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#74 エミリー・サンデー『How Were We To Know』

鈴木さんへ

 意外なチョイスでした。ビリー・ジョエルですか。一夜限りの東京ドーム、かなり盛りあがりそうですよね。私が若かりし頃に某レコード会社の洋楽で働いていた時、ビリーは日本での売り上げにもかなり貢献したアーティストだったし、当時の部長とも親交が深かったことから、洋楽におけるCDの商品番号1番は、ビリー様に捧げられていました。アナログレコードからCDに移行した大昔の話ですが……。
 このCD2枚組のライヴ・ベストのうちDisc1は、70年代、80年代と多くのヒットを生んでいた時のライヴで、彼の声も若々しいので、ワクワクしますよね。若い頃に夢中になった曲は、時間を共有している宝物だから、条件反射のようにいろんなことが蘇ってきます。親友が『素顔のままで』が大好きだったなぁとか。
 さて、私が今回紹介するのはエミリー・サンデーです。デビュー・アルバムがUKでヒットしている頃にロンドン五輪があって、あれほど音楽で話題になった大会のなかで、開会式と閉会式の両方でパフォーマンスした唯一のアーティストがエミリーでした。選考の段階で重視されたのは「メッセージが伝わる歌」だったそうです。その後現地で実現したインタビューも印象深く、忘れられないアーティストのひとりになっています。新作にもまたメッセージが詰まっています。

エミリー・サンデー『How Were We To Know』

 歌から伝わるエミリー・サンデーのまっすぐな眼差しが大好きだ。それは、2012年の1stアルバムから変わらないこと。同時に音楽に対して野心的な挑戦を大事に、実験的なサウンドにも果敢に取り組んできた。そこに違和感を抱いたことも正直あるけれど、5作目となる今回は、2ndアルバム『ロング・リヴ・ジ・エンジェルズ』で組んだマック&フィルを再び起用した。

 彼らのサウンド・プロダクションのことを彼女自身は、「風変り」といっているようだが、トラックありきやビートばかり際立つ曲ではないのがいい。たとえば、③『Lighthouse』のようにレゲエ調から始まり、「私を導いて、私を見つけて」と繰り返す終盤では一気に演奏が変わって、歌に寄り添うようなギターの伴奏とか、「風変り」というより、歌の景色を描いているようなプロダクション。それが当然だけれど1曲ごとに異なるので、アルバム全体としてのヴァリエーションにもなっている。

 それでも歌が主役。「共感される歌が歌いたい」との想いから医学の道を中断してまでも音楽に人生の舵を切っただけに、わかりやすくもあるけれど、咀嚼するほどに深まる歌詞は、とりわけ強く伝えたい言葉を繰り返す特徴がある。それがよく表れているのが最後の『Love』という曲。まるで祈りを唱えるように「ラヴ」を繰り返し歌う。その「ラヴ」をどう受け止めるかは、聴き手それぞれだけれど、なにが愛なのか、なにが大切なのか、誰もが足を止めて考える機会にはなってくれるはずだ。
 私は『True Colours』から『End Of Time』、『Love』と続く終盤に涙が溢れてとまらなくなってしまう。心が通じ合う歓びっていいなぁと思う。
                             服部のり子


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