ねむねむりっちゃん

 理知、ソファの上でこっくりこっくり。

「理知ー。ベッドで寝ないと風邪ひくよー」
「うんー」
 気のない返事。可愛らしいなぁと思いながら、ベッドを整えに行く。
「理知、今日一緒に寝る?」
「うんー」
「エッチする?」
「しないー」
「お水飲む?」
「飲む―」
 コップに水を汲んで、ソファの上で目をつぶってだらけている理知のところに持っていく。
「ご苦労」
「いえいえ」
 理知はごくごくと一気に飲み干す。ぷはぁ、と少しおっさんくさい。
「眠い……」
「寝る?」
「寝る。ベッドまで連れてって」
「仕方ないなぁ」
 僕は理知のひざと脇を抱え込み、持ち上げる。少し重たい。
「あったかい」
 そう言いながら、理知は僕の体に腕を巻き付ける。少し動きづらい。
「それじゃ出発進行~」
 ゆっくり、あまり揺らし過ぎないように二階に理知を持っていく。扉を足で開けて、ベッドの上に寝そべらせ、上から布団をかぶせてやる。
「一緒に寝ないの?」
 そう言って理知は、僕の服の裾を掴む。
「水飲んでから、ね」
「寂しい」
「すぐ帰ってくるから」
「早く帰ってきてね」
 僕は早足で台所に向かい、水を飲む。少し夜食の誘惑にかられたが、理知の方が優先。また早足で階段を駆け上がる。
「おまたせ」
「遅い」
「はいはい」
 僕は理知の隣に体を潜り込ませる。彼女は僕の腕に胸を押し付け、肩に頭をこすりつける。猫みたいだ。
「もっとこっち着て」
「はいはい」
 理知は僕を抱き枕にしたいのだろう。今晩は、理知が寝つくまでは懲役刑だな、と思った。少し嬉しい拘束。
 理知は僕に少し覆いかぶさるように抱き着いている。角度的に、どんな表情をしているかはよく分からない。規則的で小さな吐息が、健康的で安心した。体を研ぎ澄ませると、理知の心音が聞こえてくる。それが嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。幸せだ、と思う。
「ねぇ」
 急に話しかけられて、少しびっくりした。
「私って、わがまますぎるかな」
「僕はわがままな君が好きだ」
 理知は嬉しそうに鼻を鳴らして、体をまた僕にこすりつけたあと、寝返りをうって、今度は背中を押し付けてきた。
「抱きしめて」
 僕は理知を後ろから抱きしめてやる。胸と背中が密着するように、理知を少しだけこちら側に寄せる。暖かくて、気持ちがいい。腕を理知のお腹まで回しているから、少し触りたくなるが、理知はお腹を急に触ると怒るから(それも猫みたいだ)できるだけ腕の力は抜いておく。足に、何かが当たるのが分かった。理知が足の先で、僕のくるぶしあたりをいじっている。
「おやすみ」
 後ろを向いたまま理知は、少しかすれた小さな声で、そうつぶやいた。
「うん。おやすみ」
 できる限りはっきりと、理知が好きな声色で、そう囁いた。理知の体の力が、もう一段階抜けていくのが分かった。心の底から安心しきっていて、幸せな眠りにつこうとしている。
 僕は自分が、彼女を幸せにできているということが、心の底から嬉しくて、もうそれ以上ないくらい、満たされていた。こんな日々が、ずっと続けばいい。本当に、本当にそう思った。
「愛してる、理知」
 理知はもう眠りに落ちたようで、反応はなかった。僕は理知を起こさないように少しずつ腕を戻して、寝返りをうって、背中と背中を合わせて、体温を感じて、眠ることにした。
 ずっと、こんな日々が続けばいい。明日、朝先に起きることが出来たら、頬にキスをしてやろう。それと同時に起きてくれたら、きっと素敵だろうな。

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