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【10クラ】第31回 色彩の彼方 祈りの彼方

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第31回 色彩の彼方 祈りの彼方

2022年4月8日配信

収録曲
♫クロード・ドビュッシー:『6つの古代のエピグラフ』より第1曲「夏の風の神、パンに祈るために」
♫オリヴィエ・メシアン:『前奏曲集』より 第1曲「鳩」

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

大きなキャンバスに艶やかな色彩が落とされる。水面に一滴のしずくが落ちるように。
その波動はいとも自然に、そしていとも美しく一面を染める。大きく波打たないのに、遥か彼方まで。
それが、フランス音楽である。

パン(牧神・半獣身)の笛が鳴る―
美しい笛の音は葦の声。その葦はパンが愛したニンフ、シランクスである。
シランクスは強欲なパンから逃げるため、追い詰められた川辺で葦になった。
葦になってから、パンに常備される笛になるなど想像もしなかっただろう。
葦は淋しげに鳴る。風に溶け込むように、美しく。

ブルジョワのはじけた後のサークル的サロンは実に面白い。
法のすれすれのものも多々あっただろうと思われる。紙一重といったところだろうか。
多くの分野を扱った出版社『独立芸術書房』はドビュッシーにとって大きな宝庫だった。フランスの批評家を唸らせたひとつの「研究書」はちょっとした騒動を引き起こした。文学者ピエール・ルイスによる挑戦状、または「遊び」。
プラトンに「10番目のムーサ(女神)」と言わしめたとされる女性サッポーについて、現代に至るまで謎が多く、調べる手立ても極めて少ない。そのサッポーについて描いた同世代の「女流詩人ビリティス」の詩が発掘され、「研究書」を発表したのだから歴史家や批評家は大騒ぎした。そしてその中のほとんどが、ルイスを褒めたたえた。
しかしそれからほどなくして、この「研究書」はルイスの「架空の」ファンタジーであり、「ビリティス」などという女性も存在しないことが発表される。
それまで「権威」であった者たちは、この一件でルイスにより大恥をかかされたのである。ルイス、してやったり。
そしてこの「研究書」をドビュッシーはとことん気に入り、自らの作品へ生かしていった。
今日の『エピグラフ』も、そのひとつである。この曲集は以下の6曲から成されている。

夏の風の神、パンに祈るために
無名の墓のために
夜が幸いであるために
カスタネットを持つ舞姫のために
エジプト女のために
朝の雨に感謝するために

見るからにわくわくするような題名が並ぶ。「あのー…」と言いたくなるようなホラー音も出てくる曲集だが、1曲目は本当に美しく、色彩と祈りに満ちている。
フランス作品は題名も、楽譜のなかのメッセージも非常に魅力的である。ぜひ楽譜と対峙してみてほしい。読み物としても充実した時間を過ごすことができる。

色彩、祈り、といえば巨大な作曲家メシアンを無視することができない。
限りなく緻密に描かれた色の指定、息づかい。「恍惚」という言葉がこれほど似合う作曲家はいない。
その独特の光の強さはどこから来るのか。神学者としての光なのか。それとも入念に積み重ねられた確固たる研究と実験の賜物か。

ドビュッシーのプレリュード集もそうだが、メシアンのプレリュード集は本当に本当に美しい。何度でも弾きたいし、何度でも聴きたい。
平和の象徴『鳩』をプロローグとするところに神学者としての祈りを感じ、微妙に音をずらしながら創り上げる音響効果に鳥類学者としての「耳」を想う。そして共感覚の持ち主メシアンがこの作品に見た色は「紫」。
曲のとじ方まで丁寧なタッチで描かれる。
この繊細な筆遣い、幾度感動しても新鮮さが色褪せない。

色彩の彼方、祈りの彼方、人間的な平和が待ち、継続され続けることを願わざるにはいられない。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/