アルバム往復書簡

服部のり子:音楽ライター。洋楽を中心に執筆し、FM大阪/INTER FMの番組『My …

アルバム往復書簡

服部のり子:音楽ライター。洋楽を中心に執筆し、FM大阪/INTER FMの番組『My Jam』などで構成を担当。鈴木宏和:ロックを中心にウェブや雑誌、フリーペーパーなどで執筆。JAL国際線機内オーディオ洋楽番組の企画/選曲を担当。

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往復書簡について

鈴木さんと私は、ともに音楽ライターですが、得意とするジャンルが異なっています。鈴木さんは主にロック、私はポップスやクラシカルクロスオーヴァーの記事を書いたり、インタビューをしています。その違いを生かす企画として、この「アルバム往復書簡」を始めることにしました。私がロックの新譜を聴いてどう思うか。反対に鈴木さんがクラシカルクロスオーヴァーの新譜を聴いてどう感じるか。それがそのジャンルやそのアーティストに興味がなかった人の入口や、守備範囲を広げるきっかけになったらいいなと思ってい

    • #89 ヴァンパイア・ウィークエンド『オンリー・ゴッド・ワズ・アバヴ・アス』

      ヴァンパイア・ウィークエンド『オンリー・ゴッド・ワズ・アバヴ・アス』  季節性の鬱というものがあるらしい。僕が実際にそうのか、単にそういう性質というか、心の傾向があるということなのかは、よくわからないが、秋冬はどうも気分が沈みがちになってしまう。そして今ぐらいの季節になると、靄が晴れたかのようにスッキリしてくるのだ。  そんな時期に必ず聴きたくなる音楽のひとつが、ヴァンパイア・ウィークエンド。僕にはとてもナイスなタイミングで、5年ぶりとなるニュー・アルバムが届いた。  ま

      • #88 ダイアン・バーチ『フライング・オン・エイブラハム』

        ダイアン・バーチ『Flying On Abraham』  そんな経緯もあって、ダイアン・バーチは、私の中で依怙贔屓しているアーティストのひとりだけれど、その感情を超えて、アルバム全体から醸し出される70年代シンガー・ソングライターの匂いが大好き。生楽器の演奏があって、キャロル・キングを彷彿させるアルト・ヴォイスで歌う。そこにジャズやソウル、ポップ、カントリーなどがごく自然に絡み合っている上質な音楽。このナチュラル感も惹かれるポイントのひとつだ。  2009年にアルバム『バイ

        • #87 ノア・カーン『スティック・シーズン』

          ノア・カーン『スティック・シーズン』  オリジナルはもう2年前にリリースされていたのだが、当初は鳴かず飛ばず。時間をかけて火がつく過程で再発され、昨年からの大ヒットを受けて再々発という状況なので、新作紹介としたい。  カントリーはちょっと苦手なはずだったのに、モーガン・ウォーレン、ザック・ブライアンときて、最近の僕はノア・カーンばかり聴いている。彼がメンタル・ヘルス的な問題を抱えているところに、無意識に共感しているのかもしれないが、周波数が合うというか。サウンド・スタイルも

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          #86 ビヨンセ『カウボーイ・カーター』

          ビヨンセ『カウボーイ・カーター』  先行シングル『Texas Hold’em』の段階で、ビヨンセとカントリーという組み合わせに賛否両論が巻き起こった。たとえば、カントリー専門のラジオ局がオンエアーを拒否したり。でも、アルバムを聴くと、その論争さえも狙いだったんじゃないかと思えてくる。論争の背景にあるのは人種の分断。カントリーや讃美歌は白人系、R&Bやゴスペルは黒人系の音楽という意識がとりわけ保守層の間で根強く残っているからだろう。  アルバムは、その認識をまるで葬ろうとして

          #86 ビヨンセ『カウボーイ・カーター』

          #85 ザ・フー『ライヴ・アット・シェイ・スタジアム 1982』

          ザ・フー『ライヴ・アット・シェイ・スタジアム 1982』  映像作品のみで発表されていた、ザ・フーの1982年のライヴ音源が、デビュー60周年を記念して(?)オーディオ作品として初リリースされた。  ザ・フーのライヴ・アルバムと言えば、ロック・ファンには言わずと知れた『ライヴ・アット・リーズ』という1970年の傑作があるわけで、しかもドラマーがキース・ムーンなわけで、それを聴けばいい、聴こうよ、聴かなきゃ、という話かもしれない。正直に言えば、自分もそのタイプだ。でも最近、恥

          #85 ザ・フー『ライヴ・アット・シェイ・スタジアム 1982』

          #84 ジェイコブ・コリアー『ジェシーVol.4』

          ジェイコブ・コリアー『ジェシーVol.4』  4部作の始まりは、偶発だった。あまりにジャンルも多岐にわたる曲がいいっぱい出来たことから、本人曰くこの「逃避行」が始まったそうだ。  宅録で全ての楽器をひとりで弾くことがジェイコブ・コリアーの原点だ。その音楽人生は、人気と評価を得るなかで、世界へと飛び出した。そのツアーで録音を重ねた各国の観客の声、彼は、それを「オーディエンス・クワイア」と呼んでいるけれど、その歌声が最終章の重要なエレメントとなっている。  ステージにもひとりで

          #84 ジェイコブ・コリアー『ジェシーVol.4』

          #83 リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア『リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア』

          リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア『リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア』  個人的にリアム・ギャラガーとクリス・マーティン(コールドプレイ)は、タイプこそ全然違うものの、90年代のイギリスが生んだロック史の宝のようなヴォーカリストだと思っている。だから、共演などにも自然と注目することになるのだけど、ついに来た。  UKはマンチェスターの兄弟分とでも言うべき、ストーン・ローゼズのジョン・スクワイアとリアム・ギャラガーによる、まさに満を持してのコラボレート。しかも、がっ

          #83 リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア『リアム・ギャラガー&ジョン・スクワイア』

          #82 ノラ・ジョーンズ『ヴィジョンズ』

          ノラ・ジョーンズ『ヴィジョンズ』  オリジナル作品としては約4年ぶりになるが、この間ノラ・ジョーンズは、ポッドキャストでさまざまな人たちと共演し、セッションの一部を動画でも公開してきた。以前ここでも少し触れたけれど、その形式ばらず、自由に演奏を楽しみながらも音楽に対して真摯で、クリエイティヴなセッションに心惹かれた。その雰囲気をまさにまとったこの新作は、プロデューサーのリオン・マイケルズと2人だけでレコーディングされたという。  ノラがピアノとギター、リオンがドラムを叩き、

          #82 ノラ・ジョーンズ『ヴィジョンズ』

          #81 テディ・スウィムズ『I've Tried Everything But Therapy (Part 1)』

          テディ・スウィムズ『I've Tried Everything But Therapy (Part 1)』  っていうか、ヴィジュアルを見て退散してしまうのだけは、やめてくださいね。ちなみに、ポスト・マローンの別名などではありません。  テディ・スウィムズ。米アトランタ出身の31歳。いい歌を歌うんですよ、この遅咲きのニューカマーが。どうか先入観にとらわれず、たとえば以前ここでご紹介したアーティストで言えば、ルイス・キャパルディの仲間だとでも思って、足を踏み入れていただきたい

          #81 テディ・スウィムズ『I've Tried Everything But Therapy (Part 1)』

          #80 ジェイソン・デルーロ『Nu King』

          ジェイソン・デルーロ『Nu King』  9年ぶりとなる新作を知るきっかけは、前述したようにマイケル・ブーブレとの『Spicy Margarita』だった。いきなりマイケルの人気楽曲『Sway』から曲が始まって、ジェイソンの歌もラテン調と洒脱で、しかもタイトルが『スパイシー・マルガリータ』なんて。2人には”ポップ”という共通点はあるものの、ジャズとR&Bの融合は意外にも難しいと言い、彼らも当初は、苦戦したそうだ。  でも、そんなことを一切感じさせないカッコいいパフォーマン

          #80 ジェイソン・デルーロ『Nu King』

          #79 グリーン・デイ『セーヴィアーズ』

          グリーン・デイ『セーヴィアーズ』  2023年にスポティファイでもっとも再生されたアルバムは、1位がバッド・バニー『ウン・ベラーノ・シン・ティ』、2位がテイラー・スウィフト『ミッド・ナイト』、3位がシザ『SOS』。もっとも再生されたアーティストの1位がテイラー・スウィフト、2位がバッド・バニー、3位がザ・ウィークエンドだった。  まあそうだろうなあとか、なんだかなあとか、とにかくもうロックは違うってことなのねとか、いろいろ考えたりもしていたのだけど、グリーン・デイのこのニュ

          #79 グリーン・デイ『セーヴィアーズ』

          #78 エルミーン『Marking My Time』

          エルミーン『Marking My Time』  人柄がにじみ出ているような優しい声。ベイビーフェイスを若くしたような甘さもあって、その魅力といかつく見える写真のギャップに興味を持ったのがエルミーンとの出会いだった。情報は少ないけれど、調べてみると、スーダン出身の両親とUKオックスフォードで育ったという。ロンドンなどの都会に比べて、アフリカ系の子供は少数派の環境のなか、おとなしい性格のエルミーンは、音楽に心の拠りどころを見出したようだ。  そのなかで、どんどん時代を遡ってR

          #78 エルミーン『Marking My Time』

          #77 ザ・ラスト・ディナー・パーティー『プレリュード・トゥ・エクスタシー』

          ザ・ラスト・ディナー・パーティー『プレリュード・トゥ・エクスタシー』  今どき5人組ロック・バンドって、なかなか珍しいなと思っていたら、全員が女性。ブリット・アウォード新人賞に選出されるなど、すでに本国UKで大きなバズを起こしている、サウス・ロンドンの超個性派だ。  ライヴには強制ではないもののドレスコードを設けているという、彼女たちが鳴らすのは、グラム・ロックやゴス、ポスト・パンク、ニュー・ウェイヴなどに通じる、妖艶でダークな美をまとった魅惑のサウンドで、聴くほどに天使に

          #77 ザ・ラスト・ディナー・パーティー『プレリュード・トゥ・エクスタシー』

          #76 サントラ『カラーパープル』

          サントラ『カラーパープル』  1985年の映画『カラーパープル』が20年後にブロードウェイでミュージカル化されて、さらに今回ミュージカル映画となった。85年の映画ではクインシー・ジョーンズが音楽を担当し、劇中では手遊び歌、ゴスペル、労働歌など黒人文化にはなくてはならない音楽が日常風景を描くなかで登場していた。その作品を今あらためて観ると、ミュージカル化を提案した人の目は、確かだし、自然な流れだったように思う。  そして、ミュージカル化された際は、新たにブレンダ・ラッセル、そ

          #76 サントラ『カラーパープル』

          #75 ザ・キッド・ラロイ『ザ・ファースト・タイム』

          ザ・キッド・ラロイ 『ザ・ファースト・タイム』  先日、中学時代からずっと大好きな『ベストヒット USA』で、小林克也さんがこんなことを言っていた。「ラップはもはや、ポップスになった」。“膝を打つ”(古いか)とは、このことだ。ラップ・メタルとも呼ばれたヘヴィ・ロックや、ミクスチャー・ロックなどとは全然違った文脈で、しかもほとんど違和感なく、ラップを聴いている自分がいるのだ。  それはたとえば、ヒップホップに耳が慣れたから、というような問題ではないと思う。ジャンル分けが無効で

          #75 ザ・キッド・ラロイ『ザ・ファースト・タイム』