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minor chordの美学② ♭6thとSDm

前回は差音と倍音についての観点でminorコードを味わったが、和音を鳴らす際に鳴る音は基音のみではない。楽器にしろ声にしろ、基本的には整数次の倍音も同時に発生するため、鳴らした2音の倍音同士のハーモニーも重要になってくる。

下方倍音列

通常、倍音列とは上方倍音列を指し、周波数が自然数倍となる音程を考える。

しかしその逆数はどうであろうか。自然数の逆数倍となる音、つまり上方倍音列を上下ひっくり返したものはどうなるのであろうか。

1番目のCの1/n倍音がn番目に表記されている

これを下方倍音列といい、この中にはすぐにminorコードが出現する
(4:5:6はMajorコードなので、それを上下ひっくり返した形となる。1/6 : 1/5 : 1/4 = 10:12:15)

今回はCを基準にして下方倍音列を組んだので、下に出現するminorはFmである。構成音はC, A♭,Fであり、それぞれの完全一度、長三度、完全五度がCである。そのため、これらの構成音はすべて2オクターブ上のCを倍音として含むことになる。差音の時は下に音を感じたが、今回は上に音を感じることとなる。一般的な音(sin波などではなく)でminorを鳴らすと、五度の音が強く意識されるということだ。


ø

さて、この下方倍音列をよく眺めてみると、エオリアン♭5になっているのがお判りだろうか。1/15倍音も入れればオルタードテンションも見えてくるほどブルーノートマシマシな感じである。

エオリアン♭5はロクリアン♮2とも解釈でき、ハーフディミニッシュ系のスケールであるらしい。確かに1/4~1/7倍音でDøである。ブロックコード奏法に代表されるように、ハーフディミニッシュはパッシングディミニッシュとしてよく用いられる。

ハーフディミニッシュはダイアトニックコードの中で唯一メジャーでもマイナーでもないシレファラである通り、はっきりとした調感を与えない分、文脈に縛られない自由な解釈のできるコードであるとも言える。トリスタン和声がその一例だが、冒頭にいきなり提示されるこの解釈できない和音によって、むしろ逆に文脈が構成され、従来の解釈とは違う、異世界にトリップすることができる。

属七和音は本来主和音に解決することが期待される緊張をはらんでいるが、ここでは「トリスタン和音」という、より強い緊張感を持つ和音のあとに来るために、一種の解決のようにも見られることは、和音本来の機能が異化されていることになる。



♭6

PLAYBOY: "Did you put Aeolian cadences in 'It Won't Be Long?'"
LENNON: "To this day, I don't have any idea what they are. They sound like exotic birds."

さて、♭5はまあ置いておいて、ジョン・レノンによればこのエオリアンの響きはまさに異国の鳥のようであるそうだ。
exoticという言葉はしばしば熱帯をイメージするわけだが、リヴァプールで生まれ育った彼にとってのexoticはどんなものであろうか。リヴァプールと同じ西岸海洋性気候は、日本では室蘭などが該当するらしい。室蘭出身の方、ぜひ教えてください。

話を戻してエオリアン、つまり同主短調だと思ったとき、上記のminorコードはサブドミナント(Ⅳ)として登場する。いわゆるサブドミナントマイナーである。

これの34小節目、「夕暮れ空に」の部分、これがSDmの真骨頂であるといってもいいであろう。前回述べたようなminorの温かさ、そして自然の情景、そしてさらに上記のエオリアンの響きである異国の響き、これらすべてが合わさって、異世界の夕焼けの雰囲気を表している。PVも併せて観れば、言っていることがわかると思う。

0:50付近

UST

このサブドミマイナー、個人的には、同主短調からの借用というよりはドミナントのUSTのように聴こえる。
Ⅴ7(♭9, 11)かⅤ7sus4(♭9)かは曖昧であるが、Ⅳmを聴くとⅤを意識してしまう。

Ⅳm→Ⅰというのを考えた時に、Ⅳ→Ⅲ, ♭Ⅵ→Ⅴという半音進行で解決するというのもあるだろうし、最初に述べたようにⅣmはⅠを強く意識するというのもあるであろう。

そしてさらに付け加えると、その先にアーメン終止があるのだと思う。
最小公倍音、パッシングディミニッシュ、エオリアン、UST。コーダルからモーダルまで。Ⅳ→Ⅰという動きは、そんな皆の思いを乗せて進むのである。

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