すずめの戸締り(映画の話)

※批判的な感想です。嫌な人は回避願います。

あらすじ

主人公すずめは離島に住むちょっと訳アリの少女。
親を亡くして叔母さんと生活している。
ある日偶然すれ違ったイケメンに付近の廃墟について尋ねられる
イケメンが気になったすずめは廃墟へ向かうが、そこでドーム状の施設の真ん中に奇妙な扉が立っているのを見つける。
好奇心からこのドアを開けてみると中には美しい草原が広がっていた
その光景に心を奪われてドアをくぐってみるが、ドアの向こう側には行けずに廃墟の中で木の枠をくぐるだけの結果になってしまった。
ふしぎに思ってクルクル歩いてみるうちに、水の溜まった地面に置物があるのを見つける。
持ち上げてみると、それは奇妙に冷たい動物を象った杭だった。

杭は意識を反らした一瞬で動物に変化し、驚いた表紙に手を放してしまう
すると動物は何処へかと走りさり、扉からは何か”恐ろしいモノ”が噴出し始める。怖くなったすずめは廃墟を後にして一目散に逃げだすのだった。

いまいち乗り切れない導入

開いてしまった扉から溢れ出す「ミミズ」と「扉」を閉じる事を生業にする「閉じ師」、封印の「要石」、大震災、鍵……

ワクワクするワードが飛び交う導入だがイマイチ乗り切れない。
はっきり言って私はこの辺りで視聴を辞めようかと悩んでいた。
この主人公が好きになれないのだ。

一般人が立ち入りを禁じられた場所に入り込んで、要らない事をして大事件が発生する。それを止めるためにてんやわんやして、自身の身の危険があったり、関係ない人が死にそうになったり、街が大変なことになったりする。

ここだけ見れば良くある話だし、その手の話は嫌いじゃない。
なんならホラー映画は大体これだし、違和感を覚えることは滅多にない。

なんですずめの戸締りはすんなり呑み込めないのか?

多分、すずめの動機が気に入らないんだと思う。
すずめの動機は常に「一目ぼれしたイケメン」だ
廃墟の探検に出かけるのも、身の危険を顧みず扉を閉めるのに協力するのも
逃げ出した猫を追いかけて大冒険に出発するのも
すずめの恋心に端を発した行動だ。

別にそれが悪いとは言わないが
・自分のやらかしで島に地震が発生したこと。
・ソウタ(イケメンさん)が呪われて椅子に変化したこと。
・動物を解放してしまった事で各地の扉が開いて大惨事になっていること

これらは物語の中盤までに判明しているやらかしの結果だ。
私がすずめの立場なら吐きそうなくらいヤバイ。
一刻も早く何とかしなければならない。

でも、すずめはまだ「イケメンと一緒にいる口実」程度に考えて行動しているように見える。さすがに多少は責任を感じて閉じ師の仕事に協力しているのだろうが、作中においてはイケメンとの旅行を楽しんでいる様子が見て取れる。

救いとしては作中ですずめは全肯定される主人公様ではないことだろう
すずめの保護者である叔母さんは自身の後に居なくなったすずめを心配して連絡を取ろうとするし、家出を止めて帰ってくるように説得しようとする。
保護者権限を使って無理やり居場所を突き止めて追いかけてくれる非常に素晴らしい人物であると同時に叔母の存在ですずめの行動が作中で非難される事になる、いいぞ叔母!がんばれ、何とか軌道修正してくれ!!
(なお、事態の深刻さを理解できずに恋愛を応援してしまう模様)

びっくりする後半

逃げ出した要石=ダイジンと何度か接触しながら各地の扉を閉じながら旅は続くが、ダイジンは「要石に戻れ!」と言われる度に「嫌だ、無理だ」言うばかりで役目を果たそうとしない。
それをソウタは非難するわけだが「今はお前の役目だ」と意味深?な事を言われて逃げられてしまう。

いや、一回言われれば察するやろ!
と思わなくもないが、ソウタ自身が気付きたくなかったのだろう。
要石の役目の押し付け合いをやりながらの鬼ごっこを繰り返す。

そのうち、東の大要石まで抜けて大災害が起きる一歩手前になったり
スケールアップしながら終幕に向かっていく

あらすじを追うのに疲れたので以下、突っ込みどころを挙げたいと思う。

つっこみどころ

●すずめは仕方ない


この際すずめは仕方ない、責めなくてもいいだろう。
一般人の女子高生が訳分らん事件に巻き込まれただけだ。
最初のドアを開けて放置して逃げた事は問題だけどギリ仕方ないで済む。
その後も動機は不純ながらも身の危険を顧みずに事態の収拾に動いていたのは評価できるし、自身の身を犠牲にしてソウタを救おうとしたのも◎だ。

●ソウタの未熟さはどうなんだ?


ソウタは各地を放浪しながら開きかけた「扉」を閉じて回る「閉じ師」の青年・・・だと思った?残念!!大学生でした!!
私がこの映画を見て声を大にして言いたいのはココの設定だ。
ソウタが未熟すぎる&バックアップが無さすぎる。

先ず、「閉じ師」とは何か?
閉じ師は江戸時代以前から続く呪術的な専門職だ。
役割は神から借り受けた人の里を神へ帰す際に不手際があった土地の後始末。人の想いの重さで蓋をしていた神世と繋がる扉が無人となった土地で開いてしまうのを防ぐ役割だ。
扉が開くと神世のミミズが現世に表れてしまう、その結果は大災害=地震としてあらわれる。

そんな閉じ師だが、作中には二人登場する。
ソウタとソウタの育ての親の老人だ。
本来は老人が役目を負っているが、体調を崩したので急遽ソウタ青年がその役目を果たしているらしい、じゃぁ未熟でも仕方ないか!

って、そんなわけねーだろ!!!


リスク管理ガバガバな日本

ソウタは未熟である以前の問題だ、ソウタはプロではない。
「プロの放浪の閉じ師」ではなくて、「親族が閉じ師やってる大学生」で後継者としての修業をしている「間に合わせの閉じ師見習い」ですら無い。
なのに、江戸時代から続く「閉じ師達の遺した資料」が大学生の下宿先アパートに保管されており、東西にある大扉の要石の位置すら絵巻をひっくり返して探す始末。

その資料は神社庁が把握してしかるべき神社の神主が管理すべきだろ!!

このシーンは本当に頭が痛かったし、ソウタが西の要石が解放されて自身も満足に動けなくなったのをお爺さんに報告してなかった理由が「失望されたくない」という保身だったのも衝撃だった。

まだ大学生だから気持ちは分かるけど、大地震が起きかねないアクシデントで自力で解決できず、一般人の女子高生を事件に巻き込む状況でも保身を優先したという事実はちょっと擁護できない。

まぁ、連絡した所で「閉じ師組合」みたいな横の繋がりが無さそうだからどこに助けを求める事もできなかったのだろう。。。大丈夫か?

あと、碌な情報を持たずに各地をうろついて、目についた「扉」を閉じるって戦略で動いてるけど、本当にそれで大丈夫なんか?
作中の話を真に受けると、大地震はミミズのせいであり、閉じ師が仕事すると防げる事になっている。

東日本大震災が人災だったという設定

クライマックスのダイジンのセリフで「繰り返すよ、人がいっぱい死ぬよ」と忠告と煽りの中間の言葉を繰り返すが、「繰り返す」って何か?
作中において10年前の「東日本大震災」だ。
東日本大震災と同レベルの災害が東京で発生するかもしれない
因みに、当時8歳のすずめもガッツリ被災して自宅は基礎を残して更地だし母親を亡くしている。

東日本大震災は病院で偉そうな事言ってたソウタの義父がミスったせいで発生したっぽいな?いや、そんなレベルの重要な神事を老人独りに任せていた状況がおかしいんだが。
失敗したら再発防止で組織の増強するとか情報開示して政府の支援受けることも出来ただろうし。少なくともちゃんと後継者は育ててくれよ。

結論

私がこの映画を見た感想は「責任が重大なのに対策がしょぼ過ぎる」という点につきる。
「江戸以前から代々続く閉じ師」とか設定しておいて現代の閉じ師が寝たきりの爺さんと普通の就職の準備してる大学生の二人だけってどうなってんだ?

扉を閉じる時の文言を聞けば神道系なのは間違いないし、恐らくは手順を踏んで神様から借りた土地の管理に関する事だから現代でもやっている地鎮祭とかの儀式の対となる儀式が閉じ師の仕事なんだろうけど、何故か各地の神社では対応してないようだ。頭おかしいだろこの世界の神道関係者。

読み切りか一冊完結の少女漫画程度の設定だなと感じた。
ラノベならもうちょっと頑張った設定を組んでる。

誰かにお勧め出来る内容では無かった。

・日常の裏で活躍する仕事人って意味では「閉じ師」は期待外れだった
(これは「蟲師」くらい練った設定を期待してた私が悪かった)
・恋愛ものとしてはひと目惚れした相手の生殺与奪を握って行動を共にする展開はちょっとヒク。
・現代ファンタジーとしては設定が雑すぎる。
・震災の記憶を伝えるみたいなテーマとしては、防げたかもしれない人災扱いは許せない。

本当にこの映画がヒットして観た人達は何の疑問も抱かなかったのか?
劇場公開当時に批判的な言説を目にしなかったのが信じられない。

まぁ、私が捻くれていて最後に愛が勝つ物語を斜めに見てるだけなんだろうね。私が学生の頃は当時の有識者に「セカイ系」って馬鹿にされるような作品を喜んで読んでいた訳だし人の事は言えない。
コレもセカイ系の文脈だと言われれば何も言えなかったりするんだな。

という訳で、話題のアニメ映画を見た感想でした。
自分が想定ターゲットから外れていると楽しめない、そんだけ。



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