パブリック・フェイス

私は、自分のルーツを知らない。

多分、他のみんなもそう。遺伝子の情報なんて、目には見えなくなってしまった。

みんなゴーグルをつけて生きるようになったのは、いつからだろう。ゴーグル装着義務法の制定は2289年だって先生からは習ったけど、それよりも前にVRという技術が開発されていたと聞いた。

私もゴーグルを付けたまま、友達と喋ったり、鏡を見たりする。お風呂に入る時だって外さない。昔の人が自分の手でやっていた化粧は、データを読み込むだけでできるようになった。インターネットには、昔の化粧動画がたくさん資料として残っているから、そういうのを見ると、時代は変わったんだなぁと思う。大きい目を求めているのには変わりないけど。

私は、ゴーグルを通してしか世界を見たことがない。周りには緑とマシンが融合した美しい世界が広がっている。お母さんとお父さんは美男美女だし、友達なんてみんな同じ顔をしている。私ももちろん同じ顔だ。大きい目とぽってりした唇、シュッとした輪郭。多少の違いはあれど、大まかなところは皆同じ。
先生は、みんなのルーツは一緒だから、顔も同じようになるのよ、と言っていたけど、昔の人はあんなに顔の種類がバラバラだ。きっと先祖のうちの誰かが私たちの見え方を操作したに違いないし、それが遺伝情報として私たちに伝わってるんじゃないかって、保健の先生は言ってる。

でも、金持ちの子達は、自分のルーツを知ってるようだった。クラス中が、その子を羨んだし、私も羨ましかった。でも、その子だって、自分の本当の顔を見たことないはずだと思う。似顔絵書かせても、私たちと結局同じ顔だったし。問い詰めたらしどろもどろだし。

金持ちは、こぞって自分の顔を知りたがった。でも、ゴーグルを外してみようなんて、思い処罰が待ってるに決まってるし、やる人もいない。

だから、私は気になる。ゴーグルの外にどんな世界が広がっているのか。私は一体何者で、世界はどんな様子なのか。

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プシュー。パチン。
「これが外の世界。これが私」
みのりはゴーグルを外した。目が焼けるように熱い。どうやら、周りの壁から反射した光が熱となって、みのりの目を攻撃しているようだ。
「鏡、鏡が見たい」
みのりは、その白い空間で鏡を探す。眩しく、熱いその光を手で影を作って遮った。自分の部屋だったはずの場所は、何故か無機質な白い空間でしかなかった。
みのりは鏡を見つけた。しかし、眩しすぎて、自分の本当の姿は見えない。
「そうだ、カメラ」
カメラで自分の姿を写す。そうすれば見ることができるだろうと、カメラを探した。しかし、空間にはなにもない。鏡だけが、そこにあった。

目が慣れてきたのか、光は少しおさまっていた。しかし、今度は目だけではなく、体までが熱い。じんわりと嫌な汗をかいている。
よく見ると、鏡はとても古びている。1998と彫られていることに、みのりは気がついた。
「これ、インターネットで見たことある」
それは、みのりがルーツを調べていた時に出てきたものだった。2019年6月頃に、これと赤ちゃんの時の写真があげられていた。しかし、赤ちゃんのころの顔なんて、今の顔に繋がる要素などわからない。

みのりは、改めて鏡を見た。目が慣れたので、光のチラつきをおさえながら確認すると、そこには自分の顔が映っていた。
「写真の赤ちゃんそっくり....」
目元がよく似ている。すこしツリ目で、のっぺりした鼻。薄めの唇は、ゴーグルを通してみる世界の唇よりもずっと素敵だった。素敵なように感じた。

みのりは、ゴーグルをつけずに外に出てみた。しかし、外に出たつもりだったのに、白い空間であることには変わりなかった。部屋よりも眩しくて熱い。ゴーグルをつけた人が、みのりを見てクスクス笑っていた。
「あの人、目がまるで怪物ね」
ある人は、みのりを怖がってもいた。
「あの子はなにもかもが歪んでいる、どうしたんだろう」
みのりは、ゴーグルを外すと、周りからの見え方が元に戻るのではないかと仮定した。
目がさらに慣れてきて、あたりを見渡す。

そこには、緑なんてなかった。昼の明るさが、世界史で習った蛍光灯のようなものでつくられ、空は青い金属のようなもので覆われていた。
「今まで、こんなところに住んでたんだ」
みのりは呟く。そして、ふと歩いてみようと思った。いつもの学校への通り道も、全て何も無い空間だった。今まで見ていたもの、例えば電柱や、植え込み、近所の犬のポチの家まで、なにもない。真っ白な空間がそこにあるだけだった。
すると、今まで見えていないものが見えてきた。みのりの学校だった。2階で勉強しているであろう生徒は、機械のようなもので持ち上げられている。
「最初から学校なんてなかったんだね」
建物という概念は、ゴーグルの外の世界にはなかった。


みのりは、果てしなく歩いた。ゴーグルを持って、部屋着のまま。自分の目で見る世界は、まるで不思議だった。白い空間から、ニョキニョキと機械の腕が生えて、人間を操る様子を観察した。そのうちみのりは、アホらしくなってやめた。

そして果てしなく歩いて、世界の果てのようなところにたどり着いた。空から伸びていた青い金属の果てだ。その周りをまた果てしなく歩くと、扉がある。世界の果ての向こう側だった。
「みんなこの世界から出ることは無いはずなのに、どうしてドアがあるんだろ。」
みのりはふと思った。
「ここを開けたら、世界が終わったりするのかな」
少し怖くなった。でも開けてみたい。好奇心にはどうしようもなく抗えない質であったから、みのりは開ける以外の選択肢を持っていなかった。

ガチャリ。

開けた。

そこからは、どうしようもない世界が広がっていた。

涙が流れた。

もう見たくなくなって、ゴーグルをそっとつける。

何も
見えなくなった。

レッツ!クマ囲みライフ!