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(ライヴ体験記)08: saya配信ライヴ feat. 杉田二郎@京都ライブスポットRAG (Feb. 28 2023)

音の向こうに見えた「揺れる光」
【saya × 杉田二郎 配信ライブ】

人には、なにが起こるのか全く予想ができない出来事がある。出会いにせよ、別れにせよ、始まりにせよ、終わりにせよ、突如として起こる出来事に、私たちの心は蝋燭の炎のように揺れる。

sayaが頸椎を痛めて一時は危機的状況に陥りながらも手術を受けたと聞いたのは、2022年秋のこと。なにより無事でいてくれたことに心から安堵したし、もう無理はしてほしくないと思った。その後、2023年1月に彼女が出演したライヴを横浜で拝見した際、声も出ていたし表現力も伸びも素晴らしく、一見すると復活したように見えた。が、元気そうなその姿と裏腹に実はまだ本調子ではない空気、心情のようなものを感じてしまい、私は少しだけ心配な気持ちでいた。

無理だけは、してほしくない―そんな彼女が、手術のために開催直前に断念した杉田二郎との配信ライブのリベンジ。間違いなく彼女は燃えているだろうという楽しみ、でもそれが空回りするかもという不安…余計なお世話だが、複雑な気持ちで画面の前で待ち構えた。

saya、悲願のライヴ

メンバーは塩入俊哉(Pf)岩井眞一(Gt)。sayaのライヴでは通常ピアノ・ベースもしくはパーカッションが多いが、今回珍しい構成。師匠・塩入は言うまでもないが、岩井はフォークの重鎮たちと数々の仕事を残してきた名ギタリスト(塩入・岩井は旧知の間柄だとか)。

幕開けは#1"カントリーロード"で始まった。John Denverが1971年にリリースし、歌詞の分かりやすさと温かなカントリーサウンドで大ヒットした曲。当時、幻想としての60年代が終わり、ベトナム戦争が重く圧し掛かっていた時期。「この道ずっとゆけば あの街につづいている 気がする」という歌詞は、戦争に駆り出された者が夢想した帰りたいという想いをも想像させ、明るい曲調とは反対に歌詞は実はとても重い。
英語・日本語を混ぜた歌詞を軽やかに歌うsaya、優しいタッチでリードするピアノ、心地良さ・懐かしさを演出するギター。しかしそのどれもが、どことなく芯が通っている気がした。ぶれない心とでもいうか、強さが宿っていたような。

#2”この広い野原いっぱい”は森山良子のヒット曲(1967年)。よく考えたら森山は当時19歳…息長く続く音楽キャリアはさすがのひとこと。この曲を歌うsayaは、先程とはまた違う顔を見せる。どことなく可愛く、どことなく無垢に歌う。表現の幅の広さを早くも魅せてくる。

ライヴ恒例の乾杯。『今日は私のために!』とsaya。その通りだ

杉田二郎に、酔う。

乾杯の後、杉田二郎登場。派手な刺繍の入った白ジャケットにジーパン、白いスニーカー。76歳には見えない若々しさと背筋の伸び方。不思議なことに、彼がステージに上がって画面が少し明るくなった気が。照明が明るくなった?、画質が良くなった?いや、違う。これがオーラというやつだ。格というやつだ。
そこで歌われた#3"風に吹かれて"。4月に来日公演があるBob Dylan(観に行かねば…!)の超代表曲。数多のシンガーたちにカバーされてきたこの曲を、彼らはカントリー調で攻める。が、塩入のアレンジなので、そこが一筋縄ではいかない。私の勝手な解釈だが、彼はクラシックの香りを持っているので、時にエレガントに、時にノスタルジックに、時にメロウに、時にアンビバレントなエッセンスが曲に注入される。今回は…なんだろう、どこか日本を感じさせるアレンジだった気がする。完全に間違った解釈だろうし、専門的な解説ができる学も無いが、歌詞の描写を人生全体に拡げたような視点の大きさを感じながら、saya・杉田のふたりの声が交錯する。

#4"ジーンズとハーモニカ"#5"涙は明日に"#6"ANAK(息子)"と、杉田の3曲をsayaがコーラス。特に圧巻だったのは#5"涙は明日に"で、最近起こったとある出来事で頭の中が真っ白になりどうすべきかわからずにいる私に、「時計の針はもどせない 帰っては来ない だけど君が泣くのは今じゃない」と、諭すように歌う杉田の温かい低音が嫌が上でも沁み渡る。完全に油断していた私は気づいたら鼻の奥がツーンと痛くなっていた。

杉田二郎の包容力が素晴らしい

杉田と塩入だけステージに残って披露された#7"題名のない愛の歌"。一聴すると恥ずかしく、若い二人というより年老いた二人を想像した歌詞の世界だと私は感じたが、これが途方もなく素晴らしい。最後の「ル~ルル~ルル~」でさえ、説得力が半端ない。愛に題名はないのだ。耳に心地良いだけでなく、心に心地良い。

そして、#8"戦争を知らない子供たち"。冒頭#1から続く一連の楽曲たちの流れは、ここが河口であり、大洋だと感じ、目の前が開けていく感覚に陥る。sayaが口にしていた「こんな世界になってしまった」は、先のBob Dylanもとある曲で「World gone wrong」と言っている。だからといって、そこで嘆くだけでなく、それでもなお生きていく気概というか、覚悟というか、皆で良くしていこう―そんな想いが目一杯詰め込まれたこの曲は、今もう一度じっくり聴くべき時かもしれない。歌詞が胸をつつく。

心の炎を揺らす

杉田がステージを降り、saya・塩入・岩井でsayaオリジナルを3曲演奏。#9"ウタキの丘で"#10"名残りの蝉時雨"#11"勇者の夜明けに"というラインナップは、共に戦争、逆境、悲哀などの厳しい現実を歌いながら、その向こう側に微かに揺れる明るい炎を見逃さないように手を伸べる姿が浮かぶ。

後半オリジナル3曲、sayaは心を燃やしながら歌っていた気がする

"ウタキの丘で"は、個人的にジブリ映画「天空の城ラピュタ」をいつも連想してしまう。
青空、草原、大きな木、強い風、舞う小鳥たち、飛んでいく帽子…主人公の少女は泣きながら笑っていて、青空の遠くを覆う大きな白雲が微笑んでいる…そんな光景を、sayaの伸びやかなで押し引きの巧みな声の強さが形作っていく。まぁ、私の妄想ですが。

"名残りの蝉時雨"は、ちょっと驚いた。
以前はタイトル通り、夏、浴衣、川のせせらぎ、山の深い青とその間に垣間見える闇、夕陽などを感じ、風情ある切ない曲だと思っていた。しかし今回のそれは、夏に思えなかった。sayaの声の角張った感じなのか、塩入の恐ろしく繊細な装飾音なのか、とても寒く、暗く、悲しく感じたのだ。これは恐らく、岩井のアコギのせいかもしれない。基本的にピアノと同じコードで進行しているが、所々で聴こえてくるストローク音が侘びを感じさせる…のかも。まぁ、私の妄想ですが。

"勇者の夜明けに"がセトリに入る時、演者側の「皆で元気出していきましょう!」を感じ、聴く者のテンションも上がるだろう。しかし、あえて言うが、私はあまり元気にはなれなかった。この曲こそ、打楽器かベースが入ってこその力強さが必要な気がするからだ。sayaオリジナルはアップテンポな曲があまり多くはない。貴重な楽曲なだけに、演奏する際はここぞという時にガツン!と演奏してほしいと思った。まぁ、私の妄言ですが。

アンコールは、杉田を再び招き入れての#12"祈り~prayer~"。ドッシリとした重心低めの安定感、ブレない気持ち、大きな心、聴く者に言葉を届けようとする姿勢…sayaも杉田も、口から手が出ているかのような豊かな表現力。塩入が底を支え、岩井が音の横幅を煌びやかにしていく。今回のライヴの全容を見ている気がして、非常に感動的だった。

皆様、ありがとうございました

私自身、前述した心の痛みはしばらく後を引きそうで、今まで幾度となく繰り返してきた悲しみの反芻に、もう辟易としている。
だが、すべて投げ出して誰も知られずに消え去ってしまいたい、と以前の私なら思っているところ、年を重ねたせいか、今回はそう思っていない。
「なるようにしか、ならない」。これは諦念ではない。「なるように」の中に含まれているものは、とても沢山の出来事と行動が詰まったもの、つまり人生だ。であれば、全てを選択肢に、やりたいこと、できることをやればいいのではないか―そんな風に思っている。だから「なるようにしか、ならない」のだ。

…いや、自分の話はどうでもよくて。

sayaのライヴとその笑顔を見て、当初思った「無理だけはしないでほしい」は杞憂だった、とは今も思っていない。ただ、歌がsayaを突き動かしているということは良く分かった。そして皆の笑顔を引き出したいために奮闘することに喜びを感じていることも、その懸命な姿で伝わった。そして私は、ライヴを見て音楽に心の炎を揺らしてもらった。

だから、あえて言います。sayaさん、無理だけはしないでほしい。できる範囲で良い、少しずつで良い、皆の心の炎をあなたの歌で揺らしてください。ありがとうございました。

saya x 杉田二郎 配信ライブ(2028/02/28@京都RAG)
塩入俊哉(Pf) 岩井眞一(Gt) saya(Vo) 杉田二郎(Vo, Gt)

1. カントリーロード/Olivia-Newton John(saya)
2. この広い野原いっぱい/森山良子(saya)
3. 風に吹かれて/Bob Dylan(saya、杉田二郎)
4. ジーンズとハーモニカ/杉田二郎(杉田、saya)
5. 涙は明日に/杉田二郎(杉田、saya)
6. ANAK(息子)/杉田二郎(杉田、saya)
7. 題名のない愛の歌/杉田二郎(杉田)
8. 戦争を知らない子供たち/杉田二郎(杉田、saya)
9. ウタキの丘で/saya(saya)
10. 名残りの蝉時雨/saya(saya)
11. 勇者の夜明けに/saya(saya)
12. 祈り~prayer~/杉田二郎(杉田、saya)

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