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13.今思えば…あれって…⁈

社会人1年生の頃、毎日毎日飽きもせず、平日の仕事帰りは同じ書店に通っていた。
慣れない仕事や人間関係で人見知りスイッチが作動し、外側はそれなりに先輩や上司と会話していても、内側は毎日テンパり過ぎて、なにがなんだかわからない日々。
とにかくセクハラなんて言葉がなかった平成初期、隣に煙草を吸う人間がいることや、18禁の話がポンポン飛び交う職場は、私にとってはあまりよろしくないカルチャーショックがあり過ぎて、帰宅前に書店でクールダウンしないといられなかったんだと思う。

買うことはほとんどないファンシーコーナーもある複合書店は、スタジオジブリコーナーもあって、そこに置いてある当時の定価8万円のトトロをポンポンと撫でるのも密かに日課だった。

レジのある東の入り口から入って、西側のマンガコーナーまでをくまなく徘徊する。
女性の先輩の恋バナやドラマの話題のために、原作小説やマンガをチェックしたり、年配の人との会話のために松下幸之助の本も買ってみたりした。
「おい、デブ」と平気で言われる環境だったので、周りを気にしながらダイエットの本もチェックしていた。
目を閉じて、徘徊しても大丈夫なぐらい、どこに何があるかわかる程、通い詰めていた。

当時18歳の私にとって、そこはかけがえのない癒しスポットだった。

そんなある日、いつものように雑誌コーナーで立ち読みしていると、隣に男性がいた。
妙に距離が近かったので、もしかして私が立っている場所の雑誌が見たいのかなと思って、そっと移動した。

ところが。
私が移動したマンガコーナーでも、同じ人が隣にいた。
まだ、ストーカーなんて概念もないような時代である。
私もこの時はまだ呑気だったので、「あれ、この人、本の趣味が同じなのかな?」と思う程度で、好きなように店内を移動していたのだが、女性誌の棚の前にいた時にもその男性が横にやってきたので、さすがに気付いた。

「あれ?私、付け回されてる?」

そっと移動して、さっきいたマンガコーナーに移動したら、やはりその男性はついてきた。

「これ、なんかまずいかも」

にぶい私もそこでようやく気付いた。
まだ男性とは距離がある。
脳内でピストルが掲げられた。

位置について…

よ〜い…

少しずつ、男性の場所から離れる。

どん!

私はレジ前出口に猛ダッシュして、外に出て、後ろを振り返らず、車に乗ってすぐに店から離れた。
運動部に所属していたし、高校卒業したばかり、それなりに体力はあったけれど、それでも心臓がバクバクした。
車とはいえ、家に帰り着くまで生きた心地がしなかった。
しばらくは家族にも友達にも言えなかった。

ほんの数十分程度の出来事だし、相手の顔は全く見てないから、次に会っても覚えていないから逃げられない。

そうして私は、大切な癒しスポットにしばらくの間、怖くて通えなくなった。

後にも先にもこの時だけの体験だけど、やはり私は書店愛の方が強いらしく、未だに本屋巡りはやめられない。
まぁ、規制も厳しく、私自身がおばさんと呼ばれる年代になった今では、後をつけてくる人もいないだろうけどね。

癒しスポットだった書店は、自宅が引っ越してからはほとんど通わなくなり、気付いたら回転寿司屋さんになっていた。

今でもあの書店のトトロは目に浮かぶけどね。

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