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宿命論

宿命論とは、

自分の運命は生まれる前から予め決められていて、どう頑張ろうが抗おうが絶対に変えることは叶わない、とする考え方


さて、私は宿命論または運命論、その考えにイエスと答えます。


しかし考え方は一般的とは違うでしょう。


そもそも運命とは何なのでしょうか。

変えられるものだとか、変えられないものだとか、そもそもそういう議論の対象ではないのです。


運命は初めからあなたに強要するものはひとつもありません。

運命とは、あなたが何を選択するか、その思考が持って生まれたものであるということであって、あなたの選択の蓄積と継続の行為そのものが運命なのです。


もう一度言います。


あなたが運命は変えられないと嘆く思考、そういう考え方は持って生まれたものです。


いやいや、運命は自分の努力次第でいくらでも拓けるもので、運命というのは自分で作るものだよ。そう考える人はそういう思考をもともと持って生まれたのです。


更にいうと、運命なんて変えられないと嘆いていたけど少しずつ行動に移せるようになり、最終的には幸せな人生を掴むことができたという人も、いわゆる大器晩成のタイプであり、もとからそういう性質を持ち合わせていたのです。


一組のお父さんとお母さんから産まれてくる一人の子供。彼がどんな顔を持ち、身長何cmまで伸びて、どんな体型になるのか、どんな性格になるのか、成績優秀、運動神経、人間関係、どうなるのか。


自分たちの子供なのだからある程度想像はできるでしょう。

しかし全く想像と異なる人間に成長するものです。


しかし、彼の両親を見れば彼がこのような人間に出来上がったのが不思議と納得できるのてす。

つまり、彼という人間は彼の選択の積み重ねと継続により出来上がったのがものですが、その選択の傾向は彼の両親から譲り受けたものであって、遺伝子に組み込まれていたものなのです。


思考は遺伝子情報に含まれます。

しかし、彼のライフスタイルが両親と異なる環境だったとき、選択の意思の遺伝子発現に小さな変異を起こし、それが長期的に継続された場合、予定調和的な運命の線は軌道変更を始めます。


どんな場合であっても、運命とはただ選択された決定の積み重ねであること。

だからあなたのありのままを受け入れましょう、そういうことです。


あなたが前に進むのかその場に立ち止まるのか、上がりたいのか落ちてもいいのか、輝きたいのか腐ってもいいのか。


常に選択はイエス・ノーしかない。


今のあなたの姿は誰かに強要されたものではない、全て自分で選んだ結果。


つまり運命とはそういうもの。


それが運命。

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