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10クラ 第40回 愛の島への船出

10分間のインターネット・ラジオ・クラシック【10クラ】
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第40回 愛の島への船出

2022年8月19日配信

収録曲
♫クロード・ドビュッシー:喜びの島

オープニング…サティ:ジュ・トゥ・ヴ
エンディング…ラヴェル:『ソナチネ』より 第2楽章「メヌエット」

演奏&MC:深貝理紗子(ピアニスト)


プログラムノート

来週の月曜日、8月22日はクロード・ドビュッシーの160回目の誕生日である。インターネットを通じて音源や文章を発信する愉しみを覚えてからは毎年「8月22日」は、私にとって大きな存在であるドビュッシーのために何かしなくては…という気になっている。noteに広げている「音楽×地区」を込めて名付けたフィードワーク「musiquartier(musique×quartier)」でも、『ドビュッシーに寄せて』の連作を載せているし、音源ではあまり演奏されることのない佳品「夏の風の神」や「マズルカ」などを取り上げた。今年はまず、8月の10クラをドビュッシーに捧げるつもりで、前回は『映像Ⅱ』から「そして月は廃寺に落ちる」という非常にマニアックな題材からドビュッシーとシルクロード、そしてジャポニズムを照らす側面を見ていった。今回はそれよりはメジャーな曲-でも実はとてもアクの強い曲-『喜びの島』をピックアップしてみたい。
ドビュッシーの時代、19世紀から20世紀にかけてのフランス文化は、音楽でいうバロック、文学や絵画におけるロココの17世紀の芸術を懐古、復興する動きにあった。わずか36年の生涯で、典雅で印象的な絵画を残したアントワーヌ・ヴァト―の芸術もまた、19、20世紀フランス芸術に欠かすことの出来ない存在である。ヴァト―の絵画は色彩に溢れ、香り立つような官能美を放っている。他国が宗教画を描くような時代に、男女の愛を赤裸々に描くなど、さすがフランス人である。音楽家で言えば、フィリップ・ラモーという愛の作曲家がいたわけだが、フランスは元来愛を描き愛を謳う民族なのかもしれない。ボードレールやヴェルレーヌを魅了した『艶なる宴』シリーズは音楽家たちにも浸透し、ガブリエル・フォーレ、フランシス・プーランクもそれに続いた。
何者にも縛られず、愛だけがある島、恋人たちの島、シテール島―そこへ船出する恋人たちが、皆に祝福されているなら良いものの、恋のもつれというものは厄介なものであるから、必ずその陰で涙を呑む者(ともすれば憎悪に燃える者…)もいるかもしれない。『シテール島への船出』は幸せそうな色彩に満ちているが、『艶なる宴』のワケアリ感は、やはり幾重ものドラマがあるのではないだろうか。
ドビュッシーはと言えば、ダブル不倫という「不貞の恋愛」がシテール島ーつまり「喜びの島」である。相手は銀行家の婦人エンマ・バルダック。この女性、フォーレともなかなかの仲になっていて、私から見たら、男性側のみを責める気にもならないのだが…その時の妻リリーが、ショックを受けて拳銃による大けがを自ら負ったために、ドビュッシーの行いは猛批判にさらされた。後にドビュッシーはエンマと再婚し、愛娘クロード=エンマ(愛称シュシュ)が生まれる。リリーを想うと、「なにが喜びだ!」と怒りたくなってしまうこの楽曲を、作品としての魅力から、私は何度も何度も弾いてしまう。なんというジレンマ。

クラシック音楽を届け、伝え続けていくことが夢です。これまで頂いたものは人道支援寄付金(ADRA、UNICEF、日本赤十字社)に充てさせて頂きました。今後とも宜しくお願いします。 深貝理紗子 https://risakofukagai-official.jimdofree.com/