機で行くと思考し,
彼女の思考には「予算の許す範囲でなるべく早く」という
「合理性と効率」が前提にあって
「我々の常識」に従って思考する一般人の立場から
横見さんの「合理性と効率」をガン無視した「旅」の
我々の常識を覆す異常性に突っ込んで行く。

横見浩彦さんは本作品の連載当時(2001年~),
1987年に国鉄線完全乗車達成・1995年にJR全駅下車達成した事で知られる
「鉄の中の鉄」で2005年2月を目途に私鉄全約5000駅下車達成予定だと
仰られてたからもうとっくの昔に達成されてる筈。

ここで「「国鉄」って何?」に関して基礎情報を共有しておきたい。
「国鉄」とは日本国有鉄道の略称で昔は鉄道は国の所有だったのですが
1987年4月1日付で国鉄が民営化され
「国有」で無くなり日本鉄道となった訳です。

素直に「日本鉄道」…略称を「日鉄」とでもしておけば良いものを
横文字を有難がり横文字を「偉い」と勘違いした植民地根性が作動して
「「日本鉄道」とか「日鉄」なんて呼称はダサいから
横文字で「JapanRailroad」とより優雅に呼称しましょう」
って話となったのです。
現在では「JapanRailroad」の頭文字を取って「JR」と呼ばれてる訳です。

ホントにね…国辱ものの呼称なのですよ。

閑話休題

国鉄の民営化を前に横見さんたち「鉄ちゃん」はこう考えました。
民営化される前に国鉄全線全駅に降車する記録を達成し
民営化された後にJR全線全駅に降車する記録を達成すれば
後の世の誰も達成出来ない「2冠」が達成出来ると。

「鉄ちゃん」…熱心なファン…マニア…オタク…「呼び名」は様々ですが
彼等に共通してるのが無茶苦茶負けん気が強く
マニアの中で一際でっかく輝く一番星マニアになりたいと
乞い願う性質だと言えるのです。

「そんなものになってどうするんだ」
と一般人は呆れてる訳ですが
マニアは常に「必死に生きてる」ので
一般人の唖然とした視線など目に入りません。

ともあれ横見さんは1987年3月末に民営化される
直前に滑り込みで国鉄全線全駅下車を達成され
1995年にJR全駅下車達成され晴れて「2冠」を達成されたのです。

「鉄子の旅」とは,そんな横見さんの生き様の紹介漫画なのですよ。

「鉄道に乗る事」以外に金をかけたくないので
飲み物はコンビニで1リットルの紙パックのお茶を買って飲めるだけ飲んで
残りは500㎖のペットボトルに移し,食う物は専ら食パン。
「泊まる」と言えば車内泊か駅構内で寝る事を指し,宿泊代を浮かす。
愛読書は勿論時刻表。
「知識も増えるし細かい情報も満載!」
「こんなに読む所が沢山あって面白い本が毎月出るなんて!」
とは横見さんの弁。
JRの普通・快速列車の普通車自由席に
一日中乗り放題の「青春18きっぷ」はマストアイテム。
「観光」なんてする訳ねえ…と菊池さんの「旅」の概念をブチ壊して行く。
人間ってここまで「何か」に特化出来るんだなあ。
僕は一生絶対「特化」したくねえよ。

第1話で横見さんが
「(この漫画を読んで)鉄道好きな女の子が増えて
僕のファンが出来て可愛い女の子と知り合えたりするのかな」
って下心を披歴して
「殺風景な心象風景が広がってるとばかり思われた
「鉄っちゃん」のオマエに…そんな「人間らしい心」があったのか…!」
と読者が感動する所が本作品のクライマックスですね。

そんな横見さんの提案する「旅」とは例えば
東京駅から鹿児島県・指宿駅までの
各駅停車の列車乗り継ぎの旅であって車内泊しながら丸2日かかる。
僕達がテレビで放送される「ローカル路線のんびり各駅停車の旅」とかに
旅情とか郷愁を感じるのは
「ローカル路線だから」「路線が短いから」「車内泊しないから」
であって横見さんの提案する丸2日間ぶっ通しで
各駅停車の列車を乗り継いで東京から指宿まで行く「旅」と,
僕達がこういうテレビ番組を観てる時に感じる
「旅」って概念とは根本的に意味が違うのだ。

僕達は!
横見さんの様に2日間ぶっ通しで「旅情」を感じ続けられる様な
「体のつくり」になっていないのだ。
指宿駅に着いてヘトヘトになった菊池さんが
「一体何の為にこんな事を…」
と言うのが毎回毎回の決め台詞となり,
そんな菊池さんに横見さんは
「長時間かけて目的地に辿り着くって言うのは旅の本質だよ!」
「世の中にはそんな旅をやりたくてもできない人がたくさんいるんだ!」
「これはとても贅沢なことなんだよ!!」
と「旅の本質と贅沢との関係」について講釈を垂れ,
菊池さんは
「例え時間があったってやらない人の方が絶対多いけどね…」
と突っ込み続けるのだ。

「「鉄っちゃん」ってどんな人?」
って知りたい方にオススメの漫画ですね。
『女の「鉄っちゃん」がいる訳ねえ理由』
も横見さんの「人となり」や所業を知るにつれて
自ずと明らかとなる構成に唸ります。

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