皆がオリンピックで盛り上がっていると

 私はどこかに取り残されたような気持ちになる。


 両親はこのところずっとテレビの前で騒いでいる。父も母も、珍しく仲良しだ。
 あの選手がどうとかあの審判がどうとか、そんなくだらないことで一喜一憂している。日本の選手を応援しているけど、なんで会ったこともない人を、ただ自国の選手だからという理由で贔屓できるのか私にはよく分からなかった。どこの国の選手だろうと、その真剣な気持ちは変わらないだろうに。

 有名な選手の名前すら知らない私は、いつもよりも孤独を意識する。
 世の中に顔を出せば、必ず芸能人やスポーツ選手といった、私とは関係のない人気者のことで盛り上がってる人たちがいて、私はそこに混ぜてもらいたいとは思えない。そんなことには全然興味がないからだ。

 私はもっと、目の前の人を見ていたいし、目の前の人から見てもらいたい。会ったこともない人のことなんて知らないし、知っても何にもならない。なんだか、うんざりしてしまう。

 悲しい気持ちになる。

 私は別に、すごい人たちのことを妬んでるわけでもないし、というか、そういう人たちはそういう人たちですごく苦労してるし、色々と大変なこともあるだろうから、何とも思わない。海の向こうの国の王様に対するのと似たような気持ちだ。
 でも、そういう人たちを……褒めたり応援したり見守ったり支えたり、そういうつもりになってテレビの前で騒いでる人を見ていると、私は自分がつまらない喜劇の世界に入り込んでしまったかのような気持ちになる。悪い夢を見ているのではないかと、そういう気持ちになってしまう。

 急に息苦しくなって、泣きたくなって、ひとりきりになって、落ち着くために自分の考えをまとめている。きっと寂しいのだと思う。気持ち悪いのだと思う。

 有名になって活躍していないと、肉親からすら大切に扱ってもらえないのではないかと、そういう極端な推論をしてしまうからかもしれない。彼らが、自国の有名なスター選手を応援し、夢中になるのは、娘である私がふがいないからなのではないか、とか。
 そんなわけはないと思う。少しはそういう部分もあるかもしれないけど、でももし私が世の中でうまくやっていたとしても、彼らはオリンピックを今と似たような態度で楽しんでいたであろうし、私を褒めるときは、相も変わらず、お世辞を言う時のような「とりあえず褒めとけ」みたいな態度のままであると思う。

 他者の生き方や在り方に不満を持つのは、今の自分に満足していないからだ。それは本当のことだ。
 でも私は、自分が何を求めればいいのか分からない。この世の中は気持ちが悪い。自分の中にある美しい体験だって、そんなに豊かなもんじゃない。何のために生きているのか分からないと思う。
 人生は苦しいだけだ、と思ってしまう。実際、私の人生は……


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 退屈な日常をただなぞるように

 待ってほしい時間すらなくて

 ただ終わることだけを夢見てる

 そんな私に後ろから

 急げ急げと声がする

 振り向くと真っ黒な眼窩

 狂ったみたいに笑ってる

 人生はあっという間だぞ

 誰もが成功を夢見てる

 挑戦しろ 挑戦して失敗して反省しろ

 私は吐き気を感じて前を向く

 私の幸せはどこにあるの

 彼らの手の届かない世界が欲しい

 彼らの吸わない空気が欲しい

 全ての努力から解放されたい

 全ての苦難が報われてほしい

 私の傷ついた心を綺麗な水で洗い流して

 そうしていつか

 あの透き通るような空の果て

 真っ黒な宙に浮かぶ無数の輝きのひとつとなって

 永遠の軌道を壊しながら

 日々を笑って過ごしましょう

 そしてこの世の全ては喜劇だったと

 あなたと笑ってともに死にたい

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 馬鹿馬鹿しい

 あぁ馬鹿馬鹿しい

 つまらない日常の些事で

 大げさな詩を書いて

 恥ずかしいったらありゃしない

 どうしてあなたは自分がダメなのか

 少しも理解していないんじゃないの

 あなたはもっとみんなを尊敬して

 どうやったらみんなから認めてもらえるか考えた方がいいんじゃないのかしら

 結局あなたが気持ち悪いと感じるのは

 あなたが間違っているからなのではなくって?

 あなたが彼らに不快を感じるのは

 あなたが彼らから気に入ってもらえないからなのではなくって?

 結局あなたの虚栄心があなたの心の本質なのではなくって?

 あなたはいつも嘘つきで

 何をやってもうまくいかない

 そのくせプライドばっかり高くって

 いつも気取り屋で

 大言壮語 夢見がち

 半分くらいの病気をたくさん持っていて

 半分だからと認めたがらない

 自分で選んだんだとかって言いながら

 結局は変わりたくないだけなんじゃないの

 ほら 見てごらんなさい

 世界には 変わりたい 変わりたい そう言ってる人がたくさんいる

 あれは あなたよりも前向きでいい人たちなのよ

 あなたは軽蔑しないで まずはあぁいうふうにならないといけないの

 今のあなたは あの人たちよりもさらに下の どん底のどん詰まりなんだから

 何が何でも変わらないと

 ね 手を取って 頑固にならないで プライドに負けないで

 あなたはきっとうまくやれるわ あなたの頭がいいのは本当のことなんだから

 ほら前向きに ほら頑張って

 あなたはきっと頑張れる

 あなたはきっと成功する 

 諦めないで 人生をもっと楽しんで

 みんなあなたを待ってるわ あなたも一緒になって踊るのよ

 そう 人生は喜劇なんだから

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 お前だって 私なら

 お前だって 嘘つきだ

 お前のせいで私は傷ついてきた

 お前の言葉を信じたせいで私は何度も死にかけた

 そのくせお前は一切の責任を取ろうとしない

 人生は喜劇だと言って

 本当の悲劇から目を背ける

 あら痛ましい 見なかったことにしましょ

 なんて言いながら 差し伸べられる手をポケットにしまった

 お前は今まで何をやった

 お前は今まで誰を救った

 お前は今まで誰を幸せにした

 お前は今までどれだけ殺した

 お前はこれから いったい何ができるんだ

 これまでと変わらない 一瞬の栄光と 空しさしかない濁った瞳

 惰性で生きる人生と 幸せですらない思い出への郷愁だけ

 お前はいつも嘘をつく

 お前はいつも傷つける

 人生はお前のものじゃない

 この世界だって お前のものではない!


 お前の言っていることの半分は正しい

 それは私が半分だけ病気だからだ

 私の中の健康的な部分が お前に正しいことを語らせた

 お前こそが 病気そのものなのだ

 お前は生なんかじゃない 生を損ねる者だ

 生から悲しむ権利を取り上げて

 苦しむ権利を取り上げて

 そうして人を空しくさせた先で

 お前はいったい何を成し遂げた?

 悪趣味で くそったれな 何も考えていないあの連中がお前の成果か

 あぁ 私もお前も間違っている

 それだけは確かだ

 私は怖がっている 何を? 何もかもを

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 私の中の嘘とほんとが混ざり合って

 何が何だか分からなくなった

 今更もう戻れないけれど

 この先の人生は真っ暗闇だ

 灯ひとつ持って

 認識という松明を

 決してこの手から手放さぬように

 私たちは狂気の中に潜っていく

 認識だけが私たちの拠り所

 金も地位も名誉も全て

 狂気の中には持っていけない

 それ自体が狂気の材料でしかないから

 認識だけが霧を払うの


 そう 私の感じたことを

 私はただただ信じてひとり歩く

 何もないところに向かって

 意味もなく 意味もなく 

 ぽつりぽつりと

 雨のような足音を立てて

 私はただただ進んでいく

 そこに何があるかも知らないで

 私はただただ進んでいく

 声が小さくなっていく

 この感覚は覚えている

 何も見えない世界 まだ何もない世界

 私だけの世界 ここに私の居場所を作るんだと

 私は最初に人形を置いて それが私になった

 好きな本を彼らから盗んできて 人形の周りに置いた

 私は賢くなった

 好きな人が欲しかったから たくさんの人形を作ることにした

 その全部が私だった

 私の世界には 私しかいなかった 

 寂しくなって 声のする方に向かったけれど

 そこは昔と何も変わらず

 いつもの喧騒 いつもの悪趣味

 こっちの世界では生きられない

 またひとりでお家に帰る

 呼び止める声 罵る声 優しい声 励ます声

 全部が邪魔で 胸を引き裂いた

 古びた傷を言葉の針で縫ったあと

 人形たちは背を向けている

 彼らの匂いが残っているから

 ごめんね ごめんね

 もう怖くないからね

 世界は静かで優しいよ

 ここには怖い人たちはいないから

 私たちはただのんびりと

 今日も明日もない世界で

 お茶でも飲んでゆっくりしましょ

 どうせ私はひとりなのだし

 誰からも愛されないのだから

 私の好きなクッキーでも焼いて

 新しい太陽の物語でも語りましょうか


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